誠実そうな彼が偏愛したのは、私じゃなかった
私、須藤花音(すどう かのん)、誕生日はエイプリルフール。
なのに、付き合って五年になる彼氏・松本律希(まつもと りつき)は、毎年一日早くお祝いしてくれる。
だって、エイプリルフール当日に、幼なじみの中林莉々(なかばやし りり)と過ごす時間を、無駄にしたくないからだ。
今年は「埋め合わせする」と言って、ようやく二人きりで誕生日を祝ってくれることになった。
周りからは「あの日、プロポーズされるよ」と囁かれていた。
エイプリルフール当日。
私はばっちりメイクをして、新調したワンピースを着て、待ち合わせの場所へ向かった。
花びらが舞い散る中、律希が私の前に片膝をついた。
私が言葉を発しようとしたその瞬間――
指輪ケースから、どばっとインクが噴き出した。
「ハッピーバースデー!真っ黒さん」
「結婚に焦ってる女、怖いね。エイプリルフールのプロポーズを本気にするなんて」
莉々がスマホを掲げて、夢中で連写している。
律希は彼女を止めるどころか、一緒になって笑い出した。
「泣きたきゃ我慢しろよ。
莉々と『お前は泣かない』って賭けてる。負けさせるなよ」
私は無表情のまま、顔のインクを拭った。
心は完全に冷え切っていた。