幾千の想いが春風に散る時
「結婚式から逃げたいの……お願い、助けてくれない?」
病室の中、天野未幸はスマホをぎゅっと握りしめていた。氷のように冷えた指先は真っ白になっている。
まさか人生どん底のこのタイミングで、かつてのライバルに助けを求めることになるなんて、夢にも思わなかった。
電話の向こうからは、くすっと小さな笑い声が聞こえた。
「……は?あれだけ健之のこと好きだったくせに。やっと向こうが結婚しようって言ってきたのに、なんで今さら逃げる気になったわけ?」
未幸は、自分の手首を包む分厚い包帯に目を落とし、力なく笑った。
「……ただ、目が覚めただけよ。
浩史……お願い、助けて。もう、どうしようもないの」
必死なその声に、東雲浩史はしばらく言葉を失った。そしてようやく、短く告げた。
「……帰国したら、迎えに行く。待ってろ」