高校の卒業ダンスパーティーの前日、イーサンに誘われて、私は初めてを捧げた。
彼の動きは荒くて、一晩中求められ続けた。
正直、痛みもあったけど……それ以上に、心は甘い幸福感でいっぱいだった。
だって、私はずっとイーサンに片思いしてて――ようやく、その想いが叶ったんだ。
「卒業したら結婚しよう。ルチアーノ家を継いだら、お前をいちばん高貴な女にしてやる」
そう、彼は私の耳元で囁いた。
翌朝、イーサンは私を腕に抱きながら、私の養兄にふたりの関係を明かした。
私は照れながら彼の胸にもたれて、世界でいちばん幸せな女だって思ってた。
……その時までは。
突然ふたりがイタリア語で話し始めて――
養兄のルーカスが、からかうように言った。
「さすがヤング・ボス。初回からクラス一の美少女が自分からお誘いとは。
で?うちの義妹の味はどうだった?」
イーサンは気だるそうに返した。
「見た目は清純だけど、ベッドの上じゃとんでもなかったな」
周りから笑い声があがる。
「じゃあ、これからは妹って呼べばいい?それとも義姉さん?」
でもイーサンは眉をひそめた。
「義姉?それはない。チアリーダーのシルヴィアを狙ってるけど、テクに自信なくてな。だから先にシンシアで試しただけ。
俺がシンシアと寝たことは、シルヴィアには絶対言うなよ。あいつ、気分を害しそうだからさ」
――その言葉を聞いた瞬間、私はその場に立ち尽くしてしまった。胸の奥がギュッと引き裂かれるように痛んだ。
ルーカスも一瞬驚いた表情を見せたけれど、すぐに他の男たちと一緒に笑い出した。
「やっぱりイーサンだな。練習台にするのが、みんなの憧れだった女の子とか、さすがすぎる。
シンシアのことを好きだった連中、これ聞いたらどれだけ落ち込むだろうな」
イーサンは鼻で笑った。
「シンシアみたいに軽い子、わざわざ口説く必要なんかないだろ。指一本動かせばベッドに飛び込んできたよ」
「まあ、あいつのスタイルは悪くなかったけどな。惜しむらくは――あの学校一の美少女に比べたら、胸がちょっとな」
「そんなに見てたってことは、お前シンシアが好きなんじゃないのか?まさかシルヴィアまで?」
イーサンが目を細めて、鋭くルーカスを見つめた。彼は慌てて両手を振って否定した。
「そんなわけないだろ。シンシアは俺の義妹だぞ?好きになるはずがない。ましてやシルヴィアなんて、お前が好きな子だろ。俺が手を出すわけない」
「でも意外だったよな。シンシア、普段は清楚ぶってるけど、実は黙ってやるタイプだったとはな」
イーサンがくつくつと笑う。
「ずっと俺の後ろを追いかけてきたし、ようやく夢が叶ったんじゃないか?まあ、あとで俺がシルヴィアと付き合うようになっても落ち込まないように、今のうちに一回やっておいてやったって感じ」
まるで頭を鈍器で殴られたみたいに、私はその場で完全に思考が止まった。
……信じられない。理解が追いつかない。
ただ、顔を見られないように、そっと俯いて表情を隠すしかなかった。
誰も知らない――私がいつかイーサンの妻になるために、密かにイタリア語を勉強していたことなんて。
だから、彼らの一言一句、すべて……ちゃんと聞こえていた。
それなのに、イーサンはまだ私を抱き寄せて、途中で鼻先を頬にすり寄せてきた。
……もし、私がイタリア語を知らなければ。
きっと「イーサンは私を愛してくれている」って、素直に信じてたと思う。
でも私は、知ってしまった。
すべての嘘と、裏切りと――
感情が堰を切りそうになったその瞬間、私は勢いよく立ち上がって、「トイレに行ってくる」とだけ言ってその場を逃げ出した。
階段を駆け下りるようにして、近くのトイレに飛び込み、個室に入ると……そのままマットに座り込んで、流水音に紛れて、私はようやく声を上げて泣いた。
イーサンの言葉が、ずっと頭の中を反芻している。
――信じられない。
昨日あんなに執拗に私を求めてきた男が、どうして……こんなことを言えるの?
あの熱を帯びたまなざしも、肌を這う手も、耳元で囁かれた甘い言葉も……全部、嘘だったの?
「卒業したら、お前を娶る」
そう言っていたのに。
息がかかるほど近くで、あんなに優しく、でも激しく、何度も何度も――
最後は私の体力が尽きて、息もできないほどだったのに、それでも彼は私を離そうとしなかった。
……その時、スマホが震えて、思考が現実に引き戻された。
画面には、イーサンからのメッセージ。
【どこ行った?
夜、ちょっと大事な用事あるから、卒業パーティーは一緒に行けない。
まぁ、あんなの大したことないし、今日は家でゆっくりしてな。
それより昨日のことだけど、ちゃんと緊急避妊薬飲んどいて。昨日、ちょっと興奮しすぎてコンドームつけ忘れた。
絶対忘れんなよ、心配かけんな】
昨日のことを思い出す。
終わったあと、彼は私を抱きしめながら、嬉しそうに「お前はもう俺のものだな」って囁いた。
コンドームは――つけてなかった。
シャワーを浴びた時、彼の中身がそのまま流れ出してきた。
でも、不思議と責める気にはならなかった。
むしろ、そんな彼の「忘れっぽさ」さえ、愛しくて。
私の心は、ふんわりとした甘さに包まれていた。
けれど――
今、この瞬間、すべてが嘘だったと気づいてしまった。
忘れた?そんなの嘘。
イーサンは、初めからつけるつもりなんてなかったんだ。
全部……最初から計算づくだった。
私を利用して、欺いて――それを当然のように振る舞っていた。
気づいた瞬間、自分の中の何かが崩れ落ちた。
勝手に頭の中で想像してしまう。
……相手がシルヴィアだったとしても、同じように「忘れた」なんて言って、避妊しなかったのか――
……いや、絶対に、そんなことしない。
私だけが、軽く見られてたんだ。
涙をぬぐって、呼吸を整える。
泣いていたことが誰にもばれないように、鏡で顔を確認して、深呼吸した。
そのまま薬局に行って、緊急避妊薬を買って、飲み下す。
帰宅後、静かにベッドに横たわって、これまでのことを思い返した。
――イーサンを好きになってから、もう十年。
私たちは十年前に隣同士になって、彼の父親がマフィアのボスだってこともあって、近所の子たちは誰も近づこうとしなかった。
……でも、私は違った。
怖がるどころか、自分から彼に近づいていった。
「俺に友達なんかいらねえよ」
そんな口ぶりだったけれど、本当はうれしそうだった。
だから私は、彼の背中をずっと追いかけ続けた。
気づけば、十年も経っていた。
そんな思い出を抱えたまま、眠りに落ちた。
――目が覚めたのは、夕方。
ぼんやりした意識を引き戻したのは、アヴァからの電話だった。
「ちょっとシンシア!卒業パーティー来なかったの!?あれって人生で一度きりなんだよ!?
しかもイーサンの相手……シルヴィアだったよ!?あんたを誘うって言ってたのに!
しかもね、なんと……ふたり、会場でキスしてたんだよ!人前でだよ!他の子たち、普通に盛り上がっちゃってさ……
え、待って?みんなイーサンがあんたの彼氏って知らないの!?」
แสดง