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第192話

Author: 似水
雅之は里香をじっと見つめ、まるで言う通りにしない限り、ずっと見続けるつもりでいるかのようだった。

里香は目を閉じ、今の自分の情けない姿を思い浮かべると、思わず笑みがこぼれた。

こんな姿でも、雅之は受け入れてくれるのか。

本当に、好き嫌いがないんだな。

まぁ、これが初めてじゃないし、特に気を使う必要もないか。里香はすぐに表情を戻し、服のボタンを外し始めた。

里香は白いキャミソールを着ていて、細いストラップが美しい肩にかかり、全体的に華奢で美しい印象を与えていた。

シャツを脇に置くと、里香は雅之を見上げた。

雅之は彼女の体から視線を外し、医療箱を取り出して隣に座り、その腕の擦り傷を手当てし始めた。

里香は驚きが顔に浮かんだ。雅之が手当てしてくれるなんて。

雅之はとても近くにいて、照明がその美しい鋭い顔をより際立たせていた。長いまつげ、高い鼻、少し伏せた目、そして凛々しい眉。彼は里香の腕の傷をじっと見つめ、優しく慎重に処置をしていた。

薄い唇が微かに閉じられ、その顔には感情の波が沈んでいた。

以前なら、里香の心は高鳴っていたはずだ。しかし今は、心にわずかな波が立つと、すぐに雅之の冷たい言葉が頭をよぎった。

その高鳴りも、すぐに消えてしまった。

里香は目を伏せ、余計な考えをやめようとした。

これでいい。

少しずつ、雅之を好きじゃなくなっていた。

雅之が里香の腕の処置を終え、次の腕も手当てし、すべての処置が終わった後、彼は部屋を出た。戻ってくると、手に氷の袋を持っていて、それを里香の顔にそっと当てた。

冷たい感触が肌を突き抜け、里香は思わず身を縮め、無意識に逃げようとした。

「動くな」

男性の低くて魅力的な声が響いた。

里香は動きを止め、雅之がまだ自分のそばに立っているのを感じた。彼の清らかな香りが微かに漂い、里香のまつげが震えた。里香は氷の袋を受け取った。

「自分でやるわ」

雅之はそれ以上何も言わず、氷の袋を里香に渡し、洗濯するための服を持って浴室に入った。

すぐに水の音が聞こえてきた。

里香は一瞬、ぼんやりしてしまった。

その時、横に置いてあったスマートフォンが鳴り始めた。ちらっと見ると、それは雅之の電話で、画面には夏実の名前が表示されていた。

里香のぼんやりした気持ちは一瞬で消え、心は氷の袋よりも冷たくなった。

しば
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