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望月 或
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Novels by 望月 或

弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する

弟と婚約者に裏切られた不運の王子は、孤独な海の娘を狂愛する

ラエスタッド王国の第一王子であるヴィクタールは、何者かに無実の罪を着せられ、更に弟と自分の婚約者に、不貞と言う名の裏切りを受ける。絶望し死を決めた彼は、二人の目の前で崖から落ちていった―― リントン侯爵家の使用人リシュティナは、侯爵家の姉妹に苛められる日々だったが、恋人になったロッゾに裏切られ、更に理不尽な理由で侯爵家を解雇されてしまう。 絶望し死に場所に決めた浜辺で、リシュティナは倒れている瀕死の男を発見し介抱するが、目覚めた彼から放たれたのは怒りと『拒絶』の言葉で――? これは、裏切られ絶望し死を求めた二人が運命的に出逢い、様々な困難に遭いながらも愛を深めていく、狂愛と純愛の物語。
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Chapter: 42.愛しき貴方の声
 リシュティナは騎士達に連れられて、崖の上に立っていた。 そこから少し離れた所に、国王や重鎮と貴族達、城の者達や、見物に来た町の人達が集まっている。「――名乗り出てきてくれて嬉しいよ、『セイレン』の血を引く娘。まさか君がそうだったなんてね。声を変えていたのかい? 全然気付かなかったな」 スタンリーが嘲笑いながら、身動きしないリシュティナのもとへ歩いていく。 そして彼女の茶色の前髪を掻き上げ、光の映らない蒼色の瞳を見ると、口の端を持ち上げる。「君、こんなに可愛かったんだね。ホント声に騙されていたなぁ……。やっぱりあの時、兄上の目の前で君を抱けば良かった。失敗したなぁ。兄上の酷く悔しがる姿を拝めたのに……すごく残念だ」 耳元でそう囁かれ、リシュティナの身体がゾクリと大きく震えた。 くつくつと嘲笑いながら、スタンリーは一歩後ろに下がる。 そして、腰に差してある鞘から剣を引き抜いた。 その時、国王が一歩前に出て、スタンリーに強く言葉を発した。「スタンリーよ、その娘を殺めるのはよせ! やはりどう考えてもおかしい。海獣神様は国民の命を進んで奪うような、そんな無慈悲な方では無い。この提案には何か“理由”がある筈だ。まずは海獣神様のお声を聞こう。それからでも遅くない。剣を下ろせ、スタンリー!」「はっ、何を今更。こういう場合、神様は“人の命”を捧げると喜ぶって相場が決まってるんですよ。いくら父上でも邪魔しないで貰いましょうか」「スタンリーッ!!」「――兄上の悲しんで悔しがる顔を見れる絶好の機会なんだ。こんな機会、みすみす逃す訳にはいかないんだよ」 最後の呟きはスタンリーの口の中で消え、誰にも聞かれる事は無かった。「――さて、兄上が気付いてここに来る前にさっさとやってしまうよ。邪魔されちゃ困るし。城で留守番の騎士達には口留めしておいたけど、念の為に……ね。兄上、君が死んだと知ったら、どんな顔をするかな? 悲嘆に暮れるかな? 泣き喚くかな? それを考えるだけでニヤけちゃうよ。ククッ」「…………」 ――今頃、彼は騎士さんに預けた“魅了”解除の薬を飲んでいるだろう。 あの騎士さんは、「必ず渡す」と言ってくれた。優しそうな人だったから、約束通り彼に渡してくれただろう。 “魅了”解除の薬は、レヴァイが見つけて持って来てくれた。間に合って良かった……。 だ
Last Updated: 2025-05-02
Chapter: 41.渡された小瓶
 父との謁見が終わった後、自分の部屋に連れてこられ、それからほぼ監禁状態で当日を迎えてしまった。警備が厳重で、手洗いに行く時も見張りが付き、逃げる事も出来なかった。「リィナ、心配してるよな……。町でずっと待っててくれてるだろうし……。城から外に連れ出される時に強引に逃げるか? ……いや、すぐに警備兵に矢を射られて失敗する可能性が高いな……」 やはりあの時、馬車に乗らずリシュティナと逃げていれば良かったのか。 それとも護衛達に立ち向っていけば良かったのか。 今更色々悔やんでも、後の祭りだ……。「リィナ……会いたい……。お前にすごく会いたいよ……。――ごめんな、必ず戻るって約束……守れねぇかも――」 ヴィクタールがベッドに突っ伏してボソリと呟いた時、扉からノックの音が聞こえ、「失礼致します」 と、一人の初老の騎士が入ってきた。 ヴィクタールはのそりと起き上がり、気怠げに騎士に問う。「……もう時間か?」「いえ、ご報告に参りました。貴方様は解放となりました。海獣神様が気に入るであろう、その身を捧げる人物が現れましたので」「は……? どういう事だ……?」 ヴィクタールは、騎士に怪訝な表情丸出しで問い返した。「昨日の夕方、海獣神様の愛し子である、『セイレン』の血を引く者が自ら名乗り出てきたのです。ヴィクタール殿下の代わりに自分がこの身を捧げる、と。美しい声と、『セイレン』の特徴である神秘的な蒼色の瞳で、彼女が『セイレン』の血を引く者である事が証明されました。国王陛下は悩んでいたのですが、彼女の幾度の懇願に押され、最終的には了承しました」「……は……? まて……待てよ……。ソイツは……。ソイツって――」 『セイレン』の血を引く者。 美しき声。 神秘的な蒼色の瞳。 彼女――“女”。 思い当たる人物は、一人しかいない――「その娘から、ヴィクタール殿下へと。“魅了”を解除する飲み薬だそうです。即効性だからすぐに服用して欲しいと。そして、自分を忘れて幸せになって欲しい、と。今まで本当にありがとう、と。そう言伝を預かりました」 騎士はそう言いながら、ヴィクタールに透明の液体が入った、小さな小瓶を手渡した。「儀式はもうすぐ始まります。場所は王城の裏手にある崖の上です。それでは私はこれで失礼致します」 騎士は敬礼すると、静かに部屋を出て行った。
Last Updated: 2025-04-28
Chapter: 40.国王と王妃
 海獣神と約束した当日の朝。 ヴィクタールは、自室で深い溜め息を吐いていた。 馬車で王城に連れてこられた日、ヴィクタールはスタンリーの姿を見たが、彼は少し目を見開いてヴィクタールを見た後、ニタリと嘲笑って自分の部屋へと入っていった。 王の間で国王と謁見した時、「お前の無事な姿を見れて安心したよ……。そして、スタンリーの為に色々と本当に済まない……。しかし、あんな駄目な奴でも儂の可愛い息子なのだ……。お前も儂の大切な息子だが、長男として、弟の為に海獣神様にその身を捧げて欲しい……。儂が変わりになれれば良かったのだが……。済まない……。本当に済まない……」 そう言って何度も謝罪し、頭を下げた父に、ヴィクタールは何も言えなかった。 スタンリーは、国王と彼の愛妾の間に産まれた子供だ。 国王は愛妾を偉く気に入っていた。王城に住まわせ、第一子を産んだばかりの自分の妻を蔑ろにして何度も愛妾のもとへ通っていた。 愛妾は、髪の毛はオレンジ色の、気の強そうな色気振り撒く妖美の女だった。 宝石を幾つも付けて、綺羅びやかなドレスを着ていた。国王が愛妾の為に購入したのだろう。 避妊はしなかったのか、それとも失敗したのか。彼女は国王との間に出来た男の子を産んだ。 赤ん坊を産んだ後、その愛妾は、城の使用人と駆け落ちをしていなくなってしまった。 まだ乳児の男の子――スタンリーを残して。 しかし、王妃であるヴィクタールの母は、スタンリーもヴィクタールと分け隔てなく育てた。 そんな自分の妻の慈愛に感化されたのか、国王は王妃を溺愛するようになった。 あんなに蔑ろにしていた事が嘘のように、王妃に懸命に尽くすようになった国王。 そんな父の姿を、長く城に仕えている者から妾の事を聞いていたヴィクタールは、複雑な気持ちで見ていた。 ヴィクタールは一度、母と二人きりになった時に、思い切って訊いた事があった。 妾に父を取られて悔しくなかったのかと。 それに、母は紫色の目を細め、美しい笑みを浮かばせながら言った。「ふふっ……。ヴィルには正直に言うけれど、わたくしと貴方のお父様は政略結婚だったのよ。わたくしは遠い地から無理矢理ここに連れて来られたの。だから、あの人に愛情なんてこれっぽっちも無かったわ。妾を作ったって何の感情も湧かなかったのよ。『あらどうぞご勝手に』という感じだった
Last Updated: 2025-04-27
Chapter: 39.リシュティナの決意
「貴女と無駄話をしに来た訳ではありません。この場所の行き先と私を連れて行く理由を教えて下さい」 真っ赤な顔で足元をバンバン蹴るヘビリアに、ヴィクタールは表情を少しも動かさず説明を促す。 ヘビリアは大きく息を吐き、理性を何とか取り戻すと、これまでの経緯を説明した。「……という訳ですので、ヴィクタール様は海獣神ネプトゥー様に命を捧げる御身なんですぅ。最期に王家に貢献出来て良かったじゃないですかぁ」 黙ってヘビリアの説明を聞いていたヴィクタールは、不意に口の端を歪ませ、ハッと鼻で嘲笑った。「とんだ滑稽で不愉快な話ですね。それで何の関係もない私の命を使おうだなんて」「えぇー? 関係あるじゃないですかぁ。王族の一員ですしぃ」「…………。『聖なる巫女』の血を全く引かない偽物サン? スタンリーが駄目でしたので、次はウェリトを狙っているのでしょうか? 下の弟には貴女の誘惑は全く効きませんよ。弟の好みは貴女とは真逆ですから。可憐で淑やかな女性が好みなんです。弟は即座に本質を見抜きますから、貴女は邪険にされて終わりです。――ハッ、ザマーミロですね」「はぁっ!? そんなのやってみなきゃ分かんないでしょっ!?」 再び素を全開に出して怒鳴るヘビリアの隣で、後輩護衛が消え入りそうな程に縮こまっている。「とにかく、ヴィクタール様は海獣神様に命を捧げる日まで、御自分の部屋に監禁されますから。それまであたしが優しく慰めてあげてもいいんですよぉ?」 流し目でヴィクタールを見るヘビリアに、彼は心底嫌そうな顔を向けた。「は? そのような事、死んでも嫌ですね。地獄で永遠に苦悶を受けるより嫌です。考えただけで吐き気と寒気が止まらない」「キィーーーッ!!」 大猿になって暴れるヘビリアと、白目を剥いて昇天し掛かっている後輩護衛に見向きもせず、ヴィクタールは両目を閉じた。(オレはリィナと二人で穏やかに暮らしたいだけなのに、何でこうも邪魔ばかりしてくるんだ……。――リィナ、会いたい。別れたばかりなのに、もうお前の姿と温もりが酷く恋しい……) 三者三様の者達を乗せた馬車は、様々な思惑が蔓延る王城へと、着実に足を走らせて行ったのだった……。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇「……行ってしまいましたねぇ」 遠ざかる馬車を見送っていると、ポンッと音を立て、レヴァイが姿を現した。「レヴァイ、ヴィルか
Last Updated: 2025-04-26
Chapter: 38.別れの時
 ヴィクタールは小さく舌打ちをすると、声を出さずにレヴァイに呼び掛けた。(おいコラ、レヴァイ。聞こえるか)『……はい? 何ですか? ワタクシはリシュティナに憑いてるんですから、本来彼女の呼び掛けにしか応えないんですよ。一度目で素直に貴方の呼び掛けに応じたワタクシに感謝して欲しいですね』(相変わらず偉そうなヤツだな……。そんな事よりもお前に頼みがある。“対価”を渡すから、オレが離れている間、リィナをどんな障害からも必ず護って欲しい。コイツに悪意を持って近付くヤツは、バレないようにブッ倒せ)『ワタクシ、力の加減が出来ないかもしれませんよ? もしかしたら相手を殺めてしまうかもしれません。それでも宜しいですか?』(別に構わねぇ。ただ、リィナに絶対容疑が掛からないようにしろ。特にこのヘビリアという女は、コイツに一歩でも近付けさせるな。少しでも何かしてきたら遠慮なく叩き潰せ)『フフッ、貴方のリシュティナ以外に容赦の無い所、ワタクシ好きですよ。“対価”は何ですか?』(オレの封印された魔力をやる。お前なら、封印されてても魔力を抜き取る事なんて簡単だろ?)『おや、それは素晴らしい“対価”ですね。確かに承りましたよ。ただ、魔力は五分の一程度で十分です。貴方の封印された魔力はそれだけ大きいですからね』(約束したからな。任せたぞ)「……分かりました。馬車に乗りましょう」「ウフフッ、ヴィクタール様ならそう仰ってくれると思ってましたぁ。あたしの事大好きですもんね?」「…………」 ヴィクタールはヘビリアに何を言っても無駄だと思ったのか、彼女に冷めた視線を向けただけで何も言わなかった。 ヴィクタールの返答を、リシュティナは呆然としながら聞いていた。(ヴィルが……ヘビリアお嬢様のもとへいっちゃう……? 私を置いて……? そんな……そんな――) 悲しみの衝撃で、リシュティナの身体が冷え、震えが止まってくれない。 そんな彼女の手を引っ張ると、ヴィクタールはその華奢な身体を強く抱きしめた。 そして、耳元に唇を寄せ小さく囁く。「悪ぃ、リィナ。町の奴らがこっちを見てるし、あの女の護衛達が武器を向けてる。逃げても執念深く追い掛けて来るだろうし、ここは一旦奴らの言う事を聞くしかない。お前の事はレヴァイに頼んだから」「……ヴィル……」「心配するな、オレは必ずお前のもとに戻
Last Updated: 2025-04-25
Chapter: 37.蛇のように執念深い女
(この声は……ヘビリアお嬢様!?) リシュティナは思わずビクリと肩を揺らしてしまったが、それに気付いたヴィクタールは彼女の手を強く握り締めた。 そして、リシュティナを護るように彼女の前に立つ。 ヘビリアは、ヴィクタールがリシュティナの指に自分の指を絡ませ、騎士のように護っている姿に、唇をギュッと噛み締めた。「はぁ? 何よ、あたしの時は全く触れようとしなかったのに――」 そうボソリと呟いたが、次の瞬間には笑顔に戻っていた。「ヴィクタール様、捜していたんですよぉ。この町は港町に行く為に必ず通らなきゃいけないから、ここに来ると思って見張ってたんですぅ。あたしの推理もなかなかのものでしょぉ?」「……リントン侯爵令嬢が、私に何の御用でしょうか。私は貴女に全く何も用はありませんが」「あらぁ? 言葉遣いを戻したのですねぇ? あたしの為に戻してくれたのですかぁ? やっぱりそっちの方があたしは好きなので嬉しいですぅ」「私は王家を捨て、平民として生きる事にしました。ですので、貴族の者に敬語を使うのは至極当たり前です。決して貴女の為などと言う大層巫山戯た理由では無い事を御理解頂きたい」「なっ――」 言葉を失い、口元をひくつかせているヘビリアを、ヴィクタールは無表情の冷めた目で見る。 リシュティナは、二人の会話を聞いていて違和感を感じていた。(この二人、知り合いなの? ヘビリアお嬢様の台詞の内容がやけに――)「酷いですぅ。元婚約者のあたしにそんな事言って……。今もあたしの事大好きなくせに……。――あっ、そっか、照れ隠しですかぁ?」「……っ!?」(ヘビリアお嬢様がヴィルの元婚約者!? ――そうか……だからお嬢様はヴィルとこんな親しげに……。ヴィルは、裏切られても今もお嬢様の事を――) リシュティナの胸の中が、キュッと切なく縮まる。「……貴女を好ましいと思っていた時期は確かにありました。けれど今は全く貴女の事は眼中にありません。頭の片隅にも全く残っておりません。寧ろ貴女の本性を知った今、好ましく思っていた自分が最大の恥です。最上級の汚点です。その記憶を抹消したい程の恥辱です」「はぁっ!?」 抑揚も無く淡々と話すヴィクタールに、ヘビリアは顔を真っ赤にさせながら身体を震わせている。(そっか……ヴィル、ヘビリアお嬢様の事、何とも想ってないんだ……) ホッ
Last Updated: 2025-04-24
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