Chapter: 第29話「無理よ」 柚の答えを聞き、奏は全身の血の気が引いたように顔を青ざめた。 「や、やっぱり許せない?」 「そうじゃない……これは私の気持ちの問題」 奏の気持ちは分かった。……本当は以前から分かっていたけど、認めたくなかっただけ。だからと言って、元には戻れない。いくら謝ってもらっても、あの時の言葉が私の心に鎖のように絡まって締め付けてくる。 それだけ、あの時の言葉が呪言となっている。 「もう、戻れない、のか?」 「……ええ。ごめんなさい」 絶望したように顔を俯かせる奏。 「愛してるんだ……今も昔も……君だけなんだ」 壊れたおもちゃのように呟く奏に、柚は掛ける言葉が見つからず視線を逸らし「ごめんなさい」と一言残し、部屋を後にした。 パタンと扉の音が聞こえる。それと同時にシーンと静まり返った部屋に嗚咽混じりの声が響き渡った。 *** 次の日、仕事を終えた柚が目にしたのは、自宅マンション前に佇む奏の姿だった。 一瞬、見間違えかと思ったが、柚の姿を捉えて駆け寄って来る姿を見て、本人だと確信した。 「何してるの!?」 「君が僕と戻れないと言うように、僕も君を諦められない」 「え!?」 納得してくれたと思ってたのに違うの!? 「だから、もう一度君に振り向いて貰えるように努力する事にしたんだ」 「はあ!?」 あまりの事に理解が追いつかない。 「何度来ても答えは変わらないわ。無駄な事は止めて」 「そんなのやってみないと分からないだろ?」 奏は一歩も引かない。
Last Updated: 2025-10-22
Chapter: 第28話 泣き疲れて寝てしまった結花の頬を優しく撫でながら「また明日来るね」と伝え、柚はそっと病室を出た。 「柚」 病院の外へ出ると、待っていたかのように奏が立っていた。素通りしようと思えば出来たが、ここは病院の外。行き交う人達のチラチラとした視線が突き刺さる。 ここで言い争いをすれば、明日から注目人物として病院内に広まってしまう。 (仕方ない) あまり気乗りはしないが、結花の為にも逃げてばかりは駄目だと思った。 「……場所を変えましょう?」 柚の言葉に奏は喜び、自分の車まで案内した。 *** 行き着いた場所は、奏のマンション。 部屋に入るのを躊躇ったが「何もしない」と言う奏の言葉を信じて部屋へ上がった。 コトンと淹れたての珈琲が置かれ、そっと口をつける。今まで緊張で強ばっていた体がフッと緩むのが分かった。 「何もなくてごめんな」 「ううん。大丈夫」 向かい合いながら、奏も気持ちを落ち着かせるように珈琲に口を付けた。 「……まずは謝罪させてくれ」 小さく息を吐くと、意を決したように口を開いた。 「君を傷付けた事……一人で全てを抱えさせてしまったこと……本当にすまなかった!」 床に頭を擦り付けそうな勢いで頭を下げられた。その姿を黙ったまま見つめた。 今更謝罪されたとこで過去が変わるわけじゃない。私の気持ちも…… 「信じてくれないかもしれないが、僕は本当に遥乃……君の事を愛していた。いや、今も昔も変わらず君を愛してる。じゃなきゃ7年も君の姿を追ったりしない」 真っ直ぐと濁りのない瞳を向けてくる。「ウ
Last Updated: 2025-10-21
Chapter: 第27話結花の前で気持ちを落ち着かせる為に、一息ついてからドアを開けた。笑顔の結花と目が合い、何事もなかったように柚も微笑み返した。 「ママ」 「なに?」 「先生と何かあった?」 「え!?」 ベッドの横にあった椅子に座るなり、険しい顔で問い詰められた。 「何言ってるの?何もないわよ」 「ウソ。ママは嘘つくの本当に下手ね」 誤魔化すように言うが、クスクスと笑いながら指摘されてしまい思わず言葉に詰まった。 この子は幼い頃から私の気持ちの変化に鋭い所があった。血の繋がった親子特有の勘とでもいうのだろうか。それにしても鋭過ぎる……と思いながら結花を見た。 「ママは先生の事好き?」 「なッ!」 「はははっ、私は先生の事好きだよ。格好いいし、優しいし。それに、ママの事を大事にしてくれそう」 「……」 残念ながらその考えは間違いだと言えなかった。 惨めに捨てられたなんて知ったらこの子はどう思うんだろう……自分を助けてくれた尊敬する医者が実は自分の父親で、間接的に自分も捨てられていたなんて知ったら…… ギュッと腕を握り、必死に言葉を探した。 「あ、でも煌君がヤキモチ妬いちゃうかな。ねぇ、ママはどっちが好き?」 「はぁ?」 何故ここで煌の名前が出てきたのか分からないが、要らない誤解を生んでいる事は分かった。 「あのねぇ、煌も先生もママより素敵な人がいるわよ。くだらない事言ってないで身体を休めなさい」 溜息を吐きながら、結花をベッドに寝かし布団をかける。 「ええ?」と不満そうにしながらも、大人しく布団に入って
Last Updated: 2025-10-20
Chapter: 第26話「ちょ、離して──!」 抱きしめられた柚は、奏の腕の中で必死にもがき、離れようとするが彼はそれを許してくれない。「今離したら君は僕の元から逃げてしまうだろ?」「何言ってるの!?」「僕はもう君を離したくない。……ねぇ、何をしたら許してくれる?何をしたら信じてくれる?」「ッ!!」 耳元で熱い息がかかる。甘く縋る声に頭が痺れる。「……大声出すわよ?」「出せばいい。それで君の気が済むならね」(──ッ!)「藤原先生?ちょっといいですか?」 本当に大声を出してやろうかと考えていた所で、奏を呼ぶ看護師の声が聞こえた。 その声に柚はホッと安堵するが、奏は返事を返さずその場を動こうとはしない。「呼んでるわよ」「……」「藤原先生ー!?」 その間にも看護師の呼ぶ声が聞こえる。「ねぇ、聞いてるの!?」 奏はギリッと歯を食いしばり、柚を抱きしめると乱暴に唇を重ねてきた。口の中をなぞるように舌を絡めてくる。執拗に貪るようなキスに息が苦しくなる。 鼻で息をすれば、甘い香りが脳を刺激して麻痺してくる。駄目だと分かっていてるのに、身体が奏を受け入れようとしてしまう。「先生?こちらですか?」「!!」 看護師の声でハッと正気に戻った。その足跡は徐々にこちらに向かってきている。その音は奏の耳にも届いているはずなのに、抱きしめている腕の力は緩まない。「ちょっと!やめ――」 逃れようとするが、成人男性の力に敵うはずもない。奏は、こちらの事などお構いなしに頬や首筋に口を付けていく。「ああ、先生こちらにいらしたんですか?……あ、すみません。面談中でした?」「いえ、大丈夫ですよ。もう終わりましたから」 間一髪の所で解放された。 火照った顔の私を隠すように前に立ち、平然とした顔で対応してく
Last Updated: 2025-10-17
Chapter: 第25話 今日は結花が集中治療室を出て、個室へと移る日なので、朝から病院へやって来た。 ……あれから桜もは連絡を取っていない。わざわざ連絡をするような用事もないし、何を話していいのか分からない。「ママ」「結花!」 ベッドの上で笑顔を向けてくる結花に駆け寄り頭を撫でてやる。「よく頑張ったわね」 ようやく触れることが出来て、目頭が熱くなるのが分かる。結花は得意げな顔をしながら微笑んでいて、この笑顔が消えなくて本当に良かったと心の底から思った。 個室へ移ると、しばらく会えなかった時間を埋めるように結花との会話を楽しんだ。この時間だけは奏の事も忘れられた。 コンコン…… 暫くすると、部屋をノックする音が聞こえた。「高瀬さん。これからのことをお話しておきたいのですが、構いませんか?」 顔を出したのは主治医の奏。その顔を見て、一気に現実へと引き戻された。「ええ、大丈夫です」「それですか。では、こちらへ」「ちょっと行ってくるね」 結花に声を一言声をかけ、前を歩く奏の後を黙って付いて行く。昔と比べて大きく逞しくなった背中が柚の視界に入る。 そっと無意識に手が伸びる。「高瀬さん?」 ハッとして、伸びていた手を慌てて引いた。(私は何を……!) 誤魔化すように手を絡ませて顔を俯かせていると、怪訝な顔をした奏が覗き込んできた。「どうした?」「な、何でもない!」「そうか?……では、こちらへ」 促されるように部屋に入り、|主《・》|治《・》|医《・》としての奏の話に耳を傾けた。「懸念していた合併症などもなく、経過は順調です」「良かった……」「結花ちゃんの頑張りのおかげですよ。十分に褒めてあげてください」「ええ」 専門用語などは分からないが、奏が気を利かせて私にも分かり易く説明してくれた。とりあえず、今の所
Last Updated: 2025-10-16
Chapter: 第24話煌の様子にいち早く気がついたのは桜だった。 他の男を気にする柚が気に入らない。けど、それを指摘する権利は自分は持っていない。とまあ、こんな所だろう。 (早く自分の気持ちを伝えればいいのに) 柚は鈍感な子だから、はっきり伝えないと気持ちは伝わらない。それは兄である煌も当然承知しているはず。それなのに、気持ちを伝えられないは、この関係が壊れるのを恐れての事だろうなと察しはつく。 (そんな事をしてるから、横から掻っ攫われるのよ) 昔から柚のことを想ってきた兄を見てきたからこそ、文句の一つも言いたくなる。 「柚はさあ、お兄ちゃんと藤原さんとどっちが大切なの?」 「え?」 唐突に聞かれ、思わず目を白黒させてしまった。煌が慌てて「桜!」と声をかけるが、その程度で止まるような彼女じゃない。 「別にいいじゃない。例えよ例え」 その顔は完全に揶揄っている。 「答えなくていいぞ柚」 「お兄ちゃんは黙ってて」 そんな2人の言い合う声が耳に入る。 どちらが大切か……問いかけられた言葉が渦のようになって頭を駆け巡り、走馬灯のように昔の記憶が流れ込んでくる。 「……煌……かな」 「え?」 ボソッと自然と出た言葉に柚自身も驚いて口を塞いだが、その言葉を煌は聞き逃さなかった。 「へぇ?お兄ちゃんか。良か
Last Updated: 2025-10-15
Chapter: 22 ようやく落ち着きを取り戻した、ヴァレンティン邸。静かな夜…月明かりが屋敷を照らしている。その屋根の上に一人の男の姿があった。 「あ~ぁ、今回、俺も結構頑張ったと思うんだけどなぁ」 ボヤきながらその場に寝転び、月を眺めるのはクライヴの影であるセウ。 シャオにいい所を取られた形になったが、この人も今回の功労者。その事を知るのはクライヴと国王であるエミディオだけ。影の存在なので仕方ないと言われればそれまでなのだが… 「影も辛いなぁ」 誰にも知られず、仕事をこなす。自分の選んだ道とは言え、流石に堪える。 「セウ様、セウ様」 感傷に浸っていると、下から自分を呼ぶ声が聞こえた。顔を覗かせて見ると、この屋敷の侍女が呼んでいた。 「なんだい?」 「少しお時間よろしいでしょうか?」 誘われるままに後を着いて行くと、食堂に通された。 扉を開けると、沢山の料理を囲うように屋敷中の使用人が集まっている。 「な、は?」 「旦那様からの言付けです。セウ様を労ってやってくれと」 戸惑うセウに執事長が声をかけた。 「旦那様は少々野暮用で立ち会えませんが、我々が精一杯労わせて頂きますゆえ、お許し頂きたい」 執事長が頭を下げると、セウは「ははっ」と顔を手で覆いながら笑った。 「参ったねこれは…本当に我が主は抜かりがない」 使用人達は優しく微笑みながら、セウを取り囲んだ。 *** 「お、お兄様!?」 「何です?」 クライヴの部屋に連れ込まれ、壁に背中を押しけた状態でクライヴが覆いかぶさる。 甘い香りが鼻に匂ってくる
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: 21 ミランダはリッツ家の負債を補う為、あろう事か実の兄であるヴァレンティン伯爵の殺害を企てていた。 隣町まで行くことを薦めたのも、プレゼントを薦めたのもミランダ。 隣町に行くには切り立った崖を通らなければならない。事故に見せかけて殺害するには持ってこいの場所。あの日、雨が降っていたのは想定外だったが、ミランダからすればこれ以上ない絶好の天候だった。 闇市で購入した魔石を地面に埋め込めば、簡単に地面が崩れ土砂崩れとなった。 後は、二人の兄妹を上手く排除出来ればヴァレンティン邸は自分のモノに出来ると思い込んでいた。 シャルロットにシャオを薦めたのも、シャオから融資を募るため。二人が上手く行けば、シャルロットを操っていずれヴァーチュ商会も手に入れようと考えていたと… 全貌が明らかになり、シャルロットは言葉を失い、ただただ茫然とするばかり。 その後、ミランダはヴァレンティン伯爵夫妻の殺人を企てた容疑で拘束された。 夫であるリッツ伯爵は最後まで「俺は知らなかったんだ!」と、全て妻であるミランダの責任を押し付けようとしていた。 *** 波乱の夜会が終わり、数日が経った。 一連の経緯を知ったシャルロットは、あまりのショックに熱を出して寝込んでしまった。 愛していた叔母が、愛する両親の殺害を企てていたなんて知れば当然のこと。だからこそ、クライヴは出来るだけ穏便に済ませたかったのだが、そうはいかなかった。 そうして、シャルロットの体調も戻りつつある本日、リリアン王女が国へと戻るらしい。何故か、見送りの場にクライヴと共に呼ばれて仕方なく赴いた。 「此度は大変お騒がせ致しましたわ」 随分と汐らしい態度に、クライヴは驚きを隠せない。 「ふふふっ。正直、このまま帰るのを
Last Updated: 2025-08-29
Chapter: 20 リリアンに責められ、顔面蒼白で蹲るミランダ。 そんな妻の様子を見たリッツ伯爵は、ゆっくりと後退りし、この場を逃れようとしたが、後ろに控えていた騎士に両腕を拘束され、項垂れるように肩を落としている。 この異様な雰囲気に、シャルロットは呆然としたままミランダを見つめていた。 「リッツ夫人」 次に口を開いたのはクライヴだった。 「貴女は叔母としてシャルロットを愛してましたか?」 クライヴの言葉に、ミランダもシャルロットも目を見開いた。 「な、何を言うの!?そんなの当たり前じゃない!」 「そうですか?私にはそうは見えませんでしたね」 「は!?」 クライヴに食ってかかるようにミランダが声を上げる。 「血の繋がらない紛い物が知ったような口を聞くんじゃないわよ!幼い頃からシャルロットの面倒を見てきたのよ!私にとっては娘同然なの!」 「その娘を自分の私利私欲の為に、道具にしようとしたのはどなたです?」 声を荒らげるミランダに対し、クライヴは冷静沈着に問いかけた。 「な、何を言っているの…?」 声を震わせ、動揺しているのが見て取れる。 「調べはついているんですよ」 ミランダの目の前にドサッと置かれた書類の束に目をやると、大量の借用書やリッツ家の財産目録。見る限り、リッツ伯爵家が随分困窮しているのが分かった。 そして、その中にはシャルロット達の屋敷であるヴァレンティン伯爵邸の相続登記まである。 「叔母様…これは…」 これではまるで、ヴァレンティン邸を叔母であるミランダが管理すると言っているようなもの。 証拠を突きつけられたミランダは、悔しそうにギリッと歯を食いしばりクライヴを睨
Last Updated: 2025-08-28
Chapter: 19 扉を開けた先には、煌びやかな装いをした貴族達がおだやかな雰囲気の中、ガヤガヤと賑わいを見せていた。 「あらぁ?シャルロットちゃんじゃないの」 真っ先に声をかけてきたのは、叔母であるミランダだった。その隣には、いかにも紳士という風貌の男性、ミランダの夫であるリッツ伯爵だ。 「御機嫌よう。叔母様、叔父様」 軽く会釈して挨拶を交わした。 「驚いたわぁ。あの男がエスコートを貴方に譲るなんて」 「ははっ、まあ、お願いされちゃったらね?」 チラッとこちらに目配せしてくる。そんな意味あり気にすれば、どんな馬鹿でも察しがつく。 現に、ミランダは「あらぁ?」なんて顔をニヤつかせている。 「やっぱり、噂は本当だったみたいね」 「噂?」 「あら、シャルロットちゃんは知らない?リリアン王女とあの男の婚約の話」 「え?」 一瞬、心臓が止まったかと思った。 「陛下直々の縁談だったようで、断りきれなかったのねぇ。今日はその報告も兼ねているって話しよ?」 ミランダが続けて話してくれるが、耳に入って来ない。 「リリアン王女には兄弟がいない。あの男は必然的に婿として彼女の国へ嫁ぐことになる。貴女もそこの彼と一緒になれば、あちこちの国を回る事になる。そうなると、ヴァレンティンの屋敷は人がいなくなってしまうわねぇ?」 「そうだ、私達が――」そう、切り出したところでワッと歓声が上がった。 「ああ、団長様のご登場みたいだね」 シャオの言葉で顔を上げると、クライヴとリリアンの姿が見えた。 クライヴの腕にリリアンが身体を密着させて手を絡ませている。二人で目を合わせて楽しそうにしている。 (ああ……そう言う事……) 自分以外にそういう表情を見せているという事は、そう言う事なんだろう。 頭の何処かでは疑っていたが、こうして目にしてしまうと現実を見せつけられているようで、悲しさよりも腹が立って仕方がない。 正直、涙の一つでも流れると思っていたが、殴りたい衝動を必死に抑えているのが現実。 「大丈夫?」 「何が?」 前を見据えて微動だにしなくなったシャルロットを心配したシャオが耳打ちしたが、間髪入れずに睨みつけられた。思わずシャオも苦笑いを浮かべていた。 「皆の者に報せがある」 国王であるエミディオが、クライヴとリリアンの隣で声を上げる
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: 18 ある日、シャオが訪ねてきた。 「おや、随分雰囲気が変わったね。団長様と何かあった?」 顔を見るなり唐突に言われて、言葉に詰まった。 正直、この関係を何と説明していいのか解らない。兄妹だが、兄妹よりも深い仲。付き合っているのかと聞かれれば、それはノー。 シスコンだのブラコンだのと言われたら否定できない部分はある。 「ははっ、一歩前進と言った所かな。まあ、まだそんな感じなら僕の隙いる間もあるって訳だ」 「まだそんな事言ってるの?」 「僕は諦めが悪いんだよ。欲しいものは何としてでも欲しい性分なんだよね」 面倒臭い者に目を付けられた… そんな事を思いながら、用意されたお茶に手を伸ばした。 「そんな君に朗報。今度、舞踏会が開かれるのは知ってるね?」 「?ええ」 それは三日後に行われる城での催し物。リリアン王女が滞在中に是非にと、早急に日程を決めたらしい。 私達兄妹も招待されているのだから、知らないはずが無い。 「団長様は例のお姫様と参加するらしいよ?」 「は?」 足を組み、優雅にお茶を啜るシャオの言葉が上手く聞き取れなかった。 「だから、君の兄上でもある団長殿は、リリアン王女のエスコートをするんだって」 もう一度聞き返して、ようやく頭が理解した。 鈍器で頭を殴られたような衝撃だったが、すぐに「ふ~ん」と、自分でも驚くほど冷静になれた。 今回の舞踏会の話は義兄であるクライヴから直接聞き、その場で私のエスコートは自分がすると自らが宣言していた。当然、私もそのつもりでいた。 (な・の・に・だ) この裏切り。 人間は、怒りが沸点を超えると冷静になるんだと、今知った。それと同時に、|クライヴ《あの人》に振り回される自分が馬鹿らしく思えてきた。 「私のエスコートは貴方にお願いするわ」 真剣な表情でシャオに向かって言った。 「ええ~?そんな急に?僕のエスコート待ってる子結構いるんだけどなぁ?」 困った風を装っているが、顔がほくそ笑んでいる時点で嘘だと言っている。 「そう。それなら、他を当たるわ」 「あ、ちょっと待って!空いてる空いてる!僕にエスコートさせて!」 私が縋るとでも思っていたのか、あっさりと切り捨てるとシャオが慌てて引き止めてきた。 「ふはっ!貴方、そんなに焦らなくても嘘だって分かっ
Last Updated: 2025-08-27
Chapter: 17「…ん…んん……!」 シーンと静まり返った部屋に、荒い吐息と水音が響いている。 ベッドの上でシャルロットを組み敷くクライヴの姿が影となって床に映る。 「お、お兄…ん…ッ!」 口を開けば唇で塞がれ、舌を絡め取られる。 どうしてこんな事になったのか…何故、この人はこんなにも嬉しそうなのか… 見せつけるかのように濡れた唇を舌で舐めとる姿は、妖艶で官能的。このままでは雰囲気に飲まれる…! 「ちょ、本当に待って…!」 必死に押し退けようとするが、両手を拘束され執拗にキスしてくる。唇、頬、首筋とこちらがいくら待てと言っても聞きゃしない。 「いい加減に………しろッ!!!!」 舐めまかしい雰囲気を払拭するゴンッ!という鈍い音と声。 我慢の限界を迎えたシャルロットが渾身の頭突きをかました。 この場合、仕掛けた本人も痛みを伴うが、貞操が守られるのならこの程度の痛み…! 「とりあえず、弁解があるようようなら聞きますが?」 痛む額を誤魔化すように、蹲るクライヴを仁王立ちで睨みつけた。ここまでして、ようやく正気に戻ったのか、か細い声で「すみません」と呟いたのが聞こえた。 「ロティが…」 「私が?」 「リリアン王女に嫉妬したと聞いて嬉しくて、つい…」 「は?」 赤らむ顔を手で覆いながら言われた。 嫉妬?誰が?誰に?この人は何を言っているの? シャルロットは困惑しながら、クライヴを見つめていた。 「──ですが、嬉しい反面、憎さもあります」 腕を引かれ、再び押し倒さ
Last Updated: 2025-08-23