Chapter: 第56話 いつもより少し早い出勤の煌は「行ってらっしゃい」と、柚と結花に送り出されて家を出た。 マンションを出た所で、空を見上げながら口角を吊り上げた。 ここ最近の柚の態度が明らかに変化したからだ。 俺の事を兄として慕っていたが、その兄が実は自分の事を想っているのを知ったんだ。少しぐらいは反応してもらわなければ困る。 今までは体を密着させても顔色一つ変えなかったのに、今では少し手が触れただけで顔を真っ赤にして意識してくれている。それが、堪らなく可愛くてもっといじめたくなる。 ──もっと俺の知らない柚を見たい。 男として認識されれば、後はこっちのもの。 ほくそ笑みながら会社へと向かって足を進めていると、一人の老人が苦しそうに蹲っているのが見えた。 「どうしました!?大丈夫ですか!?」 慌てて駆け寄り声をかけるが、呼吸が荒く声すらも出せないような状態だった。 (まずいな) 煌はすかさずスマホを手に取ると、救急車を呼ぼうとボタンを押した。 「どうしました!?」 電話を掛けていると、駆けつけてくる人影が見えた。 「僕は医者です!」 そういう男の顔を、煌は知っていた。だが、今はそんな事より人命救助が先だ。 慌ただしく動いていると、いつの間にか辺りは人集りになり、老人の家族だという人もやってきた。 奏の処置が良かったのか、すぐに容態は安定したが、大事をとって救急車で病院へと搬送されて行った。 「本当にありがとうございます」 妻だと言う人に何度も何度も頭を下げられたが、当然の事をしたまでだと伝えておいた。 救急車を見送り、辺りも落ち着きを取り戻したのを見計らってから奏に向き合った。
Last Updated: 2025-12-04
Chapter: 第55話「ごめん、ちょっとトイレ!」 「あ、おい!」 結花を煌に任せて、奏の姿が見えた当たりまで来ると、その姿を探した。だが、奏の姿は見当たらなかった。(見間違い……よね) いくらなんでも他人の空似だと思うが、何故か胸騒ぎが収まらない。「どうした!?」 私の様子を気にした煌と結花も慌ててやってきた。「ううん。なんでもない」 「すまん……俺の気が焦ったせいでお前を戸惑わせた」 煌は自分の告白のせいで逃げ出したと思っているようだった。「いや、本当に何でもないの!知り合いに似ている人が居たから……」 「知り合い?」 その言葉を聞いて、煌の眉間に皺が寄った。「あ、でも気のせいだったみたい。こんなところにいるはずないし……」 煌の目が光る中、気まずそうに目を逸らしながらそう伝えた。(誰とは口にしていないが、コイツがここまで気にする人物は一人しかいない) まさかと思いながらも、煌も辺りを見渡し奏の姿を探してみるがその姿を捉えることは出来なかった。ホッと安堵すると、柚と結花の手を取った。「よしっ、あっちに観覧車があるんだ。乗らないか?」 「乗る!」 「え、ちょっと待って!」 結花と煌に引っ張られるように手を引かれて行った。 その後は、奏の事なんて忘れるほど楽しい一日を過ごした。結花もずっと笑顔で、とても楽しそうだった。帰りは案の定、煌の背中で規則正しい寝息を立てていた。「結花も随分重くなったな」 「ごめんね。代わる?」 「いや、そういう事で言ったんじゃない。子供の成長は早いんだなと実感していた所だ」 「そうね。あっという間に私の元からも離れて行っちゃうわよ」 そうなったら、私は本当に一人きりになってしまう。寂しくないと言えば嘘になるが……「俺がいる」
Last Updated: 2025-12-03
Chapter: 第54話 次の日、煌は約束通り、私と結花を連れて大きなショッピングモールへやって来ていた。 沢山の店舗が入っていて、見ているだけでも楽しい。結花も目を輝かかせて、どの店から回ろうか吟味している様だった。 「ねぇ!こっちこっち!」 「こら、走るんじゃない」 煌に注意されても、気にせず一人で先に行ってしまう。 「まったくアイツは……」 「ふふふ、それだけ楽しいのよ」 ブツブツ文句は言うが、しっかり迷子にならないように目を光らせている煌を見て、思わず笑えてしまった。 「ママ!アイス食べたい!」 そう言いながら目の前の店を指さしていた。しっかりしているように見えても、こういう所は子供らしいと少しほっとしながら結花の元へ急いだ。 「お嬢ちゃん、今日はパパとママとお出かけ?」 「うん!」 「え!?」 私達の姿を見た店員の女の子が笑顔で声をかけたかと思えば、結花は満面の笑みで返事を返していた。その姿に思わず声がでた。 傍から見ればこの構成は家族のように見えておかしくないが、本来の関係性はまったく違う。 (ここで変に否定するのものな……) 変な疑惑を持たれそうだし……かといって否定しないのもどうなの?と必死に頭を巡らせていると、煌が肩を抱いてきた。 「良かったな結花。お姉さんに礼を言いなさい」 「うん。ありがとう!」 「いいえ。こちらこそありがとうございました」 結花は二つ乗ったアイスクリームを落とさないように持つと、嬉しそうにベンチに腰かけて食べ始めた。 「あんなに頬張っちゃって」 少し離れたところから微笑みながら呟いた。 「なあ」
Last Updated: 2025-12-02
Chapter: 第53話 柚と煌が仕事から帰ってきたのは、時計の針が18時を少し過ぎた頃だった。 「遅くなってごめん!」 「おかえりなさい。全然大丈夫だよ」 柚が飛び込むようにしてリビングに入ると、歪な形をしたおにぎりと、インスタの味噌汁が器に注がれていた。 「これ、結花が?」 「う、うん。火が使えないから……これしか出来なかったけど……」 顔を俯かせ、照れながらも申し訳なさそうにしている結花を見て、柚は力一杯に抱きしめた。 「ありがと~!すっごい嬉しい!」 「へぇ?これ全部結花が?大したものじゃないか」 「へ、へへへへ」 柚と煌に褒められて、子供らしい笑顔で喜んだ。 「「いただきます」」 三人で食卓を囲みながら、他愛のない話をしながら結花の作ってくれたおにぎりを頬張る。この何気ない日常がいつまでも続くことを祈って…… 「結花は何してたの?」 「え?」 「友達もいないしつまらなかったでしょ?」 「ううん。あのね──」 そこまで口が開いたところでハッとした。 『僕と会ったのは秘密』 先生と会ったことは内緒だった。と 「結花?」 急に黙ってしまった結花を心配して声をかけると「なんでもない」と元気な応えが返ってきた。 本当は言いたくて仕方ない。けど、約束は約束だと言いたい気持ちをグッと堪えて、笑顔で誤魔化した。 柚自身も、何か隠している雰囲気は読み取ったが、結花が話したくないと言っている事を無理強いするは良くないと思い、その場は黙っている事にした。 「そうだ。明日は休みだから何処か出掛けないか?」 「え!いいの!?
Last Updated: 2025-12-01
Chapter: 第52話「行ってくるわね」 「いってらっしゃい」 結花は玄関で柚と煌に手を振って送り出した。 結花の学校開始まではまだ時間があるので、しばらくの間は一人で留守番だ。一人で家にいることは慣れているが、知らない土地というだけで不安はある。 幼い頃から母である柚の手伝いをしてきたので、六歳ながらに一通りの家事は出来る。火を使う事は出来ないし、大人のように力も身長もないので手間取ることは多いが、少しでも母の力になりたいと小さいながらに頑張って来た。「次は、洗濯物ね」 洗い立ての洗濯物を洗濯機の中から取り出した。「んしょッ!」 大きな掛け声をかけながら、重たい洗濯物の山をベランダへ運び入れると、一枚一枚丁寧に干していった。「あ!」 最後の一枚とところで、タオルが風に乗って飛んで行ってしまった。飛んで行った方向を見ると、一階の植木に引っかかっているのが見えた。「やっちゃった……ん?あれ?」 下を覗くと、一人の人影が見えた。キョロキョロと辺りを見渡して不審な様子だが、ここは9階。顔までは把握できない。「困ったな……」 あの人と鉢合わせしたくない。けど、また風に吹かれて飛んで行ってしまうかもしれないと思うと、じっとはしてられなかった。 何かされそうになったら大声を出せばいい。そんな安易な考えで、下へと下りて行った。「んと~……あ、あった!」 無事にタオルは回収できた。早く部屋にもどならきゃ。と踵を返したところで「結花ちゃん?」 自分の名を呼ばれて、思わず振り返った。 そこには、自分の主治医で自分の命を救ってくれた先生。奏が立っていた。「え?なんで先生がいるの?」 この国で知り合いに会えた喜びと、何故ここにいるのかという困惑がいっぺんに襲い掛かってきた。「あ、ああ、たまたまここを通りかかったんだ」 「そうなんだ!す
Last Updated: 2025-11-27
Chapter: 第51話 高層ビルが立ち並び、忙しなく人々が行きかう街中を縫うように煌が歩いている。皺ひとつないスーツに身を包み、颯爽と歩く姿は道行く人の目を奪ってくる。 煌は高層マンションの前で足を止め、顔を見上げてマンションを眺めながら口元を緩めた。「……長かった」 ぽつりと呟き、中へ入って行った。 「あ、煌くんおかえり!」 「ただいま」 玄関を開けると、結花が飛びついてくる。「ほら、結花、煌は疲れてるんだから離れなさい」 その後から柚が駆けてくる。不満そうな結花を離すと「おかえり」と優しい声がかかる。この瞬間が何よりも幸せを感じられる。「疲れたでしょ?ご飯できるわよ」 「ああ」 ネクタイを解きながら、柚の背中を眺めていた。「ん?どうしたの?」と怪訝な顔をした柚が顔を覗かせてくる。警戒心の全くない様子に、少しだけイラつく。 出来る事ならこのまま押し倒して、自分のものにしてしまいたい。息が出来ないほどキスをして、貪るように身体を重ねたい。 そんな衝動をグッと堪え、笑顔を作りなおした。「こうしてると本当の夫婦みたいだな」 「え!?」 耳元で囁くと、顔を赤らめて分かり易く動揺している。(それでいい) そうして俺を男だと認識していけばいい。ここには邪魔者はいないのだから……(早く俺に堕ちてこい) 欲望が渇欲となって襲ってくる。こんな醜くて恣意的な感情は柚に知られないようにしなければならない。 柚の頭を優しく撫でると、逃げるようにキッチンへと行ってしまった。「逃げられたか」 クスッと微笑みながら、自分の部屋に入り素早く着替えを済ませ、リビングへと向かった。リビングに入ると、すぐにいい匂いが鼻に匂ってくる。 テーブルには温かい料理が用意されいて、結花も箸を並べたりと柚の手伝いをし
Last Updated: 2025-11-26
Chapter: 22 ようやく落ち着きを取り戻した、ヴァレンティン邸。静かな夜…月明かりが屋敷を照らしている。その屋根の上に一人の男の姿があった。 「あ~ぁ、今回、俺も結構頑張ったと思うんだけどなぁ」 ボヤきながらその場に寝転び、月を眺めるのはクライヴの影であるセウ。 シャオにいい所を取られた形になったが、この人も今回の功労者。その事を知るのはクライヴと国王であるエミディオだけ。影の存在なので仕方ないと言われればそれまでなのだが… 「影も辛いなぁ」 誰にも知られず、仕事をこなす。自分の選んだ道とは言え、流石に堪える。 「セウ様、セウ様」 感傷に浸っていると、下から自分を呼ぶ声が聞こえた。顔を覗かせて見ると、この屋敷の侍女が呼んでいた。 「なんだい?」 「少しお時間よろしいでしょうか?」 誘われるままに後を着いて行くと、食堂に通された。 扉を開けると、沢山の料理を囲うように屋敷中の使用人が集まっている。 「な、は?」 「旦那様からの言付けです。セウ様を労ってやってくれと」 戸惑うセウに執事長が声をかけた。 「旦那様は少々野暮用で立ち会えませんが、我々が精一杯労わせて頂きますゆえ、お許し頂きたい」 執事長が頭を下げると、セウは「ははっ」と顔を手で覆いながら笑った。 「参ったねこれは…本当に我が主は抜かりがない」 使用人達は優しく微笑みながら、セウを取り囲んだ。 *** 「お、お兄様!?」 「何です?」 クライヴの部屋に連れ込まれ、壁に背中を押しけた状態でクライヴが覆いかぶさる。 甘い香りが鼻に匂ってくる
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: 21 ミランダはリッツ家の負債を補う為、あろう事か実の兄であるヴァレンティン伯爵の殺害を企てていた。 隣町まで行くことを薦めたのも、プレゼントを薦めたのもミランダ。 隣町に行くには切り立った崖を通らなければならない。事故に見せかけて殺害するには持ってこいの場所。あの日、雨が降っていたのは想定外だったが、ミランダからすればこれ以上ない絶好の天候だった。 闇市で購入した魔石を地面に埋め込めば、簡単に地面が崩れ土砂崩れとなった。 後は、二人の兄妹を上手く排除出来ればヴァレンティン邸は自分のモノに出来ると思い込んでいた。 シャルロットにシャオを薦めたのも、シャオから融資を募るため。二人が上手く行けば、シャルロットを操っていずれヴァーチュ商会も手に入れようと考えていたと… 全貌が明らかになり、シャルロットは言葉を失い、ただただ茫然とするばかり。 その後、ミランダはヴァレンティン伯爵夫妻の殺人を企てた容疑で拘束された。 夫であるリッツ伯爵は最後まで「俺は知らなかったんだ!」と、全て妻であるミランダの責任を押し付けようとしていた。 *** 波乱の夜会が終わり、数日が経った。 一連の経緯を知ったシャルロットは、あまりのショックに熱を出して寝込んでしまった。 愛していた叔母が、愛する両親の殺害を企てていたなんて知れば当然のこと。だからこそ、クライヴは出来るだけ穏便に済ませたかったのだが、そうはいかなかった。 そうして、シャルロットの体調も戻りつつある本日、リリアン王女が国へと戻るらしい。何故か、見送りの場にクライヴと共に呼ばれて仕方なく赴いた。 「此度は大変お騒がせ致しましたわ」 随分と汐らしい態度に、クライヴは驚きを隠せない。 「ふふふっ。正直、このまま帰るのを
Last Updated: 2025-08-29
Chapter: 20 リリアンに責められ、顔面蒼白で蹲るミランダ。 そんな妻の様子を見たリッツ伯爵は、ゆっくりと後退りし、この場を逃れようとしたが、後ろに控えていた騎士に両腕を拘束され、項垂れるように肩を落としている。 この異様な雰囲気に、シャルロットは呆然としたままミランダを見つめていた。 「リッツ夫人」 次に口を開いたのはクライヴだった。 「貴女は叔母としてシャルロットを愛してましたか?」 クライヴの言葉に、ミランダもシャルロットも目を見開いた。 「な、何を言うの!?そんなの当たり前じゃない!」 「そうですか?私にはそうは見えませんでしたね」 「は!?」 クライヴに食ってかかるようにミランダが声を上げる。 「血の繋がらない紛い物が知ったような口を聞くんじゃないわよ!幼い頃からシャルロットの面倒を見てきたのよ!私にとっては娘同然なの!」 「その娘を自分の私利私欲の為に、道具にしようとしたのはどなたです?」 声を荒らげるミランダに対し、クライヴは冷静沈着に問いかけた。 「な、何を言っているの…?」 声を震わせ、動揺しているのが見て取れる。 「調べはついているんですよ」 ミランダの目の前にドサッと置かれた書類の束に目をやると、大量の借用書やリッツ家の財産目録。見る限り、リッツ伯爵家が随分困窮しているのが分かった。 そして、その中にはシャルロット達の屋敷であるヴァレンティン伯爵邸の相続登記まである。 「叔母様…これは…」 これではまるで、ヴァレンティン邸を叔母であるミランダが管理すると言っているようなもの。 証拠を突きつけられたミランダは、悔しそうにギリッと歯を食いしばりクライヴを睨
Last Updated: 2025-08-28
Chapter: 19 扉を開けた先には、煌びやかな装いをした貴族達がおだやかな雰囲気の中、ガヤガヤと賑わいを見せていた。 「あらぁ?シャルロットちゃんじゃないの」 真っ先に声をかけてきたのは、叔母であるミランダだった。その隣には、いかにも紳士という風貌の男性、ミランダの夫であるリッツ伯爵だ。 「御機嫌よう。叔母様、叔父様」 軽く会釈して挨拶を交わした。 「驚いたわぁ。あの男がエスコートを貴方に譲るなんて」 「ははっ、まあ、お願いされちゃったらね?」 チラッとこちらに目配せしてくる。そんな意味あり気にすれば、どんな馬鹿でも察しがつく。 現に、ミランダは「あらぁ?」なんて顔をニヤつかせている。 「やっぱり、噂は本当だったみたいね」 「噂?」 「あら、シャルロットちゃんは知らない?リリアン王女とあの男の婚約の話」 「え?」 一瞬、心臓が止まったかと思った。 「陛下直々の縁談だったようで、断りきれなかったのねぇ。今日はその報告も兼ねているって話しよ?」 ミランダが続けて話してくれるが、耳に入って来ない。 「リリアン王女には兄弟がいない。あの男は必然的に婿として彼女の国へ嫁ぐことになる。貴女もそこの彼と一緒になれば、あちこちの国を回る事になる。そうなると、ヴァレンティンの屋敷は人がいなくなってしまうわねぇ?」 「そうだ、私達が――」そう、切り出したところでワッと歓声が上がった。 「ああ、団長様のご登場みたいだね」 シャオの言葉で顔を上げると、クライヴとリリアンの姿が見えた。 クライヴの腕にリリアンが身体を密着させて手を絡ませている。二人で目を合わせて楽しそうにしている。 (ああ……そう言う事……) 自分以外にそういう表情を見せているという事は、そう言う事なんだろう。 頭の何処かでは疑っていたが、こうして目にしてしまうと現実を見せつけられているようで、悲しさよりも腹が立って仕方がない。 正直、涙の一つでも流れると思っていたが、殴りたい衝動を必死に抑えているのが現実。 「大丈夫?」 「何が?」 前を見据えて微動だにしなくなったシャルロットを心配したシャオが耳打ちしたが、間髪入れずに睨みつけられた。思わずシャオも苦笑いを浮かべていた。 「皆の者に報せがある」 国王であるエミディオが、クライヴとリリアンの隣で声を上げる
Last Updated: 2025-08-25
Chapter: 18 ある日、シャオが訪ねてきた。 「おや、随分雰囲気が変わったね。団長様と何かあった?」 顔を見るなり唐突に言われて、言葉に詰まった。 正直、この関係を何と説明していいのか解らない。兄妹だが、兄妹よりも深い仲。付き合っているのかと聞かれれば、それはノー。 シスコンだのブラコンだのと言われたら否定できない部分はある。 「ははっ、一歩前進と言った所かな。まあ、まだそんな感じなら僕の隙いる間もあるって訳だ」 「まだそんな事言ってるの?」 「僕は諦めが悪いんだよ。欲しいものは何としてでも欲しい性分なんだよね」 面倒臭い者に目を付けられた… そんな事を思いながら、用意されたお茶に手を伸ばした。 「そんな君に朗報。今度、舞踏会が開かれるのは知ってるね?」 「?ええ」 それは三日後に行われる城での催し物。リリアン王女が滞在中に是非にと、早急に日程を決めたらしい。 私達兄妹も招待されているのだから、知らないはずが無い。 「団長様は例のお姫様と参加するらしいよ?」 「は?」 足を組み、優雅にお茶を啜るシャオの言葉が上手く聞き取れなかった。 「だから、君の兄上でもある団長殿は、リリアン王女のエスコートをするんだって」 もう一度聞き返して、ようやく頭が理解した。 鈍器で頭を殴られたような衝撃だったが、すぐに「ふ~ん」と、自分でも驚くほど冷静になれた。 今回の舞踏会の話は義兄であるクライヴから直接聞き、その場で私のエスコートは自分がすると自らが宣言していた。当然、私もそのつもりでいた。 (な・の・に・だ) この裏切り。 人間は、怒りが沸点を超えると冷静になるんだと、今知った。それと同時に、|クライヴ《あの人》に振り回される自分が馬鹿らしく思えてきた。 「私のエスコートは貴方にお願いするわ」 真剣な表情でシャオに向かって言った。 「ええ~?そんな急に?僕のエスコート待ってる子結構いるんだけどなぁ?」 困った風を装っているが、顔がほくそ笑んでいる時点で嘘だと言っている。 「そう。それなら、他を当たるわ」 「あ、ちょっと待って!空いてる空いてる!僕にエスコートさせて!」 私が縋るとでも思っていたのか、あっさりと切り捨てるとシャオが慌てて引き止めてきた。 「ふはっ!貴方、そんなに焦らなくても嘘だって分かっ
Last Updated: 2025-08-27
Chapter: 17「…ん…んん……!」 シーンと静まり返った部屋に、荒い吐息と水音が響いている。 ベッドの上でシャルロットを組み敷くクライヴの姿が影となって床に映る。 「お、お兄…ん…ッ!」 口を開けば唇で塞がれ、舌を絡め取られる。 どうしてこんな事になったのか…何故、この人はこんなにも嬉しそうなのか… 見せつけるかのように濡れた唇を舌で舐めとる姿は、妖艶で官能的。このままでは雰囲気に飲まれる…! 「ちょ、本当に待って…!」 必死に押し退けようとするが、両手を拘束され執拗にキスしてくる。唇、頬、首筋とこちらがいくら待てと言っても聞きゃしない。 「いい加減に………しろッ!!!!」 舐めまかしい雰囲気を払拭するゴンッ!という鈍い音と声。 我慢の限界を迎えたシャルロットが渾身の頭突きをかました。 この場合、仕掛けた本人も痛みを伴うが、貞操が守られるのならこの程度の痛み…! 「とりあえず、弁解があるようようなら聞きますが?」 痛む額を誤魔化すように、蹲るクライヴを仁王立ちで睨みつけた。ここまでして、ようやく正気に戻ったのか、か細い声で「すみません」と呟いたのが聞こえた。 「ロティが…」 「私が?」 「リリアン王女に嫉妬したと聞いて嬉しくて、つい…」 「は?」 赤らむ顔を手で覆いながら言われた。 嫉妬?誰が?誰に?この人は何を言っているの? シャルロットは困惑しながら、クライヴを見つめていた。 「──ですが、嬉しい反面、憎さもあります」 腕を引かれ、再び押し倒さ
Last Updated: 2025-08-23