LOGIN7年前、遥乃は付き合っていた奏に心を全て捧げた。 しかし「ただ遊んでいただけだ」という一言で胸を刺され、卒業パーティー前に傷を抱え、ひっそりと姿を消した 。 今、彼女は名前を変え、かつてのぽっちゃりから冷艶な美女へと生まれ変わっていた。 かつての恋人が再び目の前に現れたとき、止まっていた時間が動き出したように、彼の鼓動も激しく乱れた。 7年の恨み、7年の片思い、7年後の今、彼は綻んでいた糸を紡ぐ為に一歩を踏み出した。
View More幸せなんてものはこの世にはない。あるのは残酷な現実だけ。それを知ったのは高校の卒業パーティだった──……
*** 朝倉遥乃には、付き合いたての彼がいた。その人の名は、藤原奏。 目鼻立ちの整った顔に豪門の御曹司。更には学力、運動共に学年トップで文武両道。まさに御伽噺の絵本から飛び出した王子様のような人。 それに比べ遥乃は、ふくよかな体系でお世辞にもお似合いというカップルではなかった。遥乃自身もそれは重々承知している。 それでも自分の気持ちに嘘は付けず、ことある事に奏に自分の存在をアピールし、如何に奏のことを想っているかを伝え続けた。 最初の内は冷たくあしらっていた奏も、日が経つにつれ笑顔を浮かべるようになっていた。 その結果── 「いいよ」 何度目かの告白で想いが届き、付き合う事が出来た。 周りからは批判や嫉妬、嫌がらせなどもあったが、交際は順調だった。奏が傍に居て、笑いかけてくれる。そんな毎日が幸せだった。 そして18歳の誕生日、私は奏の家に呼ばれた。 「誕生日おめでとう」 「ありがとう」 手渡されたのは、小さな箱に入ったネックレス。ハートのモチーフに小さなアメジストがはめられている。 「貸して。付けてあげる」 「え」 奏の手が首に触れる度に心臓が飛び跳ねる。心臓の音が耳について煩い。 カチッ 金具の留まった音が聞こえ「出来たよ」そう耳元で囁かれた。 「ありがとう……」 真っ赤に染まった顔を見られるのが恥ずかしくて、顔を俯かせながらお礼を口にする。 大事そうに手の中に包み、何度も何度も見直しては嬉しそうに微笑んでいる遥乃の姿に奏は、クスッと微笑むと背後から強く抱き締めた。 「か、奏君!?」 驚いた遥乃が後ろを振り向くと「チュッ」と軽く唇が触れた。 「ッ!!」 遥乃は思わず飛び上がりそうになったが、奏がそれを許してくれない。 「ダメ、逃げないで」 頬、耳、首筋と順番に柔らかな唇が触れる。 「遥乃…」 名を呼ぶ彼の瞳はいつになく真剣で、熱を帯びた表情が艶っぽく目が離せない。 どちらともなく顔を近づけ、深いキスを交わしていた。 荒い息遣いとお互いの熱が絡み合う音だけが部屋に響く。初めて感じる快楽と幸福感に遥乃は身を委ね、ただ酔いしれていた。 身も心も奏のものになった遥乃は、毎日が幸せだった。だが、そんな彼女にも不安はある。 (明日は卒業式……) 共に進学するが、大学は別々。今まで学校へ行けば会えていたのに、それが出来なくなる。会えない寂しさと傍に居られない不安に押し潰されそうになる。 そんな時は、胸元にあるネックレスを眺めて気を落ち着かせている。 「大丈夫よ」 あの日、何度も何度も「好きだ」と口にしながら抱いてくれたんだもの。きっと大丈夫。そう、思っていた…… *** 「遥乃?冗談じゃない。あんなの遊びだよ。俺が本気になると思うか?」 次の日、無事に卒業式を終えた遥乃は、卒業パティーが開かれる会場へと来ていた。 忘れ物を取りに戻っていた遥乃が着いた頃には、既に賑やかな声が扉の外まで聞こえていた。自分も早く入ろうと手を伸ばしたが、愛する人の言葉に手が止まった。 「あはは!だよなぁ!だって、相手があの朝倉だぜ?俺は金積まれても無理だわ」 「本当よ!いくら遊びでも、奏くんの品が疑われるわよ?」 「ごめんごめん」 遥乃の耳に入ってくるのは、だらしのない体型を馬鹿にしたり、控えめで卑屈な性格を嘲笑う声…… 唯一の味方だと思っていた奏までもが、一緒になって嘲笑い馬鹿にしている。 優しい瞳で甘い言葉を囁いてくれたのも、身体を重ねて愛し合ったのも全部嘘だったって事? 手が震えて視界が涙で滲んでくる。 耐えられなくなった遥乃は会場に入らず、その場から立ち去った。 怒り、悲しみ、絶望……色んな感情が一気に襲いかかってくる。 「はぁ…はぁ…はぁ…ははっ……」 家に戻り、自分の部屋に鍵をかると、力なくその場にしゃがみこんだ。 『遊びだよ』 奏の言葉が呪いのように耳について離れない。チャリと胸元でネックレスが揺れる。 「~~~ッ!」 怒りのままに引きちぎろうと手を伸ばしたが、出来なかった……我ながら往生際が悪いとは思ってる。 初めての恋、初めての彼、初めての…… 舞い上がっていたのは私だけだった。彼の中で、私の存在は単なる暇つぶしの玩具に過ぎなかった。 「……馬鹿みたい……」 自嘲しながら呟いた。 これ以上惨めな思いはしたくない遥乃は、奏の連絡先を全て消し、彼の前から姿を消した。別れも告げず、一方的な別れだった。 遥乃は、自分の事を知る者のいない土地を目指し、国外へと旅立った。 この時、遥乃のお腹には小さな命が宿っていたが、彼女は誰にも伝えず、人知れずひっそりと子供を産んだ。 ──7年後、遥乃は朝倉遥乃と言う名を捨て、高瀬柚と名乗り、故郷の国へと戻ってきた。お昼の休憩時間、柚は一人カフェで人を待っていた。「ごめん。待たせた?」 「今来たところだから大丈夫」 向かい合うように座ったのは奏。結花と話をした後、奏に『今日会える?』とメッセージを送っていた。「初めてじゃない?君から連絡くれるの」 「そう?」 嬉しそうに口を開く奏に対して、浮かない表情の柚。言葉も自然と素っ気ないものになってしまう。いざ、顔を合わせると何を話していいのか分からず、沈黙が続く。 こんな場面、煌に見られたら大変なことになる。早くしなきゃと気だけが焦る。「……ねぇ、なんで柚は僕に会ってくれたの?」 黙っている私を気遣ってか、奏が声をかけてきた。「それは、結花が……」 「違うでしょ」 はっきりと言い切った。「結花ちゃんに言われたか僕と会ったって?そんなのいいわけだろ。別に会わなくても適当に誤魔化せるじゃないか」 「そんなこと――」 「違うって?いつまでそんな事言ってんの?」 「!!」 まるで私が奏に会いたかったような口ぶりで責め立ててくるが、悔しいことに言葉が出てこない。「君の本当の気持ちを知りたいんだよ。本当に僕の事が嫌いだと言うんならもう二度と目の前には現れない」 まるで私の心を見透かすような眼差しに、ドキッと胸が跳ねる。(私の本当の気持ち……) 煌は好きだ。だけど、それが恋愛感情かと問われたら答えに困るかもしれない。――じゃあ、奏は? 憎しみはあるが、嫌いかと聞かれたらそうではない。初めて本気で好きになった相手で、結花を……私を母にしてくれた人。捨てられたと分かった時、辛かったし苦しかった。けれど、どうしても嫌いにはなれなかった。「大丈夫。全部受け止める。だから、話して?」 俯いたままの私の手を握り、優しく声をかけてくる。心にかかっていた靄が晴れる気がした。「私は……貴方を恨んでるし憎い。多分これはずっと癒えない傷。けど、嫌いにはなれなかった。何度も嫌いになろうとしたのに、無理だった
煌と付き合い始めたが、いつも通りに毎日が過ぎて行った。 変った事と言えば……「行ってくる」 「行ってらっしゃい。またあとでね」 「ああ。……柚」 「ん?」 チュッ「――ッ!!」 「じゃあ、先に行くな」 送り出す時に必ずキスをしてくるようになったくらい。(もう……) 火照る顔を誤魔化すように手であおいだ。元々甘やかしだったが、付き合うようになってから加速している気がする。嫌とかそう言うんじゃないけど、心臓に悪い。「――ん?」 リビングへ行くと、ニヤニヤしている結花と目が合った。「ラブラブですねぇ」 「……」 結花には頃合いを見て伝えるつもりだったのに、いつの間にか煌が伝えてしまっていた。それからと言うもの生暖かい目で見つめてくる。「でもさ、本当にいいの?」 「何が?」 洗い物をしていると、思い詰めたような顔で問いかけてきた。「煌君のこと」 「え?結花は嫌?」 「そういうんじゃいよ。ママの気持ち」 そう言われ、動いていた手が止まった。「煌君は昔から一緒だったし、なんならパパだと思ってた人だから」 「そうね」 「でも、奏先生は?」 ドキッと胸が鳴った。「ママさ、気づいてないかもしれないけど、奏先生を見る目すごく優しかったよ?」 「え」 「だから、ママが好きなの先生なんだって思ってた」 「……」 「煌君とは違う。最近のママ、凄く苦しそうに笑ってる」 結花は眉を下げて心配そうに私を見ている。こんな小さな子に心配されて……私は何をしているんだろう。「……奏先生とこの間会ったの」 「え
結花が眠りに付き、煌と二人の時間になった。「なあ……帰りのあれ、本心か?」 「え?」 「俺と結婚を前提ってやつ」 「あ」 あの時は奏を諦めさせるために、それしか答えが出てこなかったけど、改めて考えると恥ずかしくなってきた。「今更なかったなんて言わないよな?」 「えっと……いいの?」 「当たり前だろ」 なんか売り言葉に買い言葉のようになってしまったから、納得できないんじゃないかなと思ってた。 煌からすれば、柚の口から聞けただけで十分だった。それが例え、その場限りのものだとしても……「ずっと夢見てたんだ。お前と一緒になることが俺の夢だったんだ」 柚を自分の腕に抱き寄せながら伝えた。 柚は微かに震える煌の肩に手を回した。言葉にしなくても、その仕草で煌の心は晴れやかになる。「柚……」 そっと顔を見つめると、どちともなく唇を寄せ合い深いキスを交わした。 *** 奏はホテルで酒を呷っていた。 窓に輝く街の灯りは腹が立つほど綺麗で、遥乃と付き合って頃を思い出させた。「奏くん、綺麗ね」 「そう?ただの灯りじゃないか」 「もう、乙女心がわかってない」 夜景の見えると話題の観覧車に乗った時の会話だ。素っ気ない態度を取って怒らせてしまった。 カップルばかりで、何となく居心地が悪くて夜景なんてどうでもいいから早く終われと思いながら乗っていたのを覚えてる。僕はつまらなそうにしていても、遥乃はとても楽しそうに顔を輝かせて外を眺めていたな…… 今なら共感できる。凄く綺麗だ。 そう思っても、伝える相手がいない。それがどれだけ寂しくて虚しい事か…… 奏の頬を一筋の涙が伝った。「ッ!?」
いつも通りの時間に仕事を終えた柚は、会社の前で煌が終るのを待っていた。 季節は暖かい時期を過ぎ、肌寒くなってきていた。(さむっ) 手を擦りながら行きかう人の顔を見ていると、忙しなく歩く人や笑顔で楽しそうに会話をしながら歩く人。手を繋ぎながらあるくカップルなど、いろんな人が目につく。 その中で、ある人に視線が止まった。(あ、れ?) 相手も、こちらの視線に気が付いたのか、こっちに向かって歩いて来る。まさか……という思いが頭をよぎる。「柚」 笑顔で名前を呼ぶその人は、紛れもなく奏その人……「なんで……?」 「ごめん。迷惑なのは分かってる。だけど、やっぱり君の事が諦められない」 困惑する私を余所に、自分の気持ちを伝えてくる。今そんな事を言われても、理解が追い付かない。「仕事は終わったんだろ?少しだけ話せるかな?」 眉を下げ、遠慮しがちに言われても、前に進むと決断した今、こちらには話す事など何もない。ここで奏の話を聞けば、変な期待を持たせることにもなる。「……私は貴方と話すことはない」 「少しでいい」 「やめて。こんな所までやって来てどういうつもり?」 「僕はもう君を失いたくないんだ」 「随分、自分勝手な事いうのね」 こんな所で口論していれば、嫌でも目に付く。会社の前という事もあって、知った顔もちらほら視界に入る。「本当に迷惑なの」 「どうしたら、償える?」 「二度と目の前に現れないで」 「それはできない」 一向に引こうとしない奏に、溜息しか出ない。そんな時、煌が会社から出てくるが見えた。「私、彼と結婚を前提に付き合ってるの」 煌を指しながら奏に伝えた。「え?」 それに驚いたのは奏んだけではなく、煌も同じこと。目を見