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景文日向
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Novel-novel oleh 景文日向

武神に認められた僕は、高天原の面倒事を処理することになりました

武神に認められた僕は、高天原の面倒事を処理することになりました

幼い頃より霊感が強く、霊能力者でもある如月一成は大学生活を送る傍ら妖怪や地縛霊を退治している。彼に霊能力の扱い方を教えた神、蓮に認められた時に高天原から使者が降臨した。 「高天原を、蓮様と共に救ってくれませんか?」 人間でしかない一成が、高天原の面倒ごとに巻き込まれていく日々を描いた日本神話ファンタジー。
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Chapter: 出雲と食
「……で、何を食べるの?」 人の視線など、全く気にしないかのようにスセリヒメは隣を歩く。「あ、あの……その前に、その服何とかなりませんか」 確かに、普通の人間に彼女は見えない。でも、僕は見える。胸元の破損も、当然気になる。僕は男だし、余計に。彼女はそんなの、気にも留めていないっぽいけど。「服?」 案の定だ。蓮もそうだが、神というものは露出を恐れないらしい。「ああ……現世向きにしろということかしら」 挙句の果てに返ってきたのは、的外れな言葉。僕の反応を待つ前に、彼女は指を鳴らす。 その瞬間、彼女の体が光に包まれた。そして現れたのは、優雅な黒いワンピースに身を包んだスセリヒメ。長い黒髪も合ってか、妖艶に見える。ワンピースなので、少し膨らんでる胸も目立つ。「これでどう? 最近、こういう服が流行っているのでしょう?」 ハイヒールをカツッ、と鳴らして彼女が問う。思わず、息を呑んでしまった。「……良いと思います」「何よ、上から目線ね。私は神よ」 性格は何一つとして変わっていないので、安心した。黒髪を翻し、彼女は歩き出す。「ついてきて。貴方は人間だから、根の国のものは食べると大変なことになるの。……だから、地上で食べるわ。出雲は初めて?」「ああ、はい」 気を許せば、案外優しい神らしい。確かに、大国主の神話でもそうだった気がする。あれも事実か。「出雲の食は、神向けだけれど……何かしらは貴方に合うと思うわ」 だがしかし、歩けど自然しか目に入らない。店の気配などない。一体どうするつもりなのだろうか。「……貴方、飛べるのよね」「まあ……」「姿は、私の力で隠してあげる。飛んで。私の後につくように」 言うが早いか、僕の体が浮いた。今、僕は何もしなかった。スセリヒメの仕業だろう。
Terakhir Diperbarui: 2025-11-25
Chapter: これが、神
「……お前、何を言っている?」 流石の雷斗も困惑しているが、僕としては名案のつもりだった。「一緒に暮らしていれば、侵攻もすぐ止められる。それに、天照大御神は慈悲に溢れているから、再教育もできる。どうです?」「なるほど……いや、しかし……」 雷斗は、すぐには反論できないようだった。「確かに、ええかもしれんなぁ。スセリは、うちと暮らしたい?」 天照大御神は、スセリヒメに問う。彼女的には、一緒に暮らしても問題はないらしい。 だが、雷斗と蓮の視線は冷たい。同じ神ではあるのに、差別が存在するのか。そういうところは、人間と変わらないのかもしれない。「……私……」「ん?」 天照大御神は、暖かい声色で続きを促す。「私が、暮らしてもいいの……?」 スセリヒメのその様子は、女性というよりか弱い女の子と言った方がしっくりくる。 見た目は全然そんなことはない。ないんだけど、表現するならという感じだ。「勿論やよ、親族として……と言いたいけど、それは難しいな。天照大御神、という高天原の長としてやろなぁ」「……正気なの?」 スセリヒメの声が震える。それがどういう心情なのかは、僕が推察できないほど深いものだろう。「うちはいつだって正気やで」 あっさりそう言ってのける天照大御神は、やはり器の広さが違う。だからこそ、最高神なのかもしれない。「……大国主とお父様には、どう言うのよ」 大国主。彼女の夫。そういえば、挨拶しなかったけれど……今は何をしているんだ? お父様ってことは、スサノオノミコトか。こちらは、天照大御神の弟だったよな?「ああ、それなんやけど……一成くん」「はい?」 急に名前を呼ばれたので、間抜けな返事をしてしまった。そんなことに構わず、天照大御神は続ける。「悪いんやけど、スセリと一緒に挨拶しに行ってくれへん? 大国主も、スサノオも悪い子やないし。スセリも一緒やから、穏やかに終わると思うで」「え、僕が……?」「うん。高天原の神は、根の国には降りられへんし」 そう言われてしまうと、断れない。スセリヒメも、心配そうに僕を見ている。蓮や雷斗の目線も突き刺さる。「……わかりました。一緒に行きましょう」「ほんま? 助かるわぁ」 途端に、弾んだ声でその場まで明るくなった。いや、それは多分錯覚なのだが……天照大御神である以上否定も出来ない。
Terakhir Diperbarui: 2025-11-21
Chapter: 処遇
「……スセリ」 すっかり勇ましくなったスセリヒメを、天照大御神は優しく抱き寄せる。「天照大御神様、根の国の者に触れては」 雷斗が慌てて制止しようとしても、彼女は聞く耳を持たない。「触らないで! こんな……こんな、醜い私を……」 スセリヒメでさえ、拒絶の意を表す。それでもお構いなしに、天照大御神は語りかける。「ごめんなぁ、うち……冷たすぎたな」 もう全員、黙るしかない。僕に至っては部外者だし。「高天原は、確かに大事やよ。でもな、血の繋がった姪も大事やねん」「貴女……今更何を……」 スセリヒメの声が震えている。低いけれど、前より情の伝わる声だ。「あんた、ホンマは高天原を壊したいわけやなかったんやろ?」 ……え? そうなのか? スセリヒメの方を見ると、涙を流しながら頷いている。「……そうよ。本当に、認められたかっただけなの……」 そうして、一連の事件の話をし始めた。「アマツミカホシをけしかけたのは、紛れもなく私。でも、それは貴女に私のことを認めて欲しかったから。どんな罰でも、望んで受けるわ。高天原から見た私が異物なのは間違いないわけだし」 認めた。一件の黒幕は、彼女だったらしい。 天照大御神は、それを聞いても表情を変えない。慈愛に満ちた眼差しのままだ。「うん、わかっとったよ。うちはね、立場上認められへんのよ。根の国に親族っていうの」「わかってるわよ」「でもな、スセリのことは大事に思っとるで。心の中では、ずっと昔から」「じゃあ、どうして」 嗚咽混じりになってきたスセリヒメが問う。答えはさっき聞いたような気もするけど、当事者だとまた違うのだろう。「やからね……」 天照大御神も、めげずに語りを続ける。彼女は本当に、忍耐の塊のような存在だな。 スセリヒメがひとしきり泣き終わった頃には、朝どころか昼になっていた。流石に眠い。 だが、こんなところで意識を手放したらどうなるかわからない。その一心で目を開けている。「……あの……」 そんな状況でも、突っ込みたいことはある。「僕は、もう帰っていいですか?」「ならぬ」 疲れ切っているのだから、もういいだろう。僕は部外者だし、留まる理由も本来ならない。 帰宅を拒否しているのは、蓮の方だ。確かに、蓮からすれば故郷。でも僕は違う。何の理由で引き留めているのだろうか。 「スセリヒ
Terakhir Diperbarui: 2025-11-17
Chapter: 変容
 スセリヒメからは、香木の香りがする。何だかとても、懐かしい匂い。 ただ、肝心の神力の源らしい髪は狙えない。そもそも、この読みがハズレである可能性もあるのだが。「天照大御神、私だけど」 神殿の扉を開けると、予想外の光景が広がっていた。「……誰だ、お前」 雷斗だ。時間稼ぎは、どうやら成功だったらしい。 蓮の姿は見えなかったが、それは普段と姿が違うからだった。 フツノミタマ。有事には、蓮は神剣と化すらしい。 何も語らないが、それは物理的距離の問題かもしれない。雷斗とは話しているのかも。「私はスセリ。天照大御神の弟である、スサノオノミコトの娘よ」 スセリヒメの瞳から、少しだけあった光が消えた。「やからぁ、認めたらあかんのよ。それは」「……だ、そうだが?」 天照大御神の柔和な否定に便乗する雷斗。僕には触れてこないのも、雷斗らしい。「だから、認めさせるのよ。やっておしまいなさい、私の式神たち」 また髪を数本抜き、式神を形成するスセリヒメ。やはり、神力の源は髪っぽいな。雷斗か蓮に、それを気づかせるしかない。「式神使いか、面白い」 雷斗は何だか余裕そうに笑みを浮かべているが、捕らわれている僕はそれどころではない。「気をつけてください! 髪! 髪なんです、彼女の神力の源は」 雷斗の視線が、スセリヒメの髪に向いた。「一成……恩にきる」 短く言葉を発し、すぐ彼女の懐に潜り込む雷斗。悔しいけど、武神としては超一級だ。 僕ができないことを、すぐやってのける神なのだ。それは、蓮だって全幅の信頼を寄せる。「……余計なことを」 後ろに飛び退こうとしたスセリヒメの腕を掴んで、雷斗は引き寄せる。 その後は一瞬だった。 スセリヒメの腰まであった長い髪は、根本からすっぱり断ち切られた。 それと同時に、僕の拘束も解けた。神殿に、長い黒髪の束が落ちる。式神も、消え去ってしまった。 もう、長かった時代など想像もつかないほど勇ましい髪型になってしまった。風の刃は、彼女の髪を刈り上げてしまった。これじゃ、女神というより武神のような。  僕の見立てが当たっていたのは、幸いだ。これで間違っていたら、雷斗に何と言われるかわからない。 スセリヒメの変化は、髪型だけではなかった。「……神力が暴走しているな……」 いつの間にか人間体に戻った蓮が、そう呟く。
Terakhir Diperbarui: 2025-11-15
Chapter: 拘束
 彼女はそう言うなり、何本か髪を抜いた。そして、それを手で握りしめる。 髪は形を変え、やがて人の姿へと変わった。「やっておしまいなさい、私の可愛い式神たち」 なるほど、これが彼女の手の内。 自分では戦わず、使い魔に倒させる。だから、一人でも高天原を壊せるのか。圧倒的な数の暴力だ。 何にせよ、ここではマズい。神殿が壊れた時、責任を負わなければならなくなるのは僕だ。それは避けたい。 後ろ姿は見せずに、段々後ずさる。「戦いはあかんよ〜」 天照大御神は、こんな時でも平和主義だ。正直、今はそれどころではない。 自分の神殿が破壊されるかどうか、という状況なのに。呑気なのか、それとも僕が考えつかない何かがあるのか。それはわからない。 そんなことより、まずはスセリヒメの戦い方を解析するところからだ。 髪を抜いて式神にした、ということは恐らく神力の源は髪。蓮や雷斗も、アマツミカホシ……記憶に新しいところで言えばタケミナカタも長かった。多分、基本的には髪と神力は一体だ。だから、力を削ぐには髪をどうにかすればいい……のだと思う。その、どうにかの方法を考えなくてはいけないのか。 切る以外にあるか? 長さが力と直結しているのであれば、それが一番手っ取り早い。 では、どうやって? 女性の体とはいえ、神だ。本来なら、僕と住む次元が違う。髪を切る隙なんて、当然だが存在しない。接近するのも危険だ。この仮説が合っているのかもわからないが、やる価値はある。いや、やるしかない。 ……フツノミタマって、アレは……蓮だよな。風神の力を持つフツノミタマであれば、意図しない形で髪を断ち切れるのではないか。となれば、今は防戦するしかない。神殿の外に出たし、逃げ回ってみよう。タケミナカタのように。 体をふわりと浮かせ、空を駆ける。スセリヒメ派当然ついてきた。いけるかもしれない。「喧嘩を売っておいて逃げるなんて、本当は自信がなかったのかしら?」「どうでしょうね」 どんどん加速していくと、彼女もそれに適応してきた。やはり、三貴紳の娘。莫大な神力だ。 僕の神力は無限じゃないから、効率的に使わなくてはならない。あと何時間したら、蓮達は来るのだろう? それさえわかっていれば、もっと上手く立ち回れるのに。「さて、お遊びは終わりよ。私が直々に葬ってあげること、感謝なさい」 結局、逃げ
Terakhir Diperbarui: 2025-11-13
Chapter: マズいのでは?
 攻めてきた? 僕はまだ、何もしていないのに。というか、蓮は? 雷斗は? 無事なのだろうか。 思考がまとまらないのは、今は無くなった眠気のせいではなさそうだ。そもそも、考えてばかりでは事態は好転しない。“到着しました” その声を聞くなり、船から飛び降りる。今、この場がどうなっているのか確かめなければ。 高天原も夜。灯りもロクにないこの場では、被害がどうなっているのかわからない。 そもそも、アマツミカホシの攻撃だって残っている。夜目がきかないのでわからないが、また凄惨なことになっているのだろう。想像はつく。「あのお二人は?」 いつの間にか、人の姿に戻ったトリフネに聞く。「今は就寝中なので、朝になるまでは起こせません。貴方は人間だから起こしたんです。とりあえず、天照大御神様に面会されてください」「わかりました」 彼女の神殿は、淡く発光している。イルミネーションのような煌びやかさはないが、安心する淡さだ。 天照大御神は、その中で誰かと話し込んでいた。長い黒髪、巫女服。見覚えがない姿だ。「だから、私の存在を認めろと言っているでしょう」 黒髪の女性は、そう天照大御神に詰め寄る。随分と気が強そうだ。天照大御神とは、正反対に見える。「存在は認めとるやんか。でも、根の国の住人は高天原に置かれへんねん」 黒髪の女性は、根の国の住人らしい。穏やかな声でも、天照大御神の拒絶が伝わる。「別に、置いてほしいなんて言ってないわよ。私はただ……貴女に姪として認めてほしいだけ」 姪? 親族関係なのか。いや、黒髪の女性の思い込みなのかもしれないけど。「スセリ……そう言うてもなぁ、うちがそれを認めると高天原が大変なことになるんよ」 スセリ? スセリヒメか。 確か、スサノオノミコトの娘だよな。姪……確かに、理屈は通っている。スサノオノミコトは、天照大御神の弟。 弟の娘であれば姪だ。それが認められないからといって、高天原に侵攻していいわけでもないけれど。「あ、一成くんやん」 しかも、最悪のタイミングで気づかれるし。スセリの目線も、こちらを向く。「人間──この目で見るのは、久しぶりだわ。まずは貴方から消してもいいのよ?」 物騒な女神だ。神って、温厚な方が珍しいのか? 正面を向いた彼女は、美麗そのものだった。長いまつ毛、底なしの黒い瞳。女好きで有名なオオ
Terakhir Diperbarui: 2025-11-11
桜田刑事は正義を貫き通す

桜田刑事は正義を貫き通す

桜田正義、34歳警部補。 官僚である男の死体遺棄事件の捜査を担当することになるが、被疑者である永田霞のことを不審がる。 実は、霞は現法務大臣の隠し子で──!? 弁護士、検事、警部補の織りなす人間ドラマ。
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Chapter: 第十一話 協力
 こいつが、自分から非を認めるとは。それほど心に響いたのか、元から実は素直なやつなのか。 それはわからないが、大きな進展であることは事実だ。「じゃあ……協力してくれるのか。永田霞の一件に」 しかし、侑の表情は曇った。完全に心を許したわけではないようだ。「……僕には立場がある。それ以前に、生活があります。簡単に、協力するなんて言えませんよ」 紅茶をまた一口飲み、彼は続ける。「僕には愛する人がいる。彼女を危険に晒すわけには、いかないんですよ」 なるほど、守るべき人がいるわけだ。彼の事情も考えると、無理強いはできない。 俺だって、彼女がまだ隣にいたなら──そんな無茶はできなかっただろう。「わかった、ありがとう。日比谷検事、無理にとは言わない。できる範囲で、やれることをやってくれないか」「努力はしましょう。ですが……上層部は今、永田霞の事件で神経質になっている。期待はしないでください」 永田霞の件で、侑は恐らくまだ何かを握っている。それを話さないのは、ここでは話せない話だからなのか。それとも、俺たちにまだ信用がないのか。どちらにせよ、いずれ話してくれるのを待つしかない。 侑と解散し、新川と二人で歩く。「……桜田」「何だよ」 新川が、話しかけてきた。声のトーンが高くないので、明るい話題ではなさそうだ。「日比谷のこと、どう思った?」 どう思った、か。少しだけ考えて、答える。「……そうだな。まだ底の読めない男、といったところか」 日比谷侑。絶対に、まだ何かある。それを引き出すまで、俺は彼の全部を信用しない。「あいつはそういう奴さ。昔から、な」「新川、お前……何か知ってるな?」 新川は、確か侑とは大学の同期だったはず。俺の知らない何かを知っていても、不思議ではない。「どうだかな、俺とあいつは仲が悪いから。あいつは昔から、ああ
Terakhir Diperbarui: 2025-12-11
Chapter: 第十話 崩壊
 新川がやっと、口を開いた。「でも、円香嬢が事件を追ってるなんて知ってるやつ何人いるんだよ」 言われてみれば、もっともな疑問だ。あの子は、独自に事件を追っていた。こんな大事なことを、易々と人に口外するわけがない。「俺だって、お前が言うまで知らなかったし」 新川ですら知らないのか。あの事件で、裏と取引しているであろうお前でも……。「なるほど、僕以外の人間がそれを知っているのはおかしい。と」 それでも、侑は驚くほど冷静だ。今のは決定打だと思ったのに、違うのか?「でも、僕は言ったはずだ。あの子は、何でも話す。何でも話すと言うことは、顔にも出やすい。鋭い人なら、そもそも言わずに察せる。違うかい?」「……円香さん本人に聞いても?」「どうぞ。でも、彼女の知らないところで察されている可能性をお忘れなく」 これでは、負けてしまう。日比谷侑、本当に化け物のような論理の持ち主だ。 この歳で検事十五号なのは、伊達ではないらしい。「それでも、円香嬢がこの事件を追ってることはお前知ってるんだろ? 日比谷よぉ」 新川も、加勢してはくれている。この状況を何とか活かしたい。 侑はといえば、穏やかに紅茶を飲んでいる。その余裕は、本当に崩せるのだろうか。「知ってるさ。彼女は僕の従兄妹なのだから」 埒があかない。このままでは逃げられてしまう。 いや、そもそも今の目的は彼を折ることではない。上層部に、円香の左遷を取り消させることだ。 だとしたら、彼を追い詰めるのは避けた方がいいかもしれない。 「……日比谷検事、どうしてそこまで上層部に何か言うのを避けるんだ?」 仮にも従兄なのであれば、もう少し情があっても良さそうだが。それが通じないのも法の世界、か。「……僕が言ったところで、止まるとでも?」 確かに。彼が何かを言ったところで、左遷の取り消しにはならないだろう。「……円香さ
Terakhir Diperbarui: 2025-11-26
Chapter: 第九話 詰将棋
 家に帰って、一人で考える。 俺なんかが、人を守ってもいいのだろうか。あんなに愛していた妻からは、仕事の多忙を理由に離婚された。親権も妻に渡った。 それでいい、そうあるべきだ。自分の感情を押し殺すことにも慣れている。 それでも、あの子を守ってあげたい。気がつけば、そう考えてしまっている。 メッセージの着信があったのは、その時だった。『何故、貴方が僕の連絡先を知っているのですか』 その疑問はもっともだった。侑からすれば、一度会っただけの人間から来た連絡だ。疑うのも、当然と言える。『それも含めて、もう一度話がしたい』 そう返すと、連絡は止んだ。恐らく、考え込んでいるのだろう。 十分ほどあって、もう一度連絡が来た。『わかりました。次の日曜日を空けておきます。銀座駅に集合でお願いします』 淡々とした、侑らしい返事。それでも、少しは手応えがありそうだ。 侑には悪いが、新川にも同席してもらうことにする。彼の感情を揺さぶれるのは、俺ではなく新川の方だ。今回のキーパーソンと言えるだろう。 新川からも了承してもらい、次の日曜日になった。「よっ」 銀座駅に先に着いたのは、意外にも新川だった。休日の格好は初めて見たが、ブランドのシャツとパンツは彼の容姿を一層際立たせている。 こいつ、自分の見せ方がわかってるな。 俺も、それなりにはきちんとした服装なのに。新川がこれでは庶民的に見える。「あ、日比谷まだ来てねーの? 珍しいな、あいつ遅刻とかしないのに」「まだ集合時間にはなっていないしな。待とう」 他愛のない話で時間を潰していると、新川の目線が移動した。その方角を見ると、見知った人影があった。「……何で君までいるんですか?」 それが侑の第一声だった。察してはいたが、やはり犬猿の仲らしい。「俺がいたら悪いのかよ」「悪いですね。これは、僕と桜田さんの約束だ。君が入る余地はない」 何だか痴話喧嘩みたいになってきた。周りの視線も気になってくるし、移動した方が良さそうだ。「とりあえず、落ち着いて座れるところに行こう」 銀座のカフェは、どこも混んでいる。それに高い。気後れするような場所なのに、侑はやけに落ち着いていた。 新川も落ち着いてはいるので、俺だけ気張っているのかもしれない。「それで? 新川まで引き連れて僕に話って何なんですか? あと、連絡
Terakhir Diperbarui: 2025-11-22
Chapter: 第八話 衝撃
 円香からメッセージが来たのは、退勤後すぐのことだった。『桜田さん、話せる? あんまり職場から近いところでは話せないから、ちょっと離れたカフェで』 添付された地図は、渋谷のものだった。確かに、若い子が好きそうなエリアだ。 了解、と返事をし向かう。もうすぐアラフォーにもなろうという男が入るには、いささか気後れする内装だ。 一面ピンク色だし。何だかわからないが、キャラクターのグッズも置かれている。 こう言うのが好きなのだろうか。「桜田さん! こっちだよ! こっち!」 元気な声で、俺を誘導する円香。聞かれたらマズいと言いながら目立とうとするのは、天然なのか。そうなのだろう。「それで、話ってなんだ?」 席に着いたので、本題を切り出す。「ああ、うん……実はね……」 しかし、円香は急にどもり始めた。そんなに言いづらいことなのだろうか。 数分過ぎた後、彼女は小さな声で呟いた。「桜田さんとは、もう会えないかもしれないんです」「どういうことだ?」 理解ができなかったので、問い返す。もう会えない? 何かあったのは間違いない。「実は……青森地検に異動になっちゃって」「異動?」 随分と急な辞令だな。そんなこと、あり得るのか? あり得なくはないのが、この事件か。俺が転勤になっていないのは、今や奇跡と言える。「今日、出勤したらいきなりそう言われて……」「昨日、あの後に何かあったか?」 昨日の今日で、いきなりそうなるとは考えづらい。何か理由があるはずだ。「昨日は、あの後侑くん……あ、日比谷侑検事とお話したんです」「彼と……?」 そういえば、説得するとか言ってたな。この様子では、結果を察せるが。「結果は?」 それでも、一応聞いておく。「私は甘いって……痛い目を見るって言われちゃいました」「それが、青森地検への異動?」「……そう、なのかも。わからないですけど」 それがわからないほど、この子は馬鹿じゃないだろう。 わかっていても、認めたくないだけだ。「じゃあ、これからどうするんだ?」「青森に行かなかったら、クビですよ。行くしかないです」 二回しか会っていないが、今にも泣きそうな彼女は初めて見た。 どんな時でも明るいイメージだったから、意外な一面だ。「でもね……最後に仕掛けようと思うんです」「仕掛ける?」 どうやら、本題は
Terakhir Diperbarui: 2025-11-18
Chapter: 第七話 衝突
 桜田さんと別れた後、検察庁に戻る。いつも静かで、ちょっとだけ居心地が悪い。 侑くんは、デスクで書類の整理をしていた。後ろからそっと声をかける。「ゆ……日比谷侑検事」「……何ですか、日比谷円香副検事」 少し間があって、声が返ってきた。 「あの、お話ししたいことがあって」「それは、今じゃないとダメなんですか?」 仕事中だからか、冷徹な答えしか返ってこない。いやでも、ここでめげちゃダメだよね。「あ、いえ……お仕事が終わった後でも大丈夫です」 でも、怖い。そもそも、仕事の話ではあるけど……立場が逆だもん。忙しそうだし、今は引いた方がいいよね。「では、仕事があるので。仕事終わりに、また声をかけてください」 そう言って、侑くんの視線はまた書類に向いた。これ以上、何か言っても今は無駄みたい。 私も仕事に戻ろう。やることは、こっちにもあるし。 時間が経つとともに、不安になってくる。 私で、侑くんを説得できるのかな? いくら従兄弟とは言っても、年上のエリートを。 彼は、感情を見せない。昔からずっとそう。日比谷家では、それが美徳とされてきたから。 私や、私の兄は感情豊かな方だと思うけど。それは、この家にとっては異端そのもの。それで褒められたことなんて、当然ない。 それでも、私がやるんだ。これは、お兄ちゃんに頼れないし。 覚悟を決めて退勤すると、エントランスに侑くんの姿が見えた。「円香、遅かったな」 仕事の時とは違う、穏やかな口調。これが本当の侑くん。私の好きな、男性像そのもの。「侑くんが早すぎるの!」 軽口を叩けるのは、いつまでなのかな。これからする話が、関係を壊しちゃうのかな。 不安でいっぱいだけど、ここまできて話さないのも不誠実だよね。「それで、話って? 個人的なことか?」 もう、やるしかない!「あ、ええっと……桜田さんのことなんだけどね」「桜田?」 ……もしかして、忘れてるのかな。いや、そんな訳ないよね。自分で釘を刺しに行くくらいだし。「ほら、桜田正義警部補だよ。侑くん、会ったんでしょ?」 少しだけ間があいた。こう言う時の侑くん、何よりも怖いかも。「……ああ、それが?」「侑くんは、そんなやり方でしか人を守れないわけじゃないと思うの」 心臓が、ずっとドキドキしてる。でも、侑くんならわかってくれるはず。「……そ
Terakhir Diperbarui: 2025-11-16
Chapter: 第六話 信頼
「そんなこと言っても、ビジネスですし」「私はビジネスのつもりじゃないですよ。桜田さん個人に、話があったんです」 個人に話? では、事件は無関係なのか? 流石にそう考えるのも安直か。円香は続ける。「侑くん……日比谷侑検事は私の従兄弟なんです」「従兄弟?」「はい、昔は仲も良くて。家も近かったから、ほんとにお兄ちゃんみたいな」 親族であるなら、確かに苗字が同じでもおかしくはない。それにしても、家族揃って検察とは優秀な一族だ。「それで……侑くんが桜田さんに接触したって本人から聞いたんです。ただ、侑くん……凄く苦しそうだった」「苦しそう?」 あの冷徹そうな男が? あまり想像がつかない。「侑くんは、誰よりも正しい。正しいから、苦しむんです。本当は、永田霞のことも全部わかってる。だけど、本当のことを突き止めた時に被害が及ぶのは桜田さん。だから、侑くんは桜田さんを遠ざけようとしてるんだと思います。この事件から」 それは、お人好しすぎるというか。確かにいい見方をすればそうなのかもしれないが、この子の身内贔屓が入っているのでは?「証拠は?」「うっ……それは……」 やはり、直感らしい。それでも、この一途さはもう俺にない。正直、眩しい。まだ二十六歳、俺から見れば一回り近く下だ。守ってあげたくもなる。少しだけ、信じてみてもいいかもしれない。「まあ、言いたいことはわかる。君のことを信じてみよう」「わあ! ありがとうございます!」 彼女の表情が明るくなる。本当は、笑顔の絶えない子なのだろう。「俺は何をしたらいい?」「桜田さんには、証拠を集め直してほしいんです。私は、侑くんを説得する。完璧でしょ?」 あの検事の説得なんて、出来るのか? それでも今は、彼女を信じると決めた。俺が信じなくて、どうする。「わかったよ」「はい、で……これ私の連絡先です! 何かあったら、ここにお願いします」 円香は、名刺を手渡してきた。それを受け取り、俺も名刺を渡す。「じゃ、私はお仕事があるのでこれで! 桜田さん、一緒に頑張ろうね!」 侑とは正反対の、お転婆娘だった。俺も証拠を洗い直すか。
Terakhir Diperbarui: 2025-11-10
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