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景文日向
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Novels by 景文日向

武神に認められた僕は、高天原の面倒事を処理することになりました

武神に認められた僕は、高天原の面倒事を処理することになりました

幼い頃より霊感が強く、霊能力者でもある如月一成は大学生活を送る傍ら妖怪や地縛霊を退治している。彼に霊能力の扱い方を教えた神、蓮に認められた時に高天原から使者が降臨した。 「高天原を、蓮様と共に救ってくれませんか?」 人間でしかない一成が、高天原の面倒ごとに巻き込まれていく日々を描いた日本神話ファンタジー。
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Chapter: これってデート……?
 そんなことを悶々と考えていると、蕎麦が運ばれてきた。「いただきます」 啜ると、確かに普通の蕎麦とは何か違うような気もする。あまり食に頓着していないから、どう違うのかと言われると難しいけど。「どうなの、出雲の食事は」 この神、そういうの気にするのか。正直、腹が減りすぎていると味覚が鈍るのか判断がしにくい。 でも、ここで不味いと言えば空気が壊れる。「美味しいですよ」「本当? それならいいけど」 スセリヒメは、じっと僕を見ている。店だと、確かに何も見るものはないか。 それにしても居心地が悪い……既婚者と一緒だなんて、初めての経験だし。 そもそも、女性と二人で出歩くこともなかったし。 そんなことを考えていても、手は動く。蕎麦は、すぐ胃に消えた。二人前あったのに。 会計を済ませ、店を出る。「黄泉平坂、ね。こっちよ」 手を引かれ、段々と体が宙に浮く。「ちょ、ちょっと!」「大丈夫よ。私が、他の人間からは見えないようにしたから」 そんなことも出来るのか。スサノオの娘って、伊達じゃないな。「黄泉平坂はね、一つだけルールがあるの」「ルール?」 そんなもの、記紀に書いてあっただろうか。記憶を探っても、思い当たらない。「あそこでは、後ろを振り返ってはダメ。お父様のお父様……イザナギお祖父様が、痛い思いをしたらしいわ」 そうか。スセリヒメから見れば、イザナギは祖父だ。 イザナギが痛い思いをしたというのは、妻であるイザナミを甦らせようとして失敗した話のことだと思う。 あれも、本当のことなのか。やはり日本神話の記述は、侮れない。「わかりました」 そうこうしている間に、スセリヒメは降り立った。 そこは坂だった。どこまでも続いていそうな、薄暗い先がきっと根の国なのだろう。「……行くわよ。私は、今から後ろを見ない」 ここから先は、彼女の背中だけが頼りだ。 黄泉平坂の空気は、澱んでいる。吸うだけで、吐き気が沈澱する。他の神が「穢れている」と言うのは、これ故なのかもしれない。 一本道だから、迷うことはない。スセリヒメについていけば、辿り着くのだ。それが、後どれくらいかかるのかはわからないけど。 それにしても、殺風景だ。木の一本も生えていない。 こんなところにずっと住んでいれば、それは荒ぶだろう。美しい、と思えるものがない。 それをスセ
Last Updated: 2025-12-23
Chapter: 出雲と食
「……で、何を食べるの?」 人の視線など、全く気にしないかのようにスセリヒメは隣を歩く。「あ、あの……その前に、その服何とかなりませんか」 確かに、普通の人間に彼女は見えない。でも、僕は見える。胸元の破損も、当然気になる。僕は男だし、余計に。彼女はそんなの、気にも留めていないっぽいけど。「服?」 案の定だ。蓮もそうだが、神というものは露出を恐れないらしい。「ああ……現世向きにしろということかしら」 挙句の果てに返ってきたのは、的外れな言葉。僕の反応を待つ前に、彼女は指を鳴らす。 その瞬間、彼女の体が光に包まれた。そして現れたのは、優雅な黒いワンピースに身を包んだスセリヒメ。長い黒髪も合ってか、妖艶に見える。ワンピースなので、少し膨らんでる胸も目立つ。「これでどう? 最近、こういう服が流行っているのでしょう?」 ハイヒールをカツッ、と鳴らして彼女が問う。思わず、息を呑んでしまった。「……良いと思います」「何よ、上から目線ね。私は神よ」 性格は何一つとして変わっていないので、安心した。黒髪を翻し、彼女は歩き出す。「ついてきて。貴方は人間だから、根の国のものは食べると大変なことになるの。……だから、地上で食べるわ。出雲は初めて?」「ああ、はい」 気を許せば、案外優しい神らしい。確かに、大国主の神話でもそうだった気がする。あれも事実か。「出雲の食は、神向けだけれど……何かしらは貴方に合うと思うわ」 だがしかし、歩けど自然しか目に入らない。店の気配などない。一体どうするつもりなのだろうか。「……貴方、飛べるのよね」「まあ……」「姿は、私の力で隠してあげる。飛んで。私の後につくように」 言うが早いか、僕の体が浮いた。今、僕は何もしなかった。スセリヒメの仕業だろう。
Last Updated: 2025-11-25
Chapter: これが、神
「……お前、何を言っている?」 流石の雷斗も困惑しているが、僕としては名案のつもりだった。「一緒に暮らしていれば、侵攻もすぐ止められる。それに、天照大御神は慈悲に溢れているから、再教育もできる。どうです?」「なるほど……いや、しかし……」 雷斗は、すぐには反論できないようだった。「確かに、ええかもしれんなぁ。スセリは、うちと暮らしたい?」 天照大御神は、スセリヒメに問う。彼女的には、一緒に暮らしても問題はないらしい。 だが、雷斗と蓮の視線は冷たい。同じ神ではあるのに、差別が存在するのか。そういうところは、人間と変わらないのかもしれない。「……私……」「ん?」 天照大御神は、暖かい声色で続きを促す。「私が、暮らしてもいいの……?」 スセリヒメのその様子は、女性というよりか弱い女の子と言った方がしっくりくる。 見た目は全然そんなことはない。ないんだけど、表現するならという感じだ。「勿論やよ、親族として……と言いたいけど、それは難しいな。天照大御神、という高天原の長としてやろなぁ」「……正気なの?」 スセリヒメの声が震える。それがどういう心情なのかは、僕が推察できないほど深いものだろう。「うちはいつだって正気やで」 あっさりそう言ってのける天照大御神は、やはり器の広さが違う。だからこそ、最高神なのかもしれない。「……大国主とお父様には、どう言うのよ」 大国主。彼女の夫。そういえば、挨拶しなかったけれど……今は何をしているんだ? お父様ってことは、スサノオノミコトか。こちらは、天照大御神の弟だったよな?「ああ、それなんやけど……一成くん」「はい?」 急に名前を呼ばれたので、間抜けな返事をしてしまった。そんなことに構わず、天照大御神は続ける。「悪いんやけど、スセリと一緒に挨拶しに行ってくれへん? 大国主も、スサノオも悪い子やないし。スセリも一緒やから、穏やかに終わると思うで」「え、僕が……?」「うん。高天原の神は、根の国には降りられへんし」 そう言われてしまうと、断れない。スセリヒメも、心配そうに僕を見ている。蓮や雷斗の目線も突き刺さる。「……わかりました。一緒に行きましょう」「ほんま? 助かるわぁ」 途端に、弾んだ声でその場まで明るくなった。いや、それは多分錯覚なのだが……天照大御神である以上否定も出来ない。
Last Updated: 2025-11-21
Chapter: 処遇
「……スセリ」 すっかり勇ましくなったスセリヒメを、天照大御神は優しく抱き寄せる。「天照大御神様、根の国の者に触れては」 雷斗が慌てて制止しようとしても、彼女は聞く耳を持たない。「触らないで! こんな……こんな、醜い私を……」 スセリヒメでさえ、拒絶の意を表す。それでもお構いなしに、天照大御神は語りかける。「ごめんなぁ、うち……冷たすぎたな」 もう全員、黙るしかない。僕に至っては部外者だし。「高天原は、確かに大事やよ。でもな、血の繋がった姪も大事やねん」「貴女……今更何を……」 スセリヒメの声が震えている。低いけれど、前より情の伝わる声だ。「あんた、ホンマは高天原を壊したいわけやなかったんやろ?」 ……え? そうなのか? スセリヒメの方を見ると、涙を流しながら頷いている。「……そうよ。本当に、認められたかっただけなの……」 そうして、一連の事件の話をし始めた。「アマツミカホシをけしかけたのは、紛れもなく私。でも、それは貴女に私のことを認めて欲しかったから。どんな罰でも、望んで受けるわ。高天原から見た私が異物なのは間違いないわけだし」 認めた。一件の黒幕は、彼女だったらしい。 天照大御神は、それを聞いても表情を変えない。慈愛に満ちた眼差しのままだ。「うん、わかっとったよ。うちはね、立場上認められへんのよ。根の国に親族っていうの」「わかってるわよ」「でもな、スセリのことは大事に思っとるで。心の中では、ずっと昔から」「じゃあ、どうして」 嗚咽混じりになってきたスセリヒメが問う。答えはさっき聞いたような気もするけど、当事者だとまた違うのだろう。「やからね……」 天照大御神も、めげずに語りを続ける。彼女は本当に、忍耐の塊のような存在だな。 スセリヒメがひとしきり泣き終わった頃には、朝どころか昼になっていた。流石に眠い。 だが、こんなところで意識を手放したらどうなるかわからない。その一心で目を開けている。「……あの……」 そんな状況でも、突っ込みたいことはある。「僕は、もう帰っていいですか?」「ならぬ」 疲れ切っているのだから、もういいだろう。僕は部外者だし、留まる理由も本来ならない。 帰宅を拒否しているのは、蓮の方だ。確かに、蓮からすれば故郷。でも僕は違う。何の理由で引き留めているのだろうか。 「スセリヒ
Last Updated: 2025-11-17
Chapter: 変容
 スセリヒメからは、香木の香りがする。何だかとても、懐かしい匂い。 ただ、肝心の神力の源らしい髪は狙えない。そもそも、この読みがハズレである可能性もあるのだが。「天照大御神、私だけど」 神殿の扉を開けると、予想外の光景が広がっていた。「……誰だ、お前」 雷斗だ。時間稼ぎは、どうやら成功だったらしい。 蓮の姿は見えなかったが、それは普段と姿が違うからだった。 フツノミタマ。有事には、蓮は神剣と化すらしい。 何も語らないが、それは物理的距離の問題かもしれない。雷斗とは話しているのかも。「私はスセリ。天照大御神の弟である、スサノオノミコトの娘よ」 スセリヒメの瞳から、少しだけあった光が消えた。「やからぁ、認めたらあかんのよ。それは」「……だ、そうだが?」 天照大御神の柔和な否定に便乗する雷斗。僕には触れてこないのも、雷斗らしい。「だから、認めさせるのよ。やっておしまいなさい、私の式神たち」 また髪を数本抜き、式神を形成するスセリヒメ。やはり、神力の源は髪っぽいな。雷斗か蓮に、それを気づかせるしかない。「式神使いか、面白い」 雷斗は何だか余裕そうに笑みを浮かべているが、捕らわれている僕はそれどころではない。「気をつけてください! 髪! 髪なんです、彼女の神力の源は」 雷斗の視線が、スセリヒメの髪に向いた。「一成……恩にきる」 短く言葉を発し、すぐ彼女の懐に潜り込む雷斗。悔しいけど、武神としては超一級だ。 僕ができないことを、すぐやってのける神なのだ。それは、蓮だって全幅の信頼を寄せる。「……余計なことを」 後ろに飛び退こうとしたスセリヒメの腕を掴んで、雷斗は引き寄せる。 その後は一瞬だった。 スセリヒメの腰まであった長い髪は、根本からすっぱり断ち切られた。 それと同時に、僕の拘束も解けた。神殿に、長い黒髪の束が落ちる。式神も、消え去ってしまった。 もう、長かった時代など想像もつかないほど勇ましい髪型になってしまった。風の刃は、彼女の髪を刈り上げてしまった。これじゃ、女神というより武神のような。  僕の見立てが当たっていたのは、幸いだ。これで間違っていたら、雷斗に何と言われるかわからない。 スセリヒメの変化は、髪型だけではなかった。「……神力が暴走しているな……」 いつの間にか人間体に戻った蓮が、そう呟く。
Last Updated: 2025-11-15
Chapter: 拘束
 彼女はそう言うなり、何本か髪を抜いた。そして、それを手で握りしめる。 髪は形を変え、やがて人の姿へと変わった。「やっておしまいなさい、私の可愛い式神たち」 なるほど、これが彼女の手の内。 自分では戦わず、使い魔に倒させる。だから、一人でも高天原を壊せるのか。圧倒的な数の暴力だ。 何にせよ、ここではマズい。神殿が壊れた時、責任を負わなければならなくなるのは僕だ。それは避けたい。 後ろ姿は見せずに、段々後ずさる。「戦いはあかんよ〜」 天照大御神は、こんな時でも平和主義だ。正直、今はそれどころではない。 自分の神殿が破壊されるかどうか、という状況なのに。呑気なのか、それとも僕が考えつかない何かがあるのか。それはわからない。 そんなことより、まずはスセリヒメの戦い方を解析するところからだ。 髪を抜いて式神にした、ということは恐らく神力の源は髪。蓮や雷斗も、アマツミカホシ……記憶に新しいところで言えばタケミナカタも長かった。多分、基本的には髪と神力は一体だ。だから、力を削ぐには髪をどうにかすればいい……のだと思う。その、どうにかの方法を考えなくてはいけないのか。 切る以外にあるか? 長さが力と直結しているのであれば、それが一番手っ取り早い。 では、どうやって? 女性の体とはいえ、神だ。本来なら、僕と住む次元が違う。髪を切る隙なんて、当然だが存在しない。接近するのも危険だ。この仮説が合っているのかもわからないが、やる価値はある。いや、やるしかない。 ……フツノミタマって、アレは……蓮だよな。風神の力を持つフツノミタマであれば、意図しない形で髪を断ち切れるのではないか。となれば、今は防戦するしかない。神殿の外に出たし、逃げ回ってみよう。タケミナカタのように。 体をふわりと浮かせ、空を駆ける。スセリヒメ派当然ついてきた。いけるかもしれない。「喧嘩を売っておいて逃げるなんて、本当は自信がなかったのかしら?」「どうでしょうね」 どんどん加速していくと、彼女もそれに適応してきた。やはり、三貴紳の娘。莫大な神力だ。 僕の神力は無限じゃないから、効率的に使わなくてはならない。あと何時間したら、蓮達は来るのだろう? それさえわかっていれば、もっと上手く立ち回れるのに。「さて、お遊びは終わりよ。私が直々に葬ってあげること、感謝なさい」 結局、逃げ
Last Updated: 2025-11-13
桜田刑事は正義を貫き通す

桜田刑事は正義を貫き通す

桜田正義、34歳警部補。 官僚である男の死体遺棄事件の捜査を担当することになるが、被疑者である永田霞のことを不審がる。 実は、霞は現法務大臣の隠し子で──!? 弁護士、検事、警部補の織りなす人間ドラマ。
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Chapter: 第二十三話 正義
 永田霞を見逃す。犯罪を見逃す、ということだ。 新川も、侑も、律花も、霞も俺を見ている。つまり、最終決定権があるのは俺だ。 ここで見逃さなければ、千代とは永久に会えないかもしれない。教え子を俺が逮捕した、なんて知れたら。 それでも、隼や円香のように俺の正義を信じてくれる人もいる。どちらをとればいい。多分、どちらをとっても後悔する。 それなら。「駄目だ。永田霞、罪は償う必要がある。どんな理由であっても、だ」 真っすぐ目を見つめる。もう、逃げない。「君は、君の中では正しいことをした。だが、社会はルールだ。法を犯したのなら、償う必要があるんだよ。日比谷家の問題まで、君が背負う必要はない」 霞の表情は変わらない。「俺も支える。一緒に、警察に行こう」 立ち上がり、手を差し出す。この手をとってくれたなら、霞と俺は対等に話せる気がする。 彼は動かない。この場の誰もが、霞を見ている。また、長い時間が流れた。 霞が動いた。立ち上がり、俺の手を取る。「……最後に一言だけ」 律花と侑の方を向き、涙を浮かべこう述べた。「義姉さん、お幸せに」 そして、こちらに振り返る。もう、涙は拭われていた。「行きましょうか」 全員がばらけた。霞を警察に連れて行くのも、俺の仕事らしい。 メッセージで連絡を入れていたからか、隼が待ってくれたいた。「桜田警部補、お疲れ様です。して……彼は?」 忘れっぽい隼は、霞の容貌と不起訴事件の詳細がリンクしなかったらしい。時々、刑事として心配になる。「永田霞。笹川明弘が殺された事件の──」「彼は、僕が殺しました」 隼は、目を見開く。そして、ゆっくりと永田霞を引き取った。そこに言葉はない。最後の一言だけだった。「……死なないでいてくれたんですね、桜田警部補」 その後の記憶は、曖昧だ。極度の緊張感から解放され、隼が代行してくれていた仕事の引き継ぎもあり。瞬く間に時間が過ぎていった。気がつけば、季節も変わっている。  新川は、相変わらず裏社会と取引しているらしい。近況を詳しくは知らないが。 事件が終わってしまっては、新川と話すことなどない。元気でいるなら、それでいい。 侑は、家の説得に苦労しているようだ。本人から聞いたわけではなく、円香からの伝聞。 律花を伴侶にするという覚悟は、昔からあったらしい。こういうところで、
Last Updated: 2026-01-08
Chapter: 第二十二話 犠牲
 霞は、口を開いた。「話って、何のです?」 この期に及んで、逃げるつもりらしい。だが、そうはさせない。「法務官僚、笹川明弘氏を殺したのは君だろう」 霞は、柔らかく微笑みこう返してきた。「……それは、もう終わった話でしょう。第一僕は、釈放されている。違いますか?」 それは違わないが、もうその手は通用しない。「そうだよ、お前は釈放された。お前の一番嫌いな、父親のおかげでな」 新川の一言で、霞の顔色が変わった。そして、黙り込む。 俺たちも言葉を発しない。今、この場で話すのは霞であるべきだ。 やや長い沈黙があってから、再び霞は話しだした。「……そう、ですね。確かに、僕は結局のところあの人の世話になってしまった」 自分の父親だというのに、距離感のある言い回し。隠し子って、そんなもんか?「どうしてこんなことを?」 問いかけると、穏やかな声でこう言われた。「長いですよ。とりあえず、お座りください」 霞に促されるまま、全員席に着く。動作が落ち着いたところで、霞はまた語りだした。「笹川明弘は、父の性格を見抜いていました。あのままでは、家族ごと消されてしまうところだった。だから僕は最低限の犠牲で済むよう、彼だけを殺害した。こう思ってくれませんか。最低限の犠牲で他のものを守った、と」 言葉が出なかった。犠牲なんて、あっていいものか。 だが、俺は千代に何をした? 千代は俺の犠牲になったのではないか? どう返せば良いのかわからない。その間にも、話は続く。「まあ、一回そういうことにしておいてやるよ。で、続き」 新川が、言葉を流す。助かった。また、思考にはまるところだった。「それに、笹川さんは……父の弱みも握っていました。父の弱み。篠崎家の闇。それが露呈すれば、義姉さんも日比谷家から縁談で切られる。僕が守りたかったのは、些細な幸せなんですよ。家族が、人波の幸せを生きる権利」 律花と侑の表情が強張る。俺としても、家族と言う単語を出されると強く出られない。こいつには守れて、俺には守れなかったもの。犯罪者ではあるが、永田霞が眩しい。「……自首、するのか」 ようやく捻りだした一言に、霞は首を振る。「まさか。ここでそんなことしたら、義姉さんが日比谷家から切られる原因をまた作るでしょう。でも、いつかは露呈するかもしれない犯罪です。だから、僕は提案します
Last Updated: 2026-01-08
Chapter: 第二十一話 対峙
 そんなことを話したり考えたりしていると、人影が見えた。女性、らしい。思わず駆け寄る。新川の制止も無視して。「千代」 声をかけると、彼女は目を逸らした。でも、あの髪の結び方。伏せがちな目。シュッとした顔立ち。千代なのは、疑いようがない。「……どうして、ここがわかったの」 千代の第一声は、それだった。確かに、言われればそれも気になりはするか。「……永田霞のこと、知らないわけじゃないんだろ」「教えない」 千代の声は、はっきりとしていた。「もう貴方の正義に付き合わされたくない。だから別れたのに」 そう言い、去りかける千代の手を取り引き留める。「待ってくれ」 握った手は、酷く冷たい。そして、思っていたよりもずっと小さかった。「千代、お前を蔑ろにしていたのは認める」「だったら」 手を振り解こうとする千代。それでも、握り続ける俺。「……これが終わったら、二人で話がしたい」 彼女がこちらを振り返った。目は、丸く見開かれている。 何も話さない。俺も、千代も。どれほどの時間が経ったか、わからない。段々と、俺の手も冷えてきた。冷え切った頃、千代はようやく口を開いた。「……霞くんなら、三階の自習室よ。さっき見た時はね」 そして、もう一言。「終わったら、絶対に話をする?」「当然だ」 手を解くと、熱が戻ってきた。 千代の去る姿を見ていると、新川が来た。こいつなりに、空気を読んだのだろうか。「夫婦喧嘩は終わったのか? じゃ、案内してやるよ。どこにいるって?」 先ほどの情報を新川に伝える。彼は携帯を操作し、こう言った。「侑たちも行くってよ。行こうぜ」 階段を昇っていくと、少しだけ蒸してきた。いよいよ、決着か。この事件も、長いようで短かった。 だが、俺はどうしたいのだろう。永田霞を問い詰めて、彼に罪を償わせるのか。千代と、仲直りをするのか。円香は、東京地検に戻れるのか。問題は山積みだが、とにかく目先のことから片づけていくしかない。 自習室の前で、侑たちと合流した。「じゃあ、行くぞ」 全員に目配せして、中に入る。そこでは、線の細い青年が一人で本を読んでいた。 少し長い黒髪、目つきの悪さ。間違いなく、永田霞本人だ。「……永田霞、だな」 詰め寄ると、彼は目線をあげた。「はい、そうですが」 そう言いつつも、表情は変わらない。「話を
Last Updated: 2026-01-07
Chapter: 第二十話 捜索
 すぐには言葉が出なかった。千代との再会。もう、ないと思っていたもの。それをどれほど渇望して、怖いか。それでも。「……覚悟なら、ある」「本当ですか?」 侑の問いかけに頷く。もう、迷いはない。言ってしまったのだから、千代に会うしかない。「こいつ、本気だよ」 新川が追い打ちをかける。もう、戻れない。「……では、霞さんの元へ行きましょうか」 律花が席を立つ。それに俺たちも続く。全員、覚悟があるようだった。 山手線で田町まで移動し、歩く。新川と侑は、この道をよく知っているみたいだ。大学が霞と同じなのは、本当らしい。律花は日傘をさし、優雅に歩いている。それが何とも異質だ。 十分ほど歩くと、大学らしい建造物群が見えた。「法科大学院棟は、こっちだ」 新川の案内に続くが、ここでふと入ってよかったのか不安になる。警備の都合上、部外者は入れない可能性が高いはずだ。「おい、これ入って良かったのか?」「後で桜田の奥さんに許可とったことにすれば、大丈夫じゃね」 新川の適当な考えが、この場の空気を少し和やかなものにする。千代が、そんなことをしてくれる確証もないのに。いや、新川はそれも分かっててそう言ったのか? 建物内に入ると、空気が冷えた。律花は日傘を折り畳み、優雅に振り返る。「霞さん、どこにいらっしゃるのかしら」「……それこそ、千代さんを探して聞いた方が早いのでは」 侑の提案により、まずは千代の方を探すことになった。そうは言っても、この大学は広い。簡単に見つかるとも思えない。それに、顔を合わせて俺は何を話せばいいのだろう。私用は後の方が、いいだろうが。「二手に分かれるか」 新川の言うことは、確かに理にかなっている。四人で行動するより、その方が効率的だ。 俺と新川。侑と律花。別行動になった途端、新川は言ってきた。「……俺さ、今回の事件でお前と組めて良かったと思ってる」「は?」 何だ急に。新川らしくもない。まるで、もう次はないかのような物言いだ。「ずっと一人だった。裏社会と繋がって、何回も事件を無罪にしてきた。グレーな人間でも救わる価値があると思ってたから、ずっとそうやってきた。けどさ、永田霞みたいなの見てると……裁かれる必要があったのかもとも思う。桜田、お前がこれに誘ってこなければ俺は今でもあいつらを庇った。これからの指針になった、この事件は
Last Updated: 2026-01-07
Chapter: 第十九話 律花
 言葉が出なかった。篠崎律花と話す。侑が、それを認めた? それがどれほど重い事なのか、わからない訳ではない。混乱しながらも、話は進む。「三日後、このカフェに彼女を連れてきます。それでいいですか?」「わかった。新川は?」 彼を見ると、不敵な笑みを浮かべている。「俺も大丈夫」 その一言の後、頷き合って解散になった。飲食代は、侑の奢りだった。せめてもの罪滅ぼし、だろうか。 仕事を終え家に着く頃には、疲れが噴き出しきっていた。シャワーを浴びていても、寝る前でも、律花の正体についてばかり考えている。どんな人柄で職業なのか、想像がつかない。三日間はそうして過ぎていった。 そして当日。例のカフェに、侑と律花であろう人はやって来た。「侑さんから、お話は聞きましたわ」 そう言いお辞儀する律花。確かに、育ちは良いのだろう。艶やかな黒髪、紺のドレス。円香が可愛いなら、律花は美人。侑の美貌と並んでも、遜色がない。美男美女とはこういうやつらのことを指すのだろう。「桜田正義です。よろしくお願いします」 こちらも礼をし返しておく。律花に舐められたら終わりだ。新川の自己紹介は適当だったが、それが彼らしさだろう。侑は睨んでいたが。「それで、お父様について。でしたわね」 いきなり本題だ。律花の表情は変わらない。こちらも、表情を固める。「確認事項からいきましょう。私の父、篠崎正臣法務大臣。永田霞さんは、私の弟のような存在。まあ、私はもう家を出る予定なのですが……余計な話をしてしまいましたわね。とりあえず、ここまではいいですか?」 全員頷く。律花はそれを見て、話を進める。「お父様は、霞さんのことを気にかけていません」 場が凍った。新川でさえ話さない。気にかけていないのに、事件をもみ消そうとしている?「お父様は、自分の名誉の失墜を恐れているのですわ。侑さんが認められているのも、平たく言えば家柄が大きいですわね。とにかく、バレたら社会的に危ない。だから葬る。それだけですの」 まだ全員黙ったままだ。律花はまだ話す。「霞さんがどのような環境で育ったか、私は知り得ませんが……きっと、お父様の名誉を壊すためにあのようなことをしたのです。霞さんに聞かないと、本当のところはわかりませんけれど」「永田霞は、どこにいる?」 ここで、新川が口を挟んだ。確かに、律花なら知りえる。
Last Updated: 2026-01-06
Chapter: 第十八話 納得
 いつものカフェで、侑と俺たちは向かい合っていた。「では、ご提示ください。律花は事件と、どう関係があるんです?」 そこに翳りはない。あるのは、絶対の自信だ。 一方の俺は、新川がいるとはいえそんなものは持てない。侑を崩そうという意志だけだった。「篠崎律花さんは、事件に関係はない」 まずは、そこを断言する。新川と決めたことだ。事実は歪曲しない。その上で、侑を揺さぶる。「はい、知っています」 侑は淡々と受け流す。だが、本題はここからだ。「だが、篠崎律花さんは永田霞の腹違いの姉。違うか?」「違いませんよ。ですが、それがどうしたと言うのです?」 まだ崩れない。それは、想定していた。「日比谷、お前勘が鈍ったのか? 検事のクセによ」「……事実確認があります。だから、先を促しただけですが」 新川の軽口は、多分効いている。今、この波に乗るのが最善だろうな。「篠崎律花さんの弟が永田霞なら、日比谷検事。霞は、貴方の義理の弟のようなものだ」「名目上はそうですね」 まだかわす侑に、とどめを刺す。「永田霞に、私情がないと証明できるか?」 完璧な静寂だった。侑が目を逸らす。新川は何も言わない。場を支配しているのは、沈黙だ。「……」 侑は、何かを考えているようだった。普段なら即答するのに、この場では出来ない。 私情がある。そう言っているようなものだった。 長い時間が経った。いや、実際には十分も経っていなかっただろうが──侑が口を開いた。「人の心情は、本人であったとしても証明できません」 冷めてきた紅茶を飲み、先を話す。「僕が永田霞に情がない、と言えばそれは嘘になります。事件から人を遠ざけたかったのも本当です。ですが、それは永田霞を守るためじゃない。彼を守るのであれば、遠ざけるのではなく隠蔽の方角に持っていく方が最善なので」 確かに、それはそうだ。最初から隠蔽に持っていく方が、回りくどさもない。だとしたらこいつ、何がした
Last Updated: 2026-01-06
呪われた巫女様

呪われた巫女様

千年以上前に封印された巫女の、復讐譚。この世界を呪っているのは巫女なのか、それとも我々なのか。
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Chapter: オスワサマ 4
 家のドアを開け、入る。「ただいま」「おかえり、今日は朝早かったわね。夕飯はもう出来てるから、食べちゃって」 手洗いとうがいをさっと済ませ、夕食に手を伸ばす。今日はキノコを和えたものに、昨日のお浸しの続き。親に今日のことを悟られない様に、笑顔を取り繕って食べる。味は全然しなかった。 夕食と風呂を済ませ、ベッドに寝っ転がる。オスワサマが封印されていた箱を手に取ってみても、ただの古びた箱だという認識しか出来ない。しかし、これだけ厳重に封印されていた理由は何なのだろう。やはり、厄災なのだろうか。だとしたら、最悪俺は自害させられるかもしれない。S市は、時代の流れが何処かで止まっている奇妙な町だ。ことオスワサマに関しては、古くからの住民は気にかけている人間も多い。だからこそ、早く見つけ出して封印し直さなくては。俺の霊感は微々たるものだが、外部から有名な神職の人間を引っ張ってきてその力を借りれば容易いことだろう。 朝起きると、快晴だった。嫌になる程の。俺の心はこんなにも曇っているのに。天気に八つ当たりしても仕方がないので、制服に着替えて朝食を済ませる。歯磨きをし、家を出て桃華を迎えに行く。俺たちの仲は、周囲の人間も公認でひやかされることもあるけれど概ね上手くいっていた。「桃華、おはよう」 俺が彼女の家に着くと同時に、玄関のドアが開いた。「おはよう、信。……ねぇ、オスワサマ見つかった?」 首を横に振ると、「今日から私も協力するから! 一緒に探そう」と言ってくれた。どこまでも真っすぐな存在だ。そういうところが好きなのだが。しかし、放課後使える時間は限られている。効率的に捜査しなければ。 オスワサマのことばかり考えていたら、あっという間に放課後になっていた。昨日の疲労もあり、寝ていたのも一因かもしれない。「信、ほら行くよ。二手に分かれて探そっか」 桃華から差し伸べられた手を取り、立ち上がる。「俺は駅の方見てくる、望みは薄いけど」「じゃあ、私は公園を中心に見て回るね!」 役割分担が決まり、一時間後に桃華の家の前で集合することになった。  しかし、当たり前なのだが人目につくような場所に蛇神はいない。駅前なんて尚更だ。こんな田舎でも観光客が来るくらい、世界の人々は旅好きらしい。全く理解が出来ない。自分の見知った土地でしか安心できない俺の方が珍しいのかもし
Last Updated: 2026-01-15
Chapter: オスワサマ 3
 桃華に「オスワサマ探しは俺一人でやる。だから、桃華も帰れ」と告げると、不服そうだったが何とか承諾してくれた。武田邸に桃華を帰らせ、一度状況を整理してみることにした。 オスワサマは、俺のご先祖様が封印した蛇神。今日からは俺が管理することになっていて、鍵のかかる引き出しに入れた。しかし帰ってきたら何故かその封印が解かれていて、今こうして探している……不可解なことが起きている。封印を解いた犯人は、どうやって俺の部屋まで入ったのか。それに、引き出しの鍵は壊れていなかった。つまり、力任せに開けた訳でもない。常識的に考えれば、あり得ない状況だ。なら、常識を打ち破って考える必要がある。それこそ、オスワサマ同じく人外であるなら、先ほど考えた不可解なことにも説明がつく。 今日はもう日が暮れてきたので、捜索は明日からにしよう。家に帰ると、夕飯のいい匂いが漂ってきた。これは恐らく、味噌汁の香りだろう。食欲が刺激される香りを嗅いだことで、少し元気が戻ってきた。オスワサマもきっと見つかるという希望的観測も出来るようになった。「おかえりなさい、何だかバタバタしてたわね」「悪いな、ちょっと色々あって」 母親には、言えなかった。「そう。これ運んでくれる? お父さん、今日はそろそろ帰ってくるはずだから」「わかった」 お盆に乗った料理は、どれも家庭的で調和がとれていた。父親の座る位置と俺の定位置にお盆を置くと、「助かったわ」と声をかけられた。その時だった。扉がガチャリと開いて父親が帰ってきたのは。「今日は全然ダメだったよ」 ゴルフの道具を携えながら、父は言う。「良いからさっさとご飯にしましょう」 華麗なスルースキルを発揮した母親につられ、「いただきます」と挨拶をし食べ始める。ほうれん草のお浸しはよく浸っているし、味噌汁には俺の好きな野菜類が沢山入っていた。「ところで信、オスワサマのこと大切にしてあげてね。オスワサマは一族を守る、大切な神様なんだから」 一気に体温が下がる感覚があった。それを悟られない様に「わかってる」と言うのが精いっぱいだった。本当に、どう探したものか。今日は土曜日で、明日が日曜日。俺は学生だから、動けるのは実質明日だけ。今日は早く寝て、明日に備えるか。そんなことを考えていると、あっという間に完食していた。「ごちそうさま」 お盆をシンクに運び、食器類
Last Updated: 2026-01-08
Chapter: オスワサマ 2
 映画は無事に終幕を迎たので、昼ご飯を食べることにした。桃華はたこ焼き、俺は蕎麦。フードコートの店はどこも美味しそうなものを売っているが、俺たち学生には少し高い。よって、俺らの食事は簡素なものになる。桃華はそんなこと、気にしている素振りはないが。「ねえ、信。一個食べる?」 桃華はつまようじにたこ焼きを刺し、こちらに向けてくる。これは、あれか。あーんというやつか。据え膳食わぬは男の恥、俺は口を開きたこ焼きを頬張る。まだアツアツの中身に思わず水を飲むと、桃華はケラケラ笑っていた。「昔から変わらないな、ほんと」「だって、面白かったんだもん」 失態を見せてしまったが、今更なので気にすることはないだろう。俺はざる蕎麦を啜った。「ねえ、これ食べ終わったらショッピング行こうよ。ここにはあんまり来ないから」「いいぞ」 桃華の趣味に付き合うのも、また一興だろう。 ショッピングモールの中は、人だらけだ。県の中心部にあるからだろうか。カップルも多い。「あ、ここ見たい」 桃華が立ち止まったのは、シンプルな服が売られている服屋だった。確かに、彼女らしいと言えばらしい。店の中に入ると、ワンピースが割り引かれていた。もうこの季節でないことを実感するのは、案外服屋での配列かもしれない。そんなことを思いながら、桃華の方を見ると早速服を物色していた。「試着も出来ますよ」 店員が桃華に声をかける。「ええと……じゃあ、これとこれ、お願いします」「かしこまりました」 桃華が試着室で着替えている最中、店員に話しかけられた。「目がチャーミングな彼女さんですね」「ああ、まぁ……」 何と返答するか迷っていると、デニムスタイルの桃華が姿を現した。「どうかな?」「動きやすくて良さそうだな」 しかし、Tシャツ姿だと桃華の大きな胸が強調されている様にも見える。またドキドキしてしまった。「信がそう言うなら、買っておこうかな。すみません、これ買います!」 試着室に戻り、先ほどまでの服に着替える桃華。ワンピースだと体型がわかりづらいから、俺としてはこちらを着ていて欲しい。趣味を束縛する気はないが。 会計を終え、荷物を持ってやると「ありがとう」という言葉が返ってきた。「満足したか?」「うん、とっても。じゃあ、そろそろ帰ろうか。オスワサマも気になるし」 俺からしたらただの厄介
Last Updated: 2026-01-06
Chapter: オスワサマ 1
 俺の家、真田家には代々続く「見張り番」というシステムがある。大昔に捕らえた蛇神を、祀ると同時に封印しているのだという。十五を超えた人間にその役目がまわってくるので、今日からは俺が担当する。「信、これがオスワサマ。大切にしてね」 そう母親に言われ手渡されたのは、掌サイズの箱。本当にオスワサマはこの中に鎮座しているのだろうか。開くのは躊躇してしまう。なんせ、封印を解くということだから。「わかった。大切にする」 俺は自室に戻ると、鍵付きの引き出しに箱を入れた。現代になってまでそんな風習に付き合っていられない。この引き出しに入れておけば、盗む奴も居ないだろう。オスワサマが自分で封印を解けない以上、これが最善策だ。それにしても、見張り番なんて嫌な役目だ。何かあったら、真っ先に俺へと責任が降りかかる。十五が背負うには大役すぎるだろう。 出かける準備をして、家を出る。今日は、幼馴染兼恋人である武田桃華との初デートだ。オスワサマに構っていられない。「いってきます」「遅くならないようにするのよ」「わかってる」 母親の声を背に受けながら、待ち合わせ場所に向かう。桃華はもう着いているだろうか。走っていくと、K駅の温泉モニュメントの前に彼女は既に立っていた。「相変わらず早いな……」 息を整えながら桃華に向き直ると、彼女は茶髪がかったウェーブヘアを弄りながら「そうかな?」と言った。「私は普通に行動してるつもりだけど……。でも、今日が楽しみだったから早く着けたのかも」 その言葉にドキドキしてしまう程度には、俺の心臓は強くない。「俺も、今日が楽しみだったよ。じゃあ、行こうか」 今、俺は彼女をエスコート出来ているだろうか。握った手は柔らかく、すべすべしている。改札を通り駅の中に入ると足湯があり、列車が来るまでの時間をそこで過ごした。 列車の中では、今日観る映画の話をした。今流行りの恋愛ストーリーは、桃華が「観たい」と誘ってくれたのだ。昔は男勝りだった彼女の成長を垣間見れた気がして、微笑ましい気持ちになったのは内緒だ。映画館の最寄り駅に到着する頃には、俺もその映画に興味をそそられていた。正直誘われた当初は、何の興味もなかったのに。これが恋人の力というものか。 映画館の最寄り駅は、県下第二の都市なだけあって栄えている。国宝である城目当てに観光客が訪れるため、彼ら向
Last Updated: 2026-01-05
Chapter: イズモサマ 7
 部屋に戻ると、夕飯を食べすぎたからか眠い。「華、大和とうちが風呂入り終わるまで寝ててええよ。その時になったら起こすから」 真矢の目に、眠そうな私が映ったらしい。お言葉に甘えて、「おおきに。ほな、おやすみ……」 うちは自分の布団に入り、意識を手放した。 気がついたら、水の中に居た。それを自覚した瞬間、息が苦しくなったので海面へあがろうとする。しかし、脚を誰かに掴まれているのか全く身体が動かない。おそるおそる脚の方を見ると、そこには長い黒髪をゆらゆら漂わせている、巫女服姿の女性が笑っていた。 ————イズモサマだ! 頭ではわかっても、夢の中なんて一番何も出来ないところだ。誰かがうちのことを起こしてくれたら、すぐに起きられるのに。自力で起きるのは難しそうだ。 酸欠で判断能力が低下している。このままでは死んでしまう、と思えどイズモサマは脚に纏わりついてきて離れる様子はない。このまま溺れ死ぬのだけは嫌や、そう願ったところで「華! 華ってば!」という声が空から降ってきた。たまらず手を伸ばすと、目の前が一気に開けてここが真矢の家だと認識できた。「酷くうなされとったから起こしてもうた、ごめんな」「ううん、むしろおおきに。あのままやったらうち、どうなっとったかわからん」 うちは、真矢に夢の内容を説明した。「イズモサマって何処にでも現れるんやな……怖いわぁ」 真矢の額には、汗が浮かんでいる。「無事で良かった、よかったよぉ……」 やがて泣き出した真矢を抱きしめていると、浴室の方から「うわ!」と大きな声が聞こえた。真矢の身体がびくりと震える。大和だ、と考えが追いつく頃には既に走り出していた。「大和、大丈夫!?」 躊躇せず扉を開けると、パジャマを下半身だけ着た大和と巫女服姿の女性が対峙していた。「あれが、イズモサマ……?」 真矢は初めてその姿を見るからか、いまいち実感が沸いていない様だ。「大丈夫、やけど……こいつがな……」 大和は、視線をイズモサマに向けた。今のうちらでは、太刀打ちできない存在。どうしたらいいのだろう。「……見つけた、新しい私」 イズモサマはというと、真矢をまじまじと観察している。これに何の意味があるのかは不明だが、とにかく良くない状況だということはひしひしと伝わってくる。「嫌や、ちょ、触らんといて!」 イズモサマは大和への
Last Updated: 2026-01-05
Chapter: イズモサマ 6
「あぁ、おばさん。お世話になっとります。……え? 千秋が? ほんまに? 嘘やろ……」 涙ぐんだ声で、何となくだが状況を察せられる。「はい……葬儀は一週間後……わかりました……おばさん、僕も辛いわ……」 葬儀というワードで完全に理解したが、どうやら千秋は亡くなったらしい。実感がない。「うちのせいや……」 それしか思えない。あの時、封印を解いてしまったから。「華、うちも自分のせいやと思っとるよ。一人やない」「そうやで、自分だけ責めるのはやめとき」 電話が終わった大和も真矢に加勢する。「ほんまなら、僕がもっと早く対策を練るべきだったんや。強いて言うなら、全員の責任や」 訪れる静寂。それを破ったのは、大和だった。「部屋の中にも逃げ場がないとなると、次は僕やろな。いざとなったら、僕が襲われている間に逃げるんやで」 その目には、覚悟が宿っていた。「……わかった」「その思い、受け取ったわ」 三人で手を重ね合って、今ここに居ることを実感する。こうしていれば、イズモサマもへっちゃらだと思った。「夕飯、出来たで。三人とも、降りてきてー」 いつの間にかそんなに時間が経っていたとは。うちらは急いで階段を駆け下りる。「そんな急がんでも料理は逃げんって」 そこに並んでたのは、唐揚げやフライドポテトにハンバーグ。そしてサラダ。「皆成長期なんやから、ぎょうさん食べて大きくなりや」 真矢のお母さんの言葉に感謝して、「いただきます」と挨拶をする。真矢と大和もうちに続いた。 唐揚げは衣がサクサクで、歯ごたえ抜群だ。滲み出る肉汁が最高なハンバーグにはデミグラスソースがかかっていて、より味を引き立てている。サラダにはドレッシングではなく塩コショウが降ってあり、新鮮な気分で食べ進めることが出来る。 あっという間にうちらの皿は空っぽになった。「やっぱ、成長期の子はよぉ食べるなぁ。お風呂の準備も済ませてあるから、好きなタイミングで入り。ほな、ごゆっくり」 真矢のお母さんは、空の皿を回収して去っていった。「ごちそうさまでした!」と聞こえそうな声で言い、席を立つ。「お風呂か……どうしよ」「流石に一人一人入るしか無いやろな」 大和がそう提案してきた。確かに、異性の風呂となると見張り番をつける訳にもいかない。何故かと言うと、恥ずかしいから。本当は人の命がかかってい
Last Updated: 2026-01-05
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