ログイン千年以上前に封印された巫女の、復讐譚。この世界を呪っているのは巫女なのか、それとも我々なのか。
もっと見るうちの学校では、最近怖い噂が流れている。夏も終わりだというのに。うちは怖いのが苦手なので、極力その話題は避けていたのだが。
「なぁなぁ、“イズモサマ“って知っとるー?」 昼休み早々、ついにこの時が来てしまった。問いかけられてしまうと逃げることは出来ない性質なので、「名前だけは」と返しておく。 話しかけてきた浅井愛里は、姫カットで黒髪をおろしているという女子らしい容姿だ。一方うちは、地毛の茶髪を一括りにしただけで飾り気がない。共通しているものと言われれば、制服くらいだ。 「最近有名やで、華ならもっと興味示してくれるかと思ったわー」 「うち、怖いの好きやないし」 愛里の残念そうな表情に、少しの罪悪感が芽生える。 「イズモサマ、ってあれやろ。お札を剥がして魔物から逃げ切れたら願いが叶うっちゅーやつ」 うちらの友人である三宮真矢の説明通りだ。真矢はセミロングの黒髪を弄びながら言う。 「イズモサマは、悲運の死を遂げた巫女とか魔物とかその正体ははっきりせえへんけど、この世のものではないという点だけが共通しているって話やね」 「へえ、随分賑わったはるなぁ。そない気にしはるなら見に行けばええのに」 これまた、友人である藤原千秋が割って入ってきた。 「あぁ、悪いけどうちは行かれんのよ。夜は出歩いたら怒られてまうから」 愛里が残念そうに言うが、絶対そうは思っていないだろう。 「ほなら、うちが愛里の代わりに見てきたろか? 千秋と華も一緒に」 真矢の提案は突飛なことが多い。千秋はまだしもうちまで巻き込まれたらたまったもんじゃない。 「いや、うちは……」 「うちは折角やし行かせて貰おうかなぁ」 千秋まで乗り気だったら、二人の面倒を見るために行くしかなくなる。 「……うちも行く」 その言葉を発した瞬間、何処からか視線を感じたのは気のせいだと思いたい。 「なら、零時に御山の麓……イズモサマが封印されとるところで待ち合わせしよか」 真矢がどんどん予定を決めていくのを、うちは考えることをやめてぼーっと見ていた。零時に御山の麓に行くと、
「もう! 遅いで華」 と真矢に軽く怒られた。時間通りなのだが……。千秋はそんなうちらを気にする様子もなく 「まぁまぁ。夜は長いんやし。早速、洞窟の中に入ってみよか」 懐中電灯片手に洞窟へ入っていってしまった。 「ちょ、ちょっと待っ……うち心の準備が出来てへんのやけど」 「時間ならぎょうさんあったやん。華は感情移入しすぎや」 千秋は長い黒髪を翻し、どんどん奥地へ向かっていく。うちはそれについていくのが精いっぱいなくらい怖かった。じめっとした空気、懐中電灯がなければ完全な闇。この奥にいる存在のことを考えると、とてもではないが明るい気持ちにはなれなかった。 「それにしても、イズモサマなんてほんまに居るんかな?」 会話で恐怖を紛らわそうと、二人に向けて声をかける。 「どうやろな。居ったら居ったで……その時にならんとわからん」 「うちは居ってほしいな、その方がスリルとロマンがあるやん!」 千秋は至って冷静だし、真矢は高揚している。うちがこの中で一番普通な気がしてきた。何故この場で落ち着いていられるのか理解に苦しむ。深夜だから、一周まわってハイになっているのは何となくわかるものの。 「あ! あれちゃう?」 真矢の指さした先には、『この先立ち入り禁止』の看板。柵も何もないので、出入りは自由になっているようだ。 「この先の道はこれ一本だけ……なら、行くしかないやろなぁ」 「え、ちょ、待っ、ほんまに行くん!?」 千秋は「当たり前やんか、怖いなら帰ったらええ」とうちの発言を一蹴する。まぁ、確かにその通りなのだが。でも二人に何かあったら一生引きずりそうだ。やから。 「うちも行く!」 一歩踏み出した。これでこの先で何があっても、引きずることはない。と思いたい。洞窟の湿度は増し、水滴が落ちる音が聞こえる。真夏だというのに、やけに涼しい。これは恐怖心から来ているものなのか、それとも本当に洞窟の気温が涼しいのか。それはわからない。そんなことを考えているうちに、行き止まりにぶち当たった。 「……イズモサマは?」 思わず声に出してしまった。行き止まりには一面の壁だけがあり、呪いだの幽霊だのといったものは見当たらない。 「あれ? おっかしいなぁ……」 真矢が辺りを見渡すが、やはりそれらしいものはない。 「霊感がないと見えへんとか?」 「そうなんかなぁ……愛里そう言っとった?」 愛里はそのようなことを言っていただろうか。ぼーっとしていたからか、あまり記憶がない。 「……もしかして、この壁の先なんとちゃう?」 千秋が壁を触ると、一気にそれが崩壊した。そして現れたのは、巫女服姿のまま朽ち果てている人間……人間、だったモノ? 何らかの原因で水分が足りず朽ち果てた、と見るのが正解だろう。見るだけでも禍々しい、そんな雰囲気を放っている。 「こ、これがイズモサマ!? めっちゃ怖いやん!」 途端に大騒ぎし始めた真矢を横目に、千秋は 「ふうん……これでお札をとって逃げきれたら願いが叶うんか」 「え、ちょ、とる気なん!? 止めた方がええって!」 うちの必死の静止も虚しく 「あ」 ビリッ、という音をたててお札は破けた。うちの肘がお札にクリーンヒットしてしまったように見える。奇怪な音を立てて、イズモサマは動きだす。こうなった時、とる行動と言えば———— 「逃げるで皆!」 三人で走ってその場を離れる。幸いにも、イズモサマの動きは遅くこれなら逃げきれそうだ。一直線に走って洞窟から出ると、イズモサマの姿は見えなくなっていた。これは、成功したということでいいのだろうか。うちには願いなんてないけど。 「あー疲れた……もうこりごり……」 洞窟を見ながら真矢が言う。 「せやな、こない疲れるとは……」 それに千秋も賛同し、うちも「やから言ったやん」と返す。 「もうこれでイズモサマの話は終わり! 明日からもっと健全な話題しよ!」 「そやな」 「ほな、解散ってことで」 うちらは散り散りになって各々の家へと帰った。その時も視線を感じたが、疲れ切っていたのでそれが何の視線なのかはわからなかった。放課後、うちと真矢、愛里の三人で千秋の家を訪れた。千秋の部屋らしき場所にはカーテンがかかっていて、中の様子はわからない。うちらの代表として愛里がインターホンを押す。「あのー、浅井ですけど。おばさんいてはる?」 しばらくすると、バタバタという音と共に若々しい女性が扉を開けた。「あらぁ、こない沢山。千秋って人気者なんやねぇ。三人とも入り」「はい」「お邪魔します」 一礼し中に入ると、和風な部屋に通された。応接間といったところだろうか。高そうな壺に、花が活けてある。おばさんは、ゆっくりと口を開く。「千秋がな、急に学校行きたくない言うからいじめにでも遭ったんかな思て。でも、お友達も大和くんも見舞いに来てくれたし、思い過ごしだったみたいや。良かったら、千秋に会っていったって。大和くんも居るけど」 おばさんは「ついてきて」とうちらを手招きすると、階段を上り始めた。そして、閉じた扉の前で立ち止まると「千秋、お友達来たで」 扉を開いた。そこに居たのは、布団を被って震えている千秋。その横で寄り添う大和。「千秋っ、どないしたん!?」 真っ先に彼女のもとに駆け寄ったのは愛里だった。うちはというと、身体が硬直して動かなかった。真矢は愛里に続いて千秋に近づき、「詳しいこと、話せへん?」と問うていた。「詳しいことは、僕から説明するわ。千秋も、一人になる時間が必要やろうし。一旦皆で外行こ」 大和の半ば強引な誘導に圧倒されつつ、うちらは部屋を出た。 お邪魔しました、と千秋の家を出ると大和は「こっちや」と神社の方へと歩き出した。「あれ? ここって美代の家やない?」 愛里が言う。そういえば大和と美代は、家ぐるみでの付き合いがあると聞いたことがある。ということは、千秋と美代も繋がりがあったりするのだろうか。交友関係がごちゃごちゃしすぎている。「せやで、昼間お祓いがどーのとか話しとったやろ。なら、ここが一番ええかと思ってな」 神社に設置されている椅子に四人で腰掛けると、かなり狭い。その状態で大和は話し始めた。「まずは、何の話が聞きたい?」「千秋のあの感じって、やっぱり呪いとか関係あるん?」 こういう時ばかりうちが出しゃばって、何とも言えない気持ちになる。「あるで。でも、その前にイズモサマの話をしよか。あれは、強大な力を持った巫女やったモンやねん。今はミイラみ
血みどろの教室。そこで磔にされている人物は「うち……?」 変なところで目が覚めた。何故うちが磔にされていたのか、それは一切わからないし所詮は夢なので放っておくことにした。 朝食を食べ、学校に向かっていると珍しい人から声をかけられた。「華やんか、元気?」「大和……うん、うちは元気やけど。どうかしたん」 藤原大和。千秋の従兄妹にあたる存在だ。うちとも幼馴染で、交流はある方である。「千秋から聞いたんやけど、行ったらしいな。イズモサマのとこ」「それがどないしたん」 大和は途端に神妙な顔つきになり「実はな……千秋のお母さんから聞いたんやけど、学校に行きたくないって暴れとるらしいんや。千秋が」 普段の冷静な彼女からは想像が出来ず、思考が停止する。「え、それってどういう?」 訊いてみると、「殺されるだとか、外に出たくないだとか……手がつけられへんみたいや。急にどないしたんやろな」 と返された。まさか深夜のイズモサマのせい? とも思ったけど、まさかすぎる思考は置いておくことにした。千秋も疲れているから休みたいのだろう。きっとそうだ。。「まあ、千秋も反抗期かもしれへんし。とりま学校行こ!」 そうでもしないと、不安を拭いきれなかった。 学校に到着すると、愛里が声をかけてきた。「千秋が居らんなんて珍しいなぁ」 事実を知ってしまったが故に、何も答えられなかった。精々「せやな」と言うのが限界だ。真矢は普通そうにしていたが、何もなかったのだろうか。「あ、真矢」「何や?」 声をかけると、やっぱり普段の真矢だ。変わったところなど一つもない。「今朝」「朝のHRを始めるぞ。皆、席につけ」 うちの言いたかったことは、先生の号令によってかき消されてしまった。真矢は自分の席へ行ってしまったし、昼休みになるまでこの話はお預けだ。 昼休みになると、真矢からこちらへ寄ってきた。「なぁ、朝なんか言いかけてへんかった?」「あぁ、それな……それなんやけど」 うちは、千秋の現状について大和から聞いた範囲で教えた。それを聞いた真矢は一言。「……呪いやない?」「……呪い?」 真矢は神妙な顔つきで繰り返す。「華、明らかにヤバいお札破ったやん。それが解放されて、千秋に降りかかったとか……」「あれは事故やん! ……それに、それやとうちに呪いがかからんとおかし
うちの学校では、最近怖い噂が流れている。夏も終わりだというのに。うちは怖いのが苦手なので、極力その話題は避けていたのだが。「なぁなぁ、“イズモサマ“って知っとるー?」 昼休み早々、ついにこの時が来てしまった。問いかけられてしまうと逃げることは出来ない性質なので、「名前だけは」と返しておく。 話しかけてきた浅井愛里は、姫カットで黒髪をおろしているという女子らしい容姿だ。一方うちは、地毛の茶髪を一括りにしただけで飾り気がない。共通しているものと言われれば、制服くらいだ。「最近有名やで、華ならもっと興味示してくれるかと思ったわー」「うち、怖いの好きやないし」 愛里の残念そうな表情に、少しの罪悪感が芽生える。「イズモサマ、ってあれやろ。お札を剥がして魔物から逃げ切れたら願いが叶うっちゅーやつ」うちらの友人である三宮真矢の説明通りだ。真矢はセミロングの黒髪を弄びながら言う。「イズモサマは、悲運の死を遂げた巫女とか魔物とかその正体ははっきりせえへんけど、この世のものではないという点だけが共通しているって話やね」「へえ、随分賑わったはるなぁ。そない気にしはるなら見に行けばええのに」 これまた、友人である藤原千秋が割って入ってきた。「あぁ、悪いけどうちは行かれんのよ。夜は出歩いたら怒られてまうから」 愛里が残念そうに言うが、絶対そうは思っていないだろう。「ほなら、うちが愛里の代わりに見てきたろか? 千秋と華も一緒に」 真矢の提案は突飛なことが多い。千秋はまだしもうちまで巻き込まれたらたまったもんじゃない。「いや、うちは……」「うちは折角やし行かせて貰おうかなぁ」千秋まで乗り気だったら、二人の面倒を見るために行くしかなくなる。「……うちも行く」 その言葉を発した瞬間、何処からか視線を感じたのは気のせいだと思いたい。「なら、零時に御山の麓……イズモサマが封印されとるところで待ち合わせしよか」 真矢がどんどん予定を決めていくのを、うちは考えることをやめてぼーっと見ていた。 零時に御山の麓に行くと、「もう! 遅いで華」 と真矢に軽く怒られた。時間通りなのだが……。千秋はそんなうちらを気にする様子もなく「まぁまぁ。夜は長いんやし。早速、洞窟の中に入ってみよか」 懐中電灯片手に洞窟へ入っていってしまった。「ちょ、ちょっと待っ……うち心