武神に認められた僕は、高天原の面倒事を処理することになりました

武神に認められた僕は、高天原の面倒事を処理することになりました

last update最終更新日 : 2025-11-25
作家:  景文日向連載中
言語: Japanese
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概要

現代

憂鬱

天才

若者

悔しい

成長

幼い頃より霊感が強く、霊能力者でもある如月一成は大学生活を送る傍ら妖怪や地縛霊を退治している。彼に霊能力の扱い方を教えた神、蓮に認められた時に高天原から使者が降臨した。 「高天原を、蓮様と共に救ってくれませんか?」 人間でしかない一成が、高天原の面倒ごとに巻き込まれていく日々を描いた日本神話ファンタジー。

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第1話

転機は突然に

 僕は、一人だった。人には視えない何かが視える、それだけで両親からは距離を置かれた。霊感なんて欠片もない、弟二人が羨ましい。そんな日々を送っていた。

 僕の家の近くには、大きな神社がある。そこに居る時だけ、心が休まっていた。清廉な空気が、傷ついた心を癒してくれた。そして、他の人には視えていないであろう『人間じゃない存在』も。

 神社に通っていた幼少期の、とある日のことだ。

「貴様、私が視えるのか?」

 その存在は、とても美しかった。青緑色の、大きく澄んだ瞳。長い水色の髪は、毛先に向かうにつれ青くなっている。長い睫毛は耽美な雰囲気を構成していた。明らかに、この世のモノを超越している美しさ。それは今でも、僕の目に鮮明に焼き付いている。

「……あなたは?」

 目の前の存在は、口元をほころばせて答えた。

「私は神だ。この神社で祀られている、偉大な神だ。崇めると良いぞ。……そういえば、貴様。名は何という」

 神様というのは、随分高飛車だと思った。だけど、名前を訊かれているのに答えないわけにはいかないとも考えたので、とりあえず名乗る。

「僕は、如月一成きさらぎいっせいです。ええと……神様はどんなお名前なのですか?」

「一成か、良い名だ。私の名は……れん。貴様の才能を認め、制御する術を教えようと思っている」

「才能?」

 僕に何の才能が? そう思い問うと、蓮は答えた。

「一成、貴様は私が視えるだろう。それに、この世のモノではない——言うなれば幽霊などを惹きつける体質だ。現に、私の目にも貴様の存在が留まった。まだ幼い貴様にはわからないかもしれないが、それは危険な状態だ。私の様な神ならともかく、悪霊に憑りつかれでもしたら貴様も困るだろう。そこで、私が貴様に能力の制御を教えてやろう……という訳だ。感謝するがいい」

 一方的な押しつけの様にも思えるが、当時の僕は何も考えずに

「はい、よろしくお願いします」

 と承諾してしまったのだった。

 それから十五年、蓮の修行は厳しいものばかりだった。投げ出そうと思ったこともあったが、自分の為になると諭されて続けてきた。その結果、僕は自分の力を使いこなすことが出来るようになり——幽霊退治に勤しんでいる。

『嫌だ、まだ成仏なんかしたくな——』

「往生際が悪いですよ、成仏しなさい」

 目の前の中年男性の姿をした幽体に向けて、手をかざし念じる。段々と幽体が天へと昇っていくのを見届けながら、一息つく。

 もう夜も遅い。早く家に帰って、弟たちを安心させなければ。

 弟二人は、有難いことに僕に懐いてくれている。

三兄弟の真ん中である宗吾は、素直ではないが根は優しい。昔は真っ直ぐな子だったのだけれど、反抗期なのか最近はあまり話せていない。誰に対してもそんな感じなので、嫌われているという訳ではないだろう。

末っ子である蒼麻は、宗吾に対してはつっけんどんだが僕にはデレデレだ。宗吾と昔大喧嘩したことを、今でも引きずっているらしい。僕からしたら可愛い弟だけど、宗吾は複雑な感情を抱いていそうだ。

「ただいま、帰りましたよ」

「兄さん、お帰りなさい!」

 大体出迎えてくれるのは蒼麻だと決まっている。宗吾はバイクに乗っているか、部屋で勉強しているかだ。一応、蒼麻に尋ねてみる。

「宗吾はどうしていますか?」

「宗吾? 今日は肝試しで学校に行くとか言ってたような……あんな奴どうでもいいでしょ。そのうち帰ってくるよ」

 嫌な予感がした。霊感がなくても、普通の人よりは宗吾も蒼麻もこの世のモノではない存在を引き寄せる体質だ。そんなところばかり僕に似なくてもいいのに、と思うが今はそれどころではない。

「ちょっと出かけてきます。ごめんなさい、すぐ戻りますから」

「あ、ちょ、兄さん⁉」

 蒼麻の静止を無視し、家を飛び出す。幸いなことに、宗吾が通っている高校は家から近い。飛んでいけば五分もあれば到着するだろう。周りに人が居ないことを確認し、ジャンプをして念じる。ふわりと身体が宙に浮く。これは人目があるところでは絶対に使えない技だ。騒がれては色々と困る。今が夜更けであることに感謝し、目的地へと急ぐ。

「宗吾、どこですかー⁉ 返事をしてください」

校庭に降り立ち、彼の名を呼ぶ。夜の学校は幽霊の溜まり場だ。特に、プールに水が張ってある夏場——今は一年の中で最も幽霊が多い。宗吾の様な存在がいたら、餌食になる可能性も十分にある。

校舎に入り、何度も宗吾の名前を叫んだ。しかし、答える声はない。こちらの存在を不用意に察知されたくないが、そうも言っていられないので目に力をこめる。一時的に千里眼と化した僕は、宗吾の姿を捉えた。最悪なことに、彼らはプールに向かっている。もうここまで目立っているのだから、何をやっても同じだろう。自らの脚に触れ、霊力を流し走るスピードをあげる。

「宗吾!」

プールに繋がっている扉をバン、と開くと宗吾と——恐らくその友人——が立っていた。

「兄貴、何の用なんだよ。邪魔すんなっての」

「え、あれ宗吾の兄貴なん? 姉貴かと思ったわ」

 友人の一人がそう言って、僕の顔を凝視している。確かに僕はよく女性に間違われるけど……今はそれどころじゃない。

「宗吾、肝試しは危険です。家に帰ってください」

「あー、蒼麻のやつ喋りやがったな⁉ クソが……。絶対帰んねーからな、ムカつくし」

 話を聞く気はないようだ。これは骨が折れる、と思った次の瞬間——プールから何かが姿を現した。

 それは、巨大な手だ。それは、一直線に宗吾に伸びたかと思うと、ひょいっと彼を掴み上げた。

「宗吾!」

 宗吾は、何が起こっているのかわからない様子で口をパクパクさせている。友人たちは、彼をおいて逃げてしまった。

『この子、宗吾って言うのね。可愛い顔……』

 手は、テレパシーで語りかけてくる。そして、指を宗吾の顔に伸ばし撫で上げる。

「なっ……何なんだよ! おいクソ一成、早く助け——」

 宗吾の言葉は、途中で途切れた。骨が折れる音と同時に、彼の首が血飛沫と共にプールへと落ちる。

 何が起きたのか、わからなかった。殺された? 宗吾が? 僕の目の前で?

『あ、力入れすぎちゃったわ。まあ、人間だものね。別にいいか』

 いけない。どんな時も冷静でいろと、教えられたじゃないか。そうでないと、霊力が暴走するから——息を深く吸い込む。しかし、頭は全く冷えない。目の前のこいつを殺らなければ、次は僕がああなる。何より、宗吾の命を奪ったこいつを許すわけにはいかない。

「絶対に許しません、ここで葬ります」

『出来るかしら? 無力な人間に』

 相手の語りかけは、僕には届かなかった。霊力で作った即席の刀で、手の先から根元まで一刀両断にしたからだ。崩れて粒子になっていく幽体から、宗吾の体が解放され地面に落ちる。

「……無力な兄でごめんなさい」

 宗吾の魂は、もう還ってしまった。戻ってくることは二度とない。少し軽くなった体を抱き、家へと歩き始める。飛ぶ気分ではない。家族にどう説明しようか、そればかり考えていた。

 家の扉を開けると、流石に夜遅いからか全員寝ているようで迎えはなかった。宗吾の体をそっと置く。せめて安らかに眠ってほしい。誰か起こそうかとも思ったが、僕自身考えが整理できていないので上手く事情を話せないと判断してやめた。

 ……とりあえず、一度寝よう。血に塗れた手を洗い、部屋に行く。目の前で誰かが、しかも肉親が死ぬなんて思いもしなかった。自分の力に自惚れていたのかもしれない。明日、蓮に相談しよう。

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 僕は、一人だった。人には視えない何かが視える、それだけで両親からは距離を置かれた。霊感なんて欠片もない、弟二人が羨ましい。そんな日々を送っていた。 僕の家の近くには、大きな神社がある。そこに居る時だけ、心が休まっていた。清廉な空気が、傷ついた心を癒してくれた。そして、他の人には視えていないであろう『人間じゃない存在』も。 神社に通っていた幼少期の、とある日のことだ。「貴様、私が視えるのか?」 その存在は、とても美しかった。青緑色の、大きく澄んだ瞳。長い水色の髪は、毛先に向かうにつれ青くなっている。長い睫毛は耽美な雰囲気を構成していた。明らかに、この世のモノを超越している美しさ。それは今でも、僕の目に鮮明に焼き付いている。「……あなたは?」 目の前の存在は、口元をほころばせて答えた。「私は神だ。この神社で祀られている、偉大な神だ。崇めると良いぞ。……そういえば、貴様。名は何という」 神様というのは、随分高飛車だと思った。だけど、名前を訊かれているのに答えないわけにはいかないとも考えたので、とりあえず名乗る。「僕は、如月一成です。ええと……神様はどんなお名前なのですか?」「一成か、良い名だ。私の名は……蓮。貴様の才能を認め、制御する術を教えようと思っている」「才能?」 僕に何の才能が? そう思い問うと、蓮は答えた。「一成、貴様は私が視えるだろう。それに、この世のモノではない——言うなれば幽霊などを惹きつける体質だ。現に、私の目にも貴様の存在が留まった。まだ幼い貴様にはわからないかもしれないが、それは危険な状態だ。私の様な神ならともかく、悪霊に憑りつかれでもしたら貴様も困るだろう。そこで、私が貴様に能力の制御を教えてやろう……という訳だ。感謝するがいい」 一方的な押しつけの様にも思えるが、当時の僕は何も考えずに「はい、よろしくお願いします」 と承諾してしまったのだった。 それから十五年、蓮の修行は厳しいものばかりだった。投げ出そうと思ったこともあったが、自分の為になると諭されて続けてきた。その結果、僕は自分の力を使いこなすことが出来るようになり——幽霊退治に勤しんでいる。『嫌だ、まだ成仏なんかしたくな——』「往生際が悪いですよ、成仏しなさい」 目の前の中年男性の姿をした幽体に向けて、手をかざし念じ
last update最終更新日 : 2025-09-10
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「タカマガハラ?」
 翌日に蓮のところへ行こうと思っていたが、宗吾の一件でバタバタして遅れてしまった。そもそも身内に亡くなった人間がいる以上、神社に参るのはマナー違反だ。約二ヶ月、僕は怠惰な日々を過ごしていた。蒼麻は「兄さんのせいじゃないよ」と慰めてくれたが、自分で自分を責めてしまう。あの時、宗吾のことを助けることが出来たはずなのに。僕は愚かだ。 神社の空気は、いつも澄んでいる。礼をして足を踏み入れると、「やっと来たか、大馬鹿者め」と声をかけられた。「蓮……」「貴様の事情はわかっている。弟が亡くなったらしいな」 事実を改めて突きつけられ、気分が落ち込む。「僕のせいです、思い上がっていたのかもしれません。今まで、挫折なんて知らなかったから」 蓮は、瞬きしてから「そうだ」と肯定した。「一成、貴様の思い上がりは確かにあっただろう。だが、悔いたところで弟が帰ってくる訳ではない。挫折は悪いことではない、経験すればもっと強くなれる。これは貴様に課された試練の様なものだ」 いつでも手厳しいのが蓮だ。確かに、言っていることはわかる。だが、理性と気持ちは必ずしも一緒ではない。そんなに割り切れるほど、僕は強くないのだ。「……その為に、宗吾が死ぬことはなかったのでは」「甘いな、貴様は強いから少しのことでは挫折などしないだろう。弟の命は、考え得る限り貴様の中でかなり大事なものだったはずだ。それを失ってしまったからこそ、今貴様は岐路に立っている。もっと強くなるか、このまま立ち直れず生涯を終えるか。貴様は、どうする」 考える。蓮としては、もっと強くなってほしいと思っているのだろう。だけど、僕は弟を失ってまで戦おうとは思えない。そもそも、平和が好きなのだ。好んで戦っている訳ではない。今まで幽霊を退治していたのだって、平和な世の中を保ちたかっただけなのだ。僕は、どうすれば良いのだろう。「貴様がどうしようが、それは自由だ。だが、忘れるな。私の気は長くないぞ」 蓮は、そう言い残すと姿を消した。僕に残された時間は、そう長くないだろう。とりあえず、家に帰って考えるか。ここに居ても、考えはまとまらないだろうし。「兄さん、お帰りなさい!」 今日も相変わらず蒼麻が出迎えてくれる。蒼麻だけでも、守り切らなくては。これ以上、命を失う瞬間を見たくはない。「……兄さん?」「あ、いや……何でもないです」
last update最終更新日 : 2025-09-10
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天なのに地
 あれから数日後、蓮の神社で待ち合わせていた。既に蓮は、巨大な光る船に乗っている。「遅かったな、一成」「いつも貴方は待たないから……ところで、この船は?」「貴様も話しただろう。アメノトリフネだ」「え?」 あの時は、人の形だった気がするけど……神様だから、形態を自由に変えられるのか。フネ、って名前にあったくらいだし。“そうです、この姿をお見せするのは初めてでしたね。驚かれるのも無理はありません。ですが、時間はあまり残っていません。高天原まで全速力で飛びますので、振り落とされないようご注意ください。さあ、ご乗船を” 促されるままに乗り込むと、目の前の光景がどんどん上昇していく。本当に、こことは違う世界に行くんだ。遅れて、少しずつ実感が湧いてくる。高天原は、見たことがないけれど——蓮の方が、思うところはあるだろう。長い水色の髪がたなびく。青緑色の瞳には、何が映っているのだろうか。いや、まずは自分のことだ。僕は人間なのだから、出来ることなど限られている。せめて、足手まといにならないようにしなくては。“……ご乗船お疲れさまでした。ここが、高天原です” 僕が想像していたよりも、ずっと荒んでいる。空は黒く淀みきって、地面には隕石がめり込んでいる。痛々しいことこの上ない。確かに、侵攻を受けていることが伝わった。僕がこの状況を打破できるとは、とてもではないが思えない。「……あの星神の気配が濃いな。一成、気を引き締めろ。トリフネ、雷斗の元まで案内してくれ」 蓮は、人型に戻ったトリフネに命令した。「こちらです」とトリフネが飛行を始めたので、僕もついて行く。高天原でも、霊力は問題なく使えた。地上と同じように飛行も出来る。 空に蔓延る漆黒の中に、一筋の光が差した。その後に激しい音が轟いたことを考えると、これは雷だ。「雷斗……!」 蓮が呼びかける。すると、一時的に雷が止んだ。段々と、シルエットが見えてくる。長い髪を揺らしながら、大男が迫ってきた。その速度は、正しく稲妻レベルだ。「お、蓮じゃないか。久しぶりだな」 トリフネと同じくブロンドの髪は、手入れをしていないのかボサボサのまま伸ばしっぱなし。瞳の色は橙色で、鋭い。白装束なのは、神様の共通衣装なのだろうか。蓮やトリフネと同じだ。声が低いのも相まって威圧感が凄い。「貴様は地上で隠居したとばかり思っていたが。い
last update最終更新日 : 2025-09-15
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天を統べるもの
 僕には絶対に出せない速度で、船は動いた。景色が何も変わらないのが救いだ。目まぐるしく景色が変わっていたら、確実に酔っただろう。蓮は動じていないということは、以前にもトリフネをこういう風にこき使っていたのかもしれない。「見えた、天照大御神様の宮殿だな。あの馬鹿は何処だ」 船が急に降下し始めたので、吐き気を覚える。神にはもしかして、酔うという感覚がないのだろうか。蓮は平然としているから、そうなのかもしれない。“着きました” 蓮が降りたのに続く。和風で、壮大な宮殿から一人の女性が出てきた。彼女自身が光っていて、あたたかい。彼女の前に蓮が跪く。もしかして、彼女が天照大御神?「馬鹿者、頭が高い。貴様も跪け」 蓮が、半ば怒ったように命令してくる。確かに、彼女が天照大御神ならそうする方がいいか。跪こうとしたその時、「顔あげて」とおっとりした声が聞こえた。それでも蓮は顔を伏せている。長い睫毛が、普段よりも目立つ。「もう、そんなかしこまることないやろ? うちらは平等に神なんやから。なぁ、そう思うやろ? 一成くん」 ……何で僕の名前を知っているんだ? あまりツッコまない方が良いのかな。「ええと……あなたは?」 とりあえず、答え合わせをしよう。話はそれからだ。「うち? うちはなぁ、天照っていうんや~。本当はちゃんとおもてなしをしたかったんやけど、状況が状況やでなぁ。ごめんな~」 僕の予想が合っていた。合ってたけど……嬉しくはないな、別に。天照が言う通り、状況が状況だし。「天照大御神様、もてなしは不要です。それより、雷斗を見ていらっしゃいませんか」「雷斗? ああ、タケミカヅチかぁ。見とらんなぁ」 ちゃんと本名があるのか。蓮にもあるのだろうか……あるか。僕に明かしてくれたことはないけど。もしかして、信頼されていないのかな。「そうですか……ところで、あの星神と話し合うそうですが」「そうそう、そうなんよ。相手が来るかわからへんけどな。うちは何があっても構えておかなあかんから。それがうちの使命やもんで」 どこまでも明るい口調で、彼女は語る。はるか昔から、日本を背負っているのだ。生きてきた時間の重みが違うのだろう。基本的に傲慢な蓮が、ここまで敬意を払う相手というのも珍しい。「そうですね……私は雷斗を探しているのですが、何か手がかりはありませんか」「あの子の
last update最終更新日 : 2025-09-17
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たぐり寄せるもの
 雷斗探しは非常に難航した。そもそも、高天原は広大すぎる。しかも、天候もあり視界不良だ。「あの馬鹿は何処へ行ったのだ」 トリフネに乗りながらぼやく蓮。明らかに不機嫌だ。気持ちはわからなくもないが、それをなだめるのは僕。心労は増す一方だった。「雷がそこら中に落ちていて、危ないですね」「あの馬鹿が荒ぶるとこうなる。迷惑な奴だ」 そういえば、蓮は何の神様なのだろう。雷斗は、名前からも想像できるが雷に関連する神。アメノトリフネは、恐らく船。では、蓮は? 僕は蓮のことを知った気になっていただけで、実は何も知らないのかもしれない。 名前から考えれば、恐らく水や植物なのだろうが……その片鱗もない。いや、今はそんなことを考えている場合じゃないか。“しかし……雷斗様は、どちらにいらっしゃるのでしょう” トリフネも、どこに向かえばいいのかわからず右往左往している。雷斗は俊足だ。移動速度は、それこそ雷のよう。トリフネでも追いつけない。「奇襲をしかける、と仰っていたような」「ああ、そうだな。あの馬鹿も堕ちたものだ」「……先回りは不可能かもしれませんが、雷斗様も星神を探しているのでは?」「それはそうだろうな」 蓮が、冷淡な声で言う。何の感情もこもっていないのが、嫌というほど伝わってくる。「雷斗様が星神を見つける前に、僕らが見つけましょう。そうすれば、奇襲も失敗します」「それが出来れば苦労しないだろうが」 仰る通りだ。「だが、やってみる価値はあるだろうな。あの星神の居る場所、か……」 蓮は目を閉じる。千里眼でも使おうとしているのだろうか。しかし、蓮に出来て雷斗に出来ないとも考えづらい。もっと特殊な能力があるのだろうか。 僕には見当もつかない。星神がどんな性格で、どんな思考をしているのかがわからないから。「見えん」 蓮がトリフネの床を殴った。痛かったのか、一瞬船が傾いた。「何故見えない!? 私の神力が弱ったのか!?」 ヒステリーを起こしそうな蓮をなだめるために、考える。見えないのには、理由があるはずだ。例えば──「星神の神力が、蓮より強いとか」「はぁ!? あの者が……?」「一度負けているのでしょう? 可能性はあるのでは」「……」 反論できなくなったのか、黙り込む蓮。“あの、星神は無理でも……雷斗様の痕跡なら追えるのでは?” トリフネが
last update最終更新日 : 2025-09-19
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奇襲ではなくて、ですね……。
 雷斗は続ける。「俺の邪魔をするつもりか?」「違う。私は、共に戦いに来た。だが……不意打ちは頂けない」 蓮も引かない。昔から頑固だ。僕と出会う前から、こうだったのだろう。「勝てば官軍、と人間は言うが」「俗語だな。私にそのような言葉はない」 ここで仲間割れしているようでは、星神を倒すなど夢のまた夢だろう。「あの、お二人とも少しいいですか」「「何だ?」」 こういう時は、二人とも息が揃うんだな……。二人とも、僕の方を向く。「僕らは、星神を……アマツミカホシを倒すためにここまで来たんですよね?」「そうだな」「では、こんなところで仲間割れしている場合ではないんじゃないですか?」 真理だ。二人とも、このことをわかっていないわけがない。「だが、雷斗が奇襲などというから」「俺たちは一度負けている。もう、手段がそれしかないのを認めろ」 原点に戻ってしまった。これでは堂々巡りだ。「では、こう考えましょう」 右手の人差し指を立て、提案する。「再戦ですよね、これは」「確かにそうだが……それが?」「奇襲もいいですが、果たし状を叩きつけるのはどうでしょう」 これなら、蓮のプライドは刺激されない。問題は雷斗だ。「果たし状か……そんなものを用意している暇はあるのか」 仰る通りだ。しかし、その質問は想定内。「僕らは、人とは違う。心同士で会話出来ますよね。人間の言葉ではテレパシーって言うんですけど。それを活用するのはどうでしょう」 星神に、それが通用するのかはわからない。どこにいるのかもわからない相手に、本来その手段は使えない。「だから、まずは居場所を特定しましょう。そして、テレパシーを送る。そうすれば、奇襲にはならない」「ふむ……だが、それで倒せるのか?」 片方が納得すれば、もう片方が異を唱える。厄介な神様たちだ。「だから、送った瞬間に仕掛けるんです。これなら、奇襲にはならず相手に準備させる時間も与えないでしょう?」 これで納得されなかったら、また策を一から考えなければいけない。それだけは避けたいところだ。「私は構わん」 先に発言したのは、蓮だった。完全に納得した訳ではないのだろう。だが、今は妥協してくれただけでも有難い。「俺は、奴を倒せれば何でもいい。人間、お前が倒せるというのなら──協力しよう」「雷斗、この者は一成という。他
last update最終更新日 : 2025-09-21
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再び地上へ
「わかりました。やってみましょう」  承諾し、蓮の目を見る。そこに灯っている光は、星々よりずっと綺麗だった。「では、猶予こそないが……地上に降りよう。雷斗、それでいいか?」「構わない」 何とか、彼も納得したらしい。本当に良かった。陰湿だけど。「そうだ、地上に降りる前に言っておく必要がある。改めて、我々の存在について」 蓮が、よく通る声でそう言う。「我々は、霊感のない者には視えない。神力は使えるが、十全ではない。地上では、信仰の強さがモノを言う。だからこそ、貴様の補助が必要なのだ」「そうだな、俺たちはまだ信仰があるが……アマツミカホシは忘れられた神。本来なら、あんな力を……地上に居ながら発揮できる訳はない。だから、警戒しながら事を進める。そもそも、あいつに俺たちは気配を感じとられるだろうから、迂闊な行動は出来ない」 息の揃った説明に、思わず感心してしまう。元々二柱で一つ、というのは間違いではないのだろう。”では、地上に再度下降します。お乗りください” トリフネが、こちらに近づく。乗り込むと、すぐに下降が始まった。「トリフネ様がいないと、高天原と地上は行き来できないのですか?」 蓮が、腕を組み答える。「出来ないことはないが……神力が無駄に削れる。それ故、極力避けたい」 確かに、戦いに行くのに神力を削がれては意味がない。今更だが、蓮や雷斗の神力が無限ではないと発覚した瞬間でもあった。「その……やっぱり、神力って無限じゃないのですか?」「思ったより鈍いのか? 一成、お前の霊力とかも無限ではないだろ」「でも、有名な武神なのでしょう?」 雷斗は、確かタケミカヅチと呼ばれていた。 タケミカヅチノミコト。神様に詳しい僕でなくても、わかる人が多い武神だ。申し訳ないが、蓮──フツヌシより知名度も高い。東国平定、戦勝祈願……頼る人間は数多い。そんな彼でも敗北したアマツミカホシ、本当に何者なのだろう。どんどん不安になってくる。「有名ではあるが、俺は所詮天照大御神の属神。神力が無限なのは……やはり創世神の血筋の者だけだろうな。俺や蓮では、とても……いや忘れろ」 あまり深く突っ込むと、また陰湿な話になってきそうだ。引いた方が身のためだろう。「アマツミカホシには、どうして負けたのです?」 だが、これは訊いておく必要がある。そうでなければ、傾向と対
last update最終更新日 : 2025-09-23
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調べ物をしましょう
 間違いなく、蓮の神社の奥宮。僕の修行場だった。「トリフネ、助かった。戻ってよい」 蓮が先頭を切って下船する。雷斗に二番目を譲り、僕も続いた。“お気をつけて” それだけ言い残し、トリフネは去っていった。高天原は、今となっては地獄なのだが……ここにいても仕方ないのだろうか。「では、早速だがアマツミカホシを探そう。……と言いたいところだが、やはり視界が制限されるな。雷斗、貴様はどうだ」「多分、お前よりは見えている。見えている……が、あいつの居場所はわからん」 やはり、居場所の特定は二柱には難しいらしい。「アマツミカホシ、その名前を僕が調べます。なるべく早急に。何かわかったら、報告しに来ます。それでどうでしょうか?」 どうでしょうか、も何も手段はそれしかないのだが。これが承認されなかったら、手段はなくなる。「うむ、それしかないのだろうな。私は構わん」「俺も問題はない。……が、ここは俺の領地ではない。このまま居ても、神力が失われる一方だ。だから、俺は一度自分の領地に帰ることにする。何かあれば、タケミカヅチが祭神の神社ならどこでも良い。そこまで来てくれれば、傍に現れよう。一成、お前が話すことは他にあるか?」「いえ」「わかった。では、帰らせてもらう。この辺りには鹿もいないから……伝達手段は、やはり参拝になるのだろうな。俺が言うのもおかしいが、武運を祈る。俺と蓮がついているから、大丈夫だとは思うが……アマツミカホシの刺客には気をつけろ」 それだけ言い残すと、雷斗は姿を消した。この場に残ったのは、僕と蓮だけ。「一成、アマツミカホシのことは頼んだ。私や雷斗は彼に認識されているから、千里眼に引っかからないように細工しているのかもしれん。だが……それは人間である貴様には通用していない可能性も高い。どんな些細なことでも報告しろ。では」 蓮も、姿を消した。気配はあるから、近くにはいるのだろう。しかし、流石に上級神である蓮の本気に立ち向かうことは出来ない。僕も神社を後にした。 僕が向かったのは、大学の図書館。そういえば、高天原に居る間どれくらい時間が経ったのだろう。場合によっては、無断欠席の講義を出したかもしれない。 スマホを確認すると、経過していたのは三日。いくつか出したが、一度の欠席で大事には発展しないだろう。スマホをしまい、宗教のコーナーへ向かう。
last update最終更新日 : 2025-09-25
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僕が救われたい
 人間の社会とは、時に非情だ。 結局、蓮の神社まで一時間半もかかった。都市部は人が多いのがいけない。蓮の神社や僕の家は、郊外と言えるかも怪しい田舎なので余計にそう思う。「……何かわかったのか」 蓮の第一声はこれだった。あまり期待している風でもなかったけど、一応訊いた程度だろう。「いえ……ですが訊きたいことがありまして」「私に?」 蓮は目を丸くした。想定していなかった事態なのだろう。「単刀直入に訊きますが、アマツミカホシとはどこで戦ったのですか?」 間。蓮は、かなり長いこと黙っていたように思う。「……覚えていない」「え?」「覚えていない、と言ったのだ。戦ったのは、はるか昔。それに、今のように地域区分も曖昧。雷斗とて、覚えてはいまい。覚えていたとしても、それが現代のどこなのかを示すことが出来ないはずだ」 ……要するに、手詰まりということか。「……東国だったかどうかくらいは……」 せめて、これくらいはハッキリしていないと困る。「……それは、そうだったと思う。我々は、東国以外の地上に降りたことは一度しかない」 いまいち要領を得ないが、雷斗に訊いても同じことだろう。東国以外の一度で戦闘したら、確実に記憶に残るはずだ。ということは、その選択肢は除外してもいい。 東国、すなわち東日本。範囲が広いように思えるが、蓮と雷斗の行動範囲に絞れば二県程度だ。その二県の神話を調べれば、マイナーな神でも名前くらいは出るだろう。そこからどんどん絞るしかない。「そうですか。ありがとうございました。僕はこれで」「何かわかったら知らせに来い」 神社を後にし、一度家へ戻る。移動にばかり時間を使っていられない。自分のパソコンで調べ物をするのも、何かを掴むきっかけになるかもしれない。『アマツミカホシ 神話』 この言葉で検索をかけると、一応ヒットするものはある。あるのだが、大方蓮と雷斗から聞いた話と同じだ。武神でも手に負えなかった星の神、その情報はあるのだが……それ以上の情報はない。『アマツミカホシ 神社』 今度はこの言葉。正直期待はしていなかったのだが、検索結果に目を見張った。「これだ……!」 思わず声が漏れた。雷斗の祀られている神社があるのと同じ県にある、小さな神社。メインの祭神は違ったが、副祭神にアマツミカホシの文字。 今すぐにでも行きたいが、もう
last update最終更新日 : 2025-09-27
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ドライブ?
 翌日の早朝。人が居ないことを確認し、一気に空へと駆けあがる。 やはり、飛行が一番移動効率がいい。空気も澄んでるし、伸び伸びとした気分になる。「む、一成か。何かわかったのか」 蓮の神社に降りると、すぐに出迎えてくれた。「おはようございます。はい、何とかアマツミカホシの居場所らしきものは突き止めました。ここです」 僕はマップを起動し、地図を見せる。ピンをした場所は、例の神社。「……何だこれは」「アマツミカホシの居場所……だと思います」「だと思う?」  まだ、憶測の域を出ない。だが、そこまで行く価値はあるだろう。これで本人……人ではないけど……がいなかったら振り出しに戻るのだが。「とりあえず、雷斗にも伝える。良いか?」「はい」 蓮は、額に手を当て目を瞑る。 しばらくすると、光の玉が現れた。やがてそれは、雷斗の姿に変わる。「アマツミカホシが見つかったというのは、本当なのか」 雷斗の第一声はこれだった。極めて淡々とした口調を装っているが、熱は隠せない。「まだ憶測の域を出ませんが……ここだと思います」 神社の位置を雷斗に見せると、表情が変わった。「この位置……少しだが覚えがある。確かに、アマツミカホシの根城だったはずだ」 ここに来て、心強い証言だ。これが事実であるなら、彼は間違いなくここにいる。「では、参りましょう。アマツミカホシのところへ」「では、連れて行ってくれ」「……え?」 二柱は飛んでいくと思ったのだが。人には視えないし。「現代の地図は、よくわからぬ。貴様について行けば、行けるのだろう?」「まあ……そうですが」 航海の神、なんだよな? 蓮は。ツッコミたいが、それで輪が乱れるのも御免なので放置する。「一成、お前に任せる」「えぇ……」 こうと決めたら動かない人たちであるのは、とっくのとうにわかっている。覚悟を決めるしかない。 認識されないということは、電車で行く場合運賃計算をどうすればいいのだろう。細かいことが気になる。いや、そもそも電車で行く必要性はないのだが……。 だとすれば車か。茨城県の奥地だし、その方が合理的かもしれない。「少し準備があるので、待って頂けますか」「「準備?」」 声が揃っている。やっぱり阿吽の呼吸だな、と感心しながらも説明する。「車で行こうと思うので、僕の家からここまで運転して二
last update最終更新日 : 2025-09-29
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