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月夜野 すみれ
月夜野 すみれ
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Novels by 月夜野 すみれ

影の弾正台と秘密の姫

影の弾正台と秘密の姫

女性に興味がなくて和歌一筋だった貴晴が初めて惹かれたのは大納言(上級貴族)の姫だった。 だが貴晴は下級貴族だから彼女に相手にされそうにない。 そんな時、祖父が話を持ち掛けてきた。 それは都を騒がせている〝鬼〟の居場所を見付けること。 上手くいけば大納言の姫に相応しい身分になれるかもしれない。 早くに両親を亡くした織子は叔母の家に引き取られた。叔母は大納言の北の方だ。 歌が得意な織子が義理の姉の匡の歌を代わりに詠んでいた。 織子が代詠した歌が評判になり匡は若い歌人としてあちこちの歌会に引っ張りだこだった。 ある日、貴晴が出掛けた先で上の句を詠んだところ、見知らぬ女性が下の句を詠んだ。それは大納言の大姫だった。
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Chapter: 夏 三
 中納言というのは大納言のすぐ下である。  大納言の上にいるのが三人から五人なら中納言の上は大納言四人を加えて七人から九人。  摂政か関白がいたとしても十人程度なのだ。 数百人いるうちの十人以内というのは貴族の中ではほぼ頂点と言ってもいい(官位が高い者はもっといる)。  それだけ位の高い貴族(公卿)だから随身も付いているし、私的な警護も雇っていたはずだ。「どうやって警護の目を|掻《か》い|潜《くぐ》って|攫《さら》った?」 「数に任せて強引に邸に押し入ったそうだ」 「何!?」  貴晴は思わず声を上げた。 |碌《ろく》に警護もいない中級や下級貴族の狭い邸ならともかく、中納言の邸ならそれなりに広いはずだし警護の者達もいたはずだ。  金目の物ならまだしも人間を攫うのは簡単ではない。  広くて警護の多い上級貴族の邸から連れ出すとなると。 女性が目当てなら庶民を狙った方が手っ取り早い。  高貴な女性の方が美しいというのは日焼けしていないから肌の色が白いというのと化粧をしていたり着飾っていたりするからであって実際の|美醜《びしゅう》に身分は関係ないのだ。 わざわざ危険を冒してまで中納言の姫を攫ったところで手間に見合うだけのものは得られないと思うのだが……。「まぁ、そういうわけでまた卿がお呼びだ」 「分かった」  どうせ先に支度を言い付けてあっただろうから用意が出来ているはずだ。「で、さっきのは何通目だ?」  隆亮が牛車の中で訊ねてきた。 「三通目だ」  貴晴が答える。「もう!? |随分《ずいぶん》ご|執心《しゅうしん》だな」 「返事も貰ってないのに執心も何もないだろ」 「まぁ、でもそれなら尚のこと早く〝鬼〟を捕まえないとな」  隆亮が言った。「ああ、早く出世しないと……」 「それもだが――」  隆亮が貴晴の言葉を遮る。「なんだ?」 「貴族の姫が二人も攫われてる」  隆
Last Updated: 2026-05-30
Chapter: 夏 二
「貴晴、そわそわしてるようだが何かあったか?」  邸に訊ねてきた隆亮が言った。 「返事が来ないんだ」  貴晴が答える。「管大納言の大姫から?」 「誰に聞いた!?」 「歌にしか興味なかった男が文を贈る相手なんか歌が評判の姫しかいないだろ」  隆亮が突っ込む。 それはそうだ……。 隆亮の返事に貴晴は言葉に詰まった。「で、何回無視された?」 「初めてに決まってるだろ!」 「お前、ホントに女性に文を贈ったことなかったんだな。最初は返事が来ないんだよ」  隆亮にそう言われてようやく仕組みを思い出した。「一通目じゃ、きっと姫は見てもいないぞ」  隆亮が言った。 そういえばそうか……。「心配するのは三回以上贈ってからだ」  隆亮の言葉に、 「そうか……」  貴晴が心許ない思いで頷く。 何しろ貴晴はまだ従五位下だし父も出世の見込みのない木っ端役人だ。  下手したら三回どころか三十回贈っても返事は来ないかもしれない。「まぁ、そういうわけで――」  隆亮の言葉に、 「どういうわけだ」  貴晴が突っ込む。「お前を呼びに来た」  隆亮が言った。 「どこへ?」  貴晴が訊ねる。「内裏だ」  隆亮が答える。 「そういうことは先に言え!」  参内するなると|衣冠束帯《いかんそくたい》――正装でなければならない。  装束を用意するのも、それを着るのにも時間が掛かる。「若様、支度は出来ております」  どうやら貴晴のところに来る前に由太に支度をしておくように伝えてあったらしい。 隆亮と供に内裏へ向かう途中、牛車が止まったかと思うと向きが変わった。  御簾から覗いてみたが内裏に着いたわけではない。「どうした」  隆亮が牛飼童に訊ねる。 「あの道の先に死体があったそうです」  牛飼童が答える。
Last Updated: 2026-05-29
Chapter: 夏 一
〝|藤浪《ふじなみ》の なみたつ想ひ ちりぢりに よする|汀《みぎわ》は 恋に|濡《ぬ》れなむ〟「|由太《ゆうた》、これを|管大納言《かんだいなごん》の大姫に届けてくれ」 |貴晴《たかなり》はそう言って文を由太に差し出した。 由太が文に目を落とす。「あの……姫ということはこれは|懸想文《けそうぶみ》ですよね?」「当たり前だろう」 貴晴がそう答えると由太が深い溜息を|吐《つ》いた。「なんだ?」「懸想文をこんな色気のない紙で出す人がいますか!」 由太はそう言ってから、「読んでも?」 と訊ねると、貴晴が許可する前に文を開いた。「このお歌なら紙は|薄色《うすいろ》がよろしいでしょう。それに藤の花を添えた方がいいですね。若様は清書していてください。花を|採《と》って参ります」 由太は貴晴の返事を待たずに花を採りに行ってしまった。 仕方ない……。 貴晴は侍女に薄色――薄い紫色の紙を持ってくるように言い付けると、清書のために部屋に戻った。「五月待つ……う~ん……」 庭で歌を詠んでいた|織子《しきこ》は首を傾げた。 そのとき邸の中が騒がしいことに気付いた。 今日は宴や歌会などを|催《もよお》す予定はないはずだ。 少なくとも織子は聞いていない。 織子は北の対――北の方のいる建物に向かった。「お義母様、何かあったのですか?」 織子が義母に訊ねると、「警護の者を増やしたのです」 義母が答えた。 近衛府から派遣されてくる随身の人数は決まっているから、それ以上増やしたければ自分で雇うことになる。「急にどうなさったのですか?」 織子が驚いて訊ねると、「なんでも左大臣様の……」 義母が話し始めた。「左大臣の邸に群盗が押し入ろうとした!?」 隆亮から話を聞いた貴晴は声を上げた。 貴晴は隆亮の邸に来ていた。「そうらしい」 隆亮が答える。「それで被害は……?」「随身や|家人《けにん》の何人かがケガをした程度で済んだとか……」 家人というのは使用人のことである。「〝鬼〟の仕業ではないかという噂があるそうだ」 隆亮が付け加えた。 鬼……。 つまり群盗か……。「盗まれた物は?」 貴晴が訊ねた。「詳しいことはまだ……」 隆亮が答えた。 左大臣の邸なら高価なものが色々あっただろう。 海を越えてきたような品もかなりあ
Last Updated: 2026-05-28
Chapter: 春 六
「…………」 貴晴と隆亮は視線を交わした。「あ、あの……」 大姫が困ったような声で言い掛けてから|口籠《くちご》もる。 大納言の随身は六人。 大の男が六人も必要になる用……? 大荷物を運ぶのでもない限り考えづらいし、どちらにしろそういうのは随身ではなくて使用人にさせるものだ。 となると自分で人払いをしたのかもしれない。 例えば男との逢瀬とかで……。 男と二人きりになりたくて人払いをしたのなら随身達が揃っていなくてもおかしくはないが……。 貴晴はさり気なく身体の向きを変えて牛車の前の御簾に視線を走らせた。 男物の衣裳の裾は出ていない。 貴晴が牛車の方に目を向けた時、辺りに盗賊以外の男はいなかったから一人で飛び降りて逃げたのでもないだろう。 となると男が裾を中に引き込んで、はみ出さないように抱え込んでいるのでもない限り乗っていないという事だ。「そういうことなら……お気を付けて」 としか言いようがない。貴晴がそう声を掛けると、「ありがとうございました」 という大姫の声を残して牛車は向きを変えた。 寺の方に戻っていく。管大納言の邸は反対方向だ。 なんでわざわざ寺に戻るんだ? |訝《いぶか》しみながら牛車を見つめていた貴晴は隆亮に促されて隆亮の牛車が止まっているところに戻った。「どういう事!?」 牛車に乗ってきた匡が織子を|咎《とが》めた。「どうと聞かれても……」 織子が牛車を盗ませたわけではない。 一番驚いたのも怖い思いをしたのも織子だ。 それにしても……。 前に牛車から降りた時は殺されそうになったから今回は中で大人しくていていたのに……。 牛車には嫌な思い出しか……。 そう思い掛けてさっき助けてくれた人のことを思い出した。 まさか誰かと歌のやりとりが出来るとは思わなかった。 歌のやりとりなんて物語の中でしかあり得ないと思ってたのに……。 お互い姿が見えないのに歌だけで思いを伝え合うなんて……。 そう思うと胸がときめいた。 もっとも、これで終わりなのだが――。 下の句を詠んだ時もさっきも、お互いどこの誰か知らないのだ。 もし次の機会があったとしてもそれがさっきの人かどうかは知りようがない。 まさか合い言葉みたいに今朝の歌の下の句と上の句を言い合って確かめるわけにもいかない。 出来なくはないがあまり
Last Updated: 2026-05-28
Chapter: 春 五
「本当に|貴晴《たかなり》を|弾正台《だんじょうだい》にする気があるんですか?」 |隆亮《たかあき》が『そんな難題を押し付けるなんて』と言いたげに訊ねた。 祖父は隆亮の質問には答えず、貴晴に顔を向けた。「黒幕がいると思っているのでしょう。親王か|公卿《くぎょう》――おそらく大臣のうちの誰か」 貴晴が祖父の無言の問いに答える。 内裏に住んでいない親王は母方の祖父母と暮らしていることが多いし、親王の祖父は大抵は大臣か元大臣だ。 大臣は広い邸に住んでいる上に別邸も持っている。 盗賊が家人に知られずに出入りすることも可能だし、検非違使に調べられる心配もない。「お前、意外と|賢《かしこ》いんだな」「さっきのはホントにお|追従《ついしょう》か!」 貴晴が白い目で隆亮を見た。「おそらく貴晴の予想通りだと思われているようだ」 祖父が答える。 《《思われている》》……。 そう思っているのは祖父ではないのだ。『誰が』とは言わなかったが、祖父には弾正台を勝手に決める権限などないのだから当然だ。 本来なら親王がなる弾正台を祖父を通じて打診してきたのも貴晴の出自を知っているからだろう。 となると祖父に話を持ち掛けてきたのはおそらく……。 |織子《しきこ》は|御簾《みす》の隙間から外を見ていた。 後で今日の歌を詠まなければならなくなるかもしれない。 桜は満開だから適当に花の歌を詠めばいいのかもしれないが、それだと当たり障りのない歌になってしまう。 会場(の近く)から見えたものを詠み込んだ方がいいはずだ。「|春花《はるはな》の……」 歌を考えるなら出来れば地面に書きながらしたいのだが人に姿を見られたら義母や匡に叱られるだろうし、何より以前牛車から降りて怖い目に|遭《あ》った。 警護の者達は匡に|随《つ》いていってしまっているから今はいない。 次に襲われた時また助けが現れるとは限らないのだから牛車の中で大人しくしていた方がいいだろう。〝届かめと なげきを空に……〟「|墨染《すみぞ》めの……」 織子はさっきの上の句を呟いた。 さすがに今日の歌会の歌で〝墨染めの〟はダメよね……。 墨染めというのは喪に服しているという意味である。 さっきの方は親しい方を亡くしたのかしら……。 そう思った時、牛車の前方が上がった。 牛に車を|繋《つな》い
Last Updated: 2026-05-28
Chapter: 春 四
 邸を出た貴晴が歩いていると牛車がやってくるのが見えた。 車体が白っぽく見えるのは|檳榔《びろう》という植物を編んだ物で|覆《おお》っているからで『|檳榔毛《びろうげ》の車』といって四位以上でなければ乗れない牛車である。 貴晴は足を止めると道を譲るために脇に|避《よ》けた。 よくよく考えてみたら貴晴の乗ってきた牛車は邸の前だ。 牛車に乗って帰るとなると隆亮と同乗することになる。 当然さっきの話が出るだろう。 それが嫌なら歩いて帰るしかない。 まぁ、歩いて帰れない距離ではないが……。 そんな事を考えている間にも別の牛車が通り過ぎていく。 どうやらこの先にある寺で何かあるらしい。 |法会《ほうえ》か歌会か……。 花の季節だから花を絡めた|題詠《だいえい》で詠ませる歌会かもしれない。 山は満開の桜で淡い色に染まっている。 二年前、貴晴が信じていた世界は偽りだったと知った。 あそこは近くに寺があったのだし、あのとき出家すれば良かった……。「届かめと なげきを空に |墨染《すみぞ》めの……」 貴晴が呟いた。 下の句はどうするか……。「桜は|野辺《のべ》の |煙《けぶり》なるかな」 不意に女性の声が聞こえてきて貴晴は振り返った。 背後に止まっていた牛車に乗っている女性が下の句を読んだのだ。 貴晴が何か言う前に牛車が動き始めて寺の方へ行ってしまった。 どうやら寺の入口が混んでいたから空くのを待っていたらしい。「ああ、管大納言か」 追い掛けてきた隆亮が牛車を見送りながら言った。「管大納言? なんであの牛車が管大納言の車だって分かった?」 檳榔毛の車は他にも二、三台は見掛けたから車だけでは判断出来ないはずだ。「姫が乗ってるだろ」 隆亮がそう言って牛車の後ろの|御簾《みす》を指した。 牛車の後ろの御簾から女性の|衣裳《いしょう》の裾が見えている。 この季節らしい桜の|襲《かさね》だ。「管大納言の大姫って、歌が評判だって言う?」 貴晴が訊ねると、「ああ」 隆亮が頷いた。「きっと歌会に来たんだろう」「歌会? まだ十七、八だろう?」「十六だ」「その若さで!?」 貴晴は驚いて隆亮の方を振り返った。 歌会というのはただ歌を詠むのではない。 左と右に別れて歌を競う。そして審判がどちらが優っているか決めるのだ。 そ
Last Updated: 2026-05-28
平安時代の悪役令嬢は婚約破棄します!

平安時代の悪役令嬢は婚約破棄します!

とある貴族の大姫は暴走した牛車にひかれて転生した。 生まれ変わったのは、また平安時代の貴族の姫(大君)。 ただ――どうやら大好きだった物語に出てきた主人公の姫君をいじめる悪役の姫に生まれてしまったみたい。 その物語は今の中宮が入内する前に起きた話を中納言家の話に置き換えた暴露話と言う噂があった。 しかも物語の主人公と思われる姫君は行方知れずになったと言われている。 大君は肩入れしていた物語の姫君の恋を応援すると決意する。 悪役は自分なんだから簡単ですわ!と言いたいところだけれど――。 アルファポリス版や小説家になろう版に少し加筆してます。
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Chapter: 第八話 いなおほせ鳥と好き者
 つまり、あの物語を誰も聞いたことがないのはこれから起きる(書かれる)ことだったからということですの!? 嘘でしょう……。 つまり私はあの|狐《きつ》……じゃなくて春宮に入内するってことですの? いえ、そんなことより中の君は? 私は前世であの物語を最後まで聞いたの? あの姫君――中の君は無事なの? ――無事だったのなら皆があの物語があんなに食い付くはずがない。 中の君がどうなったのか知っている人がいなかったからこそ皆、競って知りたがったのだ。 ということは中の君に何かあったと言う事になる――というか、これから起きるのだ。良くないことが。 出家ならまだしも|儚《はかな》く(亡く)なったりしていたら……。 私は慌てて頭を振った。 縁起でもありませんわ! と、とにかくもう一度寝ましょう。 まだ外は暗いのだし、あの物語の続きが分かればどうすればいいか分かるはずですわ!「姫様! 起きて下さい!」 トメの言葉に私(左大臣の大君の方)は渋々身体を起こした。 結局、夢は見られなかった。 というより眠れなかったのだ。 中の君が大変――かもしれないのに!「お姉様、また物語読んでください」 三の姫(左大臣の三女の方)がやってきた。「いいわ。中の君と四の姫を呼んできて」 私は女房に言った。「中の君は縫い物があるのでいらっしゃれないそうです」 四の姫を連れて戻ってきた女房が報告した。「また?」 きっと山のような縫い物をやらされているのだろう。 私は女房に物語を読んでいるように言い置いて中の君の部屋に向かった。「中の君、手伝うわ」 私は中の君に声を掛けた。 中の君の横ではツユが勅撰和歌集を読みあげている。 勅撰
Last Updated: 2026-05-30
Chapter: 第七話 あふの香炉
「お母様、これ、中の君宛ではありませんの?」 私はお母様に文を差し出して見せた。「何故そんな事があなたに分かるのですか」「えっ……そ、それは……」 思わず返事に詰まる。 まさか夜中に春宮と中の君が狐の鳴き真似をしていたと答えるわけにはいかないし……。「わ、私宛なのですか? 心当たりがなかったので、てっきり……」 春宮に入内することになっている私には文が届いたとしても渡してもらえないのは当然だから心当たりはなくて当たり前だから少々苦しいが仕方ない。 他に言いようがありませんし……。「どちら宛だろうと関係ありません。どこの誰かも分からない相手ですし、どちらにしろ初めて贈ってきた方ですから」 そういえば……。 贈られてきた文を渡さないのは必ずしも意地悪とは限らない。 文が贈られてきたら、まず最初に差出人がちゃんとした人かどうかを親や乳母などが調べるのだ。 特に左大臣家の姫なら出世目当てで大勢の殿方が文を贈ってくる。 婿にして出世の手伝いをするからには見込みのある者でなければ金の無駄になりかねない。 だから左大臣家ではなくても相手が分からないなら門前払いを食らってしまうのだ(調べる余裕がないとかでない限り)。 そして仮にまともな相手で婿にしてもいいと思われたとしても最初は返事を書かない。 何通か受け取って熱意を認められてはじめて母親か乳母辺りが拒絶するような返事を書く。 文のやりとりを何度か続けてようやく姫が返事を書くようになる。 この辺りで姫に文を渡してもらえるようになるのだ。 そして更に何度か文をやりとりをして互いの想いが高まってから殿方が三晩続けて通うと婿入りとなる。 春宮からの文だと分かれば中の君に渡してもらえるかもしれないけど……。 というか私
Last Updated: 2026-05-29
Chapter: 第六話 大変! と、再会
 明日の晩は三の姫と四の姫を私の部屋で寝かせるように|乳母《めのと》達に言い付けておきましょう。 中の君にも一応忠告しておいた方がいいかしら? 私は迷った。 中の君はもう子供ではないから春宮が幼い子供にしか興味がないなら大丈夫だと思うけど……。 春宮を|慕《した》っている様子だし「春宮は子供が好き(悪い意味で)」なんて言ったら中の君は気を悪くするだろうし、信じてくれないだろう。 信じてくれたら信じてくれたで美しい思い出を壊してしまうわけだし――。「宴?」 中の君が聞き返した。「ええ、殿方がたくさん来るでしょ。中には不心得者もいるし。だから、よければ私の部屋に……」 春宮ではなく来客全員を警戒しているなら誰の悪口にもならないはずだ。春宮も含めて。「ありがとうございます。でも大丈夫だと思います」 中の君はそう答えた。「そう」 私は引き下がった。 一応出来ることはやったんだし、もしもの時は中の君を入内させてもらおう。 そうすれば私は入内しなくてすむかもしれませんわ。 次の夜―― コン、コン……。 聞き慣れない音がしたような気がして目が覚めた。 コン、コン……コン、コン……。 奇妙な音が断続的に続く。 私は妻戸を少しだけ開いて外を覗いた。 その瞬間――! 絶句……。 嘘でしょ……! コン、コン……。 春宮が変な声を出しながら庭をうろついてる! だ、大丈夫なの、あの方……!? 別の意味で心配になってきましたわ! 私、ホントにあの人の子供を産まなきゃいけませんの!? 思わず気が遠くなりそうになった時――。 コン、コン……。 別のところから似たような声が聞こえてきた。 そちらを見ると――。 中の君……!? コン、コン……。 夜中に|縁《えん》(建物の周囲にある通路)と庭で奇怪な声を出している春宮と中の君。 どうなってますの!? 陰陽師を呼んで|御祓《おはら》いをしてもらうべきですの!? 途方に暮れていると中の君の声を聞き付けた春宮がやってきた。 二人は|高欄《こうらん》(|手摺《てすり》)越しに再会を喜んでいる。 あの二人、|狐憑《きつねつ》きにでも……。 その時、〝春宮様は狐もお好きみたいでよく狐の鳴き真似をなさっていました〟 中の君に聞いた話が脳裏をよぎった。 あっ……! これは狐の
Last Updated: 2026-05-28
Chapter: 第五話 中の君の幼なじみ
「とてもお優しくしていただきました」 中の君が懐かしそうな表情で言った。 優しかった理由が《《子供だったから》》ではないといいのだけれど……。「姫様」 トメの声で我に返った。 私が身振りで中の君に渡すように指示する。 トメが中の君に孔雀の羽を差し出した。「見事と言うほどではないけど……」「いいえ! とてもきれいです! ありがとうございます!」 中の君が嬉しそうな表情で受け取る。「春宮様から孔雀の話をうかがって以来、ずっと見てみたいと思っていたんです」 ああ、なるほど……。 内裏には孔雀がいるから……。 だとしたら猫を飼っていた幼馴染みというのも春宮だろう。 帝は猫を飼っているから春宮も飼っていてもおかしくない。「春宮様は狐もお好きみたいでよく狐の鳴き真似をなさっていました。だから狐狩りもお好きではないとか」 中の君が遠くを見るような表情で言った。 もしかして狐を射殺した武士を処罰しろって言ったのは春宮なのかしら……。 春宮は|朝議《ちょうぎ》(|公卿《くぎょう》の会議)には出ないと思ったけど……。 誰かに処罰しろと詰め寄ったとか……? それはともかく――。 中の君が春宮のことを好きならお父様を説得すれば入内は中の君の方にしてくれるかもしれない。 春宮のことが好きなんだから押し付けることにはならないわよね? 美しい思い出を壊してしまうことになるかもしれないけど――。 キヨが物語を読んでいた。「ある日、姫君のところに幼馴染みの男がやってきました。『遠くに引っ越すことになったのでもう会えません』 男はそう言って桜の花が咲いている枝を手折って姫君に渡しました。『この花を見る度にあなたのことを思い出すでしょう』 男はそう言いました」 キヨが読んだのを聞いた妹達と私(少納言の大姫の方)がうっとりして溜息を|吐《つ》く。「男と会えなくなってしばらくして母君が|儚《はかな》くなりました。父君が来て姫君を北の方の元に連れていきました。ツユも姫君と一緒に(姫君の)父君の北の方の邸に行きました」 キヨが続ける。 ツユは乳母子だから姫君が父親に引き取られたとき一緒に行ったのである。 |乳母子《めのとご》というのは|乳母《めのと》の実の子供で、若君や姫君の乳兄弟のことである。 乳母子は|養君《やしないぎみ》にどこまでも|
Last Updated: 2026-05-28
Chapter: 第四話 橘の香の人
「春宮様、あちらへお逃げ下さい」  目の前の人が言った。  若い男性の声だ。「分かった」  春宮が逃げていったのと入れ違いに複数の足音が近付いてきた。  警護の者達に私の声が届いてしまったらしい。 私が急いで二の姫の寝所に入ると男性は妻戸に立って中が見えないようにしてくれた。「何があった!」  駆け付けてきた|随身《ずいじん》(警護の者)達に、 「春宮様はあちらへ行かれた」  若い男性が答える。 随身達は春宮が逃げた方向へ足早に向かった。「二の姫、大丈夫?」  私の問いに二の姫が震えながら頷く。「もう大丈夫だから寝なさい」  私がそう言うと二の姫は素直に横になった。「二の姫に付いていましょうか?」  男性が言った。「あなたが寝所に押し入らないって保証は?」 「ありません」  男性がおかしそうに答える。「ならお断りするわ」 「春宮の誘いを断って良かったんですか?」  男性に聞かれた。「春宮様は明日の晩と明後日の晩も来られるの?」  私の問いに、 「いいえ、明日からしばらく|方塞《かたふた》りでこの邸には来られません」  若い男性が返答する。 |方塞《かたふた》り、または|方忌《かたい》みというのは神様が滞在していて行かれない方角である。 自分の邸から見て神様が滞在している方向に行くと祟られてしまうのでいかれないのだ。  神様は何柱もいて、それぞれが移動しては一定期間滞在する。「なら遊びじゃない。お断りよ」 どの神様で方塞りなのかは知らないが婚姻というのは三日連続で通ってこなければ成立しない。 一日でも来られない日があるなら、そしてそれが事前に分かっているなら、それは遊びなのだ。  まぁそれ以前に春宮は通い婚ではないが。 子供に遊びで手を出そうとするなんて信じられませんわ!「……|殿《どの》」  誰かの呼ぶ声がした。  なんと言ったのか聞き取れなかったがこの男性の名前のようだ。「それでは」  若い男性は|橘《たちばな》の香りを残して行ってしまった。  ――ということがあったので春宮はどうしても好きになれないのだ。 お母様の話は続いていた。「聞いていますか。あなたは春宮様に……」 「お母様、私の名前に『子』が付いたら『みやこ(都)』になってしまいますわ」  私が苦し|紛《まぎ》れに
Last Updated: 2026-05-28
Chapter: 第三話 婚約者と新しい妹
 ないのだ。  あの物語を今世で読んだ記憶がない。 有名だし大人気だったはずなのに前世のことを思い出すまで私はあの物語を知らなかった(当然、持っていませんわ)。 生まれ変わっても私の好みはあまり変わっていなかったらしく、やはり物語が好きで沢山の本を持っていた。 まぁ金持ちであろうと、なかろうと貴族の姫の楽しみは限られている。  乳母子を始めとした女房達とおしゃべりをするか囲碁を打ったり貝合をするか物語を読むか、である。 囲碁や貝合は苦手だから、そうなると女房達とおしゃべりか物語を読むかだが話をするにしても話題が必要でしょ? お父様の、 「孔雀うるせー!」 「帝の猫がまだ墨が乾いてない書類の上を駆け抜けていったから書き直しになった!」 「内裏に出た狐を警護の武士が|射殺《いころ》してしまったから処分すべきかどうかを話し合った」  なんて何度も話題にするようなことではない。 特に狐を射殺した武士を処罰しろ、なんて普段狐狩りをしてる貴族がどの口で言ってるのよって思いません?「トメ、読みたい物語があるのだけど……」  私(左大臣の大君の方)はトメに言った。 身体は大分良くなり、もう起きていた。  |脇息《きょうそく》にもたれてはいたが、これは元気なときでもすることだから体調とは関係ない。「お加減はよろしいのですか?」  トメが心配そうに訊ねる。「持ってないからお父様に手に入れて下さるように頼んでほしいの」 「分かりました。どのような物語でしょうか?」  トメの問いに私は思い出せる限りの話をした。 何しろ物語には名前が付いていない。  話一つ一つには章題がある(こともある)のだが物語自体には名前がない。どの物語にも。 言葉を尽くして説明していると、 「ーーーーー!」  大きな鳴き声に遮られた。 孔雀である。 そう、うちにもいるのだ。孔雀が。 |雌《メス》だから地味な色をしていることもあって|雉子《キジ》と間違えられることもあるのだが孔雀である。 それはともかく――。  私の説明を聞いたトメが考え込む。 何しろ私も前世を思い出すまではそんな物語は知らなかったのだ。 もしかしてあの後、結局普通の継子いじめ譚として終わってしまったから後世に残らなかったのだろうか? いくら説明してもトメ
Last Updated: 2026-05-28
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