LOGIN鬼の少年・流(りゅう)は常に他の鬼に殺されそうになりながら戦って生きのびてきた。流は10歳くらいの子供の鬼だった。 親はおらず、ずっと一人だった。流の腕には文字が書かれている。 襲ってくる鬼の中には流と同じように体に字が書かれている者がいた。 山の中で大ケガをして倒れた時、人間の少女に助けられた。 10歳くらいに見えるその少女・水緒は山奥の村で暮らしていた。 流は水緒の家で暮らし始める。 ある日、流の父に仕えている保科と名乗る鬼が現れ、流が狙われる理由を教えてくれた。 死ぬまで命を狙われ続けると聞かされ、一度は水緒の安全のためにと離れたものの、どうしても忘れることが出来なかった。
View More山の中で二体の鬼が戦っていた。
小柄な青い鬼と、それより二回りは大きい赤い鬼。 二体とも傷だらけだった。 小柄な青鬼は
喉、渇いた……。
流は木で身体を支えながら斜面を転がるようにして降り、河原へ向かった。
水を飲むと後ろに倒れ込んだ。 こんなところを別の鬼に見付かったら今度こそ殺される。流は常に鬼に襲われ、その度に戦ってきた。
どうして襲われるのかは知らない。 多分鬼とは他の鬼を襲うものなのだろう。 流の方から襲ったことはないが。 とにかく気付いたら鬼に襲われて、それに応戦する、と言う日々が続いていた。 もう、いつからだったか思い出せない。 ただ自分はまだ子供らしいからそんなに昔からではないと思うのだが。 そんなことを考えながら、いつしか意識を失っていた。目を覚ますと流は家の中にいた。
起き上がって周りを見回す。 古くて粗末な狭い小屋だった。「あ、起きた?」
振り返ると十歳くらいの流は自分の手を見た。
人間の手だ。 見た目が人間に戻っているらしい。水に映る自分の顔を見た感じだと流は人間の姿の時は十歳くらいの子供に見える。
他の鬼は知らないが流は普段は人間と同じ見た目をしている。 大ケガをした時だけ鬼の姿になる。 自分の意志では変えられない。 この童女は人間の姿で倒れていた流を見つけたのだろう。 流の
「これ、お
粥はすぐに無くなった。
童女は二人分の器を持つと竈のそばの桶で洗い始めた。「ね、名前、なんて言うの?」
童女が訊ねた。 「流」 「私は水緒」 水緒が振り向いて笑顔を見せた。そのとき、
「水緒!」 いきなり「流ちゃんの着物、破れちゃってるから、起きられるようになったら、これ着て。古いし粗末なものだけど」
そう言って流の脇に膝を進めた。 「身体、傷だらけだね」 水緒はそっと古い傷に触れた。 「痛かったよね」 母親以外の誰かがそんな優しいことを言ってくれたのは初めてかもしれない。 「大したことない」 そう答えてから改めて家の中を見回した。 掃除はしているようだが痛んだ部分は自分では直せないからか、そこら中に「一人で住んでるのか?」
「うん。お母さん、ずっと前に……死んじゃったから。流ちゃんは? お「灯りがなくてごめんね」
「いらない」 流はそう言うと床に寝転がった。 流は暗闇でも物がはっきり見えるから元々灯りは必要ない。 その言葉に水緒も流の隣に横になった。 「お休み、流ちゃん」 水緒はすぐに寝息を立てて眠ってしまった。 流は出て行くか迷った。 自分がいたら水緒はいつまでも満足に食事も出来ない。でも……。
何故か去りがたかった。
……ま、飯なら兎でも捕ってくればいいか。
まだ身体も治りきってない。
流は言い訳するように自分にそう言い聞かせるとそのまま眠った。 翌朝、目を覚ますと水緒が
「おはよう、流ちゃん。はい、朝餉」
流が受け取って中を見ると粥に緑色の物が沢山混ざっている。 量を増すために草を摘んできて入れたようだ。 それでも食事はすぐに終わった。 水緒は桶で器を洗うと、 「流ちゃんはゆっくりしてて。私は仕事があるから」 そう言って出掛けていった。流は起き出すと水緒が出してくれた古びた着物を着て戸口に立った。
周りは山に囲まれた小さな村だ。 戸口から見ていると水緒は子供達の面倒を見ながら各家の掃除や朝餉の後片付けなどをして回っていた。 小さい村だといっても全部の家を回るのだとしたら一日掛かるだろう。 水緒が夕辺横になってすぐに眠ってしまったのも無理はない。 子供の面倒を見ながら家事をして回るのは相当疲れるだろう。 流は食い物を
流が狙われていた理由が混血ではなかったのと同様、水緒を刺した鬼が狙われていたのも混血自体ではなく可支入族の血を引いているせいだと聞いた。 可支入族の血が一族に入ると災いがもたらされるから命を狙っている者がいると言っていたらしいが、桐崎はそんな話は聞いたことがない。 小川も知らないという。 可支入族の血が災いをもたらすというのはおそらく鬼の間に伝わっている街談巷説――根も葉もない噂話なのだ。 そんな本当かどうかも分からない話を間に受けた最可族の一部の者が可支入族の血を引く娘を狙った。 その鬼の祟名は「身虫」 おそらく「獅子身中の虫」ということだろう。 流が救いの子なら「身虫」は救いを妨げる者だ。 実際「身虫」が水緒を刺さなければ流が願い事をすることもなく、流から最可族の血が消えることもなかった。 流の中の最可族の血が残っていれば、最可族の子孫達は祟名を呼ばれても死ななくなっていたはずだったのである。「身虫」が左無と手を組んだのは最可族に命を狙われていたからだ。 最可族が「身虫」に何もしなければ、最可族の跡目争いに関わることもなく、水緒を殺そうとしたりもしなかっただろう。 卜占の自己成就。 占いを聞いたことで自ら成就させるように振る舞った挙げ句、その通りの事を起こしてしまうというものだ。 占いが当たったという場合、これに当て嵌まることが多い。 悪いことは特にそうだ。 可支入族の血を引く娘に対して行ったのが正にそれである。 流や「身虫」に対して、最可族が何もしなければ長の能力を持った跡継ぎがいなくなることもなかった。 長の能力は寿命と引き替えなのだから願ったら自分も死ぬのだ。 そう簡単には使えない。 最初で最後、一度きりしか使えない能力なのだから得たところで必要になるようなことはまずない。 長になりたいと言うだけの理由で兄弟を手に掛ける者達が一族のために自分の命
桐崎は小川の家に来ていた。 借りていた書物を返すためだ。 流に水緒以外の者とも交流するように勧めたものの、無理そうだとも思った。 記憶を失った時は、水緒への想いもなくなったようなので引き離す良い機会だと思ったが、流はまた以前と同じように水緒に惚れてしまった。 おそらく流は幾度忘れても水緒に惹き寄せられてしまうに違いない。 だが、それだけ想いが強い分、失った時の衝撃は計り知れない。 寿命を全うしたならまだしも、それ以外の理由で水緒が早逝したとき流がどうなるか分からない。 特に水緒が人間に殺されたりした場合、見境なく殺戮を始めるかもしれない。 ただでさえ他の鬼より強い最可族に戦い方を教えてしまったばかりに流の討伐は容易ではなくなった。 それでいざという時の対策を考えるために最可族の本を借りていたのだが……。 水緒と同時に命を落とすと決まっているなら対処法を考える必要もなくなった。 桐崎は流から聞いた話を小川に伝えて書物を返した。「しかし都合良く寿命と引き替えに水緒を助けてくれる神仏が現れるとは。よほど強い想いだったのだろうな」 桐崎が苦笑しながらそう言うと、「都合や想いは関係ないのだ」 小川が答えた。「どういうことだ」 桐崎の問いに小川は最可族の長が死んだと告げた。「元々最可族の長は寿命が尽き掛けていたらしい」 それで息子達の跡目争いが激化したそうだ。「結局、息子達が争いの末に全員死ぬのと時を同じくして長も息を引き取ったらしい。長も跡継ぎもいなくて今かなり混乱しているらしい」「それが流に関係があるのか?」「寺で討伐した鬼が弟を名無と言っていただろう」 小川の言葉に桐崎が頷く。「長の息子は上から惨、旱、難という名だったらしい」 それを聞いた桐崎は息を飲んだ。 この前、流を襲ってきた鬼は
全ての最可族が許せない……! 流は無言で抜刀すると左無に向かって走り出した。 駆け寄っていく流に鬼達が襲い掛かってきた。 それを次々に斬り伏せていく。「同時に掛かれ!」 左無が鬼達に命令する。 鬼達が次々と長い爪を振り下ろしてくる。 しかし身体が大きく腕が長いとぶつかってしまうから同時には振り下ろせない。 時間差が出来るから人間の姿で、(鬼に比べれば)小柄な流が腕を掻い潜るのは容易だった。 か弱くて無抵抗の人間しか相手にしたことのない鬼達の振り回す腕は大振りだから普段から戦う訓練をしている流が見切るのは容易い。 流が次々に鬼を斬り伏せて左無に迫った時、何かを叩く高い音と共に、「きゃっ!」 水緒の悲鳴が聞こえてきた。 思わず振り返った流に左無が腕を振り下ろす。 流はそれを躱すと、「水緒!」 左無を無視して水緒の方に駆け出そうとした。 その途端、つねが水緒の首筋に長い爪を突き付けた。 流の足が止まる。「早くあいつの祟名を言いな!」 つねが水緒に怒鳴った。 水緒が首を振る。 真後ろに左無が迫ってきている気配を感じた。 つねが左無の手先なら左無がいなくなれば水緒を放すはずだ。 背後から振り下ろされた左無の爪を横に一歩ずれただけで避けると振り返り様、斬り上げた。 左無が絶叫を挙げて倒れる。「左無! お前が死ねば、あたしらは狙われなくなるはずだったのに、よくも!」 つねが水緒の胸に爪を突き立てた。 水緒が声もなく倒れる。「水緒! 貴様!」 流はつねに駆け寄ると刀を袈裟に斬り下ろした。 つねが断末魔の声を上げて地面に転がる。「水緒! 水緒!」 刀を脇に置いて水緒を抱き起こすと大声で呼び掛けたが返事がない。 水緒の胸が微かに動いているからまだ生きているが
流が森の中で栗を拾っていた時だ。「いたぞ!」 男の声が聞こえると同時に母が駆け寄ってきた。「流!」 母が流を抱き締めた。「こんなところに隠れてたとはな」 そう言って姿を現したのが今、目の前に居る鬼――左無だった。 別の鬼が流の袖をまくった。「間違いない! こいつです!」 その言葉に母は流の腕に目を落とす。「そこに字が書いてあるの!?」 と母に聞かれた。 これが見えないのだろうかと思いながら頷くと、母は呻いた。「それで相模が……」 例え血の繋がった親であろうと最可族ではない母には見えなかった。 流は母が知ってると思っていたから言ってなかった。 だから母には流に祟名が付いているかどうか知る術がなかったのだ。「この子を相模の跡継ぎにはしません。ですから……」「お前がそう言ったからと言ってなんになる。親父が力尽くで奪いに来たら抵抗出来ないだろう。成斥族などなんの力もないのだからな」「それは……」「恨むなら親父を恨め」 左無はそう言うと爪を振り上げた。「流、目を閉じて。誰もいなくなるまで絶対に目を開けちゃダメ。死んだ振りを続けなさい。その後は出来る限り遠くに逃げるのよ」 母が流の耳元に早口でそう囁いた。 そして抱き締めている流の身体の位置を僅かに変えた。 その瞬間、流は胸に激痛を感じて気を失った。 母が予め流の身体の位置を少しずらしていたことで、母の心の臓を貫いた爪は流の急所を逸れた。 そのため流は瀕死の重傷を負ったものの死なずに済んだ。 重い何かの下で意識を取り戻して動こうとして母の言葉を思い出した。 そこで耳を澄ませてみたが物音は聞こえなかった。 これなら他に人はいないだろうと判断して〝何か〟の下から這い出してから自分の上に乗ってい
「おばさん、私に家事を教えて下さい。よろしくお願いします」 水緒はお加代に頭を下げた。「はいよ」 流達はお加代が持ってきた桶の水で足を洗って家に入った。「わぁ、猫だぁ!」 水緒は居間で丸くなっていた猫を見付けると嬉しそうに近付いた。 ここまで来る途中の宿場町で何度か猫を見掛けていた。 初めて猫を見た時、水緒は顔を輝かせて近付いていったが逃げられてしまった。 水緒はがっかりしながらも桐崎に「あの動物は?」と訊ねて「猫という生き物だ」と教わった。 流と猫の目が合った。 ただの猫じゃない!「水緒! そいつは……!」「それがしの飼い猫でな、ミケというのだ」 桐崎が流の肩に手
「あっ!」 水緒が石に足を取られて躓いて転んだ。「大丈夫か?」 流は水緒の手を掴んで助け起こした。「少し休もう」 道端の岩に座るように水緒を促した。「私のせいで全然進めないね」「気にするな。急いでるわけじゃない」 どうせ行く当てはないのだ。 それに水緒と一緒にいるために保科を追い払ってあの家を出てきたのだ。 水緒がいなければ意味はない。 川沿いの道を進んできたら、いつの間にか大きな道に出た。 更に進むともっと大きな道になった。 それに伴い、すれ違う人も増えてきた。「人がいっぱいいるね」 水緒が流に身体を寄せてくる。 流はずっと山の中で鬼
「水緒はなんで外に出たんだ?」 流は振り返って水緒を見た。「流ちゃんが大変だから来てくれっていう保科さんの声が聞こえたの。それで慌てて外に出たら、あの……」 水緒は「鬼」という言葉を飲み込んだ。 保科から「鬼」は蔑称だと聞いたからだろう。「そうか。もう騙されるなよ」 とは言ったものの水緒のことだから、流か保科の声音で「助けてくれ」と言われたら出てしまうだろう。「江戸へ行ってみませんか?」 いつまでここにいるのか、と言う流の問いに、意外な答えが返ってきた。「江戸? なんで?」「その娘の親戚を捜すのでしょう」 そういえばそうだった。「私の親戚? でも、お母さんは
ある日、流が魚を獲って帰ってくると水緒が家にいなかった。 水緒が自分の言い付けに背いて家を出るはずがない。 開いた本が板の間に出しっ放しになっている。 出掛けるにしても水緒なら片付けてから行くはずだ。 水緒に何かあった! 流は急いで家を飛び出した。 喰われたのではない。 血の匂いはしない。「きゃっ!」 闇雲に走っていると水緒の悲鳴が聞こえた。「水緒!」 声のした方に向かうと女の鬼が水緒の腕を掴んでいた。 水緒は地面に倒れている。 かすかに血の匂いがした。「水緒!」 流の声に水緒が顔を上げた。 頬が赤く張れ、唇の端が切れている。 鬼に叩かれたのだ。「貴様!