ひとすじの想い

ひとすじの想い

last updateLast Updated : 2026-06-02
By:  月夜野 すみれUpdated just now
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
Not enough ratings
14Chapters
9views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

鬼の少年・流(りゅう)は常に他の鬼に殺されそうになりながら戦って生きのびてきた。流は10歳くらいの子供の鬼だった。 親はおらず、ずっと一人だった。流の腕には文字が書かれている。 襲ってくる鬼の中には流と同じように体に字が書かれている者がいた。 山の中で大ケガをして倒れた時、人間の少女に助けられた。 10歳くらいに見えるその少女・水緒は山奥の村で暮らしていた。 流は水緒の家で暮らし始める。 ある日、流の父に仕えている保科と名乗る鬼が現れ、流が狙われる理由を教えてくれた。 死ぬまで命を狙われ続けると聞かされ、一度は水緒の安全のためにと離れたものの、どうしても忘れることが出来なかった。

View More

Chapter 1

第一章 第一話

 山の中で二体の鬼が戦っていた。

 小柄な青い鬼と、それより二回りは大きい赤い鬼。

 二体とも傷だらけだった。

 小柄な青鬼はりゅうという名だった。

 角は生えていないが、肌は青く、爪は恐ろしく長い。

 大きい鬼は頭に二本の角があった。

 流は大きな鬼が腕を振り上げた時、相手の懐に飛び込み喉元に手を突っ込むようにして爪を突き刺した。

 そのまま横に手を払うと鬼の首がおかしな方向にねじれた。

 大きい鬼は首から血を流しながら倒れた。

 流は近くの樹に手を付いた。

 喉、渇いた……。

 流は木で身体を支えながら斜面を転がるようにして降り、河原へ向かった。

 水を飲むと後ろに倒れ込んだ。

 こんなところを別の鬼に見付かったら今度こそ殺される。

 流は常に鬼に襲われ、その度に戦ってきた。

 どうして襲われるのかは知らない。

 多分鬼とは他の鬼を襲うものなのだろう。

 流の方から襲ったことはないが。

 とにかく気付いたら鬼に襲われて、それに応戦する、と言う日々が続いていた。

 もう、いつからだったか思い出せない。

 ただ自分はまだ子供らしいからそんなに昔からではないと思うのだが。

 そんなことを考えながら、いつしか意識を失っていた。

 目を覚ますと流は家の中にいた。

 起き上がって周りを見回す。

 古くて粗末な狭い小屋だった。

「あ、起きた?」

 振り返ると十歳くらいの童女どうじょわんを持って立っていた。

 着ているのは粗末なぎの当たった膝までの着物だった。

 流は自分の手を見た。

 人間の手だ。

 見た目が人間に戻っているらしい。

 水に映る自分の顔を見た感じだと流は人間の姿の時は十歳くらいの子供に見える。

 他の鬼は知らないが流は普段は人間と同じ見た目をしている。

 大ケガをした時だけ鬼の姿になる。

 自分の意志では変えられない。

 この童女は人間の姿で倒れていた流を見つけたのだろう。

 流のき出しになった左腕の手首の近くには『族救』と言う文字が書かれている。

 流を襲ってきた鬼達も大抵身体のどこかに文字が書かれていて、それは鬼ごとに違った。

 鬼の身体には文字が書かれているものらしい。

 字が書いていない鬼もいたが、見える部分に書いてなかっただけなのか、字がない鬼もいるのかは分からない。

 しかし童女はまるで字が見えないかのように振る舞っている。

 漢字だし子供だから文字だとは思ってないのかもしれない。

 あるいは字が読めないか。

 貧しい人間の中には読み書きを教わっていない者がいるからこの童女もそうなのかもしれない。

「これ、おかゆ。少なくてごめんね」

 流は椀に目を向けた。

「それ、お前のじゃないのか?」

「あ、私はいいの」

 と言ったとき童女の腹が鳴った。

 童女が恥ずかしそうに俯いた。

「お前が食えよ」

 流が断ろうとすると、

「いいの、食べて。傷が早く治るように」

 と言って椀を差し出した。

 童女の手はひどく荒れている。

 この様子では流が食わずにいても自分だけ食ったりは出来ないだろう。

「じゃ、半分ずつだ。器、もう一個あるか?」

「うん」

 童女は立ち上がってかまどの方へ戻ると、欠けた器を持ってきた。

 流は童女が持ってきた器に粥を移すと二人で食った。

 粥はすぐに無くなった。

 童女は二人分の器を持つと竈のそばの桶で洗い始めた。

「ね、名前、なんて言うの?」

 童女が訊ねた。

「流」

「私は水緒」

 水緒が振り向いて笑顔を見せた。

 そのとき、

「水緒!」

 いきなり障子しょうじが開いて女が入ってきた。

「あ、おばさん」

「なんだい、この子は!」

 女は流を指した。

「河原でケガして倒れてて……」

「この村には余所者よそものを養う余裕なんてないよ!」

「でも……」

「口答えすんじゃないよ! とにかく食料は一人分しか渡さないからね!」

 女はそう言うと障子をぴしゃりと閉めて帰っていった。

「流ちゃん、ごめんね。気を悪くしないで。悪い人じゃないの」

「別に」

 器を洗い終えた水緒は部屋の隅にあった小さな長持ちから古い着物を引っ張り出した。

「流ちゃんの着物、破れちゃってるから、起きられるようになったら、これ着て。古いし粗末なものだけど」

 そう言って流の脇に膝を進めた。

「身体、傷だらけだね」

 水緒はそっと古い傷に触れた。

「痛かったよね」

 母親以外の誰かがそんな優しいことを言ってくれたのは初めてかもしれない。

「大したことない」

 そう答えてから改めて家の中を見回した。

 掃除はしているようだが痛んだ部分は自分では直せないからか、そこら中に雨漏あまもりのみがある。

「一人で住んでるのか?」

「うん。お母さん、ずっと前に……死んじゃったから。流ちゃんは? おうち、遠いの?」

「俺も一人だ」

「そっか。一緒だね」

 水緒はそう言って微笑わらった。

 もう夕方だったらしく、すぐに辺りは暗くなった。

「灯りがなくてごめんね」

「いらない」

 流はそう言うと床に寝転がった。

 流は暗闇でも物がはっきり見えるから元々灯りは必要ない。

 その言葉に水緒も流の隣に横になった。

「お休み、流ちゃん」

 水緒はすぐに寝息を立てて眠ってしまった。

 流は出て行くか迷った。

 自分がいたら水緒はいつまでも満足に食事も出来ない。

 でも……。

 何故か去りがたかった。

 ……ま、飯なら兎でも捕ってくればいいか。

 まだ身体も治りきってない。

 流は言い訳するように自分にそう言い聞かせるとそのまま眠った。

 翌朝、目を覚ますと水緒が朝餉あさげを作っていた。

 他人がいるのに熟睡したのは初めてかもしれない。

 いつも何かの気配を感じる度に目を覚まして身を隠し息を潜めていた。

「おはよう、流ちゃん。はい、朝餉」

 流が受け取って中を見ると粥に緑色の物が沢山混ざっている。

 量を増すために草を摘んできて入れたようだ。

 それでも食事はすぐに終わった。

 水緒は桶で器を洗うと、

「流ちゃんはゆっくりしてて。私は仕事があるから」

 そう言って出掛けていった。

 流は起き出すと水緒が出してくれた古びた着物を着て戸口に立った。

 周りは山に囲まれた小さな村だ。

 戸口から見ていると水緒は子供達の面倒を見ながら各家の掃除や朝餉の後片付けなどをして回っていた。

 小さい村だといっても全部の家を回るのだとしたら一日掛かるだろう。

 水緒が夕辺横になってすぐに眠ってしまったのも無理はない。

 子供の面倒を見ながら家事をして回るのは相当疲れるだろう。

 流は食い物をりに出掛けることにした。

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
14 Chapters
第一章 第一話
 山の中で二体の鬼が戦っていた。  小柄な青い鬼と、それより二回りは大きい赤い鬼。  二体とも傷だらけだった。 小柄な青鬼は流という名だった。  角は生えていないが、肌は青く、爪は恐ろしく長い。  大きい鬼は頭に二本の角があった。  流は大きな鬼が腕を振り上げた時、相手の懐に飛び込み喉元に手を突っ込むようにして爪を突き刺した。  そのまま横に手を払うと鬼の首がおかしな方向に捻れた。  大きい鬼は首から血を流しながら倒れた。  流は近くの樹に手を付いた。 喉、渇いた……。 流は木で身体を支えながら斜面を転がるようにして降り、河原へ向かった。  水を飲むと後ろに倒れ込んだ。  こんなところを別の鬼に見付かったら今度こそ殺される。 流は常に鬼に襲われ、その度に戦ってきた。  どうして襲われるのかは知らない。  多分鬼とは他の鬼を襲うものなのだろう。  流の方から襲ったことはないが。  とにかく気付いたら鬼に襲われて、それに応戦する、と言う日々が続いていた。  もう、いつからだったか思い出せない。  ただ自分はまだ子供らしいからそんなに昔からではないと思うのだが。  そんなことを考えながら、いつしか意識を失っていた。 目を覚ますと流は家の中にいた。  起き上がって周りを見回す。  古くて粗末な狭い小屋だった。「あ、起きた?」  振り返ると十歳くらいの童女が椀を持って立っていた。  着ているのは粗末な継ぎの当たった膝までの着物だった。 流は自分の手を見た。  人間の手だ。  見た目が人間に戻っているらしい。 水に映る自分の顔を見た感じだと流は人間の姿の時は十歳くらいの子供に見える。  他の鬼は知らないが流は普段は人間と同じ見た目をしている。  大ケガをした時だけ鬼の姿になる。  自分の意志では変えられない。  この童女は人間の姿で倒れていた流を見つけたのだろう。 流の剥き出しになった左腕の手首の近くには『族救』と言う文字が書かれている。  流を襲ってきた鬼達も大抵身体のどこかに文字が書かれていて、それは鬼ごとに違った。  鬼の身体には文字が書かれているものらしい。  字が書いていない鬼もいたが、見える部分に書いてなかっただけなのか、字が
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第一章 第二話
「流ちゃん、ただいま」 水緒が障子を開けて入ってきた。「ああ」「お腹減ったでしょ。今、夕餉の支度するね」 そう言って竈の方へ向かおうとした水緒に雉を差し出した。「これ……」 水緒は雉を見て言葉を失ったようだ。「夕餉の足しにしてくれ」「うん、ありがと」 水緒は微笑んだ。「どうお料理すればいいか分からないから、おばさんに聞いてくるね」 水緒は雉を受け取ると外へ出ていった。 そうか……。 流はいつもそのまま喰っていたから料理の仕方までは気が回らなかった。 何気なく戸口でその後ろ姿を見ていた。 村の中で襲われるようなことはないだろうが、もう逢魔が時だ。 もっとも、この村は何故か化け物の気配を感じなかった。 結界が張ってあるのだろうか……。 だが張ってあったら自分はここに入れないはずだ。 水緒は近くの家の障子を開けて雉を見せた。 近くと言っても結構離れているのだが流の耳には水緒達のやりとりが聞こえた。「おばさん、これ、どうやって料理すれば……」「雉かい。気が利くじゃないか。貰っとくよ」「えっ!? あの、それは……」 おろおろしているうちに障子は閉まり水緒は外に取り残された。 水緒はその場に突っ立って閉まった障子を見ている。 呆然としているようだ。 流の方も呆気に取られていた。 まさか横取りされてしまうとは思わなかった。 しばらくして水緒は肩を落として戻ってきた。「流ちゃん、ごめんなさい。あの雉……」「見てた。気にするな」 明日は魚を獲ってこよう。 魚なら焼くだけのはずだ。「あのね、今朝よりも沢山、草摘んできたの。蓬もあったんだよ」 水緒はそう言って籠一杯の草を見せた。「今から夕餉作るから、ちょっと待っててね」 前日の反省から流は川で魚を二匹獲ってきた。「すごい! 大きなお魚だね! これなら焼けばいいだけだよね。今から夕餉作るね」 水緒はそう言って竈の前に立った。 流と水緒は向かい合って座っていた。 二人の間の床に、草で嵩を増やした粥と大きな葉に載せた二匹の焼き魚が置かれている。 皿が無かったので魚が載るくらい大きな葉を取ってきたのだ。「すごいね。おかず付きのご飯なんて初めて」 水緒は無邪気
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第一章 第三話
 夜中、水緒が目を覚ます前に村を出た。 保科が村の前で待っていた。「流様、お待ちしておりました。狭いですが家を見付けてあります。そこへ行きましょう」 保科に随いて歩き出した時、不意に水緒が見ているような気がして振り返った。 しかし水緒の姿は見えない。 しばらく水緒を探して視線を彷徨わせたが、「流様?」 保科の声に、流は村に背を向けると歩き出した。 保科に連れて行かれた家は水緒の家より広かった。「狭いですが、ここにいるのは少しの間だけですのでご辛抱下さい。必ずお父上のところへお連れします」 別に行きたいとは思わなかったが会ったことのない父親というのがどういう鬼なのかは気になった。 自分を襲ってこない保科という鬼のことも知りたい。 襲ってこない鬼に会ったのは初めてだ。 流は部屋の隅に行くと横になった。 ここは村からそれほど離れていない。 川で魚を捕って水緒の元に届けようと思えば出来る。 魚を初めて獲っていったとき、水緒はおかず付きなんて初めてだと言っていた。 つまり水緒はいつも朝晩にお椀一杯の粥しか食べてなかったのだ。 だが水緒がいないときに置いてきたとしても誰がやったかはすぐに分かるだろうし、そんなことをしたら水緒はいつまでも自分を忘れられないだろう。 それは腹を空かせているより残酷なのではないだろうか。 そんなことを考えているうちに眠ってしまった。 朝、起きると保科が兎を数羽獲ってきていた。 二人でそれを食った。 生のまま丸囓りである。「なぁ、俺の父親って偉いのか?」 食事を終えると疑問に思っていたことを訊ねた。 家来がいるならそれなりの立場のはずだ。「あなたのお父上、相模様は最可族の長であらせられます」「最可族って鬼だよな」「鬼ではなく最可族です。鬼というのは人間が使っている呼び名です」 どうやら『鬼』というのは鬼にとっては蔑称らしい。「じゃあ、鬼の事を最可族って言うのか?」「全てが最可族というわけではありません。それぞれ一族の名があります。まぁ最可族以外は鬼と一纏めにしてもいいでしょう。一々名前など覚えていられませんから」 何気にひどいこと言うな。「なんでお前は俺を襲わないんだ? 鬼はみんな襲ってくるも
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第一章 第四話
 そんなある日、流は雉を狙って息を殺して草むらにいた。 あと少しで捕まえられる、という時に足音がして雉が逃げてしまった。 ったく、誰だよ……。 流が振り返ると、水緒が初老の男と歩いてくるところだった。 水緒! 一瞬、心臓が止まりそうになった。 いつもなら村で子供の面倒を見ながら仕事をしている時間なのに、なんでこんなところに……。 水緒はいつも着ている粗末な着物ではなく小綺麗な格好をしていた。 一緒にいる初老の男は白い着物に赤い袴をはいている。 こんな獣と鬼しかいない山奥に何の用があるんだ? それもあんなに、めかし込んで。 尾けようか? 流は逡巡したが、やめておいた。 もしかしたら鬼が襲ってくるかもしれないし、戦いになったらたとえ勝てたとしても人の姿は保っていられないだろう。 水緒に鬼になった姿を見られたくない。 鬼は人間に嫌われている。 本当の姿を見られて嫌われたくない。 水緒に気付かれないようにそっとその場を離れた。 雉を追って随分上まで来てしまった。 獲った雉を食おうとした時、「っ!」 短い悲鳴のような声が聞こえた。 水緒……! 流は雉を放り出して声のした方へ駆け出した。 斜面を駆け下り、丈の高い藪を抜けると、そこには小さな祠があった。 その前で大きな赤い鬼が水緒を掴んでいる。 人間の大人の倍以上はあろうかという巨躯で腕も足も太く、赤茶色の体毛も長かった。 太く長い牙が口から覗いている。 その口も大きく、水緒など丸呑みに出来そうだった。 水緒は足を縛られている。 両手首にも紐が結ばれてぶら下がっていた。 どうやら手をどこかに縛り付けられていたのを、鬼が喰うために引き寄せるとき切ったようだ。「水緒!」「流ちゃん! 来ちゃ駄目!」「水緒を離せ!」 水緒を掴んでいる鬼に駆け寄ろうとした時、「流ちゃん!」 水緒が流を止めるように叫んだ。「いいの、私に構わないで。流ちゃんはこの鬼が私に気を取られてる間に逃げて」「お前、自分の状況分かってるのか! 鬼に喰われそうになってるんだぞ!」「分かってる。でも私が生贄にならないと村が襲われるの。だから……」 これか! 水緒の聞き分けが良かった理由。 何もかも諦めた表情。
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第一章 第五話
「流様、その傷は……!」 家で流の帰りを待っていた保科が驚いて立ち上がった。「山の上で鬼と戦った」「その娘を奪うためですか?」「そうだが」 なんで分かったんだ……? 保科は流を座らせると傷の手当てを始めた。「旨そうな娘ですね。その娘を喰えば傷などたちまち……」「何言ってんだ! 俺は人間なんか喰ったことないぞ!」「しかし、その娘は供部でしょう」 保科は流の傷の手当てをしながら言った。「くべ?」「贄です」「確かに生贄にされそうにはなってたが……」 訊ねるように水緒を見たが、水緒も知らないらしく不思議そうな顔をしていた。「供部は、生贄にもっとも適した人間ですよ。普通の人間より旨く、僧侶や神官を喰ったときと同じくらいの力も得られるという……」「誰が人間なんか喰うか! お前も喰うなよ」「それでは何のためにわざわざ戦ったんですか? あの鬼とかち合わないようにと結界を張っておいたのですが」 保科は理解できない、と言う顔をしていた。「水緒とずっと一緒にいたけど喰いたいなんて思ったことないぞ」 流は水緒に聞かせるように言った。「今はどうです? 旨そうでしょう」「いいや」 流は首を振った。 水緒にしろ他の人間にしろ喰いたいなどとは思わない。「贄の印がどこかに付けられてるはずですが」 その言葉に水緒が胸元を押さえた。 どうやらそこに印とやらが付けられているようだ。「供部に贄の印?」「念のためでしょう。間違えて他の人間を襲わないように」「この山に鬼がいることは知ってたのか?」「勿論です」 保科が当然、と言う顔をした。「なんであの鬼は村を襲わなかったんだ?」「贄がいたからですよ。何年かに一度贄を喰わせる代わりに村を守らせていたんです。だからあの村には他の化け物もいなかったでしょう」 その言葉に、ようやく村人の言動の理由が分かった。 保科が人間を喰っているところを見たことのなかった理由も。 村人を喰いたければ先にあの鬼と戦わなければならないから面倒だったのだ。 それ以外の人間を喰おうにもここは山奥だから人が通り掛からない。 だから保科は人間を喰わずに兎などを捕まえていたのだ。「流ちゃん、どうしよう。あの鬼がいなくなったら村は襲われるの?」 水緒が青くなった。「どうしたらいいんです
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第一章 第六話
 魚を獲って帰る途中、保科と一緒になった。「流様、鍋などを調達して参りました」 保科がむすっとした顔で報告した。「俺が持とうか」「いえ、結構です。それよりあの娘、喰わないならどうするおつもりですか?」「どうって?」 言ってる意味が分からなくて保科を見上げた。「流様はただでさえ狙われてるのに、その上贄の印を付けた供部など連れていたら、自分の居場所を狼煙を上げて教えてるのと同じですよ」「なら尚更一人に出来ないだろ。水緒一人になった途端に襲われるのは目に見えてるじゃないか」 流は自分に言い聞かせるように答えた。「何も流様が守る必要はないでしょう」「水緒は俺を助けてくれたんだ」「あなたも助けたんですからおあいこです」「水緒がいたからって困ることはないだろ」 答えになってないのは分かっていたが子供が大人に口で勝てるわけがない。「あの娘、本当に身寄りがないのですか?」「え?」 どきっとした。 それは考えたくなくて無理矢理頭の隅に追いやっていたことだ。「どういう意味だ?」「あの娘の話し方、山奥の村の子供のそれではありませんよ。それなりに身分のある家の娘なのでは?」 身分の高い家なら親族もいるだろう。 格式のある家柄は家を存続させるために子供を沢山作るものだ。 水緒の祖父母、あるいは伯父、伯母がいてもおかしくはない。「一人に出来ないというのなら、あの娘の親族を捜しましょう。話し方でどの地方の人間かは分かります。それなりの家なら警護の人間もいるでしょう」「……分かった」 そこまで言われたら駄目だとは言えなかった。 こんな山奥で化け物に襲われる心配をしながら暮らすのが幸せなわけがない。 水緒のことを思うなら親族を捜した方がいいに決まっている。 それでも……。 心の中に重くて大きい石が置かれたような気がした。「わぁ! お鍋! お茶碗! お米! あ、針と糸もある!」 水緒は嬉しそうに顔を輝かせた。「保科さん、有難うございます!」「いえ」「私もね、草、一杯摘んだの。これから夕餉を作るね」 水緒は嬉々として台所に立った。「流様」 保科が流に声を掛けた。 自分達も食事にしようというのだ。「水緒、ちょっと出てくる」「はい、行ってらっしゃい」 外で食べて戻ってくると水緒がにこにこして待っていた
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第一章 第七話
 ある日、流が魚を獲って帰ってくると水緒が家にいなかった。 水緒が自分の言い付けに背いて家を出るはずがない。 開いた本が板の間に出しっ放しになっている。 出掛けるにしても水緒なら片付けてから行くはずだ。 水緒に何かあった! 流は急いで家を飛び出した。 喰われたのではない。 血の匂いはしない。「きゃっ!」 闇雲に走っていると水緒の悲鳴が聞こえた。「水緒!」 声のした方に向かうと女の鬼が水緒の腕を掴んでいた。 水緒は地面に倒れている。 かすかに血の匂いがした。「水緒!」 流の声に水緒が顔を上げた。 頬が赤く張れ、唇の端が切れている。 鬼に叩かれたのだ。「貴様!」「流ちゃん! 逃げて!」 水緒が叫んだ。「お黙り!」 鬼が水緒の腹を蹴った。「ぐっ!」「やめろ! 水緒から離れろ! 目的は俺だろ!」「そう。そこで大人しく立っていればこの娘は離してやろう」 流は怪訝に思って眉を顰めた。 立っていれば? 仲間がいるのか? だが他に鬼の気配はない。 鬼は水緒を無理矢理立たせると、髪を掴んで顔を上げさせた。 紙を水緒の目の前に突き付けた。「これを読みな」 水緒は目を逸らそうとしたが鬼は強引に紙を見せた。「読めって言ってんだよ! 字が読めるのは知ってるんだよ!」 そう言うことか……。 何かの呪文を水緒に言わせようとしているのだ。 何故自分で言わないのかは分からないが。 人間じゃないと駄目とか、何か理由があるのだろうか。「さぁ、早くしな!」 鬼が水音の髪を掴んで左右に振った。 しかし水緒は頑なに口を噤んでいる。「お前、供部だろ。言わなきゃ、指を一本ずつ喰ってくよ」 水緒がきつく目を閉じる。「ただの脅しじゃないよ!」 鬼はそう言うと水緒の右手を掴んで口に近付けた。「やめろ! 水緒! 言え!」 流がそう言っても水緒は首を振った。「水緒! 呪いってのは修行しなきゃ効果が出ないんだ! だから大丈夫だ!」「あの小僧もああ言ってんだ、早く言いな!」 鬼が水音の手首を掴んでいる腕に力を入れた。「痛っ……」 鬼は焦っているようだった。 保科が助けに来る前に片付けたいのだろう。「水緒! 早く言え! 頼む!」 水緒が目を開けて流の方を見た。「流ちゃん……」「早く!」
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第一章 第八話
「水緒はなんで外に出たんだ?」 流は振り返って水緒を見た。「流ちゃんが大変だから来てくれっていう保科さんの声が聞こえたの。それで慌てて外に出たら、あの……」 水緒は「鬼」という言葉を飲み込んだ。 保科から「鬼」は蔑称だと聞いたからだろう。「そうか。もう騙されるなよ」 とは言ったものの水緒のことだから、流か保科の声音で「助けてくれ」と言われたら出てしまうだろう。「江戸へ行ってみませんか?」 いつまでここにいるのか、と言う流の問いに、意外な答えが返ってきた。「江戸? なんで?」「その娘の親戚を捜すのでしょう」 そういえばそうだった。「私の親戚? でも、お母さんは死んだし、お父さんがいるって話も……」「捜せばどこかに親戚がいるはずです。供部を最可族の村に連れて行くわけにはいかないでしょう」 確かに狼の群れの中に兎を連れていくようなものだ。「しばらくは最可族の村へは帰れそうにありませんし」 まだ流を受け入れる準備が出来ていないというのだ。 どんな準備かは知らないが。「ですから、その間にその娘の親戚を捜しましょう」 と言っても明日いきなり出掛ける、と言うわけにもいかないので、二、三日中に、と言うことになった。 翌日、川で魚を獲っていると男女の二人組が近付いてきた。 こいつら鬼だ!「小僧、おぬし、最可族か?」「何か用か」「ここらで最可族が供部を飼ってると聞いたのでな」 水緒を狙ってきたのか!「全部横取りしようとは言わねぇ。腕一本くらいは残してやるから素直に出しな」「ふざけるな!」 魚を放り出すと男に突っ込んでいった。 腕を振り下ろす前に男に腹を蹴り上げられた。 足の爪で腹が大きく切り裂かれた。「ぐっ!」 流が地面に転がったところに女が待っていた。「さっさと渡さないからだよ」 女は流の腹を爪で突き刺した。「くそ!」 流は腹を刺されながらも腕を振り上げて女の顔に切りつけた。「っ! このクソガキが!」 女が爪を振り下ろすのを転がって避ける。 しかし男が待ち受けていて脇腹を思い切り蹴り上げられた。 足の爪が流の脇腹を切り裂く。 また転がされ、そこにいた女に蹴られて背中が裂けた。 もう流は身体中血まみれだった。「死にな!」 女が流の首目掛けて爪を振り下ろそうとした時、「ぎゃ!」
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第二章 第一話
「あっ!」 水緒が石に足を取られて躓いて転んだ。「大丈夫か?」 流は水緒の手を掴んで助け起こした。「少し休もう」 道端の岩に座るように水緒を促した。「私のせいで全然進めないね」「気にするな。急いでるわけじゃない」 どうせ行く当てはないのだ。 それに水緒と一緒にいるために保科を追い払ってあの家を出てきたのだ。 水緒がいなければ意味はない。 川沿いの道を進んできたら、いつの間にか大きな道に出た。 更に進むともっと大きな道になった。 それに伴い、すれ違う人も増えてきた。「人がいっぱいいるね」 水緒が流に身体を寄せてくる。 流はずっと山の中で鬼から隠れて暮らしてきたし、それ以前に母親といた頃も他の者はいなかった。 水緒も山奥の小さな村で育っている。 二人ともこんなに沢山の人を見るのは初めてだった。 水緒の足に合わせて休み休み進んでいると山道になった。 日が暮れてきたこともあって人通りが少なくなってくる。「今日はこの辺で……」 休もう、と言おうとしたとき、殺気を感じて咄嗟に水緒を押し倒した。 流の頭の上を何かが勢いよく通り過ぎた。「このまま伏せてろ」 水緒にそう囁くと素早く立ち上がった。 目の前に鬼がいた。「小僧、その娘を置いていけ」「ふざけるな!」 そう言うなり流は鬼に飛び掛かった。 鬼はそれを避けると逆に流を殴り付ける。 流が吹っ飛ばされて太い樹の幹に叩き付けられる。 肋骨が軋む。 鬼が流を無視して水緒に向かおうとした。 急いで水緒と鬼の間に入る。「去ね」 鬼が低い声で言った。 流は何も言わずに爪を振りかぶる。 それを振り下ろすより早く鬼が流を殴り付けた。 流が地面に転がる。 鬼が流の身体を蹴り上げる。「くっ!」「流ちゃん!」「死ね!」 鬼が流の首に爪を振り下ろした。「流ちゃん!」 流が鬼の爪を受けようと手を上げ掛けたとき、銀色の閃光が走り、鬼の首が飛んだ。 驚いて見上ると刀を持った男が立っていた。 人間だ。 熊のように大きな男が普通の太刀よりも長めの刀を握って立っている。 次は俺だ! 流は急いで立ち上がると身構えた。「あっ! あの! 違うんです! 流ちゃんは……きゃ!」 慌てて流に駆け寄ろうとした水緒が倒れた。「
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
第二章 第二話
 入り口の一段高くなっているところ――後で知ったが上がり框というそうだ――に座って桶に入れられた水で足を洗ってから板の間に上がった。 三人は女将に案内されて二階の廊下の突き当たりのあまり広くない部屋に入った。 他に人はいない。 水緒は目を丸くして辺りを見ている。 流も周囲を探るように左右に視線を走らせた。 とりあえず危険はなさそうだ。「飯が来るまで湯に入ってくるか。二人とも来なさい」 桐崎は荷物を下ろすと先に立って部屋を出た。 水緒が桐崎の後に続き、仕方なく流が最後に随いていった。 脱衣場で桐崎は水緒に白い腰巻きのようなものを渡した。「湯文字だ。水緒はこれを着けなさい。流はこっちだ」 そう言って流に褌を差し出した。「褌ならはいて……」「これは風呂褌と言って、風呂で付ける褌だ」 桐崎はそう言うと白い浴衣に着替えた。「すごい。お湯がいっぱい」 水緒は相変わらず目を丸くしていた。「お湯で身体を洗うなんて初めて。流ちゃんは?」「俺もだ」「良く洗うんだぞ」 桐崎はそう言って身体を洗う流や水緒に細かく指示をした。 湯から上がり脱衣場で身体を拭きながら、「水緒、随分べっぴんになったぞ」 桐崎が言った。「ホント!?」 水緒が嬉しそうな顔をした。「江戸っ子は毎日風呂に入るからな。水緒ももっと美人になるぞ」「毎日お湯に入るんだって。すごいね、流ちゃん」「江戸の風呂は湯に浸かるわけではないがな」 桐崎はそう言ってから流に目を向けた。「流もいい男になったじゃないか」「…………」 部屋へ戻ると食事が運ばれてきた。 流と水緒はしばらく初めて見る蓋付きの椀や白い飯を見ていたが、やがて桐崎の食べ方を見ながら恐る恐る箸を付けた。「おじさん、この茶色いお湯、何?」 椀の蓋を開けた水緒が訊ねた。「なんだ、味噌汁を知らんのか。これは味噌というものを使った汁だ」「へぇ。流ちゃん、お味噌汁って食べたことある?」「ない」 水緒は味噌汁に口を付けた。「面白い味。ちょっとしょっぱいね」 これなら水緒の作る粥の方がいい。「おじさん、これは?」「これは漬け物だ。大根を漬けたものだ」「漬けるって何に? それにこれ、ご飯でしょ。なんで白いの?」 水緒は食
last updateLast Updated : 2026-05-30
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status