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仲原
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仲原の小説

さよならは、笑顔の後で

さよならは、笑顔の後で

現代おとなしい子一途後悔
この人生が不幸だなんて思いたくなかった。 これからは幸せになれるんだと信じたかった。 でも、それはただの願望だったのだろうか。 どこから掛け間違っていたのか分からない、運命のぼたん。 もしかしたら……最初から、間違っていたのかも知れない……。 (表紙やあらすじは後日再編集する可能性がありますレーティングは仮のものです。ストーリーの展開次第では、レーティングを引き下げるかもしれません。現時点では見切り発車で書き始めています。)
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Chapter: 75
「何を食べたら良いんだろう」 食べたいと思うモノはあったとしても、決める基準はいつだって昴が優先。彼の好みに合わせて何を食べるのかを決めていたため、こうやって自分の為に何かを決めるのは苦手だと感じてしまう。「そっか。私は……」 自分のために決めるという選択肢を、選んだことがなかったんだ。  好きだと思うメニューを目の前にしても、無意識に探してしまう誰かの好み。 今はその必要が無いんだと気付いた瞬間、自分のために食事を選ぶ事が難しく感じて吐き気を覚えてしまう。 胃は空腹を訴えているのに、心が満たされることを否定する。それが辛くて思わず乾いた笑いが零れるのを止められない。「当たり前って、当たり前じゃ無かったんだなぁ」 刷り込まれた日常は、とっくの昔に普通ではないものに変わってしまっているのだ。それに気付くのが遅かったせいで、いつまで経っても埋められないギャップに苦しみ、足踏みをしていたのだろう。「もう、後戻りは出来ないものね」 気持ちを切り換えて前に進む。そうするしか無いと何度も自分に言い聞かせ、目にとまったメニューを注文てから窓の外を眺める。「少しずつ、慣れていかなきゃ」 今頃あの人はどこで、何をしているんだろうか。 考えないようにしても思い浮かぶ沢山の事が、彼の面影を消してくれず海亜の中で燻り続けている。「頭が、痛いや」 取りあえず今日は。ここで空腹を満たした後、もう少しだけ物件を探して回ろう。そのことを手帳に留めようとバッグを開いた時だった。「電話?」 テーブルの上に置いたままにしてあった携帯端末が、突然震え出す。「何?」 慌ててそれを手に取ると、ディスプレイに表示された内容を見て息を呑んだ。「え? どうして?」 灯りの点いた液晶パネル。そこに記載されている文字はメッセーアプリに届いたメッセージではなく、電話番号を表す十一桁の数字である。「何でこの人が……」 余りにも予想外の文字に浮かぶのは動揺で。その数字の持ち主が誰なのか分かった瞬間、電話を取るべきなのか判断が付かず狼狽える。 暫く呆然と眺めていると、随分長くコールを鳴らした後で、電話の主は諦めたように着信を切ってしまった。「……どんな用事があって?」 そこに表示されて欲しかったのはたった一人の人間の名前だった。それなのに、実際に表示されたのは海亜の実父であ
最終更新日: 2026-09-17
Chapter: 74
「……苦い」 手渡されたときよりも随分と温くなってしまった一本の飲み物は、余り飲み慣れない嗜好品で。口の中に広がる苦みが心の痛みに重なるように感じ、再び涙が溢れてしまう。「……これから、どうしよう」 勢いに任せて家を飛び出たため、昴の待つ家に帰るつもりはない。 だからといっていつまでもホテル暮らしが出来るほど、海亜の財布に余裕が有るわけでも無いのだから、近いうちに身の振り方を決める必要はどうしても出てきてしまう。 以前借りてた部屋に関しては結婚を機に解約して随分経つため、とっくに別の人が住んでいるだろうし、泊めてくれと頼める友人も直ぐには思い付かない状態だ。「早めに不動産屋に行かなきゃ」 口に出した言葉に表情を曇らせながら缶を握る手に力が篭もる。「でも、保証人……どうしよう……」 単身物件の中には保証人無しで契約することが可能なものも存在していると聞いたことはあるが、海亜自身、そのような条件で住む場所を探すのは初めてなのだ。女性一人で契約する場合、条件が良い安全な場所に巡り会える確率はどれくらいのものなのかと、それが気になり手が震えてしまうのを止められない。「考え無し、だったのかなぁ……?」 早まったというのは確かにそうだろう。ただ、もう、これ以上。あの場所に留まるには精神が疲れ果ててしまっていた。 最後に一口だけ苦くて黒い水を飲み込むと、海亜は丁寧に畳んだタオルを持ちカウンターへと歩いて行く。「あの」 カウンターの向こう側では、スタッフの男性が作業の手を止め「大丈夫ですか?」と問いかけてくれる。「お騒がせしてすいません」 湿って草臥れてしまったタオルを返すと、海亜は小さく頭を下げて礼を述べる。「本当にありがとうございました」「いえいえ。お客様の心が少しでも軽くなったのでしたら、それだけで十分ですから」 何も聞かれない優しさ。その居心地に良さに柔らかくなる表情。「本日はごゆっくりお休みください。お体を冷やされないよう、温かくしてお過ごしくださいね」 中身の残った缶コーヒーと、優しく手を振る誰かの気配。 ほんの少しだけ。呼吸がしやすくなったことに、海亜はほうっと息を吐いたのだった。◆ 不動産屋の前を通る度、宅建情報を眺めては一人唸る。そんなことを何度繰り返したのだろう。 家出をしてからまだ一ヶ月も経っていないのだが、
最終更新日: 2026-09-16
Chapter: 73
 あれからどれくらいの時間、外に居たのだろうか。 ふらつきながらやっとの思いで戻ったホテル。ロビーに入ると、フロントで業務の処理をしていたスタッフが驚いて駆け寄ってくる。「お客様!」「…………あ」 人の存在を感じた瞬間、大きく前へ身体が傾いた。「だ、大丈夫ですか!?」 床に倒れる前に宙で止まる身体。スタッフの腕が支えてくれている事に気付き、慌てて身を起こし離れる。「ご、ごめんなさい!」 こんな失態を曝すなんて。気が抜けたことで支えを失った身体を叱咤しながら海亜は立ち直すと、軽く頭を下げてから立ち去るべく足を動かした。「お待ちください」 しかし、スタッフはそんな海亜を引き留め優しく誘う。「取りあえず、こちらへどうぞ」 示されたのは革張りのボックスソファ。「あ……あの……」 そこに腰掛けてくれと言われているのだろうが、残念なことに、今の海亜は全身がずぶ濡れの状態。このままそこへ腰掛けると、折角のソファが濡れて台無しになってしまうだろう。「濡れてしまいますが……」 だからこそ、その誘いは低調に断る。つもり、だった。「構いませんよ」 そんな海亜を気遣ってか、スタッフはにこやかにそう言うと、彼女に座って欲しいと再び声を掛ける。「濡れてしまったら拭けば良いだけです。そんなことよりも、お客様の事の方が心配ですよ」 言葉は非常に丁寧ではあるが、そこには有無を言わさない強い意志が感じられる。結局根負けしてしまい、海亜は素直にその言葉に従い腰を下ろした。「タオルを取って参りますね」 海亜が落ち着いた事を確認した後、スタッフは一度ロビーから姿を消してしまう。「あっ……」 制止をするのも間に合わず、止めるために上げた手が宙で止まったまま。行き場の無い言葉を飲み込みぼんやりとそこに在る光景を眺める。暫くするとスタッフが、真っ白なバスタオルと缶コーヒーを手に戻ってきた。「お待たせして申し訳ございません」 そう言って差し出されたバスタオルを、海亜は戸惑いながら受け取る。「本来ならば、直ぐにお部屋にお戻り頂き身体を温めて頂いた方が良いとは分かっているのですが、足下が覚束ない様でしたので」「あ。そう、……ですね」 肌触りの良いふわふわのタオル地に指を滑らせると、じんわりと心が温かくなる。「宜しければ、こちらもどうぞ」「……はい」 手渡
最終更新日: 2026-09-15
Chapter: 72
「私はそんなに、あなたにとって、頼りにならない人間なのでしょうか?」 夫婦とは。 互いに支え合っていくものだと思っていた。 どちらか片方の力関係ではなく、互いを支配しあうものでもなく。 足りない部分を補って、いつまでも対等で有り続けたい。 例えソレが理想を論じている事だとしても、海亜にとってこうありたいと願い、思い描く夫婦の形はそのようなモノを指している。 だから全ては言えなくても、負担を軽くしてあげられる程度の荷物は持ってあげたかった。 何でも聞いて、何でも話せる。 辛い事も、苦しい事も。楽しい事も、幸せな事も。 全てを共有し、そうやって、時を静かに重ねながらゆるやかに歳を取っていく。 いつか迎える終わりの時まで、そのような関係で居続けたい。そう強く願っていたのに。「私では、あなたの支えになる事は不可能って。つまり、そういうことなんですよね?」 共有して貰えない情報。いつまでも隠されたままの秘密。信用を失った時点で、相手のことを信じる事は難しく、そうやって疑ってしまう自分が居ることが悲しくて仕方ない。「もう。良いです」 言い終わると同時に浮かべる笑いはどこか寂しげなものだ。「これ以上は、話合う必要が無さそうなので」 もう話を聞きたくない、と。一方的に会話を打ち切ると、海亜は昴をその場に残して自室へと向かい歩き始めた。「海亜!!」 背後からは海亜の名を呼ぶ昴の声。だが、その声を無視して部屋に駆け込むと、急いで扉を閉め鍵を掛けてしまう。「海亜! 開けてくれ! 海亜!!」 激しく叩かれるドア。何度もしつこく動くドアノブ。それでも掛けられた鍵は侵入者を拒み、そこに立ち入ることを許さない。「頼む……開けてくれ……海亜……っっ」 いつの間にか、扉の向こうから聞こえてくる彼の声に含まれる嗚咽。何度もしゃくりながら、必死に請うのは話を聞いてくれという言葉で、触れられない事が嫌だと言うように悲痛な叫びが海亜の心を抉っていく。「みあっ……悪かった……謝るから……っっ」 どうしてこうなってしまったのだろう。 考えても分からない答えは、未だ手に入りそうに無かった。◆ 離婚すると決めてからは、ますます二人の時間はすれ違うことが多くなってしまった。 決別を決めた海亜としては、一刻も早く彼を解放してあげたかったのだが、何だかんだと理由を
最終更新日: 2026-09-14
Chapter: 71
 その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍り付く。もし本当に鍵を持っているのだとしたら、幾ら鍵を掛けようと簡単に侵入されてしまうのは考えなくとも分かる。防犯が意味を成さない状況において、どれだけ自身の力で身を守ることが出来るのだろうか。 少なくとも、彼女にこちらの言葉が届くとは全く思えない。そんな風に思うほど、常識の通じない事が目の前で起こったばかりなのだ。「……はぁ……はぁ……」 無意識に強く握りしめるドアノブ。施錠したはずの鍵が外される音が怖くて仕方が無い。「開けなさいよっっ!! このクソ女っ!!」 解錠すれば簡単に中に入れると思っていたのだろうか。開きそうで開かないドアに苛立った彼女が、力任せに何度もドアを開こうとしてくる。「うぅっ……」 しかし、ここで押し巻けてしまったら、あの恐怖を再び味わわなくてはならなくなってしまう。「邪魔すんなって言ってんのっっ!! 巫山戯んなよ!? 泥棒女がっっ!!」 必死にドアを引っ張り続けること十数分。『バンッッ!!』 大きな音を立てて扉越しに伝わる衝撃。「覚えてなさい! 絶対に許さないんだから!!」 まるで悪役のような捨て台詞が聞こえてきたかと思うと、苛立たしげな音を響かせて遠ざかる気配。完全に音が聞こえなくなってからも、暫くは怖くてドアノブから手が離せず震えてしまう。「なん……なのよ……」 ほんの短い間にこれだけの予想外な事が起こるなんて思いもしなかった。 一本、一本。丁寧にドアノブから指を引き剥がすと、力なくその場にへたり込み恐怖で震える肩を強く抱き締める。「鍵……」 勝手に開けられた事は勿論問題なのだが、何故彼女がこの家の鍵を持っていたのかと言う事も見過ごせない問題の一つだ。 上手く力の入らない足を無理矢理立たせると、海亜はしっかりと扉を施錠してからダイニングへと戻る。「昴さん」 ダイニングでは、昴が青い顔をして呆然と立ち尽くしていた。「聞きたいことがあります」 そう言われて昴は正気に戻ったように海亜の方へと視線を向ける。「…………海亜?」「あの人に鍵を渡したのは、本当に昴さん。あなたなんですか?」 これまでいくつかの裏切りにあってきたが、一番納得がいかないのがこの一件である。どんな目的があって鍵を渡したのかは不明だし、海亜自身は彼女を招いて良いと言ったことは一度も無い。同居人に
最終更新日: 2026-09-13
Chapter: 70
「今日、買い物に行くって伝えてあったじゃん」 この人は一体何を言っているのだろう? 訳が分からず昴の方へと視線を向ければ、彼も混乱しているようで怯えるように狼狽えている事に気が付く。「ねぇ、昴。早く買い物に連れて行ってくれない?」 今はそれどころじゃ無い。 この状態を見ればそんなこと直ぐに分かるはずだ。 しかし、突如現れた訪問者は海亜という存在を一切無視し、甘えるように海亜の夫へと腕を伸ばしてきた。「っっ!!」 反射的に弾かれる手。女性の細い腕が、非常にゆっくりとした動きで大きく跳ねる。「え? 何?」 こんなことをされるのは想定外だったのだろう。己の扱いに不機嫌になった彼女は、不服そうに頬を膨らませた後、距離を詰めて無理矢理昴の腕にしがみつく。「今更奥さんに罪悪感でも感じてるとでも言いたい訳?」 聞こえてきたのは今更という言葉に過敏になってしまうのは、つい先程までその事について話合おうとしていたからだ。昴の口から聞きたかった言葉。それは見ず知らずの第三者から告げられる事になりますます気持ちが落ち込んでしまう。「もうバレちゃったんだし、良いじゃん」 実にあっけらかんと言われると、一層のこと清々しささえ感じてしまう。「さっさと離婚しちゃいなよ」 だからといってそれが許せるのかというと、そういうわけでは無いのが人の心というものだろう。 見せつけられた二人の関係性。これが真実かどうかなんてことは、この際どうでもいい。重要なのは、今、こうして、二人が親密である光景を見せられていること。 そして、その事について海亜自身がどう感じて居るのかと言うことだろう。「…………」 この光景を見た瞬間、海亜の内側で一気に怒りが込み上げてくる。 それと同時に強く感じたのは嫌悪感で。 何が楽しくて、こんな不愉快な光景を見せられているのだろうか。 この人は一体、何をしたくてここに来たのだろう。 可能性には気付いていたが、敢えてそこを疑問にすることで、相手へと怒りを向ける理由を作っていく。「奥さんと離婚出来たら私と結婚出来るじゃん。元々付き合ってたんだし、丁度いいじゃない」 この人は一体、何を言っているのだろう。そこかしこで見るイメージとは異なり、今の彼女はどことなく我が儘な子どものように見えてしまう。確かに目の前に居るのは四埜杜繭という女性なの
最終更新日: 2026-09-12
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現代ホラーゲームパラレルワールド怪異
午前零時になると感じる頭痛。 ここ数日は決まって、この時間になると症状が出てしまう。 いい加減生活を改めろと身体が警告を発しているということなのだろうか。それは分かっていのだが、中々辞められないのが自堕落な生活だった。 今日もまた、時計の針が。 零を指し示す。 そしてまた、鋭い痛みに視界を閉ざした瞬間、耳に届いたのは予想外の言葉だった。 ※原案は、GoodNovel編集部で用意していただいたヒントを使用しています。 ※ホラージャンルなので、レーティングをR18に設定しています。レーティングを下げることは予定していません。(性描写というより、暴力等の描写に対しての設定です)
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Chapter: 1st stage:20
「203号室に、ですか?」 女性の言葉を聞いて動揺したのは仕方が無い。先程電話で彼女は、『202号室に居る』と言っていたのだから当然だろう。『そうです。203号室です』 しかし、彼女が傘を届けて欲しいと指定してきた部屋番号は、その隣の203号室。何故自身の居る202ではなく、その隣の203をわざわざ指定してきたのか。その目的が分からず混乱してしまう。「でも、あなたは202号室に住んでるんですよね?」 その疑問がどうしても気になりそう尋ねると、彼女は何かに気が付いたように声を上げてから、隣の部屋を指定した理由を話し始めた。『202号室はわたしの職場なんです』「職場?」『はい』 詳しく聞いてみると、実際の住居は203号室らしい。 普段は202号室に彼女の母と娘と一緒に住んでいるそうで、彼女が仕事の時は母が子供の面倒を見ているのだという。『今日は納期の関係で家に戻れそうになかったので職場に泊まったのですが、娘が傘を無くして泣いていると母から電話があって……』「ああ。それで」 理由さえ分かれば何故そんな不可解な依頼なのかと言うことに納得はいく。「分かりました」 どちらにしても、子供がぐずってしまっているのなら、早めに対処した方が良いだろう。大声で泣かれたりしたら、他の階の住人から苦情が来る可能性も高いはずだ。「それじゃあ、急いで届けますね」 そう伝えてあげれば、依頼主の女性は、心底安心したように息を吐いた後、改めてお礼を告げ電話を切ってしまった。「…………はぁ」 受話口から聞こえてくる話中音から、相手が完全にこの機械の操作を追えてしまったことを理解すると、赤い傘を手に管理事務室の扉を開く。携帯するものは先ほどと同じく、懐中電灯に財布と携帯。しっかり施錠したことを確認してからエレベーターへ向かえば、一階で待機したままになっているそれに乗り込み二階へと向かう。「思ったより、頼み事が多いのは何でなんだ……?」 身体に残る疲労感に、無意識に下へ向
最終更新日: 2026-09-17
Chapter: 1st stage:19
 耳障りな音に気が付いたのは、本当に偶然だった。「っっっっ!!」 けたたましいベルの音に驚いて飛び起きると、その勢いで思い切り床に倒れ込んでしまう。「っっったぁ……」 身体を起こそうとすると感じる、左側に走る痛み。どうやら椅子から落ちた時、肩を軽く負傷したようだ。その痛みは少しずつ、腕を伝うようにして広がっていく。「……なん………おと……」 頭上から響くのは激しく主張を続けている騒音。この音に起こされたのだと言う事に気が付くと、無性に腹が立って仕方が無い。相変わらず痛みを訴える患部を庇いながらその発生源を探れば、机の上に置かれている黒電話が原因だという事に直ぐに気が付いた。「…………電話?」 そこで気になったのは|現在の時刻《・・・・・》である。「何時だ!?」 電話とベル。それに気付いた瞬間、一気に眠気が吹き飛んだ。 急いで伸ばした手が机にの足を捉えると、力を篭めて一気に身体を起こす。無理に引き上げせいで左肩は悲鳴を上げたが、今はとにかく時刻が分かるものを探す方が先だ。動揺しながら視線を彷徨わせ探す時計。幸いにもその情報を得る事が出来るアイテムは直ぐ傍にったため、表示された数字から現在が午前四時を過ぎたばかりだと言う事を理解する。 ということは、つまり。 この電話は謎のルールにあった毎正時の時に掛かってくる依頼の電話。と言う事になるのだろう。 そのことに気が付いた瞬間、急いで受話器を取り上げた。「もしもし!?」 相当焦っていたのだろう。自分でも驚くほど大きな声が送話口付近で響く。『あ、あの……』 その気迫はどうやら電話の向こう側にも届いてしまっていたようで。受話口から聞こえてくる戸惑った女性の声。それが耳に届いた瞬間、頭が冷静になり恥ずかしくなってしまった。「あ。その……」 感じた気まずさを誤魔化すように咳払いをすると、改めて落ち着いた声で、声の主に電話を掛けた目的を尋ねてみる。「先程は、大変失礼しました」 まずは
最終更新日: 2026-09-16
Chapter: 1st stage:18
「ひぃっ……!!」 細くなっていくドアの隙間。 向こう側に広がる闇の中で蠢く何かが、こちらに向かって手を伸ばしている。その事に気が付き逃げるようにエレベーターの奥へと後ずさると、背中に弱い衝撃が走った。「そん……な……」『あそぼう……よ……』 それは、確実にこちらとの距離を詰めてくる。 もう逃げ場が無い。 そう感じた瞬間、自分でも驚くほど、素早く行動を開始していた。「絶対無理だっっっっっっ!?」 白い光が前方を照らす。ほんの小さな光の筋ではあるが、向けた懐中電灯の先に浮かび上がる【ソレ】のシルエット。「遊ぶなんて絶対に無理だからっっっ!!」 それは確かに【ヒト】の様な形をしていた。「だからこっち来んな!!!!」 ただ、【ソレ】は酷く曖昧で。「大体なんで、こんな時間に遊んでんだよ!!」 シルエットがヒトの形をしている以外、どうなっているのかが分からない。「時間を考えろ! 非常機だろ!?」 言いながら素早く操作盤へ駆け寄ると、閉じかけていた扉を急かすように同じボタンをひたすら叩き続ける。 「他の住人からも苦情が来てるんだからな!?」 そんなことを言ったって意味が無いのかもしれない。そう思ったとしても、手に持った懐中電灯を向け【ソレ】に向かってひたすら叫び続ける。「こっちは迷惑してんだよ!!」  一度怒鳴ると歯止めが効かない。追い込まれた鼠のように身構えながら、手にした懐中電灯を突き出して狂ったように吠える。「こんな風にからかって面白いか!? クソがっっっ!!」 できるだけ平静を装っても、どうしても隠せない怯えは気持ちを焦らせるばかり。 相手を挑発することは自身の危険に繋がる可能性が高いと分かっているのに、それでも限界まで引き上げられた恐怖心から、精一杯の虚勢で威嚇を続けないと己が保てない。「早く閉じろよ!! クソエレベーターがっっっっっ!!」 端から見るとこの光景は実に滑稽に見えることだろう。それでも本当に必死なのだ。声を張り上げ、ひたすらボタンを叩き、不安定に光を揺らしながら此方に来るなと訴える。「頼むから早くっっ!」 最後はもう神頼みに近かった。たった一枚の扉が閉まることが、何故こんなにも遅いと感じてしまうのだろう。 非常にゆっくりと閉まる鉄の扉が憎らしくて仕方が無い。 あと、数センチ。この隙間が完全に閉
最終更新日: 2026-09-15
Chapter: 1st stage:17
「いい加減にしてくれっっっっ!!!!」 遂に耐えきれなくなりそう叫べば、奇妙なことにあれほど五月蠅かったボールの音がピタリと止まった。「……はぁ……はぁ……」 額に滲む脂汗。緊張から乾いた喉が引き攣り痛みを訴える。まとわりつく湿度は依然として高く、嫌な意味で気持ち悪さに拍車をかけている状態で。そこに重なるようにして感じたのは、なんとも言えない程の吐き気を覚える強烈な臭いだった。「うっ……」 一体この臭いは何なのだろう。余りの臭気に思わず口元を押さえ吐き気を必死に堪える。逆流する胃酸が食道を焼き、痛みに滲むのは涙だ。 早くこの場を離れたいと願っても、中々上手く身体を動かすことが出来ない。それでも必死にドアにしがみつき、漸く建物の中へと移動したときだった。『どうしたの?』 直ぐ背後から聞こえてきた声。反射的に強張る身体が動きを止めてしまう。『もしかして、遊びにきたの?』 何も答えられず黙っていると、声の主が少しずつ此方へと近付く気配を感じ悲鳴が上がる。『もしそうだったら、うれしいなぁ』 気配が動く度、鼻を突く異臭も強くなる。それがまとわりつく湿度と混ざり合い、独特の臭気を放ち目眩がしそうだ。『だれも来ないから、つまんなかった。ねぇ、いっしょに遊んでくれる?』 そしてそれは、いつの間にか直ぐ後ろに立って返事を待っていた。『ねぇ。いっしょに遊ぼうよ』 遊ぼうよと言われても、そうだねなんてとてもじゃないが言えるはずが無い。背後のそれが期待している返事は分かり切っているが、その言葉を意地でも言いたくないと見せるのは必死の抵抗で。左手で口を覆い、絶対に振り返らないように注意しながら、少しずつ足を動かして前へ、前へと歩き出す。『ねぇ。遊ぼうよぉ』 此方が動く度、それも後を追うようにして一緒に付いてくるのが分かる。『ねぇ。遊ばないの?』 話しかけられる度、それが顔を覗き込もうとしているのが分かるのが恐ろしくて、徐々に視界が滲んでしまう。『ねぇ。聞こえてないの?』 指の間から零れる嗚咽は、非常に情けなくか細いものだ。『ねぇ。聞こえてるんだよね?』  それでも【ソレ】は、諦める事無く此方に話しかけ続けてきた。『ねぇ。聞こえているんだよね?』 足を動かす度にここに来た目的について考えてしまう。『ねぇ。聞こえているんだよね?』 受けた
最終更新日: 2026-09-14
Chapter: 1st stage:16
 見つかって欲しいと願ったわけじゃ無い。だからこそ、簡単に鍵が見つかってしまったことは非常に残念に感じ気が重くなってしまう。 鍵穴に吸い込まれていく銀色。それを眺めながら、口に溜まった唾を飲み込む。カラカラに乾いた喉を湿り気が通ると直ぐに感じるのは痛みだ。そこに混ざる鉄の味に自然と額に汗が滲んでしまう。 自分の鼓動の音がこれほど大きく感じることなど、生きている内にどれくらい在るのだろうか。この緊張感は決して心地好いものなどではなく、どちらかというと不必要なもので。 怖い。 ただそれだけが頭を占拠し思考を掻き乱す。「…………」 小さな音を立てて外れる錠。これで、こちら側と向こう側を遮る障害が一つ、消えたこととなる。「…………はぁ」 震える手でノブに触れると、ざらついた不快感に思わずそれを離してしまいそうになった。「うぅ……」 触れた感触が消えていかない。対して特徴の無い己の手を懐中電灯で照らしながら付いた汚れを確かめる。朽ちて剥がれやすくなった朱い鉄屑。それが汗に吸い付くようにして皮膚の上に留まり続け、まるで、細かく付けられた傷跡のように見えたことで、幻の中に棲まう痛みを感じてしまう。 今すぐここから逃げ出したい。 誰も助けてくれないという事実が、より一層心細さを引き立てる。 それでも仕事はしなければならない。 何故そう思うのかは分からないが、強い義務感がここから逃げ出す事を許さない。「……よし」 いつまでもここで留まっていたって仕方が無い。未だに扉に触れる事が怖いが、軽く確認さえしてしまえば【仕事をしなかった】ことにはならないはずだ、と。そう自らに言い聞かせゆっくりと扉を開く。 …………ギィ。 建て付けの悪いドアは、不快な音を立てて向こう側へと開けていく。それはもう、ゆっくりと、ゆっくりと。 そして、完全に完全と屋上の境界がなくなった瞬間、頬を撫でるようにして生温い風が通り過ぎていった。「……すいません」 まずは一声。灯りを向けながら声を掛ける。「誰か、居ますか?」 この時点で人の存在を確認出来るのならば、こちら側に来るように促し注意をすることが可能だろう。「誰か」 しかし、目の前に広がる闇の向こう側から帰ってくるのは、耳が痛むほどの静寂だけだ。「…………はぁ」 どうやらこれで問題は解決。とは、ならないようで、
最終更新日: 2026-09-13
Chapter: 1st stage:15
 銀色の鍵の中に確かに存在する屋上と書かれたアイテム。これにより、屋上へと上がるためには、そこに繋がるドアを開ける必要があるということが分かる。「…………」 もう一度303号室の扉を照らした後ゆっくりと階段へ移動し、手だけを動かして段上にある向こう側の境界へと光を向けると、そこに現れたのはみすぼらしい一枚のドアだ。「これ、開ける……のか?」 闇の中にぽつんと在る扉がまるで、地獄への入り口の様に感じて足が竦む。「音。確認出来なかったからもう良いかなぁ」 出来る事なら厄介毎には巻き込まれたくない。そう思ってしまうのは人間として間違ったことでは無いだろう。 確かに注意して欲しいという依頼は受けたが、電話を切ってからここに来るまでに、迷惑行為をしていた相手がその場に留まっている保証はどこにも無い。エレベーターが使えなかった以上、どこかですれ違っている可能性も考えられるだろう。「そういえば、エレベーター」 思いついた可能性を確かめるべくエレベーターへと向かうと、三階で止まっていたはずの機械はいつの間にか一階へと移動しているようだった。「何だ。じゃあ、屋上には誰も居ない……よな?」 犯人がその場を離れたのなら、注意する相手は消えてしまっているはずだ。嫌な思いをしてまで上のフロアに移動しなくて良くなったことに胸を撫で下ろすと、303号室へと小声で謝りエレベーターを呼び戻すために押したボタン。今度は素直に反応し、頭上の数字が切り替わっていく事に安堵を覚える。 この箱が三階に着けば今回のミッションは終わり。 そう思い気が抜けた瞬間だった。「…………ん?」 ポン。 突然聞こえてきた音に思わず肩が跳ねた。「え?」 一体どういうことかと懐中電灯を動かすと、再び聞こえてくる妙な音。 ポン、ポン。 普段ならば
最終更新日: 2026-09-11
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