Chapter: 次期宰相候補と外出 あの、「冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補」で有名な旦那様が、育ての親の前公爵夫妻が亡くなって以来、とうとうはじめて領地に帰ってきた。 彼が到着するとすぐに玄関でルーカス・モルガンを出迎えたアーデンは旦那様の姿は幻であると信じたかったが、涙を流しながら次々にルーカスに話しかけてはしゃぐロッド達の4人を見ていると、間違いなく本物の旦那様なのだと自覚する。 最後に会ったのはあの旦那様の執務室で、結婚届にサインをした日以来だ。 半年ぶりに見る旦那様は相変わらず、彫刻のように美しい。 「旦那様、お帰りなさいませ」 笑顔が引きつっているのがアーデンは自分でわかった。 「急で悪いが、結婚休暇を1か月取得することになった」(いっ…1か月もぉぉぉ。誰が取得を勧めたのよ) アーデンは叫びたくなったが、平静を装う。「そうですか。そういえば文官にはそんな制度がありましたね。承知しました。まだ、昼前ですが今日はいまからどう過ごされますか?」 屋敷を見渡した旦那様は、小さな声でなにかを呟いた。「…ない。あの花を描いた絵がない。ここにあった大きな書棚もない。そうだな。長く帰っていなかったことだし、まずは屋敷中を確認する」 そう言うと、ずかずかと歩いてひとつひとつの部屋の家具や調度品、絵画を確認していく。 執事のロッドが走るように旦那様を追いかけていく。わたしもそのあとを追いかける。「カーテンは全部替えたのだな。この家具は以前より輝いていないか?」 どこになにがあったのか、その優秀な記憶力で全部覚えていたのだろう。旦那様はアーデンが来てから修復した家具などを冷静に全部指摘してくる。「奥様が痛んでいたすべての家具の修復をされました。陽の当たるところにあった絵画などは変色を避けるために飾る場所を変更しております」 ロッドとアーデンでルーカスの問いかけにテキパキと答えていく。 本当はルーカスは、こんな粗探しをするようなことはしたくなかった。 アーデンとお茶をしながら、ゆっくりいままでの報告を聞いて親交を深めたかったが、ただ、アーデンを前にすると妙に緊張して胸がうるさく鳴るので、この胸の高鳴りを抑えるためにも思いついたのが、この屋敷の確認をすることだったのだ。 少しはアーデンと距離を取れると思ったのに、まさかついてくるとは。 緊張で無駄にいろ
Last Updated: 2026-07-20
Chapter: 次期宰相候補の思考 アーデン・トンプソン嬢を婚姻届けにサインをしてもらうために自分の執務室に呼び出して、あっさりサインをしてもらって以来、わが妻となったトンプソン嬢には少しも会っていない。 結婚とはこういうものなのでいいのだろうか?周りに良いモデルがいないので、夫婦のことは全くわからない。 生母は早くに亡くなり、記憶にもない。 育ての親となった前モルガン公爵夫妻は本当に仲の良い夫婦だった。いつもどこに行くのも夫婦一緒だった。まさか、事故で天国まで一緒に逝ってしまうだなんて。 自分を慈しみ育ててくれた夫妻が同時に亡くなったことは、まだ学生だったルーカス・モルガンには辛過ぎる出来事だった。 今日は陛下を交えた会議だった。 予定していた時間よりも早く終わり、談笑がはじまる和やかな雰囲気となった。「そういえば、ルーカスは新婚だったな。アーデン嬢は元気にしておるか?」 宰相や陛下の側近などがいる中で、陛下が何気なく聞いてきた。「さあ、どうでしょう」 陛下の質問に俺はあっさり返答を返した。 (そんなこと、私が知りたい)「えっ?ルーカスは新婚だったの?いつ結婚したの?君、結婚休暇も取ってないよね?」 上司である宰相が目を丸くして聞いてきた。「はい。半年ほど前に結婚しましたが、結婚届を出しただけですので、誰もご存じではないかと」「はあぁ?君は半年前に結婚していたの?誰と?」 席についている皆の驚きの視線が一斉に私に向けられる。「アーデン嬢って、もしかして「独身女性最後の砦」のアーデン・トンプソン嬢?」 独身の同僚が興奮したかのように大きな声で私に問いかけくる。「「独身女性最後の砦」というのはなんでしょう?それは知らないですが、妻はアーデン・トンプソン嬢です」「まじかよー。少し前から、トンプソン嬢をお見かけしないと思っていたが、ルーカスが原因だったのか!」 何人かが「とうとう結婚してしまったんだ」と呟きながら、はぁとため息をつく。「?」 ルーカスには皆の反応の意味が全くわからない。「ルーカスはその顔だろう。だから、黙っているだけで女性が寄ってくるから興味はなかったと思うけど、トンプソン嬢は「独身女性最後の砦」と言われるぐらい、人気があったんだよ」 隣に座っていた他の同僚が声を抑えて、そっと教えてくれた。「たぶんあいつらは、トンプソン嬢のファンだな」
Last Updated: 2026-07-13
Chapter: お飾り妻は行脚する それからは領都エルガイムをはじめ、アーデンは領地を隅々まで訪れ、見て回ることになった。 「領主夫人、よくこんなことを考えつきましたよね」 中年オヤジのダン騎士団長は純粋に感心しているようで、移動中に何度も同じ言葉を繰り返す。 アーデンは荷馬車を操り、整備が遅れている街道をガタゴトと進んでいく。 荷馬車に乗っているのは、ダン騎士団長にオーウェン司祭、あと騎士がもう1人の4人だけの視察だ。 ダン騎士団長とアーデンのふたりは御者台に仲良く並んで座っているが、大きな体躯のダン騎士団長には少し狭いようだ。 荷台にはオーウェン司祭がひどい揺れにも関わらず、気持ち良さそうに惰眠を貪っている。 もうひとりの騎士は、オーウェン司祭の自由奔放ぶりに困り顔だ。 一行は領地にある全ての村々を訪れている最中だ。 アーデンとダン騎士団長のふたりは、騎士団の新たな商売である乗馬訓練を兼ねた運送業に向けての宣伝と運送網兼情報網の構築に向けての土台作りと交渉、オーウェン司祭は各村々にある教会の様子を見るらしく、無理矢理にくっついてきた。「乗馬の訓練を兼ねた運送業だと、一石二鳥だと思わない?だって、ただ馬を走らせているだけというのは、勿体ないと思うのよ」 アーデンは屈託のない笑顔で「わたし、貧乏性だから」と言いながらクスクス笑った。 村々に着くと、最初は村長たちから現場の聞き取りと提案をする。「なるほど。領都の騎士団の方々が、我々が作った農産物を領都エルガイムまで運んでくださるということですね。それはありがたいですね」 アーデンとダン騎士団長の話には、どの村も関心を持って聞いてくれる。 そして口を揃えて、同じ悩み事を口にする。「なにせ、街道があのひどい状態だろう。途中で荷馬車が壊れたり、農産物が傷んだりするのは当たり前。しかも、治安が悪いところでは賊に襲われたりするんだ。それをこれから、騎士団の人間が行き来することになれば、賊も手が出せないから治安が良くなるという期待も出来る。こちらとしては助かるが、しかし値段がどれぐらいか…」 アーデンはこの問いに胸を張って答える。 横にいるダン騎士団長も同じく、初めてアーデンに会った時のような威圧的な態度を出さないように努める。 「この事業は皆さまが納めてくださっている税金も投入する予定ですので、季節による変動
Last Updated: 2026-07-12
Chapter: お飾り妻の手腕「まずは街道の整備と街のシンボルである大聖堂の修復は絶対ね。それと子どもたちにはちゃんとした教育も必要ね。忙しくなるわ」 屋敷に戻ったアーデンは執務机で何ページにも渡る計画書・予算収支書等を練り上げていく。 何日も何日も遅くまで執務室に籠る日々が続いた。 その間に屋敷の外壁も屋根も修理されて、綺麗になったことも全く気付いていない。 「司祭様、本日はお時間をいただきありがとうございます。お初お目にかかります、アーデン・モルガンでございます。以後、お見知りおきください」 アーデンは通された街の大聖堂の客間で、司祭に少し緊張気味に挨拶をした。「これはこれは、新しい領主夫人様ですね。私はここで司祭を務めるオーウェンです。何卒よろしくお願い申し上げます」 恭しくお辞儀をするオーウェン司祭はとても司祭という立場にしては、若い男性だった。アーデンよりは年上だが、きっと30歳ぐらいだろうか。 一見、大人しそうに見えるが、眼鏡の奥の瞳はこちらを警戒しているのが見てとれた。「領主夫人、私は1年前までここで司祭をしていた祖父が亡くなりましたので跡を継いだのですよ」「そうだったんですね」 アーデンの心を見透かしたかのような説明に、アーデンはぎこちなく微笑みながら、落ち着こうと出されたお茶を手に取り、一口飲んだ。「今日のお話というのは?」 アーデンは早速、徹夜で書き上げてきた「領地改革」の資料をオーウェン司祭に見せる。大聖堂の修復の提案と、その費用の捻出について説明をはじめた。「なるほど。領主様が大聖堂の修復の費用を6割負担してくださると。そのかわり条件として、私達が子どもたちのための学校運営に関わるということですね。その学び舎は領主夫人が個人で費用を負担してくださると言うことですね」 アーデンは大きく頷いた。「決して大聖堂の皆様にも司祭様にも悪い話ではないわ。学校運営が上手くいけば学費という収入が定期的に入るし、教育で生活水準も上がると街が活性化するわ。そうなると寄付金も今よりももっと集まるかもしれませんよ」 つい力説してしまったアーデンを見て、オーウェン司祭は大きな声で笑い出した。「貴女って人は面白いひとですね。まるで領主夫人らしくない。そんな貴女の話に乗ってみたくなりました。ぜひ、一緒に事業をさせてください」「ありがとうございます!」 ふた
Last Updated: 2026-07-02
Chapter: お飾り妻の提案 春の街道を窓を開けた馬車に揺られて走るのは大変気持ちがいい。 心地よい風と、花や草の青臭い香りが僅かながら、ふわぁと漂っており、春を感じずにはいられない。 沿道に茂る木々は芽吹いてきており、これからの新緑の季節が楽しみだ。 そんな季節とは裏腹にアーデンの心はあの氷のような次期宰相候補ルーカス•モルガンの冷気に当てられたからなのだろうか、ブリザードが吹き荒れており真冬のままだ。 あの衝撃的な陛下の告白と提案、わが夫となったルーカス・モルガンの話し合い無き強制で、訳も分からぬうちに公爵夫人となってしまったアーデンは文官を辞し、いまはモルガン公爵家領地にひとり向かう馬車の中にいた。「「亭主は元気で留守が良い」なんてこのことよね。顔は好みだけど、一緒にいてあの冷酷さに耐えられるのかと問われると別問題。別居できてよかったわ」 春の光が眩しい窓の外をのんびり眺めながら、アーデンは自分に言い聞かせるようにぼそっと呟く。 実家の借金返済のためにとうに諦めていた結婚も、実家の借金の棒引きという有り得ない破格の提案で結婚も出来たのだから、多くを望んではいけないことも、自分がお飾り妻であることも理解はしているつもりだ。 それでも、少しはルーカスと歩み寄れると期待していた。 それに、陛下はモルガン公爵家がこれから代々続くことを切望されていての今回の借金棒引きの結婚の提案だけに、跡継ぎを作ることは必須だ。 でもルーカスに最初から「関心を持つことはない」と言われ、これから先、アーデンがどんなにルーカスに関わろうが関心を持たれないと思うと虚しくなった。 子作りだけでも励まなければ、これでは莫大な借金を棒引きしてくださった陛下に申し訳が立たない。 「落ち込むなアーデン!公爵領地で自由に生きよう!子作りのこともこれからのこともあとで考えたら大丈夫!」 目先の問題を棚に上げて、自分で自分を励ますように広い馬車の隅で自分を温めるように抱きしめた。☆☆☆ 「奥様、お待ちしておりました」 出迎えてくれたのは、彼が信頼できる執事と言っていた執事のロッド、侍女長のステラ、料理人ニック、御者兼庭師ゴードンの年老いた4人だけだった。 見上げた屋敷は大きい。確かに大きいのだけど、屋根や外壁の痛みが良く目立つ。さながら幽霊屋敷? 実家の貧乏侯爵家に負けず劣らずのボロボロ屋敷だ
Last Updated: 2026-07-01
Chapter: 次期宰相候補の提案 陛下の提案を受けてから、翌日には結婚の話が進むこととなった。 ルーカス・モルガンは陛下の実弟公爵夫妻が何年前かに事故でお亡くなりになっているので、若くして公爵家を継いで現在は当主だ。 相当な仕事人間であり、冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補として有名だ。仕事では無表情で理路整然と話し追求してくるため、人知れず泣いた文官は数知れずだ。 アーデンは彼と学園で同級生だったことはよく覚えていた。 彼を学園の図書室でよく見かけたからだ。 彫像のように美しくそして常に成績も首席で身分も高い彼は、学園の女生徒から憧れの的で大人気だった。彼を執拗に追いかける女生徒達に囲まれていることも多く、しばしばそのような場面を見かけた。 ただアーデンは興味も持てずその輪には加わらずに「大変そうだな」と遠巻きに見ているだけだった。 ルーカス・モルガンは女生徒達に追いかけ回されるのが相当苦痛だったのか、図書室によく逃げ込んできていた。ここなら会話も必要最低限しか許されないし騒げないからだ。さすがにここまで追ってくる女生徒はいなかった。 だから何度か、図書室で季節の話と本の話を彼と会話をしたことがあった。 もしかすれば、あの時に会話を交わした女生徒だと、少しは自分のことを覚えてくれているかも知れない、これから少しずつお互いを理解し合えば、結婚生活は上手くいかもしれないという淡い期待があった。 しかし、その淡い期待はすぐに打ち砕かれることとなる。 ルーカス・モルガンから執務室に来て欲しいと呼び出しがアーデンに来た。 「執務室?」 仕事のこと? でも彼がわたしを呼び出すのは、昨日の結婚の件しかない。呼び出しに嫌な予感しかしなかった。「トンプソン嬢、昨日、陛下にお会いしたそうだな。私との結婚について了承していただいたと伺った」 久しぶりに見た彼はやはり彫像のように美しかった。しかし、目を合わせようとしない。「はい、昨日陛下とお会いしまして、モルガン様との結婚のお話をいただき、進めていただきますようにお願いをしました」 無表情で金縁の眼鏡を外しながらアーデンの話を聞くと、ルーカス・モルガンはようやくアーデンの方を見た。 向き合ったルーカス・モルガンを改めて見ると、やはり陛下に似ている。 金髪はほぼ陛下と一緒だ。 (学園にいた頃から綺麗な方だっ
Last Updated: 2026-06-28