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花宮守
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Novels by 花宮守

愛は星影に抱かれて

愛は星影に抱かれて

天霧鈴(あまぎりりん)、27歳。記憶喪失。自分の名前さえも忘れていた彼女を、病院から自分の別荘へと連れてきたのは、従兄の天霧晧司(あまぎりこうじ)、38歳。大変な資産家。鈴の回復に一喜一憂し、献身的に寄り添う。病院で意識を取り戻してから数か月、彼が教えてくれるものが世界のすべて。彼は甘く優しく世話をしてくれるけれど、この生活は、どこか山奥に閉じ込められているようにも思える。 ある日、鈴と同い年の男性、影野夕李(かげのゆうり)が現れたことにより、事態は大きく動き始める――。 全250話前後を予定。 【その他の登場人物】 春日雷斗(かすがらいと)、明吉七華(あきよしななか) 晧司の部下
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Chapter: 第2章 光と影の間で 第27話
 彼はスープを飲み干し、「少し眠るよ。そばにいてくれないか」と言った。「はい」と答え、ベッドの縁に座った。 数分後、規則正しい寝息が聞こえてきた。そっと立ち上がり、肩までブランケットを引き上げた。窓は半分だけ閉め、抜き足差し足でいったん部屋の外へ。お皿を下げ、自分のスマートフォンを持って彼の寝室へと戻った。 椅子に座り、彼の呼吸を聞きながら春日さんにメールを書いた。『晧司さんが二日酔いと、風邪も引いているようです。二日酔いの方はリクエストされたドリンクを作ったのですが、どこかに風邪薬はあるでしょうか? 今朝はスープを飲みました』 送信すると、すぐにSMSが入ってきた。『今、話せますか?』『晧司さんがそばで寝ていますが、部屋を出れば』『ではそのままで。鬼の霍乱ですね。あのドリンクを飲めたのなら心配はいらないでしょう。風邪薬はリビングの引出し、上から三段目にあります。甘やかすのはほどほどに』「甘やかすって……」 思わず呟いた。晧司さんが酔った理由も、風邪を引くほど弱ったわけも、春日さんにはお見通しかもしれない。 もう一人、連絡しなければならない人がいる。夕李。昨日、傷つけてしまったのに、「愛してる」と暗号で伝えてくれた。あのあと、彼からの連絡は入っていない。深く息を吸って、文面を考えた。『晧司さんが風邪気味で、今日は一日看病します』 昨日、ホテルに行くまでの間は、これからも会える時は毎日でも会って、関係を深めていくのだと思っていた。けれど、こうなってしまってはもう――。下書きをした文章の最初か最後に、昨日はごめんなさい、と書いてもよいものかどうか。それを書いたら、永遠に終わってしまう気がした。 終わりで、いいんじゃない? 終わりにしなくては――夕李のために。 私の心も体も、どうしようもなく晧司さんに結びついている。それがわかった以上、夕李を縛り付けることは許されない。彼との時間は、とても楽しかったけれど……。 迷って、画面を閉じることもできずにいると、新着メールが入ってきた。「あ……」
Last Updated: 2025-05-01
Chapter: 第2章 光と影の間で 第26話
 爽やかな朝の空気で満たされていく部屋の中、唇で熱を分け合う。このまま、昨夜の続きになだれ込んでも構わない……彼の手の力も強まっていくし……ああでも彼は体調が悪いんだった!「ン……はぁっ……晧司、さん」 ぽんぽん、と肩を叩くと、「もっと」という目をされた。二日酔いで、たぶん風邪も引いていて、私を抱いてしまった後悔の塊を抱えながらも、触れればこうして求めてくれる。彼が元気を取り戻せば、もう少し冷静に話ができると思うから……今は、看病が優先。「スープ、飲みましょう? 具がすっかり溶けているので、喉にはあまり障らないと思います」 髪を撫でて言い聞かせると、拗ねた子供のように頷いて体を離した。かわいいっ! 事態はなかなかに複雑なのに、胸がキュンキュン騒ぐ。スープを取る前に窓を少し閉めようと動くと、くいっと服を引っ張られた。……それ、ちょっと前の私がやるならともかく、晧司さんが。かわいくて悶え死にそう。「窓を閉めるだけ……すぐですから」「そのままでいい。だから……」 ――離れたくない。 瞳に浮かんだ心の声に、負けてしまった。彼が眠っている時に、こっそり閉めればいいかな……。「わかりました」 よしよしと宥めて、お盆ごとスープをベッドの上へ。新鮮な野菜が溶け込んだトマト味。持ち手のついているカップだから一人でも飲めそうだけど、試しに私の手で口元に持っていった。彼は満足そうにそれを受け入れ、こくんとひと口飲んだ。こくん、こくんと吸収されていく栄養。支えるでもなく彼の背に手を添えると、言いようのない安心感が生まれた。おそらくこの距離は、私たちにとってごく自然なもの。 脳裏に焼き付いた指輪の輝きは、いつかはその意味を知らなくてはならない。怖いけど、今の私にできるのは、現在と未来をしっかり生きていくこと。怯まずに明日を迎え続けていけば、過去の点と結びつく瞬間が、また訪れるだろう。 古代の人々は
Last Updated: 2025-04-27
Chapter: 第2章 光と影の間で 第25話
 額から唇を離した時、伸びてきた腕に閉じ込められた。弱ってはいても、彼の力は難なく私を引き寄せ、隣に寝かせてしまう。じっと見つめられ、言葉を発するのがもったいない気がした。晧司さんがまた拒絶の言葉を口にするまでは、彼と私はひとつなのだと感じていられる。「……」「……」 二人とも、何というか……頑固だ。 彼は、指輪のことを問われるのを待っているのかもしれない。私は、聞きたくない。いくつかの可能性が考えられるけれど、どれも確信を持てないから。 私の記憶が戻るのを、彼が待っているのかどうかも、わからなくなってきた。私の中に、行き場を求めて壁の向こうから叫び続けている記憶があるように、彼の中にはたくさんの言葉が詰まっているのだろう。私は何らかの原因で記憶を封じられてしまい、晧司さんはそのために言葉を……想いを封じた。 開いた窓からは、朝の緑の香り。淫夢のような昨夜が、一秒ごとに過去になる。「あのドリンク、作ってみました。飲みますか?」 小さく問うと、力なく微笑んで半身を起こした。机の上のグラスを取り、手渡す。私には大きめのグラスが、彼の手にはすっぽりおさまっている。 彼は、片手でしっかりと私の腰を抱き、ぐいっとグラスを煽った。お世辞にも、あの……おいしそうではないんだけど、大丈夫なのかしら。ごくごくと、喉が動く。息をついたら残りを飲むのがいやになるから、無理やり飲み込んでいるみたい。味見はしてないけど……苦いんだろうな。「はぁ……」 グラスが空になった。ため息とともに下りてきたそれを受け取り、机に置いた。「さすがだ……ゴホッ。見事に、コホン、再現されている」「よかったです、って……言っていいんでしょうか」「もちろんだよ。ありがとう……ふぅ」 残った苦味を持て余すように、唇を曲げている。 ――良薬口に苦し、ですよ。 あの言葉のあと、『彼女』はどうするかしら……と考えて、キスをした。口内に残るドリンクの味が伝わってくる……こ、これはっ。こんなものが二日酔いに効くの!? 本当に!? 晧司さんは、丸く見開いた目を徐々に細めて、口直しと言わんばかりに私の唇を味わった。あ……苦味が薄れてきた……甘い甘い、彼の想い……。
Last Updated: 2025-04-24
Chapter: 第2章 光と影の間で 第24話
 心臓が飛び出しそうになった。いけないと思いながらも奥を覗くと、もうひとつ。やや大きめの、同じデザインの指輪があった。 「晧司さんの……」  指輪の跡は、これだったんだ。手前に転がってきたのは、彼が誰かに贈ったもの。私の指にも、合いそうだけど……。  自分の左手薬指に通そうとして、我に返って思いとどまった。指輪のサイズが合うからって、何なの。これが私のものなら、彼は私をそれにふさわしい間柄だと明かせばいい。日本は従兄妹同士だって結婚できる。  私が彼と深い関係にあったのなら……離れないと誓った仲なら、「関わってはいけない」という言葉はおかしい。夕李とのデートを黙認するはずもない。晧司さんは私に対する執着を隠さないのに、一方で突き放そうとしてくる。  ゴホッ  壁を通して、咳き込んでいるのが聞こえた。指輪を奥へ戻し、ノートだけを持って書斎を出た。今は、自分にわかることをしよう。「思うままに進んでください」と言ってくれたのは、春日さん。七華さんも、記憶を失う前の私に「社長を信じてあげてください」と。何よりも、私の心と体があの人を受け入れた。そばにいたい。連れてこられたからではなく、自分の意志で。 「……ふぅ」  キッチンのカウンターにノートを置き、ドリンクの材料を用意しながら頭を整理した。彼は、わざとあの引出しを私に見せたのだろうか。決断させるために。それとも、意識が朦朧としていて、うっかりした? 今頃、頭を抱えていたりして。指輪のことは、見なかった振りをした方がいいのかもしれない……。  お盆に乗せたスープの横に、並々とドリンクを注いだグラスを乗せたところで、気が付いた。ノートの存在を忘れていたことに。 「私……」  キッチンに入ってから、レシピを一度も確認せずにドリンクを作っていた。書斎でちらっとそのページを見たとはいえ、今は閉じている。材料も器具も、無意識に整えていた。 「体で覚えてた……?」  それなら、さっき浮かんだ会話も記憶のかけらということになる。私は、晧司さんが二日酔いに悩まされた時に、効果覿面のドリンクを作ってあげる立場にあった……あの会話には、お互いを甘やかすような親密な雰囲気が漂っていた。親しい従兄妹なら……まして昨夜のようなことをする仲だったのなら、何の不思議もない。  重いお盆を持って、寝室へと戻る。五か月前、病院
Last Updated: 2025-03-31
Chapter: 第2章 光と影の間で 第23話
 ふぅ、と息を吐いた彼は、また体の向きを変えて天井を仰いだ。まだ私の顔を見るのが辛いのか、腕で半分顔を隠している。 「わかった……」  ガラガラの声は、しゃべらせるのがかわいそうになってくる。風邪かもしれない。薬を探して、見つからなかったら春日さんに聞いてみよう。 「すぐ戻りますね」  まずはスープと温かいお茶を持ってこようと、ベッドを離れる私を、「待ってくれ」と引き止めた。 「では……別の頼みだ。こういう時に効くドリンクがあるから、作ってくれないか。レシピは私の書斎の引出しに入っている。上から三番目だ。……これで、鍵が開くから」  貴重品入れから取り出したキーホルダーの中から、一番小さな鍵を示す。 「わかりました」  頼ってくれたのが嬉しくて、廊下を隔てて隣り合っている書斎へと急いだ。 上から三番目の引出しを開けると、ノートが入っていた。ほかにレシピらしきものはないから、これに違いない。開くと、ほとんどのページに新聞の切抜きが貼ってあった。内容は、様々なお料理の作り方。   大きなショッキングピンクの付箋を立てたページがあり、開いてみると、二日酔いに効くドリンクの作り方が書かれていた。何かの物語に出てきたレシピを書き抜いたものらしい。ワープロ打ちをしたものを、プリントアウトして貼ってある。白い紙の余白からノートの罫線まではみ出して書かれているのは、晧司さんの字だった。 『……を足すのはどうだろう?』  何を足すのかは、字がほとんど消えていて読めない。字の横に書かれた三角は、却下ではないけど即採用でもない、という意味に見える。  ――いいんだけどね。もう少し、こう、味がまろやかにならないものかな。  ――良薬口に苦し、ですよ。 「あれ……?」  ふっと浮かんだ会話。晧司さんと……私? 「想像しただけ……だよね」  ショッキングピンクの付箋は、晧司さんの寝室の、机の上にあったのと同じ種類だろう。とすると……。  思案しながら引出しに手をかけると、手前に傾き、奥からコロンと転がってくるものがあった。金の指輪――。
Last Updated: 2025-03-31
Chapter: 第2章 光と影の間で 第22話
 目が覚めたのはお昼過ぎ。体もベッドも綺麗になっていた。光が眩しい。カーテンを開けると、台風は通り過ぎていた。乱暴な洗濯機の中に放り込まれていたような世界は、すっかり洗われて輝いている。  何も着ないでベッドから出た私の体には、晧司さんに愛された赤い痕。そこに触れただけで、熱い瞬間がよみがえる。お腹の奥に残る充実感。 「なぜ……」  疼く胸は、私が忘れた答えを知っている。昨夜、私は晧司さんのもので、晧司さんも……私のものだった。決定的な言葉はなかったけど……。  カーテンを握りしめて嵐の夜を反芻していると、どんどんいけない気持ちになっていく。振り切るように、シャワーを浴びにいった。 怠い体を励ましてリビングへ行くと、晧司さんの姿はなかった。情事の名残は拭い去られている。部屋の様子は、昨夜私が帰ってきた時とあまり変わらない。 「まだ起きてない……?」  彼の寝室は、私の部屋の隣。静まり返っていたから、もう起きているものだと思っていた。引き返して寝室の前まで行くと、中から扉が開いた。重い足取り。前髪が乱れ、顔色の悪い晧司さんが、私を見て瞳を揺らした。素肌に夏のガウンを纏っている。 「リン、昨夜は……」  声もひどい。体がふらついて、私の方へぐらりと倒れそうになったのを、壁に寄りかかってかろうじて支えている始末。 「二日酔いですね……」 「そんなことはいい。昨夜はすまなかった。私は君に……ゴホッ」 「『そんなこと』じゃありません。ベッドに戻ってください。私につかまって」  頭痛に障らないように声を落とし、彼を寝かせて窓を開けた。 「少し、空気を入れ替えますね。冷製のスープがあるから、持ってきましょうか?」 「うん……それもいいが、頼みがある」 「何でも言ってください」 「春日を呼んで、君はこの部屋には近付かないことだ。無理に私の世話を焼く必要はないんだよ」 「春日さんですか? 明日みえますけど、その前にお仕事のお話があるなら……」 「そうじゃない。こんな男に関わってはいけないと言っているんだ」  私に向けた背中は、反対のことを訴えている。リン、行かないでくれ――っ
Last Updated: 2025-03-30
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