そして、放課後。
私は中村透真――いや、ヘンリーを引き連れ、龍が待つ場所へと急ぎ足で向かっていた。
あの衝撃の発言を受け、私は見事にパニック状態に陥った。
ヘンリーが中村透真?
中村透真がヘンリー? あーっ、わけわからん!そんな私の混乱ぶりを見かねたヘンリーが、ニコニコと微笑みながら言った。
「話、長くなりそうだからさ。放課後、流華の家で説明するよ。ここじゃなんだし」
その顔はまさに、ヘンリーそのもの……って、そりゃそうなんだけど!
もう、ややこしいっ!でもまあ、一度冷静になるためにも、彼の提案を受け入れることにした。
休み時間になると、クラスメートたちがヘンリーを取り囲み、尋問大会が始まった。
「ヘンリーじゃないの?」
「なんで顔そっくりなの?」 「如月さんとどういう関係?」執拗な質問が次から次へと飛び交う。
しかしヘンリーは、終始ニコニコと笑顔のまま、巧妙にスルーしていく。
結局、まともに答えられてはいないのに、彼のあの天然人たらしぶりに、みんな何となく納得させられてしまっている。
……やっぱり、ヘンリーだ。
そんな様子を黙って観察していると、貴子がずいっと私の隣にやってきた。 案の定、中村透真のことについて詳しく聞きたがる。うん、まあ……そうなるよね。
私は半ば呆れつつ、「明日、説明するから」の一点張りでなんとかごまかした。私自身、まだ状況がよくわかってないんだし。
まずは自分が理解しないと。貴子は納得していないようだったが、最後には渋々引き下がってくれた。
「明日、ちゃんと話してもらうからね!」と、キツめに念押しされちゃったけど。
放課後、校門を出ると、私はいつもより速いペースで歩き出した。
その隣には、ヘンリーがぴったりとついてきている。ヘンリーという嵐が我が家に戻ってきて、騒々しかった昨日が嘘みたいに平穏な朝が訪れた。 私は、いつものように並べられた龍の手作り朝食に箸を伸ばす。 その瞬間――。「ピンポーン」 玄関のチャイムが鳴り響いた。 朝から誰だろう? 呑気にそんなことを考えつつ、ほんのり感じる胸騒ぎは……見て見ぬふり。 しばらくすると、廊下を歩く足音がこちらへと近づいてくる。 組の者が居間の前で立ち止まり、丁寧にお辞儀をしたのが視界の端に映る。「失礼します、お嬢。お客様です」 その声に、胸の奥で不穏なものが渦巻いていく。 ふと龍に目を向けると、彼もどこか複雑そうな顔をしていた。 たぶん、考えていることは同じ。「もしかして……」 私は箸を置き、急いで玄関に向かって歩き出した。 すぐ後ろには、龍の気配が続く。 きっと彼も何かを感じ取っているのだ。 いてもたってもいられないのだろう。 そして、玄関に立った私は――「あ、流華! おはよう〜っ!」 満面の笑みを浮かべながら、元気よく手を振る中村透真……じゃない! ヘンリーと目が合った。 ……やっぱり。 予感が的中していたことに、私は深くため息をついた。 げんなりしつつも、彼の屈託ない笑顔を見たら、無下にもできない。「お、おはよう……ヘンリー。どうしたの? こんな朝から」「え? 流華と一緒に学校行きたくて、迎えに来たんだよ!」 無邪気にそう答えるヘンリー。 私はそれ以上何も言えず、ひきつった笑顔を返すだけだった。 見た目は中村透真、中身はヘンリー……。まだ慣れない。 中身と見た目がチグハグすぎて、私の思考はぐるぐるするばかり。 でも、二人とも似てるから、見慣れてくると違和感は薄れてくる……はず。 いや、やっぱり複雑。「そう……でも、今ごはん中だから。悪い
そのとき、コホンっと咳払いが聞こえた。 視線を向けると、龍が恐ろしいほど冷静な顔で、ヘンリーを睨んでいる。「龍……もう昔みたいに、暴れないでね」 私は隣に座る龍に、そっと耳打ちした。 すると、彼は固い笑顔を作りながら私を見る。「当たり前じゃないですか……お嬢は、何を心配しているのですか?」 その言葉に合わせて、こめかみには青筋が浮いている。 その笑顔、ひきつってるし。 いや、怒ってるじゃん! ヘンリーは今の状況を理解しているのかいないのか、私に向かって無邪気に詰め寄ってきた。「僕、流華にもう一度会えて、すごく嬉しい。 もう二度と会えないのかと思ってたから……」 至近距離まで迫ってくるヘンリー。 そのまま、私の手をぎゅっと握りしめてきた。 突然の行動に、鼓動が跳ね上がる。「ヘンリー……」「僕、流華のこと、まだ――」 と言いかけた瞬間だった。 ドガァッ! すさまじい轟音とともに、龍の鉄拳がヘンリーに命中した。 ヘンリーは勢いよく吹っ飛び、上半身を壁にめり込ませた。「ヘンリー!」 私は慌てて、壁に刺さったヘンリーの元へ駆け寄る。 ピクピクと動いている彼の足をつかみ、勢いよく引っ張る。 何とか救出に成功し、振り返って龍に怒鳴った。「龍っ!」 しかし龍は、しれっと知らぬ顔でそっぽを向いている。 ……前にもあったな、こんなこと。デジャヴ。 ほんと、こういうところは子どもなんだから。 でも、なんだかその懐かしさに、少し笑ってしまう。 昔を思い出しながら微笑んでいると、今度はヘンリーが嬉しそうに覗き込んできた。「あ、流華、笑った。 やっぱり流華の笑顔はいいね。……可愛い」「なっ――!」 久しぶりに聞くヘンリーの甘い言葉に、思わず顔が熱くなる。
目の前には、中村透真の姿をしたヘンリーが、にこにこと微笑みながら私たちを見つめている。 居間には、私と龍、祖父、そしてヘンリー(中村透真)が揃い、膝を突き合わせていた。 こちらサイドの三人は、お互い神妙な顔で視線を交わす。 それぞれ考えていることは、たぶん同じだ。 「じゃあ、僕がなんで中村透真の中にいるのか、経緯を話すね」 ヘンリーは私たちを順番に見つめ、めずらしく真剣な表情で語りはじめた。 元の世界に帰ったあとも、ヘンリーは毎日、私のことを想って暮らしていたという。 それはもう、深く強く……だそうだ。 そして一年くらい経ったある日。 私のことを想いながら眠りについたヘンリーは、夢の中で中村透真と向き合っていた。 妙にリアルなその光景に、現実なのか夢なのか、最初は区別がつかなかったらしい。 彼は、じっとヘンリーを見つめ続けていた。 最初は戸惑ったヘンリーも、勇気を出して話しかけてみた。 すると、ちゃんと返事が返ってきたらしい。 二人は会話を交わし、ヘンリーはそのうち、私のことを熱く語りはじめた。 募る想いを、切々と。 中村透真は、それを嬉しそうに聞いてくれていた。 たくさん語り合ったあと、彼は黙り込んで、何かをじっと考える素振りを見せた。 そして、静かに言った。「ヘンリーに、僕の体を貸すよ」 中村透真は、ヘンリーが自分の体を通して、私に会いに行けるようにしてくれた……そうだ。 本当にそんなことができるのか? その時はよくわからなかった。 でも、ヘンリーは彼の想いを素直に受け取り、喜んでそれを受け入れた。 気がつけば、彼の中にヘンリーの意識が入り込み―― そして今、中村透真の体を使って、ここにいる……らしい。 じゃあ、中村透真の意識は? 今は眠っているということだろうか。 でも、次はいつ入
そして、放課後。 私は中村透真――いや、ヘンリーを引き連れ、龍が待つ場所へと急ぎ足で向かっていた。 あの衝撃の発言を受け、私は見事にパニック状態に陥った。 ヘンリーが中村透真? 中村透真がヘンリー? あーっ、わけわからん! そんな私の混乱ぶりを見かねたヘンリーが、ニコニコと微笑みながら言った。「話、長くなりそうだからさ。放課後、流華の家で説明するよ。ここじゃなんだし」 その顔はまさに、ヘンリーそのもの……って、そりゃそうなんだけど! もう、ややこしいっ! でもまあ、一度冷静になるためにも、彼の提案を受け入れることにした。 休み時間になると、クラスメートたちがヘンリーを取り囲み、尋問大会が始まった。 「ヘンリーじゃないの?」 「なんで顔そっくりなの?」 「如月さんとどういう関係?」 執拗な質問が次から次へと飛び交う。 しかしヘンリーは、終始ニコニコと笑顔のまま、巧妙にスルーしていく。 結局、まともに答えられてはいないのに、彼のあの天然人たらしぶりに、みんな何となく納得させられてしまっている。 ……やっぱり、ヘンリーだ。 そんな様子を黙って観察していると、貴子がずいっと私の隣にやってきた。 案の定、中村透真のことについて詳しく聞きたがる。 うん、まあ……そうなるよね。 私は半ば呆れつつ、「明日、説明するから」の一点張りでなんとかごまかした。 私自身、まだ状況がよくわかってないんだし。 まずは自分が理解しないと。 貴子は納得していないようだったが、最後には渋々引き下がってくれた。「明日、ちゃんと話してもらうからね!」と、キツめに念押しされちゃったけど。 放課後、校門を出ると、私はいつもより速いペースで歩き出した。 その隣には、ヘンリーがぴったりとついてきている。
ヘンリーと同じクラスだった生徒も、何人かこのクラスにいる。 そのせいで、ざわつきはさらに大きくなっていた。 生徒たちの視線が、私と彼に交互に注がれている。 驚きと戸惑いの入り混じった目が、教室中にあふれているのがわかった。 だって、ヘンリーがこの学校にいたとき、私にゾッコンラブだった姿は、みんなの記憶にしっかりと焼き付いているはずだから。 「え? どういうこと?」 「なんで?」 ――そんな声が、今にも聞こえてきそうだ。「えー、みんな驚いてるだろうけど。彼はヘンリー君じゃありません。 中村透真君です。 本人の希望により、今日からこちらの学校に転入してきました。 みんな仲良くしてあげてね」 担任の先生がそう言って、中村透真に目配せを送る。 彼は一歩前に出て、礼儀正しくお辞儀をした。「中村透真と申します。どうぞ、よろしく」 その笑顔は、私が知っている中村透真のものじゃなかった。 まるで、ヘンリーを彷彿とさせる……そんな微笑みだった。 え……まさか、ね。 そんな摩訶不思議なこと、もう起こらない。 起こるわけ、ない。 いやな予感が頭をかすめ、私は慌てて頭を左右に振った。 ホームルームが終わると、私は迷うことなく中村透真のもとへ駆け寄った。 そのまま、彼の腕をぐいっと引っ張って教室を飛び出す。 誰もいない廊下に彼を連れ込み、あたりを素早く確認する。 誰もいないことを確かめてから、私は呼吸を整え、彼の顔をじっと見つめた。 もう一度、ゆっくりと確認する。 何度見ても、やっぱり中村透真にしか見えない。「中村……透真君、だよね? なんで、うちに転校してきたの?」 恐る恐る尋ねると、彼はニコッと笑った。 そして、元気いっぱいの声でこう言った。「流華、僕だよ。ヘンリーだよ!」 その瞬間――
ホームルームを知らせるベルが、教室に鳴り響いた。 おしゃべりしていた生徒たちが、一斉に自分の席へと戻っていく。 その様子を、既に着席していた私は、どこか余裕のある表情で眺めていた。 さっきまでマシンガントークを披露していた貴子も、話すのをやめ、私にひらひらと手を振りながら席に戻っていく。 そのとき、不意に教室前方のドアが開いた。 担任の先生が入ってくる。 ……そのすぐ後ろから、一人の生徒が続いた。 その瞬間、思わず目を大きく見開いた。 心臓が口から飛び出しそうになる。 慌てて立ち上がった拍子に、ガタン! と椅子が派手に鳴り響いた。 教室内もザワザワと騒がしくなる。 誰かがその生徒を凝視し、何かを口走ったかと思えば、指を指す者まで現れる。 それも当然だ。 だって、そこに立っていたのは―― “中村透真”だったから。 中村透真。 彼は私の恩人であり、以前、私のもとにタイムスリップしてきたヘンリーの生まれ変わりでもある。 ……話は、一年ほど前に遡る。 私はある日突然、暴漢に襲われた。 如月組を敵視している連中が仕組んだことで、私を人質にしようと考えたのだろう。 いきなり、強靭な男が襲いかかってきた。 あのとき運悪く、いや、あえてその時を狙ってきたのかもしれない。 いつもそばにいてくれる龍は、大事な会議に出ていて、近くにいなかった。 ふいを突かれた私は、男に拉致されそうになる。 そのとき、現れたのが中村透真だった。 彼は私を助けてくれた。 だが、その代償にひどい怪我を負い、植物状態になってしまった。 その後、ヘンリーが私のもとへタイムスリップしてきた。 そして私とヘンリーは、急速に惹かれ合っていくことになる。 最初は戸惑った。 どうしてヘンリーにこんなに惹かれるのか、不思議でならなかった。 けれど後に、それが