ちょっとしょんぼりしながら、なんとなくヘンリーのお弁当を覗く。
え?
ヘンリーのお弁当も、龍が作ったものではないか!まさかの事実に、私は目を見開き、お弁当とヘンリーの顔を交互に見比べる。
あんなにいつも喧嘩してるのに……作ってあげたんだ。
っていうか、いつ渡してたの? 私の知らないうちに――二人の関係に、ちょっと衝撃を受けた。
ぽかんとしていると、今度は貴子が私のお弁当を覗き込んできた。
「いいなあ、龍さんのお弁当〜! 私も一口っと!」
そう言うと、唐揚げをひょいっと摘み上げる。
「あっ! 何すんのよ!」
私の怒りは空振り。
唐揚げは貴子の口の中へ消えた。「おいひぃ〜。これ、冷凍のじゃないよね?
龍さん、朝から作ってんの? 超手間暇かけてさあ……愛だねえ」貴子は、幸せそうに目を細めながら、ぶつぶつとつぶやいている。
私はふくれっ面で彼女を睨んだ。……龍の唐揚げ、好物なのに!
「はい、僕のあげるよ」
ヘンリーが、そっと自分のお弁当から唐揚げを取り出し、私のお弁当の中に入れてくれる。
「え、いいよ! ヘンリーが食べなよ」
慌てて返そうとすると、ヘンリーはにっこりと最上級の微笑みを向けてきた。
「ううん、いいんだ。
僕の幸せは、流華の喜ぶ顔を見ることだから。 それだけで、もうお腹いっぱいだよ」その笑顔に、思わずキュンとした。
唐揚げとヘンリーの顔を交互に見つめ、ため息をつく。「……ヘンリー、ありがとう」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
久しぶりに感じる、彼の優しさとぬくもりに、目頭が熱くなってしまう。こういうのも、懐かしい……。
やっぱり、ヘンリーは優しいね。私が微笑むと、ヘンリーも嬉しそうに頷いてくれる。
「う……ここにも愛がっ!」
貴子が胸を
先ほどから何も言葉を発しようとしない龍のことが気になり、私はそっと視線を動かした。 すると、悲しげに揺れる瞳とぶつかる。 龍は切なげな表情で私を見つめていた。「お嬢……」 その声は、いつになく沈んでいて、力がない。 私は改めて龍に向き直り、彼の手をぎゅっと握りしめた。 そして、動揺を隠し切れずにいるその瞳を、まっすぐに見据える。「龍、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい……。 でも、会うだけだから。ちゃんとお断りするから。 おじいちゃんの願いを、叶えてあげたいの……お願い」 そう言って、握った手に力を込めた。 それに反応するように、龍の瞳が細かく揺れる。 龍は、私の祖父への想いを理解してくれている。 きっと彼もまた、祖父の願いを叶えてあげたいという気持ちは同じなのだ。 けれど―― 龍の瞳は激しく揺らめき続けている。 彼の心の中で、いくつもの想いがせめぎ合っているのがわかった。「龍……私はあなたが好き。愛してる。 だから大丈夫。私を信じて」 ありったけの想いを込めて、私はもう一度、龍を見つめた。「……流華、さん」 龍が、久しぶりに名を呼んでくれる。 心臓が大きく跳ね、全身がふわっとあたたかくなる。 彼に名前を呼ばれると、どうしてこんなに嬉しいんだろう。 愛おしくて、胸がいっぱいになった。 しばし見つめ合ううちに、龍の硬かった表情がふっと緩んでいくのがわかった。「……わかりました。俺は、流華さんを信じています。 だから、大丈夫」 想いを隠すように、彼は静かに微笑んだ。 でも、隠しきれないもどかしさが、笑顔の奥ににじんでいる。「龍……ありがとうっ」 自分の気持ちを抑え、私の想いを尊重してくれた彼が愛おしくて。 体が勝手に動いていた。 そっと踵を上げ、龍へと近づく。
私がひとりで浮かれていると、祖父が困ったような顔で龍を見つめ、そしてふうっとため息をついた。「龍、すまんな……。 だが、その友人は、わしにとって大切な親友なんじゃ。無下にもできん。 ――流華よ、一度会うだけでも会ってみてはくれんか? もし嫌なら断ればいい。……頼む」 祖父は、懇願するような目を向け、軽く頭を下げてくる。「この通りじゃ」「おやめください!」「そうだよ、おじいちゃん、やめて!」 龍があわてて祖父の頭を上げようとする。 私も、思わず声を張り上げていた。 だけど、おじいちゃんがここまで頭を下げるなんて……。 胸が痛い。 おじいちゃんには、本当に感謝している。 両親が亡くなってからというもの、男手ひとつで私を育ててくれた。 誰よりも大切にしてくれて、たくさんの愛情をかけてくれた。 私はおじいちゃんに、頭が上がらない。 いつか、恩返しをしたいと思ってた。 それが、今なのかもしれない。 龍には申し訳ない気持ちでいっぱいだけど……。 祖父への想いが溢れてきてしまう。 そして、つい言ってしまった。「おじいちゃん……わかった。一回会うだけだよ」「お嬢!」 龍の悲痛な叫びに、胸がズキンと跳ねる。 うう……ごめんね、龍。 でも、もう言ってしまった。 祖父を喜ばせたいという気持ちも、本当だった。 私は龍の顔を見ることができなくて、祖父に向かって神妙に頷いた。 その瞬間、祖父の表情が一変する。 さっきまで曇っていた顔に、ぱあっと明るい光が差し込む。「本当か?」「……うん」 隣で、龍が小さく息を呑むのがわかった。 ごめん……今回だけだから。 おじいちゃんのため、だから。 やっとの思いで龍の方へ視線を向けると、 そこには、放心したように前を
ヘンリーが戻ってきてからというもの、なんだかんだで私は皆と楽しい日々を送っていた。 しかし、その平穏を打ち破る出来事が起ころうとは――夢にも思っていなかった。 再会から一か月ほどが過ぎようとしていた、ある日のこと。 祖父がまた、とんでもないことを言い始めた。「流華よ、お見合いじゃ」「は?」 今日は休日。 ここ一か月、ドタバタな日々に少し疲れを感じていた私は、今日はのんびり過ごすと決め、居間でテレビを見ながらくつろいでいた。 ……今のは、空耳か?「おじいちゃん……今、なんて?」 一応確認するつもりで聞き返す。 だけど。「お、み、あ、い、じゃ」 祖父はそう言って、可愛らしくウインクしてみせた。「えーーーっ!! ど、どういうこと!?」 思わず叫んでいた。 突然すぎる衝撃に、頭がついていかない。 そんな話、今まで一度だって聞いたことがない!「お嬢! 何事ですか!?」 私の叫びを聞きつけ、龍がどこからともなく現れる。 驚いた表情で、私と祖父を交互に見つめていた。 祖父は、そんな私たちを見やりながら静かに言った。「まあ……座りなさい」 その声音は、妙に落ち着いていて、けれど不穏な空気をはらんでいた。 警戒しつつ、祖父の指し示す場所に腰を下ろす。 すぐ隣には龍も並んで座った。 彼もまた、顔をしかめ、複雑な表情をしている。 いったい、おじいちゃんは何を考えているの? なんだか……嫌な予感がする。 祖父は、私たちの向かいで胡坐をかいて座り、腕を組むとしばし目を閉じた。 そして、ふうっとひと息ついたあと、口を開く。「わしの古い友人がいてな。まあ、親友ってやつじゃ。 そいつの孫が、ちょうど流華と同じくらいの年でな。流華の話をしたら、えらく気に入ってしまって――
ちょっとしょんぼりしながら、なんとなくヘンリーのお弁当を覗く。 え? ヘンリーのお弁当も、龍が作ったものではないか! まさかの事実に、私は目を見開き、お弁当とヘンリーの顔を交互に見比べる。 あんなにいつも喧嘩してるのに……作ってあげたんだ。 っていうか、いつ渡してたの? 私の知らないうちに―― 二人の関係に、ちょっと衝撃を受けた。 ぽかんとしていると、今度は貴子が私のお弁当を覗き込んできた。「いいなあ、龍さんのお弁当〜! 私も一口っと!」 そう言うと、唐揚げをひょいっと摘み上げる。「あっ! 何すんのよ!」 私の怒りは空振り。 唐揚げは貴子の口の中へ消えた。「おいひぃ〜。これ、冷凍のじゃないよね? 龍さん、朝から作ってんの? 超手間暇かけてさあ……愛だねえ」 貴子は、幸せそうに目を細めながら、ぶつぶつとつぶやいている。 私はふくれっ面で彼女を睨んだ。 ……龍の唐揚げ、好物なのに!「はい、僕のあげるよ」 ヘンリーが、そっと自分のお弁当から唐揚げを取り出し、私のお弁当の中に入れてくれる。「え、いいよ! ヘンリーが食べなよ」 慌てて返そうとすると、ヘンリーはにっこりと最上級の微笑みを向けてきた。「ううん、いいんだ。 僕の幸せは、流華の喜ぶ顔を見ることだから。 それだけで、もうお腹いっぱいだよ」 その笑顔に、思わずキュンとした。 唐揚げとヘンリーの顔を交互に見つめ、ため息をつく。「……ヘンリー、ありがとう」 胸の奥がじんわりと熱くなる。 久しぶりに感じる、彼の優しさとぬくもりに、目頭が熱くなってしまう。 こういうのも、懐かしい……。 やっぱり、ヘンリーは優しいね。 私が微笑むと、ヘンリーも嬉しそうに頷いてくれる。「う……ここにも愛がっ!」 貴子が胸を
時は過ぎ、昼休み。 ここは、学校の屋上。 空を見上げると、灰色の雲と白い雲が入り混じりながら漂っている。 その背後には、青い空が広がっていて、太陽がときどき顔を覗かせていた。 雲の切れ間から差し込む光が、ふっと辺りを明るく照らす瞬間。 私は目を細めた。 雨が降っていなくてよかった。 朝の天気予報では怪しいと言っていたけれど、どうやら外れたようだ。 私と貴子は、いつも屋上でお昼ご飯を食べる。 だけど、雨だった場合は、休憩室に避難することにしている。 休憩室は、生徒の憩いの場。 自動販売機や机と椅子がいくつかあって、それなりに快適だ。 狭いけど、意外と混み合わないのがポイント。 本当は、あそこで食事を取るのは推奨されていないんだけど…… 教室より落ち着くし、先生たちも黙認してくれている。 でも今日は、屋上で大丈夫そう。 空に向かって、私はそっと微笑んだ。 そして今日は、私と貴子、そして……ヘンリーも一緒だった。 それは少し前の出来事。 私はお弁当を手に、貴子と教室を出ようとしていた。 そのとき、背後から間の抜けた可愛い声が聞こえてきた。「流華〜、待ってー。どこ行くの? 僕も行く!」 ――その声の主は、言うまでもなく。 振り返ると、ニコニコと無邪気に笑うヘンリーが私たちの後を追ってきていた。 なんだか、デジャブ…… 。 一年前、いつもこうやって、ヘンリーは私の後を懐いた子犬のように追いかけてきたものだ。 屋上に到着すると、ヘンリーはさっそくベンチへ駆け寄る。 そしてこちらに向かって、ブンブンと大きく手を振った。 本当に、子どもみたいなんだから。 あきれながらも、懐かしく……私は思わず目を細める。 やっぱり、こういうのも悪くない。 三人でベンチに腰
私がぽーっと見惚れていると、外で立ち上がったヘンリーが、今度は不機嫌そうに叫んだ。「ふんっだ! 龍はずるいよ! 流華とずっと一緒にいられるんだから……。僕だって! 僕だって、ずーっと一緒にいられたなら。絶対、流華は僕のことを選んでた!」 自信満々なその言葉に、龍の眉がぴくりと動く。「ほお……えらく自信があるな」「だって、僕だって――」「だが残念だったな。お嬢は、私のことが好きだ。 おまえじゃない、私を愛している!」 ビシッとヘンリーを指さし、堂々と告げる龍。 その堂々たる態度に、私は目を丸くする。 龍って……こんなキャラだったっけ?「僕だって! 流華のこと、世界で一番、いや、宇宙で一番愛してるんだから!」 ヘンリーも負けじと大声を張り上げる。 龍は、まるで挑発を受けたようにキッと睨み返す。「違う! この世で一番、いや、それ以上にお嬢を愛しているのは俺だ!」「ちょ、ちょっと……」 私は両手を振り回しながら、慌てて二人の間に入る。 朝っぱらから人ん家の玄関で、なんてことを叫んでくれるのだ! オロオロと二人を見回していると――。「ほっほっほ〜。朝から元気がいいのぉ」「……おじいちゃん」 いつの間にか祖父がやって来ていて、のんびりと笑いながら私たちを見ていた。 その目は、楽しそうに細められている。「ほれ、おまえたち。早くご飯を食べないと遅刻するぞ」 そう言って、腕時計を差し出された私は、時間を見て飛び上がった。 あれからかなりの時間が経過している。「やばっ! 龍、早くご飯食べて、準備するよ!」「は、はい!」 私は急いでその場から駆け出す。 龍もすぐに後を追ってきた。 背後からは祖父の声が追いかけてきた。「これ! 廊下を走るでない!」 でも、そんなの聞いていられない。 とに