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第834話

Author: レイシ大好き
紗雪なんて大したことない。

いくら警戒していたって、結局は自分に簡単に気を失わされたじゃないか。

所詮は負け犬にすぎない。

そう思うと、緒莉の胸に不安はなくなった。

どうせまだ切っていない切り札が一つある。

それは彼女の最後の手札。

本当に追い詰められるまでは使うつもりはなかった。

だが、無理やり彼女を追い込もうとしてるなら、もう容赦しない。

誰であろうと、結果は同じだ。

行く手を阻む者は、一人ずつ排除するだけ。

幼い頃から、彼女はその理屈をよく理解していた。

欲しいものは、自分の手で掴み取らなければならない。

そうして初めて、確かに自分のものだと実感できる。

だから今も、多くのことを自分の力で勝ち取ろうとしている。

常識外れでない限り、自分の手に余ることでない限り、あの人に頼るつもりはなかった。

切り札を軽々しく晒してしまったら、それはもう切り札ではない。

そのことを、緒莉は誰よりもよく分かっていた。

彼女の胸には不審が渦巻いていたが、今は「敵は暗に潜み、こちらは表に立たされている」状況。

不用意に動くのは危険だ。

まずは辰琉が電話をかけ終えて戻ってくるのを待つべきだろう。

そうして彼は半信半疑のまま外に出て電話をかけに行った。

だが警官は後を追うことなく、悠々と拘留室に残っていた。

緒莉はその様子を見て、心の中の疑念をさらに募らせた。

しかし、声には出さず、成り行きを静観することにした。

時には、先に動くより待つほうがいい。

警官はスマホを渡したが、手錠は外さなかった。

外には同僚も控えている。

だからこそ、安心してここに座っていられるのだ。

どうせすぐに戻ってくる。

上司の言葉からしても、この電話が成功する可能性はない。

ならば、かけさせても問題はない。

緒莉はそんな警官を観察しながら、試しに口を開こうとした。

そのとき、外から突然、大きな声が響いてきた。

「どういうことだ!

俺は父さんの息子だぞ!見捨てるなんて......!」

辰琉の荒々しい声が、拘留室にまで響き渡った。

静まり返った室内では、その声が一字一句、はっきりと聞き取れる。

だが安東父には、それに構っている余裕はなかった。

最近の安東グループの混乱は、彼を完全に追い詰めていた。

どうも一社だけでなく、複数の勢力から一斉に
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