Share

第894話

Author: レイシ大好き
しかし彼女は気づいていなかった。

孝寛の顔色がどんどん険しくなっていることに。

明らかに、受付と二川会長のどちらを取るかといえば、彼が選ぶのは後者に決まっていた。

なにせ後者のほうが、会社にさらなる昇進の機会をもたらしてくれるからだ。

取るに足らない受付一人など、切り捨てても構わない。

「黙れ。今すぐ出て行け」

怒りを押し殺した声で、孝寛は受付を怒鳴りつけた。

受付はびくりと震えたが、それでも孝寛に自分の潔白を訴えたい気持ちがあった。

あまりにも理不尽だった。

ただ仕事をしていただけなのに、こんな仕打ちを受けるなんて。

「私は普通に仕事をしていただけでした。それが間違いだというのですか?」

受付は美月を指さしながら言った。

「悪いのはこの女の人。彼女があまりにも横暴だから、こんなことになったんですよ!」

さらに何か言おうとした瞬間、堪忍袋の緒が切れた孝寛が、彼女を思い切り蹴飛ばした。

「出て行けと言っている。聞こえなかったのか!」

入口を指差しながら怒鳴った。

「さっさと失せろ!」

受付はなおも言いかけていたが、その一言で口をつぐみ、何も言えなくなった。

まさか、孝寛がこんな態度を取るなんて。

彼女は当然、庇ってくれると思っていた。

だが蓋を開けてみれば、冷たく突き放され、挙げ句「出て行け」とまで。

まさしく、利用し終えたら切り捨てるというやつだ。

怒りに満ちた孝寛の顔を見て、受付はこれ以上留まることはできないと悟った。

これ以上粘れば、自分が惨めになるだけだ。

彼女は肩を落とし、這うように出口へ向かって扉を開けた。

案の定、廊下には人だかりができていた。

突然開いた扉に、皆ぎょっとして一斉に自席へ戻る。

だが、受付の惨めな姿を見て、誰もが中で何が起きているのかますます興味をかき立てられた。

受付は顔を覆い、泣きながらその場を走り去った。

もう一秒たりとも、この場所にはいられなかった。

誰かが気を利かせてドアを閉め、外の世界は一瞬にして遮断された。

その一部始終を見ていた美月の目には、まるで芝居を見ているかのように映っていた。

もとより彼女は、こんな人間や出来事に深入りするつもりなどなかった。

知りたいことを聞き出した今、ここに留まるのは時間の無駄でしかない。

孝寛が振り返ると、そこには高みから見下
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第906話

    孝寛はまだ納得がいかずに言った。「ですが、彼は私の息子です。父親として当然心配します」「それはどういう意味だ」署長の声にはすでに苛立ちがにじんでいた。彼は堂々たる署長であり、部下の数も少なくない。たかが一人の容疑者のために、こうして相手と延々言い合いをしなければならないのか?それでは、この先誰にでも付け入る隙を与えることにならないか?「もういい」署長の口調にははっきりとした不快感がこもった。「何を言っても無駄だ。この件は俺一人で決められることではない。はっきり言えるのは、君の息子が『大物』を怒らせた、ということだけだ。せいぜい神に祈ってろ」そう言って、署長は電話を切ろうとした。だが、孝寛は慌てて声を上げた。「待ってください!署長の個人口座を教えていただけませんか?私はただ息子に一目会いたいんです。それだけでいいんですから!異国の地で一人ぼっちなんて、親としてどうしても心配なんです。それにあの件も、まだ結論が出ていないじゃありませんか」その言葉に、署長の心も少し揺れた。確かに、相手の言うことにも一理ある。この件はまだ最終的な判断が下されたわけではないのだ。ならば、そこまで神経質になる必要もないだろう。どう転んでも、まだ融通の利く余地は残されている。それに、すべてを自分が決めるわけではない。物事の成り行きは、自分の思惑とは無関係に進むことも多い。署長の声色は少し柔らぎ、先ほどまでの強硬さは影を潜めた。これなら急ぐ必要もないし、しかも二重に利益を得られる。悪い話ではない。「一理あるな」署長は頷いた。「だが、詳しいことは言えない。とにかく『大物』が後ろにいるんだ。そのことだけは頭に入れておけ。本当に息子に会いたいのなら、不可能ではない。誰かをこちらに派遣してもいいし、君自身が来てもかまわない」「ビデオ通話じゃダメなのか?」孝寛は眉をひそめた。今さら息子の顔を見る気など、あまり起きなかった。あの出来損ない、あんなことをしておきながら事態を収める力すらないのか。それでどうして自分の息子だと胸を張れる?ふざけるにもほどがある。孝寛は息子に対して常に厳しく接してきた。厳しくしなければ、大きなことは成し遂げられないと分かっていたからだ。将来、

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第905話

    そう考えると、署長は思わず笑い出しそうになった。まったく、この一家は本当に面白い。これだけ大きな問題を起こしておきながら、釈放してくれとはよく言えたものだ。しかも相手は自分ではない。絡んでいるのは大物であって、署長が数言で片づけられる話ではない。孝寛は困惑した。相手の言っていることがまるで理解できない。ここまで話を持ちかければ、少しは頭の回る者なら釈放するはずだろう。だが、この署長はそんな気配を少しも見せない。その一点がどうしても腑に落ちなかった。「すみません。息子は一体何をしたから収監されたのです?」彼は、せいぜい女関係が原因だろうと思っていた。しかし美月があれほど怒りを露わにしたのは、どうにも説明がつかない。彼女は口を開けば息子のせいだと繰り返していたが、実際のところ孝寛は事態をよく把握していなかった。今こうして署長に言われてみて、初めて何かがおかしいと感じ始めた。署長はその問いかけを聞いて、ますます可笑しくなった。息子は獄中で狂気じみているというのに、実の父親は自分の子が何をやらかしたのかすら知らない。まったく、笑うしかない話だ。署長は笑いを堪えきれず、声にまで愉快さが滲んだ。「仕方ない、丁寧に説明してやろうじゃないか」その言葉に、孝寛の胸がどきりと鳴った。直感的に、聞かされる内容は到底受け入れられないものだと悟った。加えて美月の態度も思い出し、ますます不安が募る。だが署長は一切間を与えず、淡々と事の顛末を語り出した。「だから我々はあのスマホの中身の解読を待っている。その後で、君の息子にはさらに別件で罪が科されることになるだろう。それに、彼の精神状態も今は極めて不安定だ」その言葉に、孝寛は思わず腰を浮かせた。これまで辰琉を見放そうと思っていた。安東家の名を背負っている以上、彼に手を出せる者はいないだろう。だがまさかここまで厄介なことになっているとは思いもよらなかった。確かに辰琉には良い感情は抱いていない。だが、どうあっても自分の息子。目の前で命を落とすような事態は黙って見過ごせない。愛着がないわけではない。大成を望むわけではなくとも、壊れていく姿を見るのは耐えがたい。「署長......話し合いの余地はありますか?」その

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第904話

    何をするにしても、結局は署長の言うことを聞かなければならない。彼の言葉に、誰も軽々しく逆らうことはできない。だが、隊長だけはどうしても飲み込めなかった。何しろ以前は今西ときちんと話をつけていて、競争するつもりなどまるでなかったからだ。なのに今は?約束を反故にされたようなものだ。そのせいで、最近の隊長は今西に対して露骨に当たりがきつくなった。しかし今西の方は、そんなことは一切気にしていなかった。自分の今の立場さえ守れればそれで十分だと思っていた。それに、辰琉という人物を見張るのも自分に課せられた役目だ。これは大物と約束したこと。だからこそ他の些末なことでは簡単につまずくはずもない。特に隊長など、相手にする価値もない。今西は一度も本気で彼を眼中に置いたことがなかった。署長もまた、この二人の表の争いと裏の駆け引きを把握していた。部下からも何度も耳にしていたが、署長にとっては取るに足らない小競り合いにすぎない。競争があれば進歩がある。署内の人間をより強く、より競争力あるものにしたいなら、自らにプレッシャーを与える必要がある。それくらいのことは内部で解決できる。だから署長がいちいち気を揉む必要などなかった。よほど度を越したことさえしなければいい。むしろ、こうした競争は歓迎すべきものだとさえ思っていた。そう考えると、署長の笑みはさらに深くなった。やはり、京弥には感謝しなければならない。と、その時、けたたましい着信音が署長の思考を遮った。スマホを見ると、見慣れぬ番号が画面に踊っている。「この時間に、一体誰だ?」首をかしげる。しかも番号の発信地はどうも国内ではないらしい。少し躊躇したものの、相手のしつこさに、結局は応答することにした。どうにも重要な要件があるような気がしたのだ。受話器の向こうからは、切羽詰まった男の声が飛び込んできた。「もしもし、A国警察署の署長さんですか?」署長は思わず動きを止める。間違いなく自分に用がある。「ああ、君は?」その答えに、電話口の男――孝寛は安堵の息をついた。優奈が間違えずに繋いだことに、少しばかり感心すらする。そして、彼は要件を単刀直入に口にした。「K国安東グループの会長です。お聞きしたいの

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第903話

    「......分かりました、下がります」声は詰まり、せめて孝寛が二言三言でも慰めてくれるのではと期待していた。だが実際には、相手はちらりと見ることすらなく、優奈の一人相撲に過ぎなかった。胸の奥が少し苦しくなり、表情もどこか虚ろになる。扉が閉まる音を聞いたあとでようやく、孝寛の表情は少し和らいだ。張りつめた顔には、喜怒哀楽がほとんど読み取れない。彼は女好きではあるが、大事な場面では分別をわきまえている。とりわけ会社の存続がかかった局面では、男女の関係よりもはるかに優先すべきだ。若い女は好むが、分別のない女に何の価値がある?孝寛は鼻で笑った。女というのは厄介だ、金を与えれば済むものを。いちいち情だの愛だのを求めてくる。女の気持ちなど推し量る暇はない。会社の問題だけで頭が痛いのだ。彼はひとつ溜息をつき、すぐに署長へ電話をかけた。ちょうど署長はオフィスで最新の案件資料を眺めていた。京弥が帰国したと知った時は、しばらく胸を撫で下ろしたほどだ。もうこれ以上、自分を難しい立場に追い込む者はいない。これでようやく、落ち着いて署長の職に専念できる。もっとも、京弥の側近からも「今西という警官は悪くない」と耳にした。署長はその後、真剣に考え、結局その言葉に従い、今西を昇進させた。今や今西は副隊長だ。京弥の顔を立てる必要がある。思えば、あの時拘置所に案内したことで、今西が彼らを満足させたのだろう。でなければ、わざわざ後で署長にそんな話を伝えるはずもない。署長も当然そのことは理解していた。今西はうまく好機を掴んだのだ、と。だが、意外でも何でもない。機会というものは、そういうものだからだ。その力で大物の目に留まった以上、署長としてもチャンスを与えないわけにはいかない。誰だって上を目指す。その望みを叶えられる者になら、彼はチャンスを与える気があった。自分の地位を守り抜ける限りにおいて。あとのことは、その本人の運次第だ。署長は先を見通す力のある人物だ。今西を副隊長に据えてからというもの、彼は署長への感謝を隠さなかった。もちろん、今西自身もその地位が大物と繋がっていると分かっていた。副隊長の座を得た瞬間、彼は匠の言葉の真意を悟った。すなわち、自分がす

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第902話

    必要はないからだ。どうせこれから先、一緒に働くこともないだろう。それに、昨日やって来たあの女のことも、みんなちゃんと目にしている。この会社だって、今後どれだけ持ちこたえられるか分からない。それに、優奈の考えが甘すぎる。ただの無駄使いだ。そう思えば、みんな顔を見合わせて笑い、もうそれ以上は何も言わなかった。その後、秘書がすぐに会長の指示通り、辰琉の現在の居場所を突き止めた。彼女が孝寛のところへ報告に来たとき、その視線はとろけるようで、声までねっとりとしいた。「会長~辰琉様の居場所を見つけました。こちらは署長さんの電話番号です」優奈は番号を渡すとき、ついでに彼の手を撫でた。その意味するところは、二人とも分かっていた。だが、孝寛には今そんなことに構っている暇はない。やるべきことが他にある。会社がなくなってしまえば、ここで秘書と戯れても何の意味もないのだ。もし全てを失えば、秘書の気持ちなどどう変わるか、彼には嫌というほど分かっていた。だからこそ、より慎重に会社を守り抜かねばならない。「ああ、ありがとう」そして彼は少し語気を強めた。「余計なことばかり考えるな。片付け終わったら、ちゃんとご褒美してあげる」その言葉に、優奈の頬はぱっと赤く染まり、俯いて小さく答えた。「はい......分かりました」彼女にはそんなつもりはなかったのに、まるで飢え渇いて仕方がない女のように言われてしまった。会長と付き合い始めたばかりなのだから、もっと関係を深めておきたいと思っただけなのに。でなければ、このまま時間が経って二人が疎遠になったらどうするのか。そういうことまで考えてしまうのだ。せっかく手に入れた富を、他人に渡すなんて絶対に嫌だ。それに、何であれ自分で守らなければならない。そうでなければ、今までの努力が何の意味もなくなってしまう。そう思えば思うほど、優奈の瞳には野心が溢れ出していた。そして考え込んでいたせいで、彼女はオフィスに立ち尽くしたまま、出て行かなかった。孝寛は、本来ならすぐに署長へ電話するつもりだった。だが優奈がまだそこに立っているのを見て、すっかり気分を損ねた。「まだここにいるのか?」眉間に皺を寄せて言う。「他にやることはないのか?そんなに暇?」

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第901話

    「わかりました。必ず全力を尽くします」そう言って、優奈は孝寛に色っぽい視線を投げかけた。明らかに、さきほどの出来事に二人とも満足していた。孝寛はただ口元に笑みを浮かべただけで、何も言わなかった。女というのは、甘やかしすぎればすぐに図に乗る。その理屈をよく理解しているからこそ、孝寛はこういう女にはどんな態度で接すればいいのか心得ていた。大企業を仕切る以上、ある程度の冷徹さは欠かせない。今最も重要なのは、辰琉がどこの刑務所にいるのかを突き止めることだ。早く引き出さなければ、この会社自体が危うい。もし美月が資金を引き上げれば、被害はさらに大きくになる。それに、安東と二川を比べれば、当然ながら二川という老舗の方が格は上だ。比べられれば比べられるほど、安東の立場は弱い。だからこそ、孝寛は一刻も早く辰琉を連れ戻す必要があると考えていた。このまま引き延ばすわけにはいかない。美月の提示した条件は明白だ。彼女に説明をしなければならない。だが、今となってはどう言い繕えばいいのか、まったく見当もつかない。結局のところ、辰琉こそが一番の鍵を握る存在だ。それ以外に打てる手など、孝寛には思いつかなかった。だが、ただ黙って死を待つなど到底できない。この会社は自分が一から築き上げ、長年連れ添ってきたものだ。他人に差し出すことも、倒産を見届けることも、絶対に受け入れられない。ならば、あの逆子を差し出すしかない――他に方法はもう残されていない。一方その頃、孝寛と一夜を過ごした優奈は、まるで羽が生えたように軽やかな足取りで歩いていた。周囲を見渡す目つきも、どこか人を見下すようなものに変わっていた。愚かな人たち。死ぬほど働いたところで、社長に取り入る一度には及ばない。無駄なことをして、何になる。そう思うと、ますます胸がすく。彼女にとっては、孝寛と関係を保っていさえすれば、将来に何の不安もなかった。優奈は顎を上げ、堂々と歩いていた。だが、そんな彼女を快く思わない者もおり、ひそひそと声が上がった。「ねぇ、この人......なんだか様子がおかしくない?」その一言に、周囲も首をかしげ始める。確かに、以前の優奈も嫌味なところはあったが、今ほど傲慢ではなかった。「そうだよ。も

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status