Mag-log in物流大手ルミナスコーポレーションを経営する養父母から「借り物の娘」扱いされながらも、運輸大手ステアリンググループの御曹司・悠真と政略結婚した遥花。本物の家族を手に入れられたと思っていたが、それは悪夢の始まりだった。グループの総帥の“帝王学”で、妻も信頼できず「娼婦」として扱う悠真。夫に無碍に扱われながらも双子を身ごもる遥花。悠真が他所の女(百合子)と一緒に屋敷にいることを目撃し、離婚を決意する。悠真が百合子を運命の女性と信じる一方、遥花は親友・香澄の支援で新生活を始め、養父母の圧力や脅迫メモに苦しむ。すれ違いの愛と双子の秘密、企業間の陰謀がドロドロに絡む愛憎劇。
view more【2015年2月】朝の光がカーテンの隙間から差し込み、温かな腕に抱かれる夢を溶かした。目を覚ますと、頬に残る甘い感触が消え、冷たい天井だけがそこにある。胸が締め付けられるように痛んだ。隣の枕は、いつものように空っぽだ。夫の
【2016年1月1日(金) 昼】買ったばかりのベビーカーに蓮と菖蒲を乗せて、近所の小さな神社に参る。本当は浅草寺とか、もっと賑わってるところにも行きたいけれど、乳幼児を連れていきなりそんなところに行くのはハードルが高すぎる気がした。パンパン、と手を叩いて遥花と一緒にお祈り。「何を願ったの?」と、私。「……言わないよ。言ったら叶わないんじゃなかったっけ」と、遥花。「なにそれ! 高校生のときみたいなこと言って……」「ふふふ、覚えてたんだ。もう忘れてたかと思った」遥花が笑う。忘れるわけない。高校生の頃、一度だけ遥花と一緒に神社へ行ったことがある。育ての親が厳しくて、なかなか友達と外出なんて許してくれなかったのに、そのときはたまたま出られたのだ。何やら大きな取引があるとかで、養父母が共に出かけているタイミングだったような気がする。そんな日でも、友達と外出することに遥花は最初ためらっていたが、“良いじゃん、バレないって。バレたところで、もう高校生なんだから。友達と遊びに行くのだって変じゃないって、堂々としてれば良いのよ”そう言って、私が遥花を連れ出したのだ。「あの時も何をお祈りしたか教えてくれなかったけど、何だったの?」今なら答えが訊けるような気がして、ふと質問する。「それは……言っていいか、もう叶っちゃったんだし」「えっ、いいじゃんいいじゃん! 聞きたい!」「それは……ね。今みたいに、仲の良い、素敵な家族を持つこと」頬を染めて、遥花が言う。なんて可愛らしいんだろう。胸の奥がむずむずしてくる。「なにそれ、めっちゃ嬉しいんだけど……それってつまり、私が遥花の夢を叶えたってこと?」「うん、そうかな。半分は」えっ、半分? 一瞬、ドキッとした。「半分ってことは、もう半分は……」「ふふ、私自身、かな」プッ、つい笑ってしまう。「ああ、そういうことか、私はてっきり……」「ん? てっきり、って?」……と、ストップ。多分、ちょっと空気読めないこと言いそうになってる。「いや、まぁ、“半分”なんて言われて、私が力不足って思われてるのかなー……なんて、ね!」「えー、そんなことないよ。素敵なもう一人のママだよ、蓮と菖蒲の」「そ、それなら良かった」もう半分は、大道寺悠真――そんな風に答えられるんじゃないかと、正直、怖かった。先日のクリスマ
【2016年1月1日】朝の光がカーテンの隙間から差し込み、心が裂かれるように冷たく苦しい夢を溶かした。目を覚ますと、愛しい顔がそこにあった。香澄、私の恋人。そしてベビーベッドには、愛らしい双子の寝顔。こんなにも幸せな朝を――新年を迎えられるのに、見た夢の恐ろしさで心臓がドキドキ脈打っている。香澄と双子が何処かへ行ってしまう、恐ろしい夢だった。行かないでと声を張り上げるのに、みんな、私からどんどん遠ざかっていく。一人にしないで、置いていかないで……。大丈夫、みんな夢だ。まだ、クリスマスの恐ろしい出来事の記憶が残っている。脅迫犯となった神崎さんの、恐ろしい声。顔は見覚えがあるのに、全く別人のようだった。助けに来てくれた悠真も、ある意味では別人のようではあった。自分の身の危険も顧みず、あんな風に勇敢に挑むなんて。香澄は、あれは自作自演だと言ったけれど。それにしてはやり過ぎているようにしか思えない。神崎さんはあの後、警察に連行された。悠真も事情聴取のため同行することになった。私と香澄、奥野さんは、その場でいくつか質問されるだけで済んだ。前々から謎の脅迫状が届いていたこと、昼間も彼の車と思しきレクサスがマンションの近くに停まっていたことも。神崎さんの犯行理由については、まだ何もわかっていない。警察も取り調べ中だが、何も話さないのだそう。“とりあえず例のホテルまで向かいますが、それでよろしいですか?”2月に、悠真との離婚を決意して屋敷を飛び出した日も、何も言わない私にそう言い、屋敷から連れ出してくれた。あの屋敷で最後に触れた人の温かさが、神崎さんだったと思っている。香澄が探偵事務所で聞いた話によれば、妹の治療にお金が必要だったらしいが、そもそも神崎さんにそんな妹さんがいたのも知らなかった。思えば私は、あの屋敷にいた人たちのことを何も知らない。自分が悠真に愛されたいという気持ちでいっぱいで、とても周りの人たちのことを気に掛ける余裕はなかったのだと思う。そして悠真も。彼の当時の気持ちは? そして今の気持ちはどうなのだろうか。私自身、一方的に愛を押し付けるばかりになっていたのではないか。再びクリスマスの夜。警察に事情聴取を言い渡され、「じゃあ、ちょっと言ってくる」と行きかけた悠真を、私は呼び止めた。「待って……悠真、まだ、双子に会っていないでしょう? せめて
【2015年12月31日】屋敷のリビングは、暖炉の火も消えて冷えきっていた。俺は缶ビールを片手に、ソファに沈み込んでいる。もう紅白も終わり、NHKでは『ゆく年くる年』を放送している。あと10分で新年だそうだが、どうでもいい。缶ビールをもう一本開けようとしたとき、スマホが鳴った。画面に表示されたのは、末継阿左美のLINEだ。彼女の方から一体、何の用だ?ため息をつきながら、通話ボタンを押す。「悠真さん? 今一人ですか?」「ああ、一人だ」「よかったら一緒に初詣行きません?」「何で俺とお前が」「どうせ部屋でテレビでも見ながら、ビール飲んでたんでしょ」図星だ。俺は苦笑いしながら、ソファに深くもたれかかった。「わかった、付き合ってやる……と言いたいところだが、生憎、足が無いんだ。ドライバーは例の事件で捕まったし、秘書の佐伯もさすがに年末年始は休暇を取ってる」「えー、つまんない……あ、じゃあ、年明けまでダベってましょうよ」「何で俺が女子大生なんかと……」「あ、いま馬鹿にしましたけど、これでも一度、お見合いした仲ですよね。それに悠真さんだって、私のことをちょいちょい頼ってくるくせに」……そう言われたら、言い返せない。「わかったよ……ただ、一応、気になってることを聞いておくぞ。お前、前に言ったよな? お前に予知能力はない、霊感があるだけだって。どうして霊感でそこまで読めるようになった。それに……この間のクリスマスだって」「ああ、役に立ったでしょう? テニスボールとポリ袋。防刃手袋は……むしろ無くても困らなかったようですけど。まぁ、備えあれば憂いなしってやつですね」「確かに役に立ったが……もう未来予知レベルじゃないか。何なんだ」阿左美は、少し間を置いて、静かに言った。「それは私の力じゃありません。百合子さんですよ」……百合子。俺は缶ビールをテーブルに置いた。手が震えていた。「先日、ようやくニュースが出ましたよね。ほら、長野の……」クリスマスの夜の、あの事件の直後のことだ。長野の山奥で発見された、とある女性の遺体が、佐野百合子のものであることが判明したというニュースが流れた。“遭難事故”。……事件はそう処理されたが、俺にはそれが“組織”の口封じに見えて仕方ない。「本当に事故で死んだのか、それとも裏があるのか。悠真さんも薄々わかってるんでし
ポリ袋を頭にかぶったまま、抵抗を続ける神崎。 「ぐっ……あぁっ……!」 明らかに苦しそうな声を上げる。と、マンションの中からもう一人、見知らぬ男が出てきた。 「僕が手足を抑えます! あんまりやり過ぎない方がいいです、死んでしまいます!」 「……お前、誰だ⁉」 「奥野です! 遠藤先輩の、職場の後輩です!」 こんな状況でも礼儀正しく自己紹介する男、奥野。もちろん有言実行で、神崎の両手は抑えつけている。 「はいっ、これで縛り付けて!」 と、香澄から何かを渡された。結束バンドとビニールテープだ。なかなか用意周到……いや感心している場合ではない。俺と奥野で、テキパキと神崎を縛った。 やがて、ガックリと力を無くす神崎。 「えっ……死んだ⁉」 「いや、失神してるだけです。とりあえず、顔の袋は外しましょう」 奥野から言われるまま、恐る恐るポリ袋を外す。その下から出てきたのは、目が血走り、泡を吹いている神崎だ。予想が的中した。俺を裏切り、遥花たちを脅かしていたのは、やはり長年俺のすぐそばにいたこの男……やるせなさが胸を締めつける。間違いであって欲しかった。 「悠真……一体、どうやって入ってきたの?」 震える声で遥花が尋ねる。俺は言葉を濁した。 「それは……まぁ、いいじゃないか」 偶然やってきたテレビクルーに、テニスボールを渡すことで得られた鍵で……なんて、いま話しても信じてもらえないだろうし、混乱を与えるだけだ。 香澄は不満そうな顔をしながらも、震える声で言った。 「助けは要らないなんて言ったけど……助かったわ。ありがとう」 俺は首を振る。 「礼には及ばんさ。むしろ、俺のせいで君たちにこんな危険が及んでいるんだと思う。すまなかった」 俺の謝罪に、遥花は怯えた声で言った。 「やっぱり、大道寺家の子供を私が産んだから、こんなことになってるのね……? 神崎さんも、どうしてこんなことを?」 俺は、のびている神崎を見ながら答えた。 「俺もうまく説明できない……だが、俺をハメた女に言われたんだ。百合子さ。俺のことを狙っている“組織”がいると。少なくとも俺は……そしてステアリンググループは、そういう脅威にさらされている」 言葉を失っている遥花と香澄。俺は続けた。 「こいつの犯行も、こいつ単独じゃ