百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった

百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった

last updateDernière mise à jour : 2026-03-04
Par:  道中ヘルベチカComplété
Langue: Japanese
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Synopsis

現代

離婚

百合(GL)

CEO・社長・御曹司

隠し身分

離婚後

妊娠

逆転

物流大手ルミナスコーポレーションを経営する養父母から「借り物の娘」扱いされながらも、運輸大手ステアリンググループの御曹司・悠真と政略結婚した遥花。本物の家族を手に入れられたと思っていたが、それは悪夢の始まりだった。グループの総帥の“帝王学”で、妻も信頼できず「娼婦」として扱う悠真。夫に無碍に扱われながらも双子を身ごもる遥花。悠真が他所の女(百合子)と一緒に屋敷にいることを目撃し、離婚を決意する。悠真が百合子を運命の女性と信じる一方、遥花は親友・香澄の支援で新生活を始め、養父母の圧力や脅迫メモに苦しむ。すれ違いの愛と双子の秘密、企業間の陰謀がドロドロに絡む愛憎劇。

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Chapitre 1

第1章:夢の終わり*遥花

【2015年2月】

朝の光がカーテンの隙間から差し込み、温かな腕に抱かれる夢を溶かした。目を覚ますと、頬に残る甘い感触が消え、冷たい天井だけがそこにある。胸が締め付けられるように痛んだ。

隣の枕は、いつものように空っぽだ。夫の大道寺悠真だいどうじ ゆうま――ステアリンググループの御曹司であり、あの冷たい瞳の持ち主は、もう一ヶ月もこの東京・港区に構える屋敷に帰っていない。広い寝室に、私の吐息だけが響く。

二年前、悠真との結婚を「愛の始まり」だと思った。ルミナスコーポレーションの経営者である養父母に育てられ、ビジネスの駒として厳しく躾けられた私にとって、この婚姻は初めて「本当の家族」をくれる希望だった。

でも、それは悪夢の始まりだった。「お前は借り物の娘だ」「恩を返せ」。養父母の声が今も耳に残り、企業間の冷たい取引の記憶が時折よぎる。私の愛だけは、借り物なんかではない、私自身のものだと思っていた。そう思いたかったのに。

再び夢の中へ戻りたいという欲望に駆られる。“好きだよ、愛してる”と、甘い声で囁きながらベッドの中で深く私を抱きしめてくれた悠真。そんな彼とはもう、夢の中でしか会えない。

そもそも結婚当初の彼も、実際にそんな風だったろうか。もはや過去を美化しすぎた妄想か、ただの夢かとも思えてくる。

ふと、お腹をさする。何やら違和感があった。最後に「あれ」がきたのはいつだったろう。季節やストレスなどの影響によって時期がズレることもあるが、心当たりがないこともなかった。

悠真が酔った勢いで私を抱いたのは、まさに最後に彼が家に帰ってきた一ヶ月前だ。まるで性処理道具のように扱われ、私の心は打ちひしがれた。当然、避妊もなかった。

「夫婦だろ。何を気にしてやがる」

アルコール臭い息を吐きながら悠真は言った。わかっている。ステアリンググループという大きな組織の跡取りの妻として、子を為すことは私の義務だ。また、時には夫のストレスの捌け口になることだって妻の使命。

それでも、彼の腕の中で愛を感じたかった。大切な夫婦の営みに、そうした心の安らぎを望むのは悪なのだろうか。許されないのは、私が所詮“借り物”の存在に過ぎないからなのか。

気怠さを振り払いながら、近くの産婦人科の予約を確認する。予感が的中したとしたらどうしよう。わからない。ただ、先のことなど思案する余裕はなかった。

午前中の予約はすでに混み合っていて、取れたのは夕方の時間帯だ。それまでの間、ずっとこの不安を抱えて過ごすことになる。朝の冷たい光の先に、何も見いだせずにいた。

「双子です。おめでとう、遥花はるかさん」

微笑む医師の言葉に、ただぼうっとしていた。まずは予感が的中したことに驚かずにはいられなかった。ましてや、双子? 一度に二つの命を、この身に宿すことになるなんて。

「言葉にならないといった様子ですね。まぁ無理もありません。不安もあるでしょうし」

しかし医師は、すぐ真剣な顔になって言葉を続けた。

「ただ……余計に不安を煽るようで大変心苦しいのですが、医師としてお伝えしなければならないこともあります。あなたの体をお調べしたところ、子宮頸管無力症しきゅうけいかんむりょくしょうが確認されました」

「“シキュウケイカンムリョクショウ”?」

聴き慣れない言葉に、眉を潜めてしまう。あまり良くない言葉であることだけはすぐに察した。

「いわゆる、ハイリスク妊娠です。子宮頸部、つまり赤ちゃんの部屋を閉じる管の力が弱く、しかも双子という負担もあって、早産の危険が高いんです。感情的なストレスは絶対に避けてください。母子ともに命に関わります」

“命に関わる”――その言葉が、頭に重く響く。双子を宿したお腹に手を当て、息を飲んだ。悠真に伝えなきゃと、一瞬、胸が熱くなった。でも、それで彼が帰ってくるだろうか。知ったとして、またあの無関心な目で私を見るだけではないだろうか。

タクシーの中で、医師の「ストレスは絶対に避けて」という言葉を反芻した。そんな簡単なことが私には果てしない試練だった。子宮の弱さが、まるで私の人生を象徴しているようで苦しかった。

屋敷に戻ると、ドライバーが車を磨いているのが見えた。今日は悠真に付きっきりの予定だったはずだ。ということは、彼が帰ってきたのだろう。それ自体珍しいのに、まだ日も暮れない時間帯でなんて。

玄関のドアを開ければ、悠真の革靴と赤いハイヒール。床にステアリンググループの封筒が落ち、角が握り潰されている。誰のハイヒール? 何の封筒? 足が凍りつくが、意を決して足を進める。するとリビングの扉のガラス越しに、中にいる人物が見えた。

悠真がソファに座り、誰かを優しく抱きしめている。相手は女性――佐野百合子さのゆりこだ。ステアリンググループの関連企業に勤め、社交の場や公開イベントなど、私が夫人として出席するような場でもやたらと悠真に近づいていた社員の一人だった。

心臓が砕けるように痛い。お腹にチクッと痛みが走り、子宮頸管の弱さを思い出し、慌てて息を整える。幸か不幸か、中の二人はまだ私の存在に気づいていない様子だ。

百合子は悠真の胸に顔を埋め、涙ながらに震える声で訴えていた。扉を閉めていても聞こえる、特徴的な、甘えた高音ボイスで。「遥花さんが……先月の新年会で、私に冷たい視線を投げてきたの。私が悠真さんのそばにいることが、あの人には我慢できないみたい」

嘘だ。冷たい視線なんて投げた覚えはない。確かに百合子は新年会で何度も悠真に近づき、彼の腕に触れながら、親密そうに笑っていた。私が夫人であることを知って、わざと牽制してくるように。

私は“女性社員にも慕われる夫に対し、理解ある寛大な妻”を演じて、努めてニコニコしていただけだ。その作り笑いに「冷たい視線」を感じたと言うならそうかもしれない。ただ、先に挑発してきたのはそちらだろう。私を悪者に仕立てようとしている――胸がざわつく。

扉の前で、踏み込むべきか否かを躊躇していると、悠真と百合子の顔が徐々に近づきつつあった。あわやキスしそうな距離の二人を目の前に、辛抱できず、扉を開けた。

「遥花……!」

私の姿を見た悠真の声は鋭い。気まずい場面を見られて狼狽したようだが、それを覆い隠すような怒りの感情を剥き出しにし、百合子を離さずこちらを睨みつけてくる。「佐野君に冷たくしたそうじゃないか。彼女は大事な社員だ! 傷つけるようなことをするな!」

言葉が喉に詰まる。言いたいことは山ほどあるのに――なぜ妻の私より、百合子の言葉を信じるの? “大事な社員”じゃなくて、もう“愛人”なんじゃないの? そんなぶつけたい言葉たちが、百合子の涙と悠真の怒りによって崩されていく。どうせ言っても無意味だ。所詮私は、親同士の政治で結ばれた、書類上の妻でしかないのだから。

私はただ、静かにリビングを後にした。私の方こそ涙をこぼしたかった。でも、まだこぼすわけにはいかない。お腹の痛みが、私が本当に守るべきものが何かを思い出させる。

自室に戻り、机の引き出しから一枚の紙を取り出した。震える指でペンを握り、自分の名前を書き込んだ。悠真を愛していた。心のどこかで、今も愛している。性処理の道具のように抱かれた夜だって、私の中に溢れた彼に、愛しい気持ちを抱けたのは確かだ。それが結実し、双子の命として宿った今、悦びだって感じている。

でも、この家に私の居場所はない。私の唯一の悦びを――この双子の命を守る。そのために、この悪夢を終わらせると決めた。もう、弱い自分に負けない。

自室のドアが乱暴に開いたのは、数時間後、日もとっぷり暮れてからだ。悠真の目にはなお、怒りと、どこか怯えたような光が宿っている。百合子との情事を楽しんでいたような様子はない。

「佐野君には帰ってもらったよ……彼女はたまたま、仕事の書類をうちに届けにきてくれただけなんだ……それがたまたま、あんな話になってしまって……」

何も尋ねていないのにペラペラ喋る。ずいぶん「たまたま」が続くことだなと思いつつ、私は黙って彼に背を向け、荷造りを続けた。

「また、“プチ家出”か?」

「違うわ」

さすがに言葉を返す。惜しいけれど、違う。

「狙いは何だ、遥花?」狼狽えた様子ながらも、彼は質問を続ける。声は低く、抑えきれぬ激情を帯びていた。「今度はどんな芝居で俺を縛るつもりだ?」

背後から悠真が近づき、腕を掴んだ。その力は強く、まるで私を壊すかのようだった。「やめて!」叫んだが、彼の手は緩まない。勢いに任せ、彼が私をベッドに押し倒そうとしたその瞬間――。

「離婚しましょう」

私の声が静かな部屋に響く。狼狽え、手を離す悠真。私はすぐ机に向かい、数時間前に名前を書き込んだ書類を取ると、震える手でそれを――離婚届を突き出した。

紙が彼の胸に触れ、静かな部屋にカサッと音が響く。悠真は虚ろな目でこちらを見ている。私は涙で潤む瞳に、揺るぎない決意を宿して彼をにらんだ。これこそが、最後の賭けだった。

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第2章:離婚届*遥花
寝室の空気が凍りつく。離婚届を前に、悠真は明らかに動揺した様子だった。だが、しばらくして。彼は頭を何度か振り、大きなため息をつくと、急に嘲るような笑みを浮かべてこう言った。「お前が、俺を捨てる気か?」その声は低く、拳を握りしめた手はわずかに震え、取り繕っているのがわかる。しかしその口から発せられる言葉は、相変わらず無慈悲だ。「遥花、お前はいつもこうだ。何を企んでる? この結婚だって、お前の養父母の――ルミナスコーポレーションの計画だったんだろ? それが……今度は、離婚だって? そんなことしてどうする。慰謝料でもせびるつもりか?」胸が締め付けられる。慰謝料? 私がそんなものを欲しがる人間だと? 悠真を愛していた。心のどこかで今も愛している。なのに彼の目には、やはり私は養父母の道具としか映っていないのだ。「いいえ。そんなもののためじゃない」私も声が震えたが、もう後には引けない。「親の都合なんて関係ない。私自身がもう、この家にいる理由を見いだせないの。だからよ」悠真の目が細まる。「理由を見いだせない、か」次の瞬間、彼の手が私の首に伸びた。「また新しい策略か? 今度は何を狙ってる!」指が食い込み、息が苦しくなる。でも、私は目を逸らさなかった。「あなたには本物の愛が必要なんでしょう?」言葉を喉から絞り出す。「あなたは、私より百合子さんが大切なんでしょう? なぜサインできないの? 私なんかと別れて、堂々と付き合えばいいじゃない!」悠真は怯えるような顔をした後、首から手を離した。一瞬だけ私から目を逸らしたが、じきにハッとしたような表情を浮かべ、「……なるほど、スキャンダル狙いってわけか?」彼の声が、鋭く切り込む。「俺が彼女と不倫してるとでも思ってやがるんだな……離婚して、俺を週刊誌に売り出す気だろう。お前ならやりかねないな!」慰謝料の次は、スキャンダル目的だと――正気だろうか?私の愛したあの優しい笑顔を、ほんの一瞬でも見せてくれた彼は、もうそこにはいなかった。目の前にいるのは別の生き物。冷たく、疑い深い、知らない男だ。絶望に打ちひしがれる私から、悠真は離婚届を奪う。ペンを握る手を震わせながら、乱暴に署名を殴り書き、しっかりとこちらに見せつけてくる。「これで満足か、遥花? 役所には俺の方から出しといてやるよ。ほら、ついでにお前への“報酬”だ!」彼の
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第3章:過去の傷*悠真
ステアリンググループの後継者――それが俺の人生の全てだ。父の冷徹な目と、終わらない会議室の重圧の中で、俺はただ従うように育てられた。自分で選べたものは何一つない。好きな服も、友だちも、将来も。全部、父が決めた「帝王学」の一部だった。この豪華な邸宅も、ただの檻だ。遥花との結婚もそうだ。二年前、父が「ビジネスのため」と押し付けた政略結婚。彼女の養父母が大手取引先の物流系企業であるルミナスコーポレーションだと聞いた時、俺は素直に信じた。だが初めて会った夜、屈託のない笑顔を見せながら俺に身を委ねてきたその女性を抱きながら、かえって怖くなった。人は誰しも打算的に動くものだ。遥花もそんな人間に違いないと思ったのに、まるで裏表が無いように振舞う彼女を見ながら、「正体がつかめない女」だと怯えた。ひょっとしてこれは全部、遥花自身が仕組んだ罠じゃないのか? ルミナスコーポレーションも、2008年のリーマンショック以降、景気回復による物流需要と共に急成長した企業だと聞く。それ以前には名前も聞いたことのないような中小企業だったはずだ。叩き上げである養父母の企みもあるだろうが、それもすべて遥花の思惑で、俺を縛るための策略だったんじゃないのか? そう疑い続けて、俺は彼女に嫌悪と警戒を抱いてきた。「悠真……好きよ。あなたと一緒になれて良かった……。私の人生はすべて“借り物”だったわ。だけどあなたに出会えてようやく、ようやく私自身の人生を手に入れることができた。ずっと愛してる。いっぱい、いっぱい愛させて……」そう言われ、夜のベッドで情熱的に求められたこともあった。俺も男なら、誘われたなら応じてしまうのが性というものだ。正直、体の相性も悪くなかった。妻として愛せなくても、娼婦だと思えば最高の相手なのではないか。そんな考えが湧いては、醜悪な自分自身に嫌悪感を抱いたりもした。百合子が現れたのは、結婚して半年ほど経ったころだったろうか。転入してきた社員たちの研修で、「何か質問はありますか」と俺が尋ねた際、「はい!」と気持ちよい声を発して手を挙げた彼女の手首には、目立つような傷があった。今どき手首に傷のある女性なんて珍しくはない。ただ普通はリストバンドなどを巻いて隠しているものだ。確か、妻の遥花も巻いていたように思う。理由は知らない。ただ養父母の元でいろいろ厳しく躾けられたのもあるだろうし
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第4章:決意の代償*遥花
【2015年3月】前の客が吸ったのであろうタバコの香りが残る、安いビジネスホテルの窓から見える東京の街は、夜の光で冷たく輝いていた。こんなところに泊っているなんて悠真が知ったら、多少は気の毒に思ってくれただろうか。プチ家出の際も、贅沢はしなかった。冷たくされた腹いせに旦那の稼ぎで豪遊する妻も世の中にはいるようだが、それと同じことをするのは私のプライドが許さなかった。悠真に隠れて更新していたライフハック系ブログや、フリマアプリの収入ですべてまかなっていた。当然ながら、愛のない養父母の元へ帰るという選択肢は最初からなかった。今は悠真から渡された“報酬”でまとまったお金もあるが、すぐ手を出す気にはなれなかった――数日前のあの夜、悠真の冷たい瞳と百合子の影を背に、家を飛び出した私。スーツケース一つでこのホテルに身を寄せ、新居を探す日々を送っていた。双子を守るため、新しい人生を始めると決めたのだ。“報酬”は新生活の資金に充てたかった。だが同時に、心のどこかで、悠真への愛がまだ疼く。借り物の身分で縛られた私でも、彼を愛していたのは本当だった。彼から受け取ったお金に手を出せないでいるのは、まだ未練があるからかもしれない。それに、彼の言葉――「浅ましいよ、遥花」が、いまだに私の胸につっかえている。倹約も、その「浅ましい」という言葉を否定するための無駄な努力のように思えた。とにかく、この過渡期のような日々も、じきに終わる。新しい部屋を見つけたのだ。狭いアパートだが、双子と私の未来を築くには十分だ。翌日、契約のため、住民票を取りに区役所へ向かった。カウンターの職員が事務的な声で告げる。「道仲様――いえ、大道寺遥花様」と、いきなり旧姓で呼ばれて驚く。いや、旧姓はどちらだろう? 嫌な予感がした。「どうやらお伺いした内容と齟齬があり、あなたはまだ大道寺家の籍に入られたままのようです。離婚届、提出されてませんね」予感が的中し、心臓が止まりそうだった。悠真の怯えた瞳、最後の「離さないぞ」が頭をよぎる。あの言葉は、ただの気の迷いじゃなかったのか?それに「役所には俺の方から出しといてやる」と、彼の方が言ったのだ。そんな言葉を信じた私が浅はかだったのか。いずれにしても、私が動かなければこの借り物の婚姻関係は終わらない。双子の命を守るため、私はもう彼から独立すると決
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第5章:過去の記憶*悠真
【2015年5月】離婚から3ヶ月、俺の生活は空虚だ。ステアリングタワーの最上階に君臨する父の冷徹な目や、ガラス張りのオフィスでの会議の重圧に追われる日々。「後継者たれ」という父の命令や、書類の山、数字の羅列。それが俺のすべてとなった。俺の離婚報道は、ささやかながら世間を賑わせた。離婚のきっかけや原因は何だったのかという突撃の取材も電話で舞い込むようになり、社員達にはすべてシャットアウトするよう通達された。それでも「モラハラが原因か?」「夫の不倫か?」などの記事が書かれ、もしかして遥花や百合子が記者に情報を売ったのかと慌てて雑誌を買い漁り、読み込んだりもした。だが載っている情報はどれもデタラメで、記者の妄想の域を出ない話ばかり。SNSの反応を見ても、誰も信用してないようで胸をなでおろす。一方、ステアリンググループ企業の株価は、なぜか軒並み急騰したりもした。「総帥の息子が離婚したことで、グループとしても注目を浴びたんだろう」「これならどんどん入籍してもらって、どんどんバツを重ねてもらわないと」などと、株主たちの勝手なネットの書き込みを見ては、辟易とした。逆に遥花の養父母が経営するルミナスコーポレーションは、大きく株価を落とした。取引については離婚後も変わらず続けるという約束が交わされはしたが、その次の月には早速、出荷の枠が減らされていた。これを株価のせいだけと捉えてよいものか。会社と会社の関係性も、人間関係となんら変わることはない。信用を失えば希薄になっていくだけだ。父はさっそく、俺の次の婚姻先を考えているようだった。「心配するな。信用が絶たれたとしても、新たな信頼関係を築けば良いのだ」。珍しく優しい言葉をかけてくれながらも、太くて真っ白の眉毛は強張っていた。結局俺は、駒としか見られていなかった。また繰り返しだ。別の取引先と政略結婚が結ばれ、またグループの利益のためだけの、愛のない生活が始まる。遥花との生活の方がよほどマシだったと思うだろう。夜になると、遥花の涙が頭をよぎる。あの夜、俺は彼女を「浅ましい」と嘲り、銀行カードを投げた。妻だった女性にそんな態度を取ってしまったことが、自分でも信じられなくなる。「離婚しましょう」と突きつけられた声、去っていく彼女を乗せた車のテールランプ。それらの記憶が、いまだに胸を締め付けてくる。あの時の俺は、何かに憑りつかれ
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第6章:追憶の傷跡*悠真
カップの中のコーヒーは、すでに冷たくなっていた。カフェの個室で、百合子から打ち明けられた話を頭の中でまとめながら、ズズッとすする。「やっぱり、困っちゃいますよね……こんな大昔の話をされても」彼女の目が、俺の過去を覗き込むように光る。慌てて逸らし、個室のガラス窓越しに、冷たく輝く東京のビル群を見つめる。彼女が打ち明けたのは、俺が10歳のころに遭った、誘拐事件の話だった。思い出したくもなかった恐怖と絶望の過去。あのとき、俺の人生は終わっていてもおかしくなかった。それを助け出してくれたのが、一人の少女――当時まだ6歳の、佐野百合子だったというのだ。「もう少し、詳しく聞かせてくれないか――その、思い出せる範囲でいいし、辛くなるなら、途中でやめてもいい」百合子は頷く。「大丈夫ですよ。ぜんぶ覚えていますから……それにこれは、私にとっては大切な記憶でもありますから。その、不謹慎に思われたら申し訳ないですけど」俺は首を振る。感情なんてどうでもいい。今はただ、真実が知りたかった。「あの日実は、私も誘拐されて、別の部屋に閉じ込められていたんです」「――君も?」「ええ。驚かれるでしょうが、当時、私の父が経営するダスクコーポレーションは、ステアリンググループの過去の取引先だったんです。だけど、リーマンショック以降の投資の失敗で没落してしまって」ダスクコーポレーション。遥花の養父母が経営するルミナスコーポレーションは、リーマンショックのあとで急成長していた。一方でダスクは没落。ルミナスもダスクも、どちらも運輸で財を成したステアリンググループに関係する、物流関連の企業だ。業界の明暗を分けた二つの企業が、こんな形で俺の人生に絡むとは皮肉だ。「あの日、暗闇の中で、私は一人でした。手足を縛られ、冷たいコンクリートの床に座って、ただ震えていたんです」いつもは耳障りなくらい高めの百合子の声が、強く抑え付けたようにグッと低くなる。「でも、そのとき男の子の叫び声を聞きました。私だけじゃない、他にも誘拐された子がいる。助けなきゃと、不思議な気持ちが湧いたんです。自分よりも誰かのことを優先したいという気持ちに駆られたのは、ひょっとしたらあの時が初めてかもしれません」徐々に記憶が戻ってくる。叫んでも誰も来ない。喉が枯れ、飢えと恐怖が俺を蝕んだ。父の顔も、母の声も、頭から消えて、絶望
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第7章:笑顔の支え*遥花
【2015年8月】離婚から半年。お腹はかなり大きくなり、鏡を見るたび命の重みを痛感する。ハイリスク妊娠であることの不安は消えないが、医師の「ストレスを避けて」という言葉を守り、狭いアパートの部屋で静かな生活を心がけていた。生計は、ブログやフリマアプリの収入でなんとかして立っている。悠真の銀行カード――正式に離婚をしてからは、もう私の名義にも変更されてはいるものの、いまだ手つかずだ。あの屈辱の夜を思い出すと、ギリギリまで使う気になれなかった。彼の「浅ましい」という嘲笑や、百合子を抱きながら庇う姿……それらが、カードに手を出すたびに何度もチラつくのだ。それに離婚から数週間後、ルミナスコーポレーションの養父からLIINEでかかってきた通話の件もある。お前の離婚で信頼を失い、取引が減って株価が落ちた。ステアリンググループとの取引も減らさざるを得なくなった。新たな提携先を見つける必要があるが、どこの会社も取り合ってくれない。出てくるのはお前の離婚の話ばかりだ。お前のせいでこんなことになってる。責任を取れ――1時間近く、口やかましくいろいろ言われたが、まとめるとそんな内容だった。娘の離婚で、本人に向かって責任を取れなんて言う親がいるとは。いくら血がつながっていなくてもありえない。そもそも、株価の暴落は本当に私が関係しているのだろうか? 確かに離婚の件が週刊誌のネタになっているのは見かけたが、話題はたいして続かなかった。別に芸能人ほどの知名度があるわけでもないのだから。「一千万用意しろ」と、養父が具体的な金額を口にして怒鳴る。悠真から受け取った銀行の貯金額を思い出すと、用意できない額ではない。しかし、これは私と双子のために必要なお金だ。「もう駒にしないで!」私は、今まで養父に向かって叫んだこともないような強い口調で拒んだ。養父も呆気に取られたのか、何も言い返してこなくなった。そんなに怒鳴るとお腹の子にも障る気がしたが、通話を切ったあとはむしろすがすがしく、気持ちよく眠りに就けた。以降も何度か、養父か、時には養母から通話がかかってくることはあったが、完全に二人ともアカウントをブロックしてやった。もう彼らと話すことは何もない。ルミナスの株価は、ジリジリと下落し続けた。それが自然なことなのか、不自然なことなのか。経済というものはとにかく複雑なものだ。少なくとも、もう
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第8章:謎の封筒*香澄
遥花とは小学校からの幼馴染みで、高校までの腐れ縁だった。クラスでも、体育の列に並んだら一番前になるのは当たり前なくらい、背も低かった遥花。「ちっちゃくてカワイイ!」と思って、私が誰よりも先に友達申請したような記憶がある。「私、香澄っていうの! 遥花ちゃん、めっちゃかわいいね! お友達になろっ!」今でも思い出す。いくら子供だったとはいえ、よくもまぁそんな絵に描いたような陽キャな誘い方を出来たものだなと、当時の私に感心する。うん、偉いぞ香澄。遥花は血のつながらない両親と暮らし、とても厳しく躾けられているとかで、最初はなかなか心を開いてくれなかった。けれども私が多少強引にグイグイせまり、学校でも一緒に遊ぶようになって、ゆっくり、少しずつ仲良くなっていったと思う。他の友達にはなかなか心が開けず、「鋼の女王」だなんて異名を持っていたけど、私にとっては小動物みたいな? あるいはポヨポヨしたマスコットキャラみたいな愛らしさだった。そんな遥花が、いつの間にか結婚して、離婚して。だけどお腹に双子がいて、めっちゃお腹も大きくなって。大人になるって怖いことだ。けれど、凄いことだとも思う。離婚した直後の遥花と再会して、最初は「ここに子供がいるの」なんて言われてもぜんぜんピンとこなかったし。ちょっとだけポヨッとした感じのお腹が、小学生の頃の遥花の体型を思い出してカワイイなぁとすら思ってたんだけど。そのお腹もだんだん大きくなっていって、もう今では「ここに二人も入ってるんだ!」とわかるくらい。それと同時に、私の中でもだんだん不思議な愛おしさのようなものが感じられるようになっていった。ゲームに例えるなら、最初はヨワヨワで、ザコ敵にもすぐやられてたような主人公が、いつの間にか魔王と戦えるような強さに覚醒した感じ。まさに主人公! カッコイイ! って思える。でも同時に、「この人を絶対守らなきゃいけない」って、かけがえのないものになったとも感じている。魔王を倒せるのはこの人だけなんだ。だから、私がパーティの女剣士として? いや、魔法使い? 遊び人? ……わからないけど、とにかく支えてあげなきゃという強い意識が芽生えたのだ。特に離婚直後、遥花はあまり笑わなくなっていた。子宮の閉じる力が弱くて、ハイリスク妊娠だという話を聞いて、なのに支えてくれるハズのパートナーもいない。そりゃあストレスし
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第9章:遅れてきた青春*悠真
【2015年9月】定時はとうに過ぎてしまっていた。百合子から受け取ったLINEに従い、慌ててステアリングタワーを出ると、エントランスで待っている彼女を見つける。「待たせて悪かった……出る直前で、急に客先から電話がきてしまって……」「もう、悠真さんったら、謝らないでいいのに」百合子はクスリと笑う。「ぜんぜん待ってないわ。スマホで読書も英会話もゲームもできるし、ドラマの消化までできちゃうもの。それに私たち、もう付き合い始めて4ヶ月よ。気兼ねなんてする必要ないじゃない」“付き合い始めて4ヶ月”というワードにドキッとし、つい周りを見回してしまう。社員の誰かが聞いていなかっただろうか。俺たちが恋愛関係にあることは、ネットでも一部で妙な噂になっていた。今さら隠そうとしても手遅れだとは思うが、こう、百合子のように明け透けにするのもどうかと考えてしまう。「行きましょ、悠真さん。それとも……ダーリンって呼んだ方が良い?」「ダーリン……は、止めてくれ……ともかく、行こうか、百合子君……」「もう、照れ屋なんだから」俺の腕に捕まりながら彼女は言う。何やら今日は一段と甘えてくる。恋人同士になったのに、いまだに変な気恥ずかしさを感じてしまうのはなぜか。何やら、遅れてきた青春の中にいるような感覚だった。これまではグループの総帥である父に従って生きてきた。百合子と付き合うということは、それと反した行動だ。初めて俺は、自分の意志で一人の女性を好きになり、「恋人」という甘酸っぱい関係になっている。ただ、そういう風に女性と付き合ったことなど今までなかった俺は、百合子に導かれるままだ。今日はドライバーにも暇を出し、夜景がきらめく東京の街を、徒歩で予約していた高級フレンチレストランへ向かう。それを提案してきたのも百合子だった。道すがら、百合子が商業ビルのショーウィンドーを指さし、「見て!」と声を上げる。そこには純白のウェディングドレスが飾られている。「ねえ、悠真さん、私に似合うかな?」その笑顔を見て、彼女が真に求めているものを思い、生唾を飲んだ。百合子との関係を続ければ当然、結婚という話も出てくるだろう。しかし、総帥――あの父親が、ダスクコーポレーションという落ち目の企業の娘との婚姻を許してくれるわけがない。だが、彼女の希望に満ちた瞳を見ていると、やはり彼女こそ運命の女性だ
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第10章:父の影*悠真
ベッドの上で、俺と百合子は激しく互いを求め合った。百合子はこれまで、何人の男を抱いてきたのだろう。俺は完全に、彼女にリードされるがままだった。遥花との行為とはまるで違う。ぎこちない遥花も、俺との相性は良かった。ただ、俺と結ばれるまでは未経験だと言った。つまり“たまたま”合ったというだけだ。百合子はいくつものテクニックを知り尽くしているように思えた。俺のようなタイプの男だって、確実に喜ばす術をもっている。偶然の相性か、必然の相性か。コトに関して、二人の女性を比べるものではないのだろう。ただ、娼婦のようなものとして受け入れていた遥花よりも、運命を感じて共にいる百合子の方がよほど娼婦のように思えてしまうのも、なんともチグハグな話にも思えた。百合子を抱きながら、確実に俺の肉欲は彼女で上書きされていく。もはや遥花の喘ぎ声さえも思い出せなくなっていた。「ね、こんなこと、ホテルのスイートなんかじゃ遠慮しちゃってできないでしょう?」コトが終わった直後の、放心状態の俺に百合子が微笑みかける。まだまだ余裕そうな彼女の様子に、劣等感を覚えてしまう。“私が、あなたを強くする”と言われたのは、そういう意味ではないだろうと思いつつも、まだまだ強くならねばと思ってしまった。ふとベッドの上で百合子のスマホが光り、通知音が静寂を破る。「何だ?」と尋ねると、裸の彼女は、「仕事の連絡よ。明日返せばいいんだから、気にしないで」と答える。「まだ入社2年目なのに、順調にキャリアを積んでいるんだな……」素直に感心しながら言った。「そうなの。私、案外、ちゃんと仕事デキる女なのよ。すごいのはベッドだけじゃないんだから」自信満々の百合子。こうして俺との時間を作ってくれていることも、やはり感謝しなければならないんだろう。彼女こそ俺の光だ。“ねえ、悠真さん、私に似合うかな?”食事の前に、ショーウィンドーのウェディングドレスを見ながら言った百合子の、眩しい笑顔を思い出す。俺も覚悟を決めねばならない。自分の道は、自分で選ぶのだ。再び、百合子を抱きしめる。「キャッ……悠真? なぁに、またシたいの?」彼女の蠱惑的な笑みに、また俺の欲望が疼き出す。今夜は俺だって、積極的にいこう。再び俺は、百合子という大きな海の中に身を委ねた。※数日後、ステアリングタワーの最上階、父のオフィ
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