「各位、覚悟はいいな?」 カレンさんの一言が新宿花伝へ響き渡り、部下たちが声を上げる。 実際の新宿警察署を前にして思う事、なんでこんなところにいるんだろって。犯罪したわけじゃないのに。 むしろ罪を犯してるのは警察側、東京から逃げようとした人々を無差別に殺していたのだから。正義の裁きを下すのは、今度は私たちの方なのかもしれない。「では、只今から行方不明者の捜索を開始する!」 代表のカレンさんを筆頭に、松と竹のチームが続いて入っていき、その後ろに私たち3人。 その途中、一つ深呼吸。大丈夫、ここに来るまでに準備はしてきた。 新宿花伝はここら辺りで有名らしく、道中でよく話しかけられていた。新宿花伝と七色蝶チームが手を組んだぞと話題になっているようで、それがとうとう新宿警察署へ入るって事だから、人だかりが出来ていた。「頼んだぞ~! 俺らはここら辺を守っとくから!」「"松竹梅の三銃士"と七色蝶のとこが組めば、ここもいけるだろ!」「俺もELになれたら参加できたのかな~。まぁでも死にたくねぇ~」 後ろで様々な声がする。"松竹梅の梅"って誰だろうと思ったけど、たぶんカレンさんの事かな。 そしてニイナは黒能面を付け、私たちもフードとお面を付ける。「いいですか、署内は私に続いてください。内部構造はよく知ってますから。一応その格好なら、最悪犯罪になっても逃げきれる可能性はあるでしょう」「やめてよ、入る前から犯罪者になる前提なの」「だって、私だけだと庇いきれませんよ。弁護士のアスタ様と探偵のカイがいればどうにかなりそうですけど」「え、アスタ君って弁護士だったの?」「ほぇ~!」 アスタ君は大学生で弁護士だそうで、特殊ルートでなったそう。警察、探偵、弁護士の三人が揃ってるって、どんなグループなのここ⋯⋯そういやアスタ君、胸元に弁護士バッジ付けてたかも?「さぁ行きましょう! ユキちゃん!」「あ、うん」 そして私たちは、"死人の赤巣窟"へと足を踏み入れた。「⋯⋯違う」「?」「⋯⋯知ってるのと違う」 なんかニイナの様子がおかしい。「こんな大きく【受付】なんて⋯⋯真ん中もこんなに広くない」 !? 突然、床が揺れ始めた。同時に【緊急地震速報】が全員のL.S.から鳴る。『緊急地震速報です、強い揺れに警戒してください。緊急地震速報です、強い揺れに警戒
ここに来る途中、聞いた話。 新宿駅にはさっきまで"大きいヤツ"がいたらしい。 私たちが新宿駅に着くちょうど10分ほど前、それが片付いたそう。あの時ヒナがXTwitterで見た写真は、"その解散する瞬間"だった。 この写真をアップしていたのが、このカレンさん。近辺で何があったかを、写真や動画で常にアップしているそう。その後に、新宿駅の地下は最近危険なのもあり、上がって来たヤツらを対処していたのがノノだった、というのがさっきまでの流れ。 今から新宿花伝との協力捜索になるわけだけど、時間が経って午後3時。「さて、そろそろ」 カレンさんがL.S.を見て言う。すると、左右から重厚感のある音が荒々しくし始めた。見ると、それぞれ"松と竹の派手な人?"の後ろにさらに数人、ゆっくりと歩いて来る。これは⋯⋯仲間って事でいいのよね? さっきカレンさんが仲間を呼んだって言ってたけど⋯⋯また変わった人たちがやってきた。L.S.を見ると、EL仕様の特別製。って事は、この人たちも選ばれた人。「歌舞伎町辺りはどうだった?」 カレンさんの声に、左の"松の人"が首を横へ振る。「御苑や公園の方は?」 続いて、右の"竹の人"が首を横へ振る。「なら、もう"あの場所"か」「!? 行くんですか!?」 驚くノノ。他の新宿花伝組も続いて声を上げる。 "あの場所"? 私は気になって割り込み、「どこですか?」 一言聞いた。すると、「⋯⋯"新宿警察署"よ」 呟くようにカレンさんは言った。「え、警察署?」「⋯⋯ユキ姉は何も知らない?」「う、うん、私は何も」「入った人たちが、まだ一人も出てきてない」「「一人も?!」」 ヒナと私の声がシンクロした。やっぱりヒナも知らなかったみたい。まだあまり出てない情報な気がする。「なんで警察署に? そこには何かあるんですか?」 続けてカレンさんに質問する。「まだよく分かってないわ、何があるのか。"相応の物がある"とだけ伝わってる」「そういや、警察の黒夢なら何か知ってるんじゃない?」 ノノが後ろにいるニイナへと話を振った。ニイナは険しい顔をすると、「⋯⋯知らない、何も」 ん? ニイナ? この後もどうするかの話し合いが続いた。新宿警察署へ本当に行くのかどうか。行けばどうなるだろう。警察を敵に回す事になるのだろうか。どっちにし
「うわ~きれい~!」「こんな場所が」 隣の二人が周りを見渡す。つられて私も。「これ全部、私が植えたの」 ケースに入ってる青い花を前に、しゃがんで彼女は言う。「花も喜んでるように見えますね」「そう? なら頑張って植えた甲斐があるわね」 少し嬉しそう。この数は相当苦労したはず。下から上まで花だらけの一室。この1か所だけ、別世界のよう。 上に"Little Life Garden"と可愛らしい字で書いてある、自分で書いたのかな? こんな壊れた都会の小さな庭園。ほんの少し、癒しを感じられる。「そういえば、お互い名前を知らないわね。住吉カレンよ、ここのみんなには"代表"と呼ばれてる」「新崎ユキです、こちらが町田ヒナ、それであちらが」「⋯⋯黒夢⋯⋯ニイナです」 ニイナが一歩出て言う。「あなた、さっき"黒い能面"を付けていたわね。あの速さ、特別な能力が付いてる?」「⋯⋯身体能力を1.5倍にします。"弓の場合は1.7倍"ですが」 ヒナが「そうだったんだねぇ」と呟く。使用武器に応じて上昇具合が変わるなんてのがあるんだ、全然知らなかった。まだまだUnRuleには謎な事が多い、知らない事ばかり。「似てるわね。私の"これ"と。この鎧は"2倍"、ただし"接近戦の場合だけ"。その黒い能面みたいに常に、とはいかない」「接近戦だけ、ですか。限定的すぎて、弓では使いものになりません」「そうね⋯⋯だからこれは運命だと思った」 カレンさんが立ち上がる。「⋯⋯覚悟を決めて外に出た日の夜だったわ。それまで、本当はこのまま死のうと思ってたの」「意外⋯⋯です」 私が小さく言うと、「そうでもないわ、強がってるだけだから。未だに怖いもの、"アイツら"に近付く時は」 同じだった。ELの恩恵があろうと、怖い物はやっぱり怖い。安心なんて言葉はどこにもない。「初めてアイツを見た時、そこにいた人全員が倒れてた。そんな中で、ただ一人がこっちへ叫んだの、"コイツをやれ"って。どうせ死ぬんだったらと思って、走って剣で突っ込んでやった、そしたら」 カレンさんの視線は"花の鎧"の方へ向く。「私だけが手に入れて、他の人は死んでしまった。あの人たちのおかげで弱ったところをやれただけなのに。今でも考えてしまう、ELもこれも、私でよかったのかなって」「⋯⋯弱音はそこまでにしてもらえま
「こんな事やれと言ってないぞ」「(⋯⋯げ⋯⋯なんで代表が)」「お前たちも何やってる!」「す、すみません! もう止められなくて⋯⋯」「だろうな、ノノは言い出したら聞きやしない」 全身花だらけの鎧? その人は周りを叱り、ノノへと寄っていく。「だってこの女が」「黙れッ!!」 突然の怒声。辺りに一斉に緊張感が走り、萎縮してしまう。あのノノさえも黙ってしまった。 なんなのこの人は⋯⋯? 代表って言ってたけど、ここの代表ってこと?「それは喧嘩で勝つために与えたわけではない。これ以上、新宿花伝に泥を塗るなら次はクビだからな」「⋯⋯はい」 その後、花鎧の人は一瞬ニイナを見たかと思えば、今度はこっちへと視線を移した。「⋯⋯ん? ⋯⋯それ⋯⋯もしかして!?」 え⋯⋯急になに⋯⋯? L.S.を見られてる⋯⋯? 袖を見ると、隠していたL.S.が剥き出しになっていた。 見られると対応が面倒だと思って隠していたけど、さっきの二人の勝負にムキになり、いつの間にか袖を捲ってしまっていたらしい。 「嘘だろ?」と突然ざわつく周囲。 他のELと会うのがそんな珍しい事なのかな? この花鎧の人もELみたいだけど⋯⋯「死んだって聞いたけど⋯⋯生きてたの?」「⋯⋯え」 あれ⋯⋯? ELを見つけた珍しさで驚いたわけではなくて、そっち?「亡霊じゃ、ない?」「生きてます⋯⋯けど」 凄い足音で次はノノが寄って来た。「ガチ!?」「⋯⋯?」 ノノはまじまじと私の顔を見てくる。目を凝らしたり、胸を見たり、足を見たり。何されてんのこれ?「ねぇ⋯⋯もしかして⋯⋯ユキ姉?」「え?」「可愛くなりすぎだって! ほら、三船ノノ! 覚えてない!?」 ノノは緑のフードをゆっくり降ろし、よく見てと謎のアピール。 ん~⋯⋯ ん⋯⋯?「⋯⋯あ! え!? ルイの家によく来てた!?」「そうそう!」「え、あの!?」「うん! ユキ姉いっつも私の事ルイ兄の妹だと勘違いしてたよね~!」「あー、そうだったね」「苗字が同じだからってさ~」 うわ、やっば。見れば見るほど思い出してきた。 小学生の時、ルイの家にノノがよく来ていた。互いの三船家同士が仕事関係で仲良かったんだったっけ。さらには苗字が三船同士もあって、よく意気投合してた。 私が行った時にちょうどいる事が多かった
「⋯⋯誰が⋯⋯雑魚だって?」 え、今の声誰?「⋯⋯ふざっけんなよ、クソぶりっ子がァッ!!」「ニ、ニイナちゃん!? えぇ!?」 ちょっと、どうしたらいいの!? 見た目からは想像付かないほどキレていたニイナ。 なんか昔の自分を少し重ねてしまった。ルイに止めてもらう前の、中学時代の自分を。彼はこんな気持ちだったのかな。今でもイラついた時たまに出ちゃうし⋯⋯「人の事をL.S.見て勝手に決めつけやがってッ!! 勝負しろクソぶりっ子ッ!! ルイ様の偽物がッ!!」「誰がぶりっ子だぁッ!? お前だって勝手に決め付けてるだろッ!! このクソヤリマン女がッ!!」 二人の悪口は止まらず⋯⋯ 結局収集付かず、1対1の勝負になってしまった。「あーあ、こんな雑魚相手してる暇ほんとはないんだけど」「黙れ、クソ慢心ぶりっ子。ヤバくなったからって途中で逃げるなよ」「⋯⋯いい加減にしろよ、口だけクソヤリマン女。それはお前だろうが」 ルールは、一応首元に武器が届いたら勝ちにはなってるけど⋯⋯ この二人だと、どこまでしてしまうか分からない。 最悪の場合、私たちが乱入して止めないとかも。ちなみに、他の新宿花伝の人は比較的いい人たち。「ノノさん⋯⋯前は優しかったのになぁ」「何かあったんですか?」「ELになった瞬間、変わってしまったんです。我慢していた分を爆発させるかのように⋯⋯"Another ELECTIONNER"っていう特殊なルートではあるんですけど」「"Another ELECTIONNER"って⋯⋯ヒナと同じじゃない!?」「え、私と!?」 会話を横目に、対決する二人の状況を見る。ちゃんと見ると、あの銃剣は"知っている銃剣"とはまるで違った。彼女が構えると、"幾つもの桜?"が銃全体に開花する。さらには、蝶の羽根が"桜模様?"へと変色した。さっきまで白く発光していたのに。「ふーん、弓か。そんなんでやろうっての?」「やれば分かる。さっさと来い」 ニイナが黒能面を付ける。「ほんと口だけは達者。やめてって言っても、もう遅いからなッ!!」 ノノから不意な一撃が放たれた。「!?」「なにあれ!?」 "数字の7"の形をしたビームが出現したからだ。でも、それを物ともしなかったのがニイナだった。突然、弓に口ができたかのようにそれを吸ってしまった。「はぁ!?
この"赤いヤツ"と対面する度に思い出す。陸田さんから逃げたあの日を。あの人はまだ大学にいる? 今ならどうにかできる? 思いが尽きないまま、戦いは進む。 ≪白雪の飛棍棒(スノーホワイト・ブーメラン)≫をズノウから選ぶと、鎌は青白いブーメランへとなり、それを全力で投げた。 これには自動で≪N-分離≫が付与され、Nは敵の数によって変わる。3つとなったブーメランは、それぞれの腕を強烈に貫通して吹き飛ばした。私だって、何も変わってないわけじゃない。 返ってくるブーメランは、さらに反対の腕も引き裂き、これでアイツらはもう銃を使えない。今まではルイの≪虹女神の真加護≫でヤツらの銃撃等を防いでいたけど⋯⋯今はヒナが≪天魔神の超重力≫を代用で張ってくれている。撃たれても、弾は勢いを無くして目の前でゆっくり落ちていく。ELにはこういった強力なズノウがある分、疲労度も大きい。 最後はヒナの黒い雨と、ニイナの矢の雨が降り、アイツらの動きを完全に止めた。あの部分だけ地面がかなり変形してしまっている。「さすがですね。私ではあれほどなりません」 ニイナが変形した地面の方を見る。「そうですか? ニイナちゃんも凄いですけど」「⋯⋯私は"ELECTIONNER"ではないので」 黒能面を外し、どこか遠くを見るような虚ろな顔。"初めて見た時のヒナ"にどこか少し似ている気がした。あの時のヒナもELに憧れていたし⋯⋯ 私には"あの力"で、ELにかなり近付いてると感じたけど、それでは足りないみたい。だけど、私たちも選ばれたくて選ばれたわけじゃない。「行きましょう。止まってるとまた来ます」 先を歩き出すニイナ。ヒナがこちらへと駆け寄って来た。「ねぇねぇ。ニイナちゃんは卑下しすぎのような⋯⋯」「経緯は違うけど、前のあなたに少し似てるのかも」「あー⋯⋯」「ヒナの言葉が効くのよ、良くも悪くも」 今回のアスタ君の件で、余計に葛藤があるのかもしれない。選ばれてれば、もっとやれるのにって。 ⋯⋯言えた立場じゃない。選ばれた私は"大事な人"を置いて行ったのに⋯⋯ この後も何度かモンスターやネルトと対峙した。赤いヤツらほどじゃないにしても、常に油断は出来ない。「新宿駅ね」 ここに来るまでに全く人を見かけなかった。一人もいないなんて、そんな事ある? 見かけたのは"無用なサイネージ"だ