「あんちゃん、覚悟は出来たか? オレは最初から全力だぜ!」開始早々、ガリックは斧を振り上げて、俺を攻撃してきた。「覚悟を決めないと……」勝てるかどうかはわからないけど、やるだけやってみよう。俺は自分に言い聞かせるように言うと、素早く剣を構えた。でもなかなか斧が振り下ろされてこない。「ん?」なんでこんなに遅いんだ?ガリックの攻撃がすごく遅く感じる。余裕でかわすことが出来た。「???」ガリックもなんか驚いているみたいだが、俺も驚いている。なんでこんなに相手の動きが見えるようになっているのか……セバスチャンとの訓練でもほとんど攻撃は見えていなかった。マリーとの模擬戦もかわすのがやっとという感じだったし……少しでもタイミングが遅くなるとすぐに当てられた。「あんちゃん…… よくオレの攻撃をかわせたな。 まぁ、たまたまだろうけどな。 次はこうはいかんぞ」ガリックは矢継ぎ早に斧を振り回す。でも……遅い。凄く遅い。なんだこの感じ。次々にかわす俺。そんな俺を見て歓声が沸く。あれ?それほど沸くことをしているのか?ガリックは俺に交わされて、さらにムキになってなって斧を力いっぱい振り回してきた。それも余裕でかわした。「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ……」ガリックは息切れを起こしている。「あん……ちゃん…… 避け……てばか……りいて……全然……攻撃……しないのか…… 俺が……そん……なに……怖い……のか?」疲れ切っていても強気な姿勢は変わっていないようだ。でもなんでこんなに簡単にかわせるんだ。もしかして……訓練の成果?セバスチャンの訓練ってもしかして凄かった?これならこっちの攻撃も当たるかも。「なら、こっちから行くぞ」剣を構え直し、ガリックに詰め寄り、剣を薙ぎ払う。――ブンそれに対してガリックは無防備のままだった。「ウギャーーーー」得も言われぬ声でガリックは吹っ飛んでいって、壁に激突した。一瞬静まり帰った闘技場――次の瞬間、大歓声に包まれた。「ガリックは戦闘不能。 勝者は勇者アグリ!」審判がそう告げると、さらに歓声が広がった。「俺、勝ったんだ……」拳を握りしめ、ガッツポーズをした。その姿を見た観客たちは、大きな声で声援を送ってくれた。しばらく歓声を浴びていたが、ふと我に返る。歓声の大きさ
部屋を飛び出した一件の後、あっという間に武闘大会の日になった。その間も、何もしていなといろいろ考えてしまうので……セバスチャンにいつも通り訓練をしてもらっていた。身体を動かしていると無心になれるというか考えずに済むから。セバスチャンの訓練も首都までの道中よりも、もう一段階上がった訓練になった。そのこともあってか、訓練後は疲れ果てて夕食後はすぐ寝てしまっていた。その間、ゾルダはと言うと……いつもと変わらぬ様子で、城のあちこちに出かけて、部屋にいないことが多かった。そのことをマリーに尋ねたのだが……「マリーは何も知らないですわ。 ねえさまは『忙しいのじゃ忙しいのじゃ』と言って…… 全然マリーの事構ってくれませんし……」と、何かやっているようだったけど、疲れてそこまで考えるほどの余裕はなかった。そして武闘大会当日――大会に参加したのは俺も含めて16名。急遽の開催ということもあって、人が集まらないかと思ったが……思いのほか人は集まって大会らしい大会になっていた。近隣から名うての冒険者や貴族の護衛、名を上げたい荒くれ者、国王の騎士団からの推薦者などなど……俺に一泡吹かせて、名前を売ろうと思っている者たちがエントリーしていた。「おっ、あんちゃんが、勇者か? なんか弱そうだな。 いろいろと話は聞いているけど、本当にお前がやったんか?」威勢のいい荒くれ者は俺に対して因縁をつけてきた。まぁ、そう思われても仕方ないのかもしれない。この場に居て、このメンツを見て正直まったく自信がないからだ。「ハハッ……ハハッ……」俺は愛想笑いをしてその場をごまかしてやり過ごした。そこへ、騎士団長が現れ、ルール説明が行われた。ルールとしてはざっとこんな感じ。・武器の使用は自由だが、武器は国が用意した模擬戦用の物を使用・魔法は禁止、使った時点で反則負けとする・武器に関するスキルの使用は可能(アトリビュートもOK)・降参するか戦闘不能と審判が判断したら負け「模擬戦の武器だからそこまで大けがにつながることはないとは思う。 スキルも弱体化の腕輪をつけてもらうから問題ないとは思うが…… お互い敬意を持って戦ってほしい」騎士団は最後にそう言って、ルールの説明が終わった。その後、トーナメントの組み合わせをすることになった。俺はくじ引きを引くこ
あやつが部屋を出ていきおった。あまりにもグジグジするあやつに、ちょっとイライラしたワシは、思わず声を荒げてしまった。そうしたら、何も言わずあやつが出ていってしまった。「…… 何がいけなかったのじゃ?」何かあやつに対して変なことをしたのか……思い当たることがないのぅ。「お嬢様…… 少し言い過ぎだったかと思います」セバスチャンが苦笑いしながら、ワシに近づいてきた。「何を言い過ぎたのじゃ? あやつが煮え切らないのがいけないのではないか? それに、あやつの強さを示す絶好の機会じゃと思うのだじゃが……」あやつが前々から少しおかしいのは感じておった。ワシらと共に行動しているとあやつがワシらより弱いので、戦果も挙げられていないのは知っていた。そこを気にしているのかと思ったから、国王を嗾けて武闘大会を開催するように言った。人族相手なら十分あやつも通用するからのぅ。「アグリ殿はここでの自分の立場に悩んでいるのかと思います。 確かにお嬢様が言う通りに、アグリ殿が自分自身が成長していることを実感できれば…… 悩みの一つも解消されるかもしれませんが…… そう簡単なものではないでしょう。 私たちと共に行動している限り、役に立っていないと大きく感じるのではないでしょうか……」「うむ……」セバスチャンはさらに話を続ける。「アグリ殿は強くなったことを実感したいということではなく…… 私たちの役に立ちたいという思いが強いのではないかと思われます。 アグリ殿は異世界から来られた方。 その世界では、もしかしたらそういう観念が強いのかもしれません」もしセバスチャンが言うことがあやつの本心であるのであれば……「だとしたらじゃ…… さっきのワシは言い過ぎたじゃろうか? このままあやつが戻ってこなかったどうしよう」あやつのことを……アグリのことを……思って取り計らったつもりじゃが、逆効果じゃったようのぅ……ワシはあやつが強くなりたいと願っているのじゃと思っていたのじゃが……なんとも言えない気持ちが沸き上がってくる。どうしたらいいのじゃ。あやつが戻ってくるにはどうすればいいのじゃ……「のぅ、セバスチャン。 あやつを探しに行った方がいいじゃろうか?」「今はそっとしてあげたほうがよろしいかと思います。 アグリ殿も気持ちの整理が必要にな
昨晩、国王が宴で突如発表した武闘大会――なんか俺も出ることになっている。相談も無いし、出るとも言っていないんだが……「ゾルダ、お前国王様に何か吹き込んだ?」どうせゾルダが何か仕掛けたのだろうと思い、問いただした。「さぁ、のぅ…… 何のことやらさっぱりわからんのじゃ」ゾルダはあくまでもしらを切り通すらしい。その顔はにやつきが止まっていない。「あのさ…… 俺がいつ出るって言った? そもそも武闘大会なんて出ている時間もないんじゃないのか?」「まぁ、まぁ、そう目くじら立てんでものぅ。 ここでおぬしが出なければ国王様のメンツをつぶすことになるぞ」「ぬぐぐぐ…… そりゃそうだけどさ……」なんかゾルダにしてやられた感じがある。悔しさが顔に滲み出る。「いいのではないでしょうか。 アグリ殿のいい訓練とこれまでの成果を試す場としては」セバスチャンは前向きにとらえるようにと俺にアドバイスをしてきた。確かにそうではあるのだが……「でもさ…… 俺って強くなっているのかな…… 魔王軍との戦いでもそう役に立った覚えはないし」「アグリはそんなこと気にしているのですか? そりゃ、ねえさまやセバスチャン、マリーに比べたら弱いですが…… 人族ならそこそこいけると思いますわ」マリーからどストレートな意見を言われた。しかもそこそこって……「そういう評価なんだ、俺って…… でもさぁ、勇者が簡単に負けたら、何を言われるかわからないし…… この状況って、俺は勝たないといけないよね。 プレッシャーも半端ないんだけど……」弱音や愚痴が次から次へと口から出てくる。自信がないし、強くなったかもわからない。でも勝つことを義務付けられているような大会だ。そんな感じでどう戦えと言うのだ。「おぬしは相変わらずグチグチ言うのぅ。 腹をくくるのじゃ! 今までの成果もあるし、ワシらから訓練もしておる。 もう少し自信を持たぬか!」俺の愚痴にイライラしたゾルダが俺に対して怒りをぶつけてきた。「ワシがせっかくお膳立てしてやったのに…… おぬしが越えられぬ壁を用意したつもりはないのじゃ! 十分強くなっておる。 人族相手なら正直手加減したほうがいいぐらいじゃ!」自信を持て、強くなったと言われても、結果が出ていない以上実感がないのも事実である。そこを
アグリ殿が国王と謁見なされた後に、部屋に通された私たちはしばらくの休息と相成りました。お嬢様は部屋に用意されていた食べ物や飲み物を頬張っておりました。またこの後宴があるのに、どれだけ食べられるのか……少し小言を言わないといけないかもしれません。マリーは……相変わらずお嬢様にベッタリですね。前から人前でそのような態度をとるのを改めるように言っているのに……なかなかと改めません。こちらもいずれ一言言わないと……ふぅ……アグリ殿は今までの訓練の疲れもあるのか、ベッドで横になって寝ているようです。私の訓練も人族として考えれば過酷なものです。魔族のエリート用のものですから。それをギリギリでもついてこれるのは、やはり勇者だからなのでしょうか……お嬢様の所為で目立ちはしないですが、アグリ殿も十分強くはなられているとは思います。ちょっと卑屈というか自分自身を過小評価されているようなので……どこかで成功体験を積ませればさらに伸びそうな方です。お嬢様のそばに立って部屋を見渡してそのようなことを考えていました。封印されてからどのくらいの月日がたったかわかりませんが……またこうしてお嬢様と共にあることができるは非常に感慨深いです。この時をできるだけ長く続けられればと思います。そのためにも、もう1ランクも2ランクもアグリ殿を底上げしなければなりません。今後は実戦も取り入れてさらに強くなっていただきましょう。封印が解けてからゆっくりと考えることもありませんでした。いろいろと考えてしまいました。しばらくすると、国王の使いが部屋に入ってきました。――コンコン「宴の準備が整いました。 お召し物は部屋に準備してありますので、御着替えいただき、会場までお越しください」「これはこれはご丁寧にありがとうございます。 承知いたしました」私は国王の使いに挨拶をしました。使いの方のも丁寧にお辞儀をして戻っていかれました。それからクローゼットの中を見ると、衣服がたくさん用意されていました。お嬢様とマリーはあれやこれやいいながら服を選んでおりました。アグリ殿はこういった場はあまり好きではないようで、何を着ていけばいいのかと悩んでおりました。それを見かねたお嬢様とマリーは、アグリ殿の服を選んでいました。ただその後がいけません。アグリ殿の前で、
訓練と移動を繰り返しながらさらに数日――ようやく首都セントハムに到着した。その間、魔王軍が襲ってくることもなく……あれだけちょくちょくと現れていた魔王軍だったのに。「なんかここに辿りつくまで、魔王軍は一回も来なかったな。 ちょっと不気味に感じる……」俺はゾルダにそう話しかけた。「そりゃ、当然じゃろ。 あれだけギタギタにされて、策もなく突っ込んでくる奴らはおらんのぅ。 どうせ、ゼドのことじゃ、何かまた企んでおるのじゃろぅ」ゾルダは『これだけ負ければ普通は考える』と言わんばかりに答える。「メフィストは流石にゼド様の下に戻っていないとは思いますが…… 連絡がないことに異変を感じていらっしゃるかと。 次の策を考えているところでしょう」セバスチャンはゼドの心中を察するかのようなことを言っている。詳しくは聞いていないけど、セバスチャンもゼドとの付き合いは長いのだろう。「あきらかに力負けしているのだから、ねえさまが言い通りですわ。 ゼドっちもバカではないですから」マリーもみんなの意見に同調していた。「そういうものかな…… 魔王軍はもっとなんかこう脳筋ばかりかと……」今までが今までだけに、浅はかな考えでくる奴らばかりなのかと思っていた。そう感じたことを口にしたのだが……「それではワシらがバカみたいではないか」とゾルダが怒り始めた。「いや、そういう意味ではなく……」しどろもどろになっている俺をセバスチャンがフォローしてくれた。「お嬢様、アグリ殿は今の魔王軍のことをおっしゃっているのですよ」「おぅ、そうか。 確かにワシが魔王していた頃より、考えが浅い奴らが多い気がするがのぅ。 それもゼドの自業自得じゃろ。 あれだけ自己中心的なら、周りから何も言えんのぅ」ゾルダさん、自分の事を棚に上げて自己中とは……「えっ…… ゾルダも十分自己中だと……」「ワシがか? どこが自己中じゃと? ワシは周りの事をいつも思っておるぞ」どこが周り思いなのか……俺は振り回されているけどね。「はいはい」そんな思いが言葉の端々に滲む返事をした。「おぬしはその、『はいはい』と軽くあしらうのをやめるのじゃ。 でもないと…… おい、セバスチャン! こいつの訓練、もっと厳しくするのじゃ」「はっ、仰せのままに」この数日で少しは耐えれる