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第513話

Author: 十一
「誰の許可で入ったんだ?うちの実験室は畜生を歓迎しない。さっさと失せろ、手を出す前に」

「てめえ、誰に向かってそんな口をきいてやがる!」浩史は顔を真っ赤にして怒鳴った。

学而は涼しい顔で言った。「誰が反応したかって?それが畜生ってことだ。ほら、すぐに名乗り出た」

「な、なにを……っ」

真由美は冷笑を浮かべた。「何を得意になってるの?研究科中どこも問題ないのに、あんたたちの実験室だけ改善対象なんて、恥さらしもいいところ。まだ強がるつもり?

消防改善って聞いたけど、数か月はかかるらしいじゃない。残念だね、長い間実験室を使えなくなるんじゃない?『Science』に載せたからって何?学校に重視されてないくせに、何を威張ってるのよ」

凛は笑った。「本当は言うつもりなかったんだ。あなたが耐えられないかと思ってね。でも考え直したら、畜生に情けをかけるのは自分を苦しめるだけだって気づいた。だから遠慮なく言わせてもらう。

そうよ、私が『Science』に載せたからって何?あなたは載せたことすらないんでしょ?内心、相当嫉妬してるんじゃない?でも残念ね、学術的な実力って、嫉妬したからって手に入るものじゃないの。ダメなものはダメ。口がどれだけ達者でも意味ないわ、そうでしょ?」

「な、なにを……っ」

凛は真由美をじっと見据えた。「実はずっと疑問だったの。あなたみたいにぶらぶらして、騒ぎがあればすぐ飛びつく生活で、一体いつ実験や論文を書いているの?成果を出している人は、誰もが寝る間も惜しんで研究室にこもっているのに。あなただけが暇そうで……どうにも怪しいわ」

そこで凛はわざと間を置き、真由美のわずかな表情の変化を見逃さずに言い放った。「その論文、本当に自分で書いたの?」

「な、何を言ってるの!?あんた、自分が誰だと思ってるの!?暇なときだけ見て、研究室で必死に進めてたときはどうして言わないのよ!」

「進めてた?それともスマホいじってた?」

「私はたくさん実験をして、たくさん報告書を……」

「じゃあ聞くけど、POTパラメータはC-xp座標表示器で何の数値を示すの?ドメインは?区間パラメータの範囲はおおよそいくつ?」

「……」真由美は言葉を失った。

一語一語は聞き取れたが、繋げると意味がまったく分からない。

「こんな基礎的な操作も知らないのに、たくさん実験したって
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