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第534話
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元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第548話
「先生、そんなに急がないでください……」凛は慌てて追いかけた。やっと追いつくと、陽一が振り返り、呆れたように彼女を見た。「そんなに面白いのか？」凛は勢いよく頷いた。「面白いです！」本当に楽しくて仕方ない！陽一はため息をついた。「でも、手袋もマフラーも濡れてるだろう」「大丈夫です！」凛は即座に口を開いた。「十五分前も同じこと言ってたぞ。『もう少し遊んだら帰る』って」……あっ。凛は呆然とした。自分、そんなこと言っただろうか？え、えっと……覚えてない……陽一は淡々と言った。「帰ろう。遊ぶにしても、手袋とマフラー、それに靴を替えてからだ」凛がふと足元を見ると、ブーツがすっかり濡れていることに気づいた。自分でも気づかなかったのに、陽一はちゃんと見抜いていたのだ。「……わかりました」凛は仕方なく後に続いたが、その拍子に陽一の手から雪遊び道具の入ったバケツを受け取った。「先生、これは私が持ちます」陽一は言葉を失った。凛は無邪気な顔で口走ってしまう。「こっそり遊ぼうなんて思ってません」言った途端、自分に口がなければよかったとさえ思った。陽一は再び、言葉を失った。陽一は彼女の次の行動を見透かしていたかのように、凛が着替えを終えると、再び彼女の部屋のドアをノックした。「先生？」「旧皇居で雪を見に行かないか？」「今からですか？」凛は少し戸惑いながら首を傾げた。「ああ」「でも、チケットはもう売り切れてるみたいで……」「僕と一緒ならチケットはいらない」「！」凛は絶句した。それは行くしかないでしょ！二人はすぐに出発した。陽一は彼女を連れて、長蛇の列ができている入口を避け、別の小さな門から中へと入っていった。中に入ると、宮殿の裏庭に出た。進んでいくと、井戸と一本の杏の木があり、さらに正面の門を抜けると、広々とした広場が視界いっぱいに広がった。次の瞬間、凛は目の前の絶景に息を呑んだ。ネットで言われているのも無理はない。雪が降れば、帝都はまるで千年の時空を超えたような美しさに包まれる。凛は廊下へと駆け寄り、舞い散る雪の中で振り返りながら笑った。「先生――早く来てください！どうして突っ立ってるのですか？頭に雪が積もっちゃいますよ！」その時、陽一の脳裏に浮かんだ
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第547話
凛は素早く身支度を整え、ダウンジャケットを羽織り、マフラーを巻きながら階段を駆け下りた。外に出ると、子供たちがすでに大勢、雪遊びの道具を手に思い思いに雪ではしゃいでいた。今年最初の雪は、やはり格別の出来事だった。その人だかりの外側で、陽一が雪に覆われた木の下に立ち、笑みを浮かべながら彼女を見ていた。凛の瞳がぱっと輝き、すぐに駆け寄っていく。近づいて初めて気づいた。彼の足元には円筒形のバケツが置かれ、その中には――雪玉作り器、小さなシャベル、プラスチックの熊手……しかも雪玉作り器はひとつだけではなく、さまざまな形のものが揃っていた。「こ、これは……」凛は思わず唾を飲み込んだ。「君に、遊んでほしくて」陽一は穏やかに言った。あっ！「先生、私は子供じゃありません……」――しかし二分後。凛は興奮して手を振った。「先生！見てください、このアヒル！すごく似てるでしょう？！この小さな恐竜も、めちゃくちゃ可愛いです！先生、あそこのきれいな雪をこのシャベルで取ってきてもらえます？真っ白なやつでね、ちょっとでも黒いのが混ざってたらダメですから――先生——先生……」凛は興奮しすぎていた。通りかかった近所の人々が、思わず訝しげに彼女へ視線を向ける。仕方ない、彼女は南方出身なんだから！南方の人間にしか分からない、大雪は特別な価値がある。彼女は夢中になって楽しんでいた。陽一はそんな凛を眺め、ときどき彼女に呼ばれては、従者のように走り回り——それすら楽しそうだった。……朝日は今まさに実験室で頭を抱えていた。「もう何時だと思ってるんだ。陽一はまだ来ないのか？昨日の二組のデータは両方とも問題が出て、あいつに修正してもらうのを待ってるんだぞ！」博文が驚いて言った。「金子先生、庄司先生を待ってるのか？」「そうだが、どうかしたのか？」「その……庄司先生は今日、休暇を取った」「休暇？！いつ申請したんだ？！なんで俺は聞いてないんだ？！」「……庄司先生は昨夜の深夜にメールを送ってきて、その中で――自分がいない間は研究室の仕事を全部金子先生に任せる、と書いてた」朝日は「？」と固まった。朝から出勤したら、まるで天が崩れ落ちた気分だった。真奈美が窓際に歩み寄り、外を眺めながら言った。「今年
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第546話
凛はずっと気になっていた。陽一は本当に香水を使っているのだろうか。しかし、この質問はなかなか聞きづらく、しばらく胸にしまっておくしかなかった。凛は照れくさそうに笑った。「ありがとうございます、先生。出かける時にマフラーを忘れてしまって……」実は忘れたわけではなく、ただ面倒くさかっただけだ。ゴミを捨てたらすぐ戻るつもりだったから、こんな短い距離ならマフラーは要らないと思ったのだ。陽一は本当に彼女の考えに気づかなかったのだろうか。実は見抜いていながら口にせず、ただ静かに自分のマフラーを差し出したのだ。「さっき尾崎和弘（おざき かずひろ）・早織（さおり）先生ご夫婦がどうして子供を持たなかったのかって聞いていたんだろう。二人は欲しくなかったわけじゃなくて、早織先生の体が弱くて授かれなかったんだ」あの時代、女性が子供を産めないというのは、ほとんど死刑宣告に等しかった。和弘の家族は到底受け入れられず、二人に離婚を迫った。早織は罪悪感から、これ以上彼を縛りつけまいと、自ら悪役を引き受けるようにして離婚を切り出した。しかし和弘はどうしても同意しなかった。「……聞いた話では、和弘先生は妻を取り戻すため、新聞に声明を出して家族と絶縁したそうだ。その後、二十年ものあいだ一切連絡を取らず、やがて家族が現実を受け入れてからようやく往来が戻ったとか。でも、もう以前のように親密な関係ではなくなってしまったそうだ」早織はもともと孤児だった。和弘は彼女のために、自ら家族を捨てた。それ以来、二人の人生にはお互いしか存在しなかった。凛は話を聞き終え、目をぼんやりとさせた。「あの時代は本当に素敵ですね……人が生涯をかけて愛せるのは、たった一人だけ」凛は前方を見つめ、陽一はそんな彼女を見つめていた。風景を眺めているその姿は、同時に他人の目に映る風景でもある。凛が吐いた息は白い霧となり、凝結した霜のように揺れた。「今年は雪が降るかな……」彼女は小さくつぶやいた。去年は雪とは呼べなかった。ほんのひとひら舞っただけで、地に落ちるとすぐに水になり、積もることはなかったのだから。一昨年は雪が降ったが、その頃の凛は海斗と喧嘩していて、雪を眺める気分にはなれなかった。今思い返すと、本当に愚かだったと思う。せっかくの
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第545話
食器は二人で一緒に洗い、キッチンも二人で片づけた。最後に、並んで外へ――ゴミ出しに。凛はダウンジャケットを羽織り、ゴミ袋を手に玄関を出た。陽一も家に戻り、大きな袋を二つ抱えて現れる。「先生、どれくらいゴミを捨ててなかったんですか？」「……半月くらいかな」「……」まさかそんな人だったとは。幸い中身は包装箱やビニール袋ばかりで、腐りやすい生ゴミや果物の皮はなかった。「行きましょう」二人が階段を下りると、同じ棟の老夫婦と鉢合わせた。ゴミを捨て終え、手をつないで帰るところだった。ちょうど鉢合わせた。「庄司くんと凛もゴミ捨て？」「はい」陽一はうなずいた。おばあさんはにこにこと凛に視線を向ける。「凛、今日は何か美味しいもの作ったの？階下までいい匂いがしてたわよ」「キノコ鍋です」「まあ！庄司くんが昨日受け取ったあのキノコの箱を使ったのね？」昨日、陽一が宅配を受け取ったとき、ちょうど買い物帰りのおばあさんに出会い、キノコの保存方法を尋ねていたのだ。凛は小さくうなずいた。おばあさんの笑みはいっそう華やぎ、声も弾んだ。「食材を用意する人と、料理する人。しかも向かいの部屋同士だなんて、これはもう運命ね！もうこんなに仲良しなんだから、いっそ付き合えばいいのに！」年配の人の言葉は、率直で大胆だ。凛は最初意味がわからずにいたが、陽一の咳払いでようやく我に返り、慌てて手を振った。「いえいえ、誤解です……」けれどもおばあさんは、すぐさま手を上げてさえぎった。「説明はいらないの。二人が楽しければそれで十分！さあ行きましょうよ、あなた、帰るわよ！」「ええ——」おじいさんはにこにこと頷いた。「いつも余計なことを言って、庄司くんと凛を赤面させてしまうじゃないか」「どこが余計なことよ？思い出してみなさいな。私たちだって、上と下の階に住んでいたから知り合ったんでしょう？あの頃は世間の風潮がずいぶん堅苦しくて、二年も付き合ってやっと本音を打ち明けられたんだから。今の世の中はもっと開けてるんだもの。若い人には、もっと機会を作ってあげなきゃね……」老夫婦の声は、だんだん遠ざかっていった。凛の頬は赤らんでいた。陽一は視線の置き場に困っている。二人は無言のまま階段を下り、無言のままゴミを捨てた。「私—
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第544話
「それではランニングの頻度は……」ちょっと多すぎませんか？知らない人が見たら、マラソンに出場するために事前準備しているのかと思うかもしれませんよ……陽一は微笑んだ。よく見れば、その笑みにはわずかな気まずさが隠されていた。凛はさらに尋ねた。「最近、研究は忙しくないんですか？」「うん、仕事の一部は朝日に任せてある」その頃、まだ研究室でせっせと働いていた朝日はくしゃみが止まらなかった。「ハックション！ハックション！」陽一のやつ！仕事を丸投げするなんて！陽一は彼女に尋ねた。「朝ごはんは食べた？」凛は頷いた。「食べました。先生は？」「僕も食べたよ。今日はほかに予定は？」凛は少し考えてから答えた。「今のところ特にありません。強いて言えば、何本か論文を読まなきゃいけないくらいですね」「昨日、友人が野生のキノコを一箱送ってくれたんだ。君が持っていって食べるといい」野生のキノコ？これは貴重なものだ。「どうして私にくださるんですか？先生は召し上がらないんですか？」陽一は失笑した。「普段、家で料理をすることはほとんどないからね。キノコは置いておくとすぐに傷んでしまう。だから君にあげるのが一番だと思って」「それなら、遠慮なくいただきます！」二人は一緒に階段を上った。凛が陽一の家に行くと、扉の後ろに大きな発泡スチロールの箱が置かれていた。開けてみると、中にはさまざまなキノコがぎっしり。冬に食べられるキノコをすべて取り寄せた、と言っても大げさではなかった。それぞれのキノコは種類ごとに袋に分けられ、真空パックにされて保存されている。だから長距離輸送され、さらに一日置かれていても、見た目はまだとても新鮮だ。凛はまるで宝物を手に入れたかのように声を弾ませた。「先生、これって市場ではなかなか買えないものですよ。本当にいらないんですか？」陽一は首を振り、押しやるように言った。「全部持って行け」「了解～！じゃあ今夜は一緒にキノコ鍋を食べましょう！」凛はそう言って箱を抱え、満足そうに自宅へ戻っていった。陽一には断る暇さえ与えなかった。午後五時、陽一は時間を見計らって凛の家にやって来た。キッチンに足を踏み入れると、凛はすでに種類ごとのキノコを洗い、水を切って整然と並べていた。「どうして僕が来るまで待って
元カレのことを絶対に許さない雨宮さん 第543話
亜希子はよくわかっていた。一度承諾すれば、二人の関係は取引に過ぎなくなる。それは、彼女が本当に望んでいたものとはまるで違っていた。でも断ったら……目の前の男は立ち上がり、振り返りもせず去っていくだろう。彼女はそう確信していた。そして、それは彼女にとって相手に近づける唯一の機会かもしれなかった。「……いいわ、承諾する」亜希子はわざと気軽に笑ってみせた。「どうせ偽物なんだし、考えてみれば私の得よね」今は偽物でも、未来のことなんて誰にもわからない。時間さえあれば……海斗は半ば伏せたまぶたの下、表情一つ動かさずに言った。「よし、後で秘書に契約書を作らせる。そこにサインすればいい」はっきり文字に残しておけば、余計な揉め事は起きない。それは、晴香との過去から学んだ教訓だった。亜希子は笑顔で頷いた。「わかったわ」だが、胸の奥はずしりと沈んだ。やはり、彼は本当に自分と関わりたくないのだ。女にまとわりつかれることを、心底恐れている。「じゃあ……LINE交換してもいい？その方が連絡しやすいし」亜希子はあくまで自然体を装い、スマホを差し出した。海斗は小さく「うん」と答え、画面をスキャンして追加する。亜希子は即座に確認した。その瞬間、彼のプロフィール画像が目に映った。霞に包まれた川面を描いた山水画。たゆたう靄の中に、一隻の小舟が静かに漂っていた――「偶然ね、あなたの画像は水で、私のは雲なの」海斗は淡々と返す。「水と雲に何の偶然が？」亜希子は一瞬言葉を詰まらせ、「……どちらも風景でしょ」と笑ってごまかした。しかし海斗はすぐに訂正する。「俺の画像は水じゃない」「え？」「雨だ」亜希子はぎこちなく笑った。「そうなの……さっきよく見てなかった……」海斗は指先でプロフィール画像の風景を軽くなぞり、低く呟いた。「雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも……凛々しく咲き誇る」亜希子は一瞬、言葉を失い、笑顔も消えた。「そういえば、まだあなたの名前を知らないわ……ほら、私の名前送ったから」そう言って亜希子は送信ボタンを押した。だが男はもう携帯をしまい、簡潔に告げた。「入江海斗だ」亜希子は口を開き、まだ何か言おうとしたが、彼はすでに立ち上がり、去ろうとしていた。二歩進んだところで、ふと何かを思い
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