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第6話

Author: 水無月
彼はいつも仕事を最優先にしていて、私が子宮外妊娠手術を受けた時ですら、私を一人で病院へ行かせていたのだった。

この時、ちょうど輝から電話がかかってきた。

「今、重要な取引の最終段階だ。何をしているんだ?」と彼は電話口で尋ねた。

文宏は空港の駐車場に車を停め、暗い顔で言った。

「葵が海外へ行ってしまった」

「取引の交渉か?」輝は訝しがりながらも、嫌な予感がしていた。

「お前たちが前に忠告してくれたのは、俺が静香に優しくしすぎているせいだったのか?俺たちがあんまりにも親密すぎたから?」

文宏がそう言うと、相手は小さく「ああ」と頷いた。

だからなんだ。最初から気が付いていないのは、自分だけだったのだ。

「俺が悪かった。静香が帰ってきてから、つい昔みたいに彼女のことを気にかけてしまって......

彼女はすごく頼ってくるし、俺がいないと何もできないから。

もっと早く、彼女と距離を置くべきだった。

葵と離婚したくない。でも、彼女を何度も失望させてしまった」

文宏は堰を切ったように泣き出した。

「......もう分かったから。行ってこいよ」

その時、私はすでにL市に到着していた。

教授と先輩・田中清彦(たなか きよひこ)が空港で私を待っていた。

この街に来るのは久しぶりだ。前に来た時は、バタバタしていたから、彼らに会う暇もなかった。

今はただ、吹っ切れたかのような気分で、これからは、私、自分のために生きるわ。

文宏が私を探しに来ることはないだろう。

「葵、ついに決心してくれたんだな。まず、研究所を見学しに行こう」

教授は、私が研究所に入ることをとても喜んでくれていた。

大学時代、私は彼の自慢な弟子だったのに、卒業後は文宏の会社に入ってしまった。

そして、そんな研究室を去った私を、教授はすごく残念がっていた。

あの時、私を見ると教授は憤りが隠せずにいたし、清彦も私を「恋愛依存症」と呆れていた。

「葵、もし将来、研究所に戻りたくなったら、いつでも連絡しろ。女性はもっと自由に生きるべきだ」

今からやり直しても遅くはない。

私はついに、ここに来た。

「離婚の件は、清彦に任せてある。弁護士も、彼が紹介してくれた」

そういうと、教授はため息をついた。

私は清彦に目を向けた。

「先輩、これからお世話になるね!」

私は笑顔で言った
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