Masuk初恋の相手を亡くした伊織曜(いおり よう)は十年もの間、私を憎み続けた。 どれだけ尽くしても、返ってくるのは冷たい視線と、「本当に償いたいなら、死んでくれ」の一言だけ。 それでも、あの日、暴走トラックが突っ込んできた瞬間、私を庇って血まみれになったのは、曜だった。 最期の瞬間、息も絶え絶えに私をじっと見つめて、曜はかすれた声で言った。 「もし、お前と出会ってなければ......よかったのに」 葬儀で、義母は泣き叫んでいた。 「曜と芽依を一緒にしてあげればよかった!無理にあんたと結婚させなきゃよかったのに!」 義父の視線は、まるで刃のように鋭くて冷たかった。 「曜はお前のために三回も命をかけたんだぞ!あんなにいい子が......なんで、お前じゃなくて、あの子が......!」 誰もが、私と曜の結婚を後悔してた。私自身でさえも、そうだった。 ぼろ雑巾のように追い出された葬儀の帰り道、私はもう、生きてる意味すらわからなくなっていた。 それから三年後―― 時をさかのぼるタイムマシンが現れて、私は過去に戻ることになった。 今度こそ、曜との縁は全部断ち切るって決めた。誰の心にも後悔が残らない世界を、私が作ってみせる。 今度こそ、曜のそばを離れて、彼に自由になってもらうんだ。
Lihat lebih banyak後になって発表されたリストに、なんと意外にも私の名前が載っていた。その日、私はカフェで曜を見かけて、思わず問いかけた。「これ、あなたが手助けしてくれたんでしょ?どんな代償を払ったの?」曜は軽く笑って言った。「ちょっと株を譲っただけさ。大したことじゃないよ。真優ちゃんには、それだけの価値があるって思ったから」私は思わず苦笑しそうになった。それが「大したことじゃない」なんて、そんなはずがない。曜がそんなことを株主総会の承認も取らずにやったとは到底思えなかった。曜はさらに続けた。「そんなのどうでもいいんだよ。お前が喜んでくれれば、それで十分だよ。だって真優ちゃんは、俺にとって一番大切な人だから」一番大切な人、か……私がじっと彼を見つめていると、曜は少し耳を赤らめて、照れくさそうに咳払いをした。「一昨日、お前、花畑の写真にいいねしてたよな。だからさ、今夜サプライズを用意したんだ。その時に……」「曜」私はそっと彼の言葉を遮った。私の様子がいつもと違うことに気づいた曜は、すぐに慌てて言い訳を始めた。「もしかして、花畑、嫌いだった?ごめん、すぐに別のプランを考えるよ。何が見たい?花火?噴水?」そんなふうに焦る曜の姿は、まるで昔の私のようだった。卑屈で、必死で……「そこまでしなくていいよ。私たちは、もう恋人にはなれないの。今も、これからも……ただ、それだけを伝えたかった」私の言葉に、曜は胸の奥を突かれたような表情で、寂しげにうつむいた。でも、どこかまだ未練が残っているようだった。「昔のお前は、あんなに俺を愛してくれてたよな。なのに、俺はその気持ちにちゃんと応えられなかった……でも、どうしても納得できないんだ。あれほど愛してくれたお前が、どうして急に俺を愛せなくなったんだよ。真優ちゃん、俺の目を見て答えてくれ。今、本当に俺のこと、少しも愛してないのか?」曜は少し震える手で私の肩に触れ、私の瞳から答えを必死に探ろうとしていた。本当に、もう何の愛情も残っていないのだろうか?私はゆっくりと目を閉じた。そんなわけがない。けど、私の中に残っているわずかな愛では、曜とこれからの人生を共に歩む勇気を支えることはできなかった。熱くて、真っ直ぐだった愛情は、あの十年間の結婚生活の中で、すっかり擦り減ってしまったのだ
でもあの時、長年曜のことを想ってきた私の心は、不思議なほど静かだった。彼の告白をきっぱりと断って、一人で海外留学を選んだ。その後の10年間、私は学業と仕事に全力を注ぎ、順調な日々を過ごしていた。帰国後は、国内でも評判のいい大学で教授として働くことになった。一方で曜はというと、婚姻届受理証明書の異常に気づいた翌朝すぐに役所へ行き、離婚手続きを済ませていた。それを聞いたときはさすがに驚いたけれど、ありがたいことに、彼の行動が私の将来に影を落とすことはなく、私はひそかに安堵の息をついた。この10年の間、曜は以前のように私と衝突することもなくなり、無茶をして胃を壊すようなこともなくなった。軽率だったあの頃の彼とは違い、まるで兄のように落ち着いた雰囲気をまとって、ずっと私のそばに寄り添い続けてくれた。そんな思い出を整理していると、ふいに肩にあたたかいぬくもりを感じた。「立花先生、電話、ずっと鳴ってましたよ。代わりに出ましょうか?」学生がそう声をかけながら、スマートフォンを差し出してきた。はっと我に返った私は、やわらかくお礼を言い、画面に表示された玲子からの着信を確認して、すぐに通話ボタンを押した。「真優ちゃん、お義母さんよ。今日、曜の33歳の誕生日なの。一緒にご飯どうかしら?」「33歳」という言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われたけれど、すぐに気づいた。あの節目を、無事に乗り越えることができたんだと。私はそっと安堵し、笑顔で玲子に答えた。「もちろん、すぐに帰るね」その夜、家に帰ると、曜の両親がすでにごちそうを用意して待っていてくれた。玲子はいつものようにエプロンで手を拭きながら、私を大きく抱きしめてくれた。「真優ちゃん、よく帰ってきたね」そのあたたかな光景を目にした瞬間、自然と涙が浮かんできた。曜が無事だったおかげで、おばさんもおじさんも私を責めることはなかった。すべてが、まるで何もなかったかのように穏やかだった。私が泣いているのを見て、玲子は思わず吹き出しそうになっていた。「もう、真優ちゃんったら……きっと久しぶりの再会で感極まっちゃったのね」そう言いながら、玲子は笑顔で私の涙をそっと拭ってくれた。その瞬間、張り詰めていた気持ちがふわっとほどけていくのを感じた。曜の
録音から聞こえてきた芽依の声には、計算と挑発がにじんでいた。「おばさん、曜と真優を無理やり結婚させたところで、本当に彼が彼女を愛すると思います?私がちょっと手を振るだけで、あの人は嬉しそうに飛んできちゃうの。曜は私の言うことなら何でも信じるし、愛してるのも私だけ。たとえ一生振り回しても、文句ひとつ言わないわ。でもね、曜はあくまで『保険』なの。だって私、誰かひとりを一途に想い続けるより、いろんな人とスリルのある関係を楽しむ方が好きだから」電話の向こうで、玲子が烈火のごとく怒鳴った。「この厚かましい女!天罰が下っても知らないわよ!」相手は鼻で笑って見下すような態度を見せ、そのまま録音は途切れた。曜は茫然と録音を聞き続けた。これまで思い描いていた芽依の姿とは、あまりにもかけ離れていた。玲子が曜の肩にそっと手を置き、真剣な口調で語りかけた。「芽依が君にどんな魔法をかけたのかは分からないけど、あの子はとても計算高い。表ではニコニコしてても、裏ではまるで別人よ。これがあの子の本性なの。真優ちゃんは、本当にいい子よ。芽依の性格をちゃんと分かっていても、悪く言ったことなんて一度もない。君や芽依からどんなに辛いことをされても、私たちに打ち明けたりしなかった。真優ちゃんは、君を傷つけるどころか、ずっと陰で支えてきたの。結婚できなかったのは残念だけど、もうすぐ留学することになってるから、彼女の選択は尊重すべきね」玲子の一言一言が曜に突き刺さるようで、彼の顔はみるみるうちに青ざめていった。そして、最後の言葉を聞いた曜は、鋭く反応した。「留学?どういうこと?」玲子は驚いたように言い返した。「知らなかったの?真優ちゃん、もうすぐ海外に留学するのよ。君に迷惑をかけたくないって、それで結婚をやめたの」「そんなの、ありえない!だって、俺たち、婚姻届受理証明書まで取ったんだぞ!」そのとき、曜の脳裏に昨日の真優の言葉がふと浮かんだ。「明日、楽しみにしてて。サプライズがあるから」曜はポケットから証明書を取り出して開いた。そこに記されていた女性の名前は──「常盤芽依」。曜の手が震え、信じられないというように呟いた。「こんなの、嘘だろ。なんで……どうして、こんなことに……」ぽたぽたと落ちた涙が証明書を濡らし、押された赤
保温容器が派手な音を立てて床に落ち、栄養スープが辺り一面に飛び散った。すぐさま、曜の信じられないほどの怒声が響き渡った。「なんだって……!」心臓を重いハンマーで叩きつけられたような衝撃が走り、胸の奥がズキリと痛んだ。曜は必死に自分を落ち着かせようとしながら、すぐさま入口に向かって足を踏み出した――が、不意に足がもつれて膝から崩れ落ち、よろめいたところを秘書が素早く支えた。「彼女はどこにいる!?今すぐ会わせてくれ!」秘書は慌てて曜を病室の外へ案内し、曜は勢いよく病室のドアを押し開けた。「待ってください、伊織さん!今はまだ中に入れません!」看護師たちが慌てて曜を止めようとしたが、曜は彼女たちを振り切るように突き進んだ。ベッドに駆け寄り、震える手で顔にかけられた白い布をそっとめくったその瞬間、曜の体は一瞬で硬直した。「……この人、真優じゃない?」駆けつけてきた看護師が、顔を赤くしながら説明を始めた。「この方は真優さんと偶然にも同じ名前の別の方で、今日は献血のために来られた方です。芽依さんの交通事故のニュースがこの辺りでかなり広まっていて、それを知った多くの心優しい方々が彼女を助けようと献血に来てくださっているんです。同姓同名の方が現れるのも、珍しくないんですよ」その説明を聞いた曜は一瞬固まったが、すぐに白布を申し訳なさそうに元に戻した。「……すみません。一時的に取り乱してしまって、ご迷惑をおかけしました」病室を出たあと、秘書は気まずそうに額の汗をぬぐった。「申し訳ありません、社長。あまりにも慌てていて、ちゃんと確認せずにご報告してしまいました」「いいんだ。次から気をつけろ」曜は胸をなで下ろしながら、手のひらに滲んだ冷や汗をそっと拭った。よかった、ただの勘違いだったんだ。すかさず秘書が言葉を続けた。「先ほど確認したところ、真優さんはちょうど自宅に戻られたところでした」曜は短く返事をし、そのまま車を走らせて家へ向かった。家に着いてドアを開けると、両親の不安げな顔が目に飛び込んできた。その表情を見た瞬間、曜の心はズンと沈んだ。玲子が泣きそうな声で言った。「真優ちゃんがね、どうしたのかは分からないんだけど、家に帰ってきた途端にベッドで倒れて、それっきりずっと意識がないの。何度呼