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冬の偽り、春の息吹

冬の偽り、春の息吹

Par:  るるComplété
Langue: Japanese
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周防京介という親友の兄と、相川詩織は秘密の恋愛関係を7年続けてきた。 彼が近々政略結婚を控えるという噂が駆け巡っていたが、結婚相手は詩織ではなかった。 詩織が急いで京介がいるはずの個室へ駆けつけ、まさにドアを開けようとした瞬間、彼の親友の声が聞こえてきた。 「京介、これで念願叶ったんだな。ついに本命が帰ってきて、両家もこの政略結婚を後押ししてるんだからな。 今日がお前にとって最高の日だろう。あの身代わりの女って、そろそろ捨てる頃合いだろ。 お前も大概ひどい男だよな、代わりを見つけるために、妹の親友にまで手を出すなんて......」

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Chapitre 1

第1話

周防京介(すおう きょうすけ)という親友の兄と、相川詩織(あいかわ しおり)は秘密の恋愛関係を7年続けてきた。

彼が近々政略結婚を控えるという噂が駆け巡っていたが、結婚相手は詩織ではなかった。

詩織が急いで京介がいるはずの個室へ駆けつけ、まさにドアを開けようとした瞬間、彼の親友の声が聞こえてきた。

「京介、これで念願が叶ったんだな。ついに本命が帰ってきて、両家もこの政略結婚を後押ししてるんだからな。

今日がお前にとって最高の日だろう。あの身代わりの女って、そろそろ捨てる頃合いだろ。

お前も大概ひどい男だよな、代わりを見つけるために、妹の親友にまで手を出すなんて......」

その言葉を耳にした途端、詩織は全身がこわばり、まるで頭から冷水を浴びせられたようだった。

ドア越しでは彼の表情は見えないが、声に滲むそっけなさははっきりと聞き取れた。

「まあ、待ってやれ。あの子は俺にベタ惚れで、俺なしじゃいられないんだ。

真相を素直に打ち明けたら、ショックで泣き崩れるだろうからな。

もう少し時間を置いてからにするさ」

二人は七年間、人目を忍んで付き合ってきた。彼は詩織を溺愛し、大切にしてくれたが、ただ一つ、関係を公にすることだけは頑なに拒んだ。

最初、彼は笑ってこう言った。

「詩織、待ってくれ。妹の美緒(みお)に親友に手を出したって知られたら、殺されるぞ」

その後、詩織が大学を卒業し、彼の秘書になると、彼はまた言った。

「詩織、もう少し待ってほしい。社内恋愛は何かと都合が悪い。君にあらぬ噂を立てられたくないんだ」

彼女はその言い訳をことごとく信じてきた。そして、京介の秘密の彼女として、長年日陰の存在であったのだ。

しかし今、自分の耳で本当の理由を聞いてしまったのだ。公にしなかったのは、それらとは全く関係がなかった。

それは単に、彼が一度も彼女を好きではなかったから。

それは単に、最初から彼は彼女を身代わりとして見ていたから。

中の人が出てくる気配を察し、彼女はよろめきながら走り去り、慌ててその場を後にした。

別荘に駆け戻った詩織は京介の「秘密の部屋」へと向かった。

そこは以前、彼女がどんなに甘えても、好奇心を示しても、彼が決して入室を許さなかった部屋だった。

今、彼女はその部屋のドアを勢いよく押し開けた。

机の上には、数十冊のアルバムが置かれていた。彼女は歩み寄り、手に取ってページをめくると、そこにはすべて、一人の女性の写真が収められていた。

顔立ちは彼女と七、八分通り似ているが、彼女ではなかった。

おそらく、彼の「本命」、そして間もなく彼と結婚する望月グループの令嬢、望月清華(もちづき せいか)なのだろう。

引き出しの中には、分厚い航空券の束が入っていた。その数、実に千枚以上。

航空券の日付を確かめると、衝撃的な事実が明らかになった。京介が詩織と一緒にいたこの七年間、ほぼ毎週海外へ飛んでいたことを。

誰に会いに行っていたのかは、考えるまでもない。

彼女の立ち入りを禁じた部屋には、なんと、京介が別の女性に捧げる愛が満ち溢れていたのだ。

詩織の目は赤くなり、涙が溢れそうになった。しばらくして、彼女は自嘲気味に笑った。

自分の愚かさを、間抜けさを、そして何よりも、この茶番を笑った。

七年間の愛は、最初から最後まで、ただのまやかしに過ぎなかったのだ。

その時、突然携帯電話の着信音が鳴った。父親からの電話だった。

「詩織、例の政略結婚の話はどうなってる?

大学に入ってからずっとそちらへ行ったきりだし……

彼氏がいるのは父さんも知っているが、もう何年も経つだろう?

だというのに、一度も連れて来てくれなかった。

父さんが選んだ相手は、本当にいい人なんだぞ……」

父はいつものように、くどくどと説得を続けた。

しかし今回、彼の話が終わる前に、詩織は声を詰まらせながら遮った。

「お父さん、ごめんなさい。私、地元に戻って政略結婚することにする」

突然の承諾に父親はしばらく呆然としていたが、やがて娘がついに折れたことを理解した。

「お、お前、本気で言ってるのか?」

「うん、本気よ。今回戻ったら、ずっと北都にいるつもり。もう二度とこっちには来ないから」

父親は嬉しさのあまり「そうか、そうか」と繰り返し、安心したように娘を気遣う言葉を添えてから電話を切った。

詩織は、先ほど散らかした物を一つ一つ元通りにし、静かに部屋を出た。

リビングまで来たところで、突然玄関のドアが開き、七年間愛し続けた男の顔が現れた。

京介は、彼女の赤くなった目元を見ると、慌てて手に持っていたジュエリーボックスを彼女の前に差し出し、優しい声でなだめた。

「やっぱり泣くと思ってた。政略結婚の記事、見たんだろう?」

「あの結婚話は嘘だ。ただの提携のための芝居で、しばらく演技をするだけだ。望月と結婚するつもりはない」

彼の優しい眼差しが注がれた。しかし、その言葉は一文字も彼女の心には届かなかった。

詩織はとっくに真相を知っていた。だから今、彼の言葉が嘘であることも、当然わかっていた。

彼女はプレゼントをそばのテーブルに無造作に置き、きわめて落ち着いた様子で頷いた。

「わかったわ」

京介の政略結婚が本当か嘘か、彼女にとってはもうどうでもいいことだ。それより、彼女自身の政略結婚は現実なのだ。
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第1話
周防京介(すおう きょうすけ)という親友の兄と、相川詩織(あいかわ しおり)は秘密の恋愛関係を7年続けてきた。彼が近々政略結婚を控えるという噂が駆け巡っていたが、結婚相手は詩織ではなかった。詩織が急いで京介がいるはずの個室へ駆けつけ、まさにドアを開けようとした瞬間、彼の親友の声が聞こえてきた。「京介、これで念願が叶ったんだな。ついに本命が帰ってきて、両家もこの政略結婚を後押ししてるんだからな。今日がお前にとって最高の日だろう。あの身代わりの女って、そろそろ捨てる頃合いだろ。お前も大概ひどい男だよな、代わりを見つけるために、妹の親友にまで手を出すなんて......」その言葉を耳にした途端、詩織は全身がこわばり、まるで頭から冷水を浴びせられたようだった。ドア越しでは彼の表情は見えないが、声に滲むそっけなさははっきりと聞き取れた。「まあ、待ってやれ。あの子は俺にベタ惚れで、俺なしじゃいられないんだ。真相を素直に打ち明けたら、ショックで泣き崩れるだろうからな。もう少し時間を置いてからにするさ」二人は七年間、人目を忍んで付き合ってきた。彼は詩織を溺愛し、大切にしてくれたが、ただ一つ、関係を公にすることだけは頑なに拒んだ。最初、彼は笑ってこう言った。「詩織、待ってくれ。妹の美緒(みお)に親友に手を出したって知られたら、殺されるぞ」その後、詩織が大学を卒業し、彼の秘書になると、彼はまた言った。「詩織、もう少し待ってほしい。社内恋愛は何かと都合が悪い。君にあらぬ噂を立てられたくないんだ」彼女はその言い訳をことごとく信じてきた。そして、京介の秘密の彼女として、長年日陰の存在であったのだ。しかし今、自分の耳で本当の理由を聞いてしまったのだ。公にしなかったのは、それらとは全く関係がなかった。それは単に、彼が一度も彼女を好きではなかったから。それは単に、最初から彼は彼女を身代わりとして見ていたから。中の人が出てくる気配を察し、彼女はよろめきながら走り去り、慌ててその場を後にした。別荘に駆け戻った詩織は京介の「秘密の部屋」へと向かった。そこは以前、彼女がどんなに甘えても、好奇心を示しても、彼が決して入室を許さなかった部屋だった。今、彼女はその部屋のドアを勢いよく押し開けた。机の上には、数十冊のアル
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第2話
京介は、詩織をなだめるのに相当時間がかかるだろうと覚悟していた。しかし、彼女があまりにも平静なため、思わず内心で動揺が走った。「詩織、怒ってないよな?」「嘘だって言ったでしょう? だったら怒る理由ないじゃん?」その言葉を聞いて、京介はようやく胸をなでおろした。無意識に彼女を腕の中に抱き寄せ、大きな手が彼女の腰をまさぐった。指先が服の裾から滑り込もうとした時、彼女はその手をぐっと掴んで止めた。彼は一瞬はっとした。疑問の言葉を発する前に、彼女はすでに彼の腕からすり抜けていた。「今日は少し気分悪いから、やめておいて」「生理か?」京介は無理強いはせず、彼女の下腹部を優しく撫でながら、その夜はただ抱きしめて眠った。翌朝早く、詩織が目を覚ますと、隣はすでに誰もいなかった。彼女は気にすることなく、身支度を終えると自分でタクシーを拾って会社へ向かった。到着するとすぐに人事部へ直行し、退職願を受け取ると、それをサインが必要な書類の束にそっと紛れ込ませ、上階の社長室のドアを開けた。しかし、目の前の光景に、彼女は突然その場で凍りついた。他人の前では常に威厳を持っている京介が、その時、望月清華の前に膝をつき、優しく彼女の足を揉んでいたのだ。彼は彼女のハイヒールを脱がせて傍らに置き、そっとフラットシューズを取り出して履かせてやっていた。「ハイヒールは疲れただろう。俺の前では無理にお洒落する必要はないんだ。君が楽でいてくれるのが一番だ」物音に気づき、二人が同時にこちらを振り返った。そして、立ち尽くす詩織の姿を認めると、京介の顔色が一瞬変わったが、すぐに平静を取り繕った。彼が口を開く前に、隣にいた清華が眉をひそめて言った。「京介、あなたの秘書、失礼じゃないかしら?入ってくるのにノックもしないなんて……」詩織は口を開きかけたが、弁解の言葉は喉元まで出かかっているのに、どうしても出てこなかった。どう言えばいい?これはかつて京介が彼女に与えた特権だったと? しかし今、彼には婚約者がいる。昔の『特権』なんて、今さら持ち出せるわけがないじゃない。彼女は視線を京介に向けた。彼は視線をそらし、軽く咳払いを一つすると、事務的な口調で尋ねた。「何の用だ?」「社長、いくつかご署名をいただきたい書類がございます
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第3話
自分のデスクに戻ってしばらく仕事をしていると、昼休みになった。ちょうど階下へ食事に行こうとした時、またしても父親が時間を見計らったかのように電話をかけてきた。「詩織、政略結婚を承諾したのなら、いつ頃戻ってくるつもりだ? 結婚の準備を進めたいんだが」「一ヶ月後よ。退職手続きが一ヶ月後でないと完了しないので」先ほど提出したばかりの退職願を思い浮かべながら、彼女は正直に答えた。父親が「わかった」と言うのを聞いて電話を切った。すると、まだオフィスに残っていた同僚たちがわらわらと集まってきて、隠せない驚きを込めて話し始めた。「詩織、辞めるの? どうして?」少し間を置いて、彼女は素直に打ち明けた。「実家に戻って結婚するんです」「そんな急に?」「誰と?彼氏がいるなんて聞いてなかったけど」「実家は北都よね?これで帰っちゃったら、もうなかなか会えなくなるだろうし。ねぇ、今日の仕事終わりで、送別会がてら集まらない?」同僚たちの言葉を聞いて、詩織は微笑み、その誘いを断らなかった。夜、皆で食事を終え、詩織がちょうど道端でタクシーを待っていると、一台のマイバッハが突然彼女の目の前に停まった。車の窓がゆっくりと下ろされ、京介の顔が現れた。「乗れ」簡潔な命令に、彼女は素直に従わず、逆に道路沿いを前へ歩き始めた。まるで彼が見えていないかのように、再びタクシーを呼ぼうとした。京介の表情がさっと変わり、慌てて車を発進させて彼女の後を追った。そのせいで、ほとんどのタクシーは彼女を無視して通り過ぎていった。三台目のタクシーにも割り込まれて追い払われた後、詩織はついに諦めて足を止め、彼の車のドアを開けて乗り込んだ。目に飛び込んできたのは、少し困った表情の京介だった。「詩織、もう説明しただろう? だからさ、俺と清華の間は本当にただの演技なんだって。なんでまだそんなに怒ってるんだ?」「怒ってないわ」前を見つめたまま落ち着いた口調で答えた彼女に、京介は信じられない様子だった。「怒ってないなら、さっきどうして車に乗らなかったんだ?」少し間を置いて、彼女の口元にわずかに皮肉めいた笑みが浮かんだ。「そもそも、関係は絶対に秘密だって言ったのはどこの誰だったっけ? 同僚の前で、堂々と車に乗れなんて……
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第4話
京介はもう少し清華をなだめていたが、携帯電話が突然鳴った。彼は立ち上がり、電話に出ると合図して席を立った。彼が離れていくとすぐ、清華の視線は店内の姿見を通り越し、背後でウェディングドレスを掲げている詩織に向かった。口元には嘲るような笑みが浮かんだ。「昨日相川さんを見た時から、どうしてそんなに私と似ているのか不思議だったけど、今やっとわかったわ。君は私の身代わりだったのね。でも忠告しておくけど、余計な考えは捨てた方がいいわよ。だって私と京介はもうすぐ結婚するんだから」詩織は落ち着いた声で、顔も上げずに答えた。「ご心配なく。望月さんと男を争うつもりはありません」清華は鼻で笑い、その言葉を信じていない様子で、なおも何か言おうとした。しかしその時、一人の店員が近づいてきた。「望月様、ドレスとウェディングシューズはお決まりになりましたので、あとはそれに合わせたジュエリーだけです。今お選びになりますか?」彼女は頷いた。しかし、店員がジュエリーを全て並べても、清華は一瞥しただけで不満そうに別のものを要求した。並べられた全てを見ても、彼女は気に入るジュエリーを見つけられなかった。スタッフが困惑していた時、彼女の視線がふと動き、詩織の首元のネックレスに留まった。途端に目が輝き、その口調は横暴で有無を言わせぬ響きがあった。「相川さんが着けてるのが気に入ったわ。いくら?私に売りなさい」詩織ははっとし、首元にかかる銀色でダイヤがちりばめられた星モチーフのネックレスに手を触れた。顔色は急に冷たくなった。「売りません」「私が気に入ったと言ったのよ。そのネックレスは渡してもらうわ」 まさか断られるとは思わなかったのか、清華の顔が一瞬こわばり、なんとそのまま力ずくで奪い取ろうと手を伸ばしてきた。詩織は不意を突かれ、ネックレスは清華によっていとも簡単に引きちぎられてしまった。首筋に走る鋭い痛みを顧みず、詩織がネックレスを奪い返そうと手を伸ばした時、チェーンはついに力に耐えきれず、二人の目の前で音を立てて二つにちぎれた。中央の星のペンダントトップは床に落ち、砕け散ってしまった。詩織の頭の中が真っ白になり、反射的に清華の頬に平手打ちを食らわせていた。清華の頬に、くっきりと赤い手の跡が浮かび上がった。彼女は信じられ
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第5話
心臓がどくりと跳ね、京介は思わず詩織を見た。その顔色は一瞬にして険しく曇った。「なんだと、結婚するのか?」「はい」 彼女はまっすぐ彼を見つめ、視線を避けることも隠すこともなく頷いた。「京介お兄さんも、もしお時間があれば、式にいらしてください」その言葉を聞き、彼の顔色がさっと沈んだ。詩織の手を掴んでその場を去ろうとしたが、美緒が不思議そうに彼を見た。「お兄さん、何するの?」京介は一瞬足を止めたが、それでも表情を変えずに言った。「ちょうど出かけるところだ。詩織を家まで送っていく」詩織は断る間もなく、彼に腕を引かれるまま車に乗せられた。車に乗るやいなや、彼は彼女をシートの背もたれに押し付け、怒りに歪んだ顔で激しく言った。「詩織、ネックレスのことでまだ怒ってるのは分かるが。だからといって結婚なんて馬鹿げた冗談を言うのはやめろ!」彼女はふっと笑った。正直に伝えたのに、彼が全く信じていないみたいだ。自分がただ機嫌を損ねて拗ねているだけだと思っていることに呆れたのだ。「冗談じゃありません。あなただって結婚するんでしょう? 私が結婚してはいけない理由なんてないじゃない」「言っただろう、俺と清華の婚約は全部偽装なんだ……」彼の言葉が終わる前に、詩織が遮った。「偽装なのに、彼女をウェディングドレスの試着に連れて行くんですか? 偽装なのに、婚約者として公表するんですか? 偽装なのに、彼女が私を侮辱するのを黙って見ていたんですか?」立て続けの問い詰めに、京介は言葉に詰まり、反論できなかった。しばらくして、彼はようやく疲れたように眉間を押さえた。「多くの人が俺の行動に注目している。芝居をするなら、完璧にやらないとな」彼女は自嘲気味に笑った。では、今の自分に対する彼のこの振る舞いも、完璧な芝居の一部なのだろうか? だとしたら、彼も大変だった。以前、本命の人がいなかった時はともかく、今、その本命の人が帰国したというのに、まだ身代わりの自分を相手に芝居を続けなければならないとは。「君が悔しい思いをしたのは分かってる。もう少しの間だけ、辛抱してくれ。後で必ず、ちゃんと埋め合わせをするから。な?」 彼はもはや言い争いは無駄だと判断したのかもしれない。あるいは、彼女のような若い子を
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第6話
退職願を出してからまだ一ヶ月も経っていなかったため、詩織はいつも通り出勤する必要があった。社内のいくつかの部署が合同で懇親会を企画し、詩織が所属する部署も参加することになった。本来は部署間のささやかなイベントだったが、予期せず、その日の午後、廊下を通りかかった京介と清華が、彼らの話し合いを耳にしてしまった。「懇親会って?なんだか面白そうね。京介、あなたも私と一緒に遊びに行かない?フレンチレストランはまた今度にしましょうよ」甘ったるい声が耳元で響いた。京介は振り返り、彼の袖を掴んで甘える清華を見た。そして、溺愛するように彼女の鼻を軽くこすった。それから、くるりと向きを変え、彼女を連れてそのまま懇親会の会場へと入っていった。社長の決定とあっては、各部署の責任者たちも当然断ることはできない。こうして、一行は大勢でぞろぞろと、事前に予約されていたレストランの個室へと向かった。しかし、京介が加わったことで、集まった人々は皆どこか気を遣ってしまい、羽目を外せない雰囲気になってしまった。皆、できる限り自分の存在感を消そうとしたり、隅の方で黙ってシャンパンを飲んだりしていた。しばらく経っても、雰囲気は依然として重苦しいままだった。ようやく沈黙が破られたのは、誰かが「王様ゲーム」をやろうと提案した時だった。ゲームはやはり、場の雰囲気を盛り上げるカンフル剤だった。雰囲気はすぐに活気づき、京介までもが参加した。しかし、まさかの最初の回で、彼は負けてしまった。彼の立場を忖度し、集まった人々もあまり無茶なことは要求できなかった。長いこと相談した結果、ようやく罰ゲームが決まった。「社長、恐れ入りますがスマホの写真フォルダを見せてください!」ゲームのルールですからと、京介も罰ゲームを拒否せず、スマホを取って写真フォルダを開いた。画面に表示された中身が、皆の目に飛び込んできた。フォルダにはたくさんの写真があったが、その全てが清華一人の写真だった。周りで見ている人々は一斉に囃し立て、二人の仲の良さに感嘆した。「全部、未来の奥様の写真じゃないですか!社長と望月さんの仲は本当にアツアツなんですね!」「こんなにたくさんの写真、撮るだけでもかなり時間がかかったでしょう?」皆のからかう声を聞き、清華までもがはにかん
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第7話
詩織は彼を一瞥し、これ以上事を荒立てたくないと思い、おとなしく後部座席のドアを開けて車に乗り込んだ。車はゆっくりと交通の流れに乗り、望月家の別荘へと向かった。道中、清華はしゃべり続け、京介にしきりに昔の話を持ち出してはしゃいでいた。彼は運転に集中していたが、彼女の話が盛り上がった時にはさりげなく相槌を打った。詩織は視線を車の窓の外に向け、二人の会話には一切耳を貸さなかった。やがて車が望月家の別荘の前に停まり、清華も名残惜しそうに門の前で彼に別れを告げた。彼女の後ろ姿が見えなくなるのを見送ると、彼は踵を返し再び車の前に戻ってきた。しかし、今度はためらうことなくまっすぐ後部座席のドアを開け、拒否を許さない勢いで彼女の後頭部を押さえつけると、激しく唇を奪った。「ん……っ」詩織は驚きに目を見開き、慌てて手で彼を押し返そうとしたが、びくともしなかった。唇は無理やりこじ開かれ、深いキスが続いた。彼女はぐっと目を閉じ、ありったけの力で彼の唇に噛みついた。彼は「っ……」と小さく呻き声を上げ、ようやく身を引いた。口元の血の跡を手で拭った。不思議なことに、それによってようやく彼は落ち着きを取り戻したようだった。彼の瞳は深く、彼女には読み取れない複雑な感情を宿していた。一度唇をきつく結び、やがて口を開いた。「詩織、一度拗ねていいが、二度も三度もやるのは意味ない」明らかに、彼は彼女の結婚話を咎めていた。彼女は彼の目の前でウェディングドレスや結婚指輪を選んだ。今や連絡先には「未来の夫」という登録名まであった。彼はこれらに腹を立てていた。それでもまだ彼女が気を引くために機嫌を損ねて拗ねているだけだと思っていた。だが今回ばかりは、彼は完全に間違っていた。「拗ねてなんかいません。私は、本当に結婚するんです!」彼女は彼から顔を背けた。さっきのキスのせいでまだ息が少し荒い。くぐもった声で言い返した。だが明らかに、彼は信じていない。彼は運転席に戻り、少し間を置いてから再び口を開いた。「わかった。なら数日間、休暇を取ろう。俺もちゃんとそばにいてやるから、もう拗ねるのはやめろ」車はゆっくりと走り去っていった。望月家の別荘の二階、明かりの灯る部屋の窓辺に立っていたのは清華だった。彼女が先ほどの一部始終を全て
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第8話
全く不意を突かれ、詩織は男に組み伏せられた。しっかりと腕の中に抱き込まれ、思わず助けを叫ぼうとした。その瞬間、男はニヤリと笑い口を開けてキスを迫ってきた。「可愛いお嬢ちゃん、もがくなよ。望月がわざわざ金払って俺を雇ったんだ。お前と『いいこと』をするためにな。いくら叫んだって、誰も助けに来やしねえよ。さあ、キスさせろ!」男はいやらしく笑い、口を開くとタバコと酒の混じった嫌な臭いがむわっと漂ってきた。詩織は恐怖に凍りつき、慌てて頭を横に向けて彼のキスをかわした。そして手を二人の間に突っ張って必死にもがいた。しかし、彼女の抵抗など男にとっては赤子の手をひねるようなものだった。彼は片手で彼女の口を乱暴に塞ぎ、もう片方の手で彼女を引きずりながら、隣の鍵のかかっていない部屋へと向かった。「清華がいくら払った?私倍払うわ。お願いだから、見逃して!」男がドアを閉める合間に、彼女は震える声で許しを請うた。だが、男は全く聞く耳を持たず、内側から鍵をかけるとそのまま彼女を壁に押し付けた。片手で彼女の右腕を押さえつけ、もう片方の手は下着の中にまで彼女の体の上を這い回った。顔も彼女の首筋から胸元へと移動していく。「もし本気で私に手を出したら、周防家と相川家があんたをただじゃおかないわよ!」懇願が駄目だと悟り、彼女は吐き気をこらえながら脅し文句を口にした。そして空いた左手で必死に反撃できそうな物を手探りした。しかし、男の嘲るような笑い声が耳元で響いた。「へっ、上等じゃねえか、せいぜい刑務所行きだ。俺はどうせ……」言葉が終わる前に、詩織が掴んだ花瓶が思い切り男の頭頂部に叩きつけられた。激痛が走り、男が額に手で触れるとそこはべっとりと血で赤く染まっていた。彼は白目をむくと、そのまま気を失って床に崩れ落ちた。詩織は全身がわなわなと震えるのを感じながら、震える手でドアを開け、宴会場へとまっすぐ向かった。そこでは清華が、案の定、周りの人々に囲まれてお世辞を浴びていた。怒りが一瞬で頭にこみ上げ、詩織は清華めがけてまっすぐ突き進み、人混みをかき分けて彼女を力いっぱい突き飛ばした!「ワシャッ!」という大きな音が響き、驚きの声が上がる中、清華はバランスを失い、後ろにあったシャンパンタワーにもんどりうって倒れ込んだ。酒が彼
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第9話
翌朝早く、詩織がちょうど朝食を終えた時、突然携帯電話の着信音が鳴った。「詩織、プレゼントを全部寄付したって、どういうつもりだ? 大体、この前の件はお前のせいだろうが!それなのに俺がお前をなだめてやってるのが、そんなに不満か?」 京介の声にはわずかな疲れが混じっていた。「もう拗ねるのはやめてくれないか。お前は以前、こんなに手間がかからなかったはずだ」詩織は彼の言葉には応えず、ただ無意識に手元の動きが一瞬止まった。ふと、2人が付き合い始めたばかりの頃を思い出した。あの頃の彼女は、傷つき、辛い思いをしても、彼に一度抱きしめてもらうだけで十分だった。だがそれは、あの頃の詩織が京介を愛していたからだ。しかし今、彼女は彼の嘘を知り、もはや彼を好きではなくなっていた。沈黙していると、電話の向こうからまた、かすかに清華の甘えた声が聞こえてきた。「薬が苦いわ……」彼女はフッと軽く笑い、ようやく口を開いた。「望月さんの看病に専念なさってください」「だから全部芝居だと……」彼女がまたその件を持ち出すのを聞き、京介が言いかけたが、その言葉は途中で遮られた。「芝居でも周りに見せつけるようにする、そう言ったのはあなたでしょう?」言い終わると、彼女は一方的に電話を切り、向こうに反応する隙を与えなかった。彼女にはもう、彼と茶番を続ける気も時間もない。ちょうど一ヶ月の退職告知期間が満了し、彼女はもうここを去ることができるのだ。朝食を終えた後、彼女は服を着替えて会社へ行った。そして最後の退職引き継ぎ手続きを完了させてから、再び自宅に戻り、自分の荷物の整理を始めた。夕方、京介が両手にいっぱいのプレゼントを持って自宅別荘に足を踏み入れた。彼女に会った時の彼の表情は、前の二回のようにとげとげしいものではなかった。ただプレゼントを傍らに置き、それから手を伸ばして彼女を抱きしめた。「詩織、俺と清華の結婚式が近いんだ。両家の意向で彼女がここに引っ越してくるようになっている。お前がこれ以上ここに住むのは、あまり都合が良くない。しばらく翠ヶ丘の別荘地の方に住んでくれないか?変なことは考えるな。この見せかけの期間が終わって、両家の提携が成立したら、必ずまたお前を迎えに来るから」詩織は彼が翠ヶ丘の方に別荘を一軒持っ
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第10話
北都空港で。小柄な詩織がスーツケースを押しながら人混みに従って空港ロビーを出ると、到着ゲートの外で待っている一人の男性の姿が目に入った。ぱりっとしたオーダーメイドのスーツが、彼のすらりとした体型を際立たせていた。目鼻立ちは上品で、ただ静かにそこに立っているだけで、周囲の視線を集めていた。数人の女性が少し離れた場所で、ひそひそと内緒話をしながら、彼を盗み見ていた。その中の一人は時折、肘でもう一人をつつき、彼に連絡先を聞きに行くよう勇気を出すよう促しているようだった。しかし、彼が全身から放つどこか近寄りがたい冷めた雰囲気のせいか、促された女性はしきりに手を振って首を横に振り、頑として前に出ようとしなかった。その時、男性は何かに気づいたように、きつく寄せられていた眉が緩み、全身を覆っていた氷が解けるように表情が和らいだ。口角が絶妙な加減で上がり、詩織の方へ向かって頷いた。女性たちが彼の視線を追うと、人混みの中でもひときわ人目を引く詩織の姿が見えた。次の瞬間、彼女たちが長い間見つめていた憧れの男性がついに動き出し、詩織の方へと向かってきた。それを見て、女性たちは残念そうにため息をついた。先ほどけしかけられていた女性は心底ほっと息をつき、まるで「私の言った通りでしょ」と言わんばかりの得意げな表情を見せた。「だから言ったでしょ、あの人、どう見ても誰かを待ってるって。絶対に彼女持ちだって。行かなくてよかった、あやうく大恥かくところだった……」彼女たちの会話がはっきりと詩織の耳に届いた。ちょうどその時、男性も彼女の目の前に立った。その顔を見つめると、彼女の耳先がぽっと熱くなるのを感じた。彼は彼女に向かって右手を差し伸べ、穏やかに微笑むと、自己紹介を始めた。「相川さん、初めまして。時枝雅人(ときえだ まさと)です。あなたの……政略結婚の相手です」……その頃、Y市で。清華は翌日には京介の別荘に引っ越した。そして使用人に命じて別荘全体を隅々まで掃除させ、ここにあるべきでない物ーーつまり詩織の私物ーーを全て処分し、自分が持ってきたペアグッズと入れ替えた。まさにその瞬間になって初めて、京介ははっと気づいた。彼に関する物を、詩織は去る時に何一つ持って行かなかったことに。あの期間、彼女が繰り返し口にしていた「実家
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