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1-2 彼女は妊娠していた

last update 最終更新日: 2025-09-15 18:56:10

その瞬間、脳内に爆弾が投げ込まれたような衝撃を受けた。

澪の笑い声、そして「子供は無事で」という言葉。

血の気が逆流するように全身が冷え、手足は氷のように冷たくなった。呼吸すら忘れそうになり、心臓がキリキリと締め付けられるような痛みを伴う。

「2人は……いつの間に……また一緒になっていたの……?」

声を震わせながら呟く沙月。

2人の結婚生活の間、彼らは本当に一度も離れていなかったのだろうか……?

この2年間、沙月は「妻」として天野司の傍にいた。

けれど彼の心には一度も触れることは出来なかった。触れようとするたび、冷たく拒絶されてきた。

本当は知っていた。

自分が天野司の「妻」であっても、立場などないことを――

****

あの晩餐会の夜。

薬を盛られた沙月は、司と一夜を共にしてしまった。それは互いが望んだわけではなかった。

けれどその一夜が全てを決め、天野家の体面を守るために2人は結婚することになったのだった。

司はこの結婚を露骨にイヤそうな態度で承諾したが、沙月は天にも昇るほど嬉しい気持ちで一杯だった。

何故なら沙月は誰にも告げていなかったが、ずっと司に恋焦がれていたからだ。自分の手に届かない憧れの存在……それが司。

その相手と結婚できるのだ。まるで夢のように幸せだった。

今は自分に冷たい態度しか見せないが、誠心誠意をもって彼に尽くせば、いつかきっと2人は良い夫婦になれるだろう。沙月はそう信じて疑わなかった。

けれど、その希望は結婚式の日に無残にも打ち砕かれることになる。

結婚式当日、あろうことか司は式場に現れなかったのだ。

結婚式場には多くの報道陣と参列者が出席していた。

新郎のいない隣の席。

彼女は独りで報道陣と参列者の好奇な視線に晒された。あの時の恥ずかしさと悲しみは今も心の傷として、決して忘れることが出来ない。

悲しみに打ちひしがれていたその夜――

宿泊先のホテルに司はフラリと現れた。冷たい眼差しで睨みつけてくる司に、沙月は「何故結婚式に現れなかったのか」と尋ねることは出来なかった。

司は無表情で契約書を差し出し、告げた。

『結婚は三年。子供は作らない。それが条件だ』

感情を伴わない言葉に、沙月は何も言えなかった。第一、拒否する権利など最初からなかった。

そして、この夜。

司が沙月に触れてくることは無かった――

2人の結婚生活は本当に冷え切っていた。

触れてくるのは、酒に酔っているときだけ。しかも沙月の気持ちなどお構いなしの、自分の欲望を吐き出すだけの強引な行為だったのだ。

司は徹底的に沙月を無視した。会話を避け、顔を合わせることすらしようとしなかった。

それでも沙月は少しでも司に気に入られるよう努力を続けた。

背広を整え、手作りの朝食を用意しても冷たく一瞥され、背を向けて去る司。

沙月が熱を出して寝込んだとき。

司は部屋のドアを開けて「風邪? 自己管理もできないのか。俺にうつすなよ」その言葉だけを残し、彼は部屋を出て行った。

沙月が司の誕生日に手作りのケーキを焼いたとき。

「無駄な努力だな。俺の好みくらい、調べてから作れよ」そう言うと、司は沙月の目の前でケーキをゴミ箱に捨てて去って行った。

また、ある夜。

沙月は勇気を出して「一緒に食事をしない?」と声をかけた。

しかし司は無表情で「俺は、義務で誰かと食事するほど暇じゃない」と冷たく言い放ち、沙月の心を深く傷つけた。

それでも、どんなに冷たい態度を取られても沙月は信じ続けた。

自分が努力を続ければ、いつか天野司の心を変えることが出来るのではないかと。

司の好きな香りを調べ、好みの料理を覚え、スケジュールに合わせて生活を整えた。

それでも結局、司は変わることは無かったのだ――

****

「……っ……」

冷たさが足元から胸まで広がり、沙月は無意識に手を強く握る。

そして……何故かふと、昨年の記憶が蘇った。

――それは1年前の雨の夜のこと。

その日、沙月はこの病院にいた。

涙を流し、声を震わせながら手術台の上で必死に子供を守りたいと懇願した。

けれど、司は冷たい目で言い放ったのだ。

『俺のベッドに計略で上がってきた女に、子供を産む資格はない。大体……本当に俺の子供かどうかも怪しいものだ』

『!』

司の言葉が沙月の全てを打ち砕いた。絶望のまま手術を受け……麻酔で目覚めた時、医師から残酷な言葉を告げられた。

『もう二度と妊娠することはできません』

「――っ!」

その瞬間、心臓が鋭く裂かれ、体中を熱い血が逆流していくような衝撃が走った。

嗚咽は喉で凍りつき、言葉にならない。

その瞬間、彼女の世界は音を立てて崩れ落ちた。

最初で最後の妊娠――

(……どうして? 私には母になる資格さえないというの……?)

胸の内で必死に叫んでも、雨音にすべてかき消されていった。

すべての希望は、無惨に粉々に打ち砕かれたのだった。

絶望に打ちひしがれた沙月を残し、翌日。司は何事も無かったかのようにアメリカへ飛んだ。

慰めの言葉もなく、連絡もなく、まるで沙月とお腹の子供は最初から存在しなかったかのように……。

あの時、澪がアメリカへ行った……。今思えば、彼が渡米したのは澪に会うためだったのだろう。

****

病室の「幸せそうな恋人同士」を目にし、沙月は俯いた。

自分の平らなお腹を、そっと撫でてみた。

――もし、あの子が生まれていれば、「ママ」と呼んでくれたのに。

もう二度と命が宿ることは無い。

心の奥から深い悲しみが湧き上がる。

病床で澪の手を握る彼を見て、沙月はようやく理解した。

自分のすべての執着は、ただの笑い話に過ぎなかったのだと。

司の優しさ、微笑みは全て澪の為のもの。決して自分に向けられることはないのだ。

司の未来には、沙月の居場所など最初から存在しなかった。

そして、沙月は静かに病室の前から立ち去った。

二年間の結婚生活も、一つの命も、司にとっては取るに足らない軽い物だったのだ。

結局全て白紙に戻っただけ――なんて皮肉なことなのだろう。

涙は流れなかった。

もう流す力すら残っていなかった。

ただ沙月の心の奥で……何かが静かに終わりを告げた――

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コメント (1)
goodnovel comment avatar
matsuda.midori
今のところ普通に読めてる。 これから面白くなることに期待。
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