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第1135話

作者: 夜月 アヤメ
子どもが執事の手で預けられたあと、修と若子はそれぞれ自分の食事を口に運び始めた。

その様子を見た華が、ふと口を開く。

「修、なんで自分の分ばっかり食べてるのよ。若子にもちょっと取り分けなさい。あんたたち夫婦、ケンカでもしたの?」

二人の距離が、どこかよそよそしく感じられた。

結婚していて、子どもまでいるのに―

なぜか、その関係性に違和感があった。

―大事なことを忘れてるような......けど、思い出せない。

華の言葉に、修はすぐさま反応した。

箸で鶏のもも肉をひとつつまみ、若子の茶碗へそっと入れる。

「たくさん食べろよ。最近、ちょっと痩せたんじゃないか?」

その目は優しく、声には自然と甘さが滲んでいた。

演技ではない―

本当にそう思っていた。

修は心の中で少しほっとする。

―おばあさんに促されれば、自然と距離を詰められる。

それなら、彼女の前では「夫」としての役割を演じても、悪くない。

若子も、それを察したのか、にっこりと笑って―

「修も、ちゃんと食べてね」

自分の箸で、彼の茶碗にも料理をひとつ入れてあげた。

「夫婦」が互いに料理を取り合い、気遣い合うその光景に、華は満足げに笑顔を浮かべる。

「そうよ、そうやってお互いを大事にするの。夫婦なんだから」

その横で、侑子の指先が震えていた。

握っていた箸に、じんわりと力が入る。

安奈は、なにも言わなかった。

現実の世界で声を張るような勇気は、彼女にはなかった。

「二人とも、好きなものをどんどん食べなさいね。遠慮しないで」

華は、そう言って二人にも気を配っていた。

「はい、奥さま」

侑子はすぐに笑顔を作り、礼儀正しく返事をする。

さっきまで「おばあさん」と呼びかけようとしたのを、思いとどまった。

―今の華にとって、自分は「孫」ではない。

その事実を思い知ったのは、少し前の言葉だった。

華は、あえて訂正もしなかった。

今の彼女の中に、山田侑子を「松本若子」と重ねる意識は、もうなかったのだろう。

彼女は正気を取り戻し、ただの「他人」として接していた。

夕食は、少なくとも表向きは平和に進んでいった。

食事が終わると、若子はリビングで華と一緒に座り、おしゃべりに花を咲かせていた。

修は隣で黙々と果物を剥きながら、二人の会話に耳を傾けていた。

こんな、ささや
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コメント (5)
goodnovel comment avatar
むーちゃん
修は最初から若子の代わりと言ってなかった?それでも構わないと強引に側に居続けたのは侑子ですし、それがいつの間に私は彼女で修に全て捧げたのに脳に? イケメン金持ちがいいなら西也に乗り換えては?似た者同士うまく行くかもよ。
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barairose88
修…やはり失言、失態、その謝罪…もう若子とのこのやり取りは、お約束のルーティーンですね… でも今回は、一概に修だけを責められない… 暁ちゃんが西也の子だと思っている修は、自業自得とは言え、それは反論したくなります。 若子は意地にならずに、暁ちゃんの将来のためにも、その事実を早く修へ早く伝え欲しいです。 そして修、若子により化けの皮が剥がれた侑子!   ここはあざとい涙には騙されず、情けは無用! きっちり切り捨てです!
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hayelow488
2人の関係が、全然進展しない。 毎度、似たような会話の繰り返しで、飽きました。 修は、若子に構ってほしいなら、まず侑子と縁切りなさい。それ、二股だから!順序がおかしいです。
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