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第22話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1090話
和泉夕子はスマホを見ずに、桐生志越の額の汗を拭き続けていた。優しく世話をされている桐生志越は、しばらく彼女を見つめた後、静かに言った。「夕子、お前は結婚しているんだ。こんな風に僕を甘やかさないでくれ。良くない......」和泉夕子は唇を噛み締め、微笑んだ。「志越、もしよかったら......私を妹だと思って」あまりにも残酷な言葉だったが、これが二人の最後の結末だった。切っても切れない恩義、忘れられない愛情。それらを、全て「兄妹」って関係に、変えてしまおう。桐生志越の目に、涙が浮かんだ。彼は顔を少し上げた。青空から降り注ぐ太陽の光が、木漏れ日となって彼の目に差し込んだ。眩しい光に目を細めながらも、彼は涙をこらえて微笑んだ。「それじゃあ、もう一回だけ、顔拭いてあげて？」彼は少しうつむき、和泉夕子に顔を近づけた。彼の明るい声は、彼女を「妹」として受け入れたかのようだった。和泉夕子は彼が受け入れてくれたことに安心し、笑顔で言った。「ええ」彼女は再びウェットティッシュを取り出し、彼の顔を拭いた。そして、立ち上がって車椅子を押した。二人は梨の木の下に来た。桐生志越は、まだ花の咲いていない枝を見ながら、微笑んだ。「夕子、来年の春には、この梨の木に白い花が咲く。きっと綺麗だろうな」和泉夕子は彼の視線の先、大きな梨の木を見上げて、頷いた。「それじゃあ......来年の春、また一緒に梨の花を見よう」桐生志越は振り返り、和泉夕子に微笑んだ。「これは......約束だな？」「ええ、約束よ」桐生志越は彼女の言葉に、救われた気がした。まるで、深い海の底から引き上げられたかのように。「それじゃあ、来年の春、僕はここで待っている......約束を破るなよ」「ええ」和泉夕子の明るい声に、桐生志越は安堵した。今世では一緒になれないとしても、せめて「兄」として、彼女の傍にいさせてほしい。車の窓から、二人の仲睦まじい様子を見つめていた霜村冷司は、ドアを開けようとしていた手を引っ込めた。絵になる二人を見て、彼は思った。二人は、こうあるべきなのだと。自分は、二人のすれ違った時間の中に、突然現れたよそ者に過ぎない......そう考えると、霜村冷司は目を伏せ、視線がぼやけてきた......ズキ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1089話
それを見て、桐生志越は彼女をからかった。「お前は子供の頃から泣き虫だったな。大人になったのに、相変わらずすぐ泣く」口では文句を言いながらも、彼は優しくティッシュペーパーを取り、彼女の涙を拭った。涙を拭いている途中、彼女の指に結婚指輪がはまっているのを見て、彼は手を止めた。「夕子、僕のことは心配しないでくれ。きっと僕は、誰よりも長生きする」和泉夕子は自分で涙を拭き、微笑む彼に頷いた。「私の友達も、昔、うつ病だったの。でも、彼女は克服した。明日、彼女を連れてくるわ。彼女に、治療法を聞いてもらったらどう？」桐生志越は頑固な性格で、一度決めたことは曲げない。彼が自分の申し出を断るのなら、別の方法で彼を助けよう。彼女の申し出を断り、さらに友達の提案まで断ってしまうのは、自分が心を閉ざしている証拠になるから、桐生志越は彼女の提案を受け入れた。「ああ、お前の言う通りにするよ」たとえ彼女が他の人との結婚を勧めても、自分は文句を言わないだろう。二人の間には、重苦しい空気がなくなり、穏やかな雰囲気が漂い始めた。「別のお茶も飲んでみるか？今度は分かるかな？」桐生志越が再び茶葉を探し始めたのを見て、和泉夕子は慌てて彼を止めた。「志越先生、お願いだから勘弁して。私にはお茶のことは、さっぱり分からないの」動画でお茶の淹れ方を見たことがある程度で、全くの素人だ。これ以上、自分を困らせないでほしい。「志越先生」という言葉に、桐生志越は中学2年生の時、彼女に数学を教え込んだ時のことを思い出した......当時、和泉夕子の数学のテストの点数は27点。クラスで最下位だった彼女は、答案用紙を抱えて高校まで泣きながら走ってきた。泣いている彼女を見かねて、桐生志越はアルバイトが終わって帰宅すると、布団の中に隠れている彼女を引きずり出し、机の前に座らせて勉強を教えた。数学の問題が解けない彼女は、ペンを握りしめながら、彼に呆れた顔をして、「先生より厳しいわね」と皮肉を言った。そのため、彼女は半年間も彼を「志越先生」と呼んでいた。数学の点数が27点から98点に上がった時、ようやく「志越」と呼ぶようになった。過去の楽しい思い出に、桐生志越の心に温かい光が灯った。重苦しい気分も、少しだけ軽くなった気がした......彼女がそばにいて
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1088話
どんなに平静を装っていても、和泉夕子は信じなかった。桐生志越は、よく自分に嘘をつく。昔、レストランでアルバイトをしていた時も、自分に見つかったのに、友達の代わりに働いているだけだと嘘をついた。桐生志越は、どんなことがあっても一人で抱え込み、自分に迷惑をかけまいとしていた。和泉夕子は彼のことをよく理解していた。平静な表情の裏に、彼がどれほど苦しんでいるのかが痛いほどわかった。「志越、あなたの症状は、沙耶香から聞いた。もう嘘をつかないで」桐生志越は何かを思い出したかのように、和泉夕子を見て微笑んだ。「医者の診断ミスだったんだ。沙耶香に伝える前に、お前たちが来てしまった」それを証明するかのように、桐生志越はスマホを取り出し、うつ病専門医の電話番号を表示して、和泉夕子に見せた。「信じられないなら、僕の医者に電話して聞いてみればいい。何も知らない彼が、お前に嘘をつくはずがないだろう？」しかし、彼が事前に医師に口裏合わせをしている可能性もある。和泉夕子は眉をひそめて少し考えた後、桐生志越のスマホを手で払いのけた。「志越、私は毎日あなたに会いに来ようと思っているの。本当に必要ない？」久しぶりに彼女と過ごす機会が得られる。桐生志越がそれを望まないはずがない。「お前が僕と一緒にいると......霜村さんはどうするんだ......」和泉夕子は思わず腕時計を見た。まだ2時間は経っていない。彼女は少し安心した。「彼と相談済みよ。彼が許可してくれたの」うつ病患者に必要なのは、説得でも忠告でもなく、ただ寄り添ってくれる存在だ。何も話さなくても、ただそばにいてくれるだけで、心が安らぐ。和泉夕子は、彼の苦しみの原因が自分にある以上、自分が彼を救うべきだと考えていた。そうすることで、彼女自身も過去の罪を償える。霜村冷司も承知の上だと聞いて、桐生志越の笑顔が消え、苦い表情になった。「夕子、家には悠と哲也、それに僕の父もいる。医者や看護師もいる。たくさんの人がいるから、お前がここにいる必要はない」彼は常に正義感を貫いていた。和泉夕子にそばにいてほしいと願っていたが、二人の幸せを壊したくないので、彼女の申し出を断った。会わなければ、想いは薄れる。しかし、毎日顔を合わせていたら、抑えきれない感情が芽生えてしまうかもしれない。
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1087話
桐生志越はそれ以上聞かず、白い指先でティーポットを持ち、小さな湯呑に熱いお茶を注いで和泉夕子に差し出した。「お前は子供の頃、院長先生がお茶を淹れているのを見て、『大人になったら、お茶の先生になる』と言っていたな。結局、お茶の淹れ方も、味も分からなかったようだが、今はどうだ？覚えたか？」彼の軽い口調に、和泉夕子の緊張が解けていく。彼女は湯呑を受け取り、一口飲んでから、微笑んだ。「ごめんね。私には才能がないみたい。このお茶の種類、全然分からないわ」生気のない桐生志越の瞳が、彼女の懐かしい笑顔を見て、輝きを取り戻した。彼は茶筒を開け、清潔な指で茶葉をつまみ、和泉夕子にお茶の種類を説明した。「これはね、今残っているのは6株だけで、幻のお茶と呼ばれている」和泉夕子は、腑に落ちない表情で、頷いた。「志越、あなたはいつからお茶が好きになったの？昔は、あまり飲まなかったわよね」お前がお茶の先生になるって言ったから、自分が代わりにお茶の先生になったんだ。過去の思い出に生きる桐生志越は、心の中でそう呟いたが、何も言わなかった。彼が何も言わないので、和泉夕子は質問が的外れだったと思い、お茶を飲んでごまかした。しばらく沈黙した後、和泉夕子は湯呑を置き、静かな桐生志越を見つめた。「志越、あなたは羽田家のお嬢様と結婚するんじゃなかったの？どうして結婚の知らせがないのかしら？」桐生志越の表情が一瞬曇ったが、すぐにいつもの表情に戻った。「彼女とは、婚約を解消した」和泉夕子は眉をひそめた。「どうして？」お前が霜村冷司と結婚したから、自分はもう偽る必要がなくなった。「彼女には、もっと相応しい人が現れたから」和泉夕子は桐生志越の澄んだ瞳を見つめ、何かを察したように、視線をそらした。「志越、私はそれほどいい女ではない。私なんかのために、全てを犠牲にする必要はないわ。そんな価値はない」彼女はずっと、二人の過去の恋愛話に触れないようにしていたが......彼を立ち直らせるには、過去と向き合わなければならない。もうこれ以上、過去から逃げることはできない。桐生志越は静かに目を伏せた。「夕子、僕はもうお前を諦めた。犠牲などしていない」彼が諦めたと言っている以上、和泉夕子がこの話題を続けるのは、少し気が引け
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1086話
「夕子、昨日、沙耶香からお前が来ると聞いて、悠にお前の大好物を作ってもらったんだ。お昼ご飯、一緒にどうだ？」知らせを受けた時、彼は会うべきかどうか迷った。しかし、会わなければ、彼女に未練があると誤解されるかもしれない。彼は彼女に、自分が過去を吹っ切ったこと、そして彼女が霜村冷司と幸せに暮らしていることを知ってほしいと思っていた。それが、彼女にとって一番の幸せなのだから。ただ、久しぶりに彼女に会えると思うと、彼は一睡もできず、夜明け前の5時から、花壇の中で車椅子に座って彼女を待っていた......朝日が昇り、ようやく彼女がやってきた。彼女を見た瞬間、彼の心は高鳴った。彼は悟った。この人生で、彼女を忘れることなどできない。だが、忘れなければならない。「ええ」和泉夕子は涙を浮かべながら、微笑んで頷いた。桐生志越は彼女を家の中に案内しながら、玄関先で少しだけ立ち止まった。ここで、和泉夕子は自分に捨てないでほしいと、何度も土下座した。もしあの頃に戻れるなら、自分は和泉夕子を抱き上げ、「ああ、僕はお前を決して見捨てない」と力強く言っただろう。しかし、時は流れ、過去には戻れない。どんなに後悔しても、やり直すことはできない。和泉夕子が入ってくると、人妻となった悠が彼女を出迎えた。「夕子さん、本当に久しぶりだね」悠は和泉夕子を見つめた。「相変わらずお綺麗ね」「あなたもね」ニコニコと笑う悠を見て、和泉夕子も微笑んだ。しかし、彼女の視線は悠のお腹に注がれていた。悠のお腹は少し膨らんでおり、妊娠していることが一目で分かった。「これは、私と哲也の子供」悠はお腹を指さしてから、隣に立っている望月哲也の腕に抱きついた。「悠、おめでとう」かつての少女が、今では人妻となり、母となる。相手は顔見知りの望月哲也で、安心できる。和泉夕子の祝福に、悠の顔は喜びで輝いていた。とても幸せそうだ。きっと望月哲也は彼女を大切にしているのだろう。だからこそ、彼女は昔のように明るく、無邪気な笑顔でいられるのだ。悠は望月哲也を連れて、和泉夕子に挨拶をし、昔のことをいろいろと話した。しばらく話した後、悠は和泉夕子にミルクティーを入れてあげると言って、キッチンへ向かった。白石沙耶香は二人がゆっくり話せるようにと、悠
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1085話
遠くから見ると、花々に囲まれた男は、まるで少年時代のように爽やかで、上品な雰囲気を漂わせていた。見慣れた顔、見慣れた姿が、徐々に鮮明になっていく。まるで夢を見ているようで、遠い昔の出来事のように感じられた。彼に一歩近づくごとに、彼女の心臓はドキドキと高鳴り、数えきれないほどの思い出が蘇ってきた。彼女の記憶の中にあったのは、桐生志越の優しさだった。桐生志越の記憶の中にあったのは、もう二度と戻ってこない和泉夕子だった。二人は遠くから見つめ合っていた。彼の瞳には彼女だけが映り、彼女の瞳には、諦めが滲んでいた。かつて二人は永遠の愛を誓い、来世での再会まで約束した。しかし、彼女はもう彼の傍にはいない。桐生志越は潤んだ瞳で、心の闇を隠しながら、優しい笑みを浮かべた。その穏やかな笑顔を見て、和泉夕子は彼の前に立ち止まり、まるで久しぶりに旧友に会ったかのように、白い手を差し出した。「志越、久しぶりね......」差し出された手数秒間見つめた後、桐生志越は膝の上に置いていた手をゆっくりと動かし、彼女の手を取った。桐生志越の目が潤んだ。「霜村夫人、お久しぶり」「霜村夫人」という言葉が、二人の距離を感じさせた。彼は自分に言い聞かせた。彼女は既に人妻となり、他の男のものになったのだと。かつて愛し合った二人は、軽く手を触れ合った後、互いに手を放した。彼女は立っており、彼は座っていた。二人は沈黙した。数秒間の沈黙の後、桐生志越の視線を感じながら、和泉夕子は彼の前にしゃがみ込み、彼の足を見つめた。「志越、足の具合はどう？」桐生志越は、彼女の手を握っていた感触を惜しむかのように、視線を彼女に移した。「沙耶香が紹介してくれた専門医によると、きちんと治療を受ければ、歩けるようになる可能性があるそうだ」和泉夕子の白い顔に、喜びの笑みが浮かんだ。「本当？」桐生志越は微笑んで頷き、白石沙耶香を見た。「信じられないなら、沙耶香に聞いてみろ」足の専門医は霜村冷司が手配したものだったので、和泉夕子は信じていたが、念のため白石沙耶香に確認した。「言い忘れてたけど、専門医は『きちんと治療を受ければ、歩けるようになる可能性がある』と言っていたわ」白石沙耶香は桐生志越を心配そうに見つめた。彼は重度のうつ病で、生きる気力
