Share

16

Author: maruko
last update Last Updated: 2025-05-16 07:12:40

いつものように墓地の入り口へと向かった。

一年ぶりのその場所は相変わらず静寂に満ち溢れた場所であった。

落ち着く空気に囲まれてルルーシアは一つ深呼吸をする。

前に見えるのはマークだった。

じめんを見つめながら俯く彼が顔を不意に上げてルルーシアに気付いた。

その笑顔を見ていると彼の本心が解らなくなる。

その笑顔の裏に幸せな家庭を築いてルルーシアを騙していたなんて一年前まで思いもよらなかったのだから。

いつもであれば二人揃って両親の眠る墓の前に行き二人揃って祈りを捧げる。

だけど今日はそんな事をするつもりはなかった。

この場所で祈る最後の日なのだから。

不誠実なマークとは一緒に祈りたくはなかった。

「シア、一年ぶり!さぁ行こう」

いつものようにそう言って手を差し出すマークにルルーシアは首を左右に振った。

「マーク、今日は二人の所へ行く前に話があるの。あそこで話しをしましょう」

「祈ってからでは駄目なのか?」

墓地から逸れた散歩道にベンチがある。

いつもは祈った後に二人でそこで一年分のお喋りをする場所だった。

だからマークの問いは自然なものだったかもしれないがルルーシアには空々しく感じた。

「えぇ、祈る前がいいの」

訝しげな顔をしたマークだったが直ぐに思い直したのか再び笑顔を向けて「そうか、じゃあ行こうか」と右手を差し出した。

その手には目もくれずルルーシアはマークの横に並び言葉を発することなくベンチへと向かった。

無視されてしまった右手を握り拳に変えてマークも黙ってベンチへと歩いた。

三人は優に座れるベンチに何時もは寄り添って座るのだがなるべくルルーシアはマークから離れた。

不思議な顔をするマークへとその日初めて笑顔を向けてルルーシアは言った。

「マークお別れしましょう」

苦しそうな顔も悲しそうな顔もせずに普通に笑顔で別れ話を切り出したルルーシアをマークは呆然と眺めるのだった。

しばらく呆けていたがハッ!と気を取り直してマークは聞き返す。

「冗談だろう?」

その言葉にルルーシアは苦笑する。

「いいえ、本気よ」

「如何して!何故!君は私を愛しているんじゃないのか!」

その言葉を聞いたルルーシアは腹の底から可笑しくなった。

どの口がそれを言うのだろうか。

「ふっ」

思わず呆れた声が漏れたルルーシアに馬鹿にされた様な感覚をマークは感じた。

「なぜだ、シア。俺達結婚するんだろ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 幸せの選択   16

    いつものように墓地の入り口へと向かった。一年ぶりのその場所は相変わらず静寂に満ち溢れた場所であった。落ち着く空気に囲まれてルルーシアは一つ深呼吸をする。前に見えるのはマークだった。じめんを見つめながら俯く彼が顔を不意に上げてルルーシアに気付いた。その笑顔を見ていると彼の本心が解らなくなる。その笑顔の裏に幸せな家庭を築いてルルーシアを騙していたなんて一年前まで思いもよらなかったのだから。いつもであれば二人揃って両親の眠る墓の前に行き二人揃って祈りを捧げる。だけど今日はそんな事をするつもりはなかった。この場所で祈る最後の日なのだから。不誠実なマークとは一緒に祈りたくはなかった。「シア、一年ぶり!さぁ行こう」いつものようにそう言って手を差し出すマークにルルーシアは首を左右に振った。「マーク、今日は二人の所へ行く前に話があるの。あそこで話しをしましょう」「祈ってからでは駄目なのか?」墓地から逸れた散歩道にベンチがある。いつもは祈った後に二人でそこで一年分のお喋りをする場所だった。だからマークの問いは自然なものだったかもしれないがルルーシアには空々しく感じた。「えぇ、祈る前がいいの」訝しげな顔をしたマークだったが直ぐに思い直したのか再び笑顔を向けて「そうか、じゃあ行こうか」と右手を差し出した。その手には目もくれずルルーシアはマークの横に並び言葉を発することなくベンチへと向かった。無視されてしまった右手を握り拳に変えてマークも黙ってベンチへと歩いた。三人は優に座れるベンチに何時もは寄り添って座るのだがなるべくルルーシアはマークから離れた。不思議な顔をするマークへとその日初めて笑顔を向けてルルーシアは言った。「マークお別れしましょう」苦しそうな顔も悲しそうな顔もせずに普通に笑顔で別れ話を切り出したルルーシアをマークは呆然と眺めるのだった。しばらく呆けていたがハッ!と気を取り直してマークは聞き返す。「冗談だろう?」その言葉にルルーシアは苦笑する。「いいえ、本気よ」「如何して!何故!君は私を愛しているんじゃないのか!」その言葉を聞いたルルーシアは腹の底から可笑しくなった。どの口がそれを言うのだろうか。「ふっ」思わず呆れた声が漏れたルルーシアに馬鹿にされた様な感覚をマークは感じた。「なぜだ、シア。俺達結婚するんだろ

  • 幸せの選択   15

    1年ぶりの王国は帝国よりも少し暖かく感じた。駅を出て馬車乗り場を目指そうとしていたら少し遠目に誰かが手を振りながら走ってくるのをルルーシアの視界が捉えた。彼はルルーシアの前に来るとそんなにも必死に走ってきたのかというほど膝に手を当て頭を下げて肩で息をしていた。「はぁはぁはぁルル、はぁシア、はぁ⋯⋯」「落ち着いてください」彼の様子からルルーシアにはおそらくだが彼の正体が解ってしまった。あまりにも苦しそうだったので俯いた背中をさすりながら声をかけた。そうしていたら落ち着いたのか彼が擦っていたルルーシアの腕をポンポンともういいと言う様に優しく叩いた。「ありがとう、遅くなってしまって慌てた⋯ルルーシア嬢お久しぶりです。私を覚えていらっしゃるでしょうか?リシュエドと申します、昔孤児院「覚えていますエド兄様、昔の様にルルとお呼びくださいませ」」畏まって話すリシュエドの自己紹介を途中で遮ってルルーシアは気楽に話して欲しいと思い懇願した。ルルーシアの言葉を聞いたリシュエドはニコッと笑い「ルル!元気だったか!会いたかった」そう言って抱きしめてくれた。そこには男女の思いなどなく、久しぶりに会えた兄妹の抱擁であった。ルルーシアの体を手放した後もリシュエドは頭を撫でながら「大きくなった」と笑う。それが可笑しくてルルーシアも自然な笑みが溢れた。マークへと別れを告げる為に来た今回の度はルルーシアの新しい一歩でもあると同時に長年の関係を断ち切らなければならない、重苦しいものであったからかなり身構えてホームに降り立ったのだ。そんな気を張ってガチガチだった肩がリシュエドのおかげでスッキリと緩和した。「兄様、お会い出来て嬉しいです」「俺も会えて嬉しい、墓地に行く前に朝食はどうだい?」リシュエドに誘われて駅近くの早朝からやっている食堂へと向かった。懐かしい王国の家庭料理だったが、ルルーシアの家ではそれを母であるマリーヌが帝国風にアレンジしていたからあまり懐かしさは感じなかった。この場でルルーシアが懐かしむのは目の前のリシュエドだけだろう。「カイルに聞きました、エド兄様が力を貸してくださったそうですね、本当にありがとうございます」「俺はカイル卿に雇われただけだよ、教会の手続きは終わってるからな、あとはルルがサインするだけだ」ルルーシアはリシュエドの言葉に

  • 幸せの選択   14

    日々の進みは早い、カイルと婚約してからは特に早かった。毎日が幸せで、思い思われて側に居てくれる男(ひと)がいる事がこんなにも日々を充実に送れるなんてルルーシアはこの年になるまで知らなかった。それほどまでにマークに囚われていたという事なのかもしれない。マークからは以前と同じ様に3ヶ月に一度手紙が届いていた。彼の妻はルルーシアにバラした事を話してはいないのだろう。全てを知ったルルーシアがマークの手紙を冷めた目で読んでいるなんて彼はきっと知らないのだ。何度も“もう知っているのだ”と返事を書きたかった。だけどまだ王国からの連絡が来ていなかった。王国ではカイルが調べてくれた後に動いてくれている人がいる。嘗て母が亡くなったあと入れられた孤児院で兄と慕ったリシュエドが今王国で教会と交渉してくれているのだ。 両親の墓を帝国へと移動するために⋯。それらの準備が整ったらルルーシアはマークに別れを告げに行こうと決めていた。◇◇◇リシュエドから連絡が来たのは奇しくも両親の命日に重なる季節。毎年王国へと訪っていた季節だった。─お母様、やはり春は芽吹きの季節でした。私の新しい人生の為に旅立つのは“春”が相応しいのでしょうか?─〜そして王国へと旅立つ日〜春先とはいえまだまだ早朝は肌寒い。プラットフォームで汽車を待ちながら吐く息は白かった。薄手の長袖ワンピースを着ていたルルーシアの肩に後ろからそっとショールがかけられた。かけてくれたのは愛しいカイルだった。彼はそのまま後ろから震える手でルルーシアを抱きしめて耳元で擽る様に囁いた。「待ってるから」背中から回されたカイルの腕に触れながらルルーシアはコクンと頷いた。「これで最後だから⋯待ってて」恋人(婚約者)達の抱擁は幸い始発であるこの駅は人も疎らで好奇の目に晒されるのは幾人か数えるほどだ。数年前まではマサラン帝国からカザス王国へ向かう道は往復で10日を擁したが、鉄道が轢かれて寝台車を使えば半分の日数で事足りる。ルルーシアが王国へと向かう旅は今年で8回目、そして最後だ。毎年旅立つ時にカイルが見送りに来ていたけれどいつもと違うのは、この抱擁であった。ルルーシアの今回の旅はマークとの決別の為に臨む。少しの衣類が入ったトランクをカイルから渡されてルルーシアは汽車に乗り込む、一段上がって振り向くとカイ

  • 幸せの選択   13

    侯爵家の養女になってからのルルーシアは生活が一変した。平民から貴族子女になった事が大きく変わった点なのは勿論だが、ルルーシアの気持ちにも変化が起きた。今までは何時か王国へ嫁ぐのだからと奇しくも母と同じように子爵家で生活しながら平民の暮らしを学んでいた。当然、学園に行っていた時から社交など貴族に必須の物は全くと言っていいほど関わりがなかった。お茶会も学園で知り合った2、3人の気の合う子達とカフェで会ったり家にお呼ばれしたりするくらいで簡単なものしか熟していなかった。義伯母の提案で貴族となって初めてのお茶会は恐れ多くも公爵家のお茶会だった。公爵夫人が義伯母の友人でもあったが夫人の侍女が母の友人だった事も理由だった。和やかに昔の話しに盛り上がる公爵夫人と義伯母の様子を観察するように言われた。ある程度の時間が経った頃、義伯母がルルーシアに諭すように話す。「ルルーシア、貴族の社交は腹の探り合いなのよ。正直とても面倒くさいものだけどそれもこれもスマートに相手の意を組んで円滑な交友を行う為なの。私達の会話の中で変に思った所はあったかしら?」ルルーシアが義伯母達の会話の中で不思議に思った事を二つ三つ正直に答えるとニコッと笑ってくれた。正解だったようだ。「本来ならこういう事は子供の頃から学んで行くのだけれどルルーシアはそういう訳にはいかなかったでしょう?だから実地で訓練しようと思って彼女に頼んだのよ。耳そばで侍女から説明を受けながら学んでいって」そうして母の友人が側に付きながら義伯母と公爵夫人の会話は続いていく。ルルーシアは3人の気持ちが嬉しくてこれからは貴族として生きて行くのだと殊更気合が入った。ルルーシアが養女になって侯爵家には彼女宛に釣書が届き始める。主に後妻の話しが多いのはルルーシアの年齢と貴族になった時期のせいだろうと思われた。その中でやはり際立つのはドーマ子爵家のカイルからの釣書だった。伯父も義伯母も祖母もカイルの婚約の申込みに乗り気であったし、釣書を一通り見せてもらったルルーシアもやはり惹かれるのはカイルだった。侯爵家の総意としてカイルとの婚約を進める為に二人はお試しでお付き合いする事になった。子爵家にいる頃からカイルとは何度も出かけていたけれど、婚約を前提として出かけると決めた初日、ルルーシアは緊張でいつになく落ち着かなかった

  • 幸せの選択   12

    侯爵家の庭は帝国の中でも5本の指に入るほど整えられた庭園であった。季節の花はお抱え庭師によって丁寧に植えられ庭園内の歩道にも目線から足元までの気配りが成された見事な庭園であった。案内された四阿には新旧の侯爵夫人達がルルーシアの訪いを歓迎してくれた。「ルルーシア、王国で災難にあったと聞いたわ。まだ気持ちは落ち着かないかしら?」祖母にあたる前侯爵夫人は全て知っているからと安心して話せと言ってくれるように優しく問うてくれた。「お祖母様、お気遣い頂きありがとうございます」「全く持って不愉快な話よね」義伯母にあたる現侯爵夫人が憤慨しながらルルーシアの背を優しく撫でながら言ってくれた。「本当にそうね、どんな気持ちか知りませんけれど、女性の花の時代を見縊っていらっしゃるわね。殿方と言うのはそういう所が疎くと困ってしまうわね」「⋯⋯」ルルーシアは二人が怒ってくれるので幾らか冷静になってきた。マークのした事はルルーシアに対して本当に不誠実な行いなのだと改めて考えさせられた。「ルルーシア、貴方、子爵からお話し聞いているかしら?」「どういったお話でしょうか?」ルルーシアは祖母の問いに一つだけ心当たりはあるが違ってはいけないと慎重に言葉を返した。「今更なのだけどうちの養女になってはくれないかしら?」義伯母が祖母の代わりにルルーシアに話すようだ。「貴方が此方に来た時に直ぐに養女にしたかったのよ。だってディスターとマリーヌの忘れ形見だもの。ルルーシアは私とディスターが同級生というのは知ってるかしら?」義伯母の言葉はルルーシアにとっては初耳だった。ルルーシアが首を左右に振ると義伯母はフゥーと溜息を吐いて昔話を始めた。「ディスターとは婚約者の弟という前に子供の頃からアチコチのお茶会で良く一緒になったのよ。学園に入った頃に私が旦那様と婚約して将来は義理の弟になるのだと思ってからは、本当の姉弟のように接していたの、そのうちマリーヌとも仲良くしてもらって楽しかったのに。あの皇女(女)のせいで二人は逃げるしかなかったのよ」昔の事を思い出したのか二人はハンカチで目元を抑えていた。兼てより疑問に思っていた事をルルーシアはいい機会かなと聞いてみた。「勝手に家を出奔した両親を皆様、恨んだりしてはいないのですか?」「まぁまぁまぁまぁルルーシア、そんな事あるわけ無いわ

  • 幸せの選択   11

    マークと決別する意思を固めたルルーシアは途端に帝国での生活が一変することになる。ルルーシアは学園卒業後、いつでも王国へ嫁げるようにと子爵が配慮して、子爵家の商会の仕事を手伝っていた。それも直ぐ代わりの効く様な受付やちょっとした事務などで正直仕事としては雑務に近かった。王国から帰国したあとルルーシアは子爵に呼ばれる。シックな家具で統一された商会長の部屋は下っ端ルルーシアは親戚と言えどもあまり入ることは無かった。久しぶりに呼ばれてルルーシアは緊張する。「会長、お呼びと伺いました」入室許可を得て遠慮がちに言葉を発すると、何時も仕事の時は公私を混同しない会長が笑顔でルルーシアを迎えた。座るように促されたソファはこの商会に入って初めてだった。「ルルーシア、今日は商会長ではなく叔父として話してもいいかい?」珍しい事もあるのだと驚いたが、叔父の笑顔が嬉しくてルルーシアは頷いた。「少しだけ聞いたんだ、だけど君の口からもちゃんと聞きたい。ルルーシアはこのままずっと帝国に居てくれるつもりでいるかい?」叔父の言葉はルルーシアの気持ちを慮っているのが手に取るほど解った。この帝国に来た時に叔父はルルーシアの気持ちをちゃんと聞いてくれた。『いつかマークが迎えにくる』そう言ったルルーシアの気持ちを優先してくれた叔父が今度はそのマークに失恋したルルーシアの気持ちを再び聞いてくれる。その心遣いがルルーシアは嬉しかった。「ご迷惑ではないですか?」ルルーシアは親戚だが身分的には平民だ。子爵家で暮らしてはいるが、それも直ぐに出る事になると思っていたのが長引いているだけだった。だから縁故採用で入った商会の手当では直ぐに独り暮らしは出来ないと思い、まだ暫く独り立ちするまで迷惑をかけてしまうとついそれが言葉に出てしまった。「ルルーシア、今は商会長じゃないと言っただろう?君がこのまま帝国に居るのならば仕事も生活も考え直す必要があったから、それで君の気持ちを確かめたかった」「⋯⋯?」ルルーシアには叔父の真意がよく解らなかった。マークとの結婚は無くなったからこのまま帝国で暮らすつもりでいたルルーシアは生活が変化する事になるとは思っていなかった。そもそも王国に行っていたのも年に一回、2週間程度の事だ。首をひねりながらどう返事をしていいか解らないルルーシアを見て子爵は

  • 幸せの選択   10

    帰りの馬車の中ルルーシアはマークに気持ちを伝えてみた事をカイルに話した。「結婚する為に直ぐにでも王国へと移ることも考えてるって言ってみたの。でも副団長になれるかもしれない忙しい時だからもう少し待ってほしいとしか言われなかったわ。妻子の話しは一言も無かったの」ルルーシアは悲しかった、そして悔しかった。「私ね、もしマークが“どうして私と結婚するつもりなのか?”なんて答えが却って来ることを期待していたのよ。子供の頃の約束なんて覚えて無いって言われたほうがマシだったわ。これって⋯マークは私をどうしたかったのかしら?周りから見たら私の方が浮気相手よ、そんなの⋯酷いわ」カイルは黙ってルルーシアの話しを聞いていた。対面に座るカイルの顔を見たらきっと泣いてしまうと思ったルルーシアは、視線をカイルの膝に定めていた。そんなルルーシアの肩にカイルは手を置いた。「シア、泣いていいよ。ここには私しか居ない」その言葉が合図となってルルーシアは両手で顔を覆いながら泣いた。幼い頃からの恋心はまだ昇華する事が出来ていない。父が亡くなった時は母がいた。頼れる母が側にいた。母が亡くなった時はマークが居てくれた。優しく寄り添ってくれた。そんなマークはいつの間にかルルーシアの側には居なかった。知らない間に他の人の大事な人になってその人に寄り添っていた。私は、私はこれからどうしようどうすればいいのだろうルルーシアの心の中を春なのにブリザードが吹き抜けていた。するとフワッと何か力強い物に包まれた。えっ?驚いて顔をあげると優しく抱きしめてくれたのは、やはりカイルだった。いつの間にか隣に移動してくれていたようだ。「シア、わたし“俺”がいる。シアの側には俺が居るから。いつも居ただろう?これからもずっと居るから」カイルの言葉が何を意味するか、わからないほどルルーシアは子供ではない。出来ればこの手を取って縋りたい。だけど⋯また捨てられてしまったら。それに今はまだ、悔しいけれど悲しいけれどマークに心がある。カイルを代わりにするようで、そんなのは嫌だった。「カイル⋯ありがとう。本当にありがとう、とても嬉しい。嬉しいけれど、今は駄目だと思うの」「俺じゃ駄目ってこと?考えられないって事?」ルルーシアは首を振って否定した。「そうじゃない、そうじゃないわ。カイルは私に

  • 幸せの選択   9

    「叔母上の眠っている墓地の管理を近くの教会がしているのは知ってる?」少し落ち着いてハンカチで涙を拭くルルーシアにカイルが問いかけた。ルルーシアが頷くとカイルは少し口の端を上げて続ける。「時間はかかるけど墓地の移動は可能だそうだ」「本当?」「あぁ確かめてきたよ、時間がかかるのは少し宗教上の問題も絡むからだ。移す墓地が同じ宗派の管理する所なら書類を出して掘り起こせば済むが、宗派が違うと書類も時間がかかるしお金もかかるかな。でもお金の心配はしなくてもいい、父上が妹の亡骸を他国に置いたままにしていたのもルルーシアが王国に嫁に行くと思っていたからだから。父上がしっかり払うよ、そもそも子爵家の仕事だ。ルルーシアの父親の侯爵家も同じ気持ちだよ」「⋯⋯色々調べてくれたんだね」ルルーシアはカイルの気遣いに感謝しながら言うと「いや墓地の件は調べなくてもよかったみたいだった」「えっ?」「既に父上と侯爵家で調べ済みだったんだよ。でも2家ともシアの気持ち優先で動いていたって解っただけでも伝えたくてさ。シアは一人じゃないって事だよ、それはこれからも変わらないんだ」「⋯うん⋯うん」折角落ち着いていたルルーシアの涙はあとからあとから溢れてもうどうやっても止まりそうになかった。カイルは心の弱ったルルーシアを抱きしめたい、だけどそれに付け込むようで、それは卑怯じゃないかと脳内で自身と葛藤していた。それでもやはりルルーシアの泣きながら弱々しく震える肩が身につまされてギュッと抱きしめた。ルルーシアはカイルのその抱擁に戸惑いながらもそのまま彼の胸で泣き続けていた。湖の畔にある少し小さめの古い四阿は誰かが定期的に手入れをしているようで、寂れてもいなかった。「少し話しをしてもいいかしら?」ルルーシアからの提案で四阿に休憩がてら腰掛けた。「今度の旅で私とどうしたいのかマークに聞いてみるわ。それで全部話してくれたら私全てを水に流そうと思うの、もしかしたらマークは私との約束を忘れちゃってるかもしれないから。それだったら話してくれなくても可怪しくはないものね」ルルーシアはカイルにそう言ったが、忘れているはずがない。もし忘れているのならば体の関係など求めて来るはずがないのだから。でもこれ以上カイルに心配をかけてはいけないとルルーシアは思ったのだ。私が子供の口約束を本気にした

  • 幸せの選択   8

    ルルーシアはバルコニーに歩を進めた。今しがた従兄のカイルが渡してくれた資料を読み終えたばかりだ。「嘘つき」ルルーシアは声にはならなかったが口先だけで呟いた。ルルーシアとマークは将来の約束はしていたが、それは口約束だった。書面に残したり婚約をしっかりと結んだわけではなかった。そんな事を思いつくことも無かったのだ、何故なら彼を信じていたから。その思いがガラガラと崩れて今ルルーシアの足元に高々と積み上がって行くのを感じた。昨夜ルルーシアの為に王国へと行っていたカイルが帰国した。顔には少し疲労が残るようだったから早速話そうとしたカイルを止めて労ったのだった。そして朝一番に直接手渡してくれたその資料は丁寧にマーク・セドワの正しい調査書だった。あのミレーヌという差出人は真実を認めていたという証拠が調査書だ。5年前からのマークの裏切りともとれるその行為は世間的にみたら何ら問題のない行為だった。ただ一点だけミレーヌ側から見た限りでマークが裏切ったことになる。「私が浮気相手だなんて⋯まさかこんな事になるとは」ルルーシアの唇が悔しさに滲む。今となっては体まで捧げなくて良かったと言う他に言えることはない。叔父が注意してくれたことに感謝した。─決して二人になってはいけないよ─年に一度の逢瀬だからマークには18歳辺りから体の関係を誘われてもいたが結婚するまではとルルーシアは固辞していたのだった。それが功を奏す事になるとは、その時のルルーシアは思ってもいなかったが。コンコンバルコニーで風に当たりながらそんな事を考えていたらノックの音が聞こえた。慌てて室内に戻りハンカチで涙を拭いた。外の揺蕩う風はルルーシアの涙を乾かしてはくれていなかった。「はいどうぞ」返事は少し遅くなったがノックに応えるとカイルが入ってきた。泣いていた事は一目瞭然だったがカイルはその事には態とのようには触れずに外出の誘いをかけてきた。「父上の使いで少し遠出をするんだけど、その近くに綺麗な湖があるそうなんだ。一緒に行かないか?」ルルーシアはカイルが自分を励まそうとしてくれている事に気付いた。カイルのその気遣いにルルーシアは笑顔を見せて了承した。果たして湖はそれはそれは綺麗だった。叔父の所用は差して時間はかからなかった所を見ると、それもまたルルーシアを気遣った叔父の

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status