幸せの選択

幸せの選択

last updateDernière mise à jour : 2025-05-21
Par:  marukoComplété
Langue: Japanese
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ルルーシアは年に一度だけ帝国から王国への旅を許されていた。 生まれ育った王国に両親のお墓があるからだ。 だけどルルーシアの目的はお墓参りだけではなかった。 大好きな幼馴染のマークに会うのも楽しみにしていた。 「何時か騎士になってルルーシアを迎えに行くから待ってて」 そう言ったマークの言葉を信じていた。 学園を卒業して商会で働くルルーシアの元に一通の手紙が届く、マークの妻からだった。 悲しみに暮れるルルーシアを支えてくれたのは従兄のカイルだった。 ※作者の妄想の産物です 設定などゆるゆるですが広い心でお読みください

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Chapitre 1

1

脳腫瘍と診断された後、白石紗季(しらいし さき)は二つの事実を知ることになった。

一つは黒川隼人(くろかわ はやと)との婚姻届が偽物だったこと。もう一つは実の息子――黒川陽向(くろかわ ひなた)もその事実を知っており、他人を母親として望んでいたこと。

この時紗季は自分の家族を捨て、全てを彼らに捧げた七年間が、まるで茶番だったことを悟った。

そこで紗季は三つのことを実行し、この薄情な父子の前から完全に姿を消すことにした。

一つ目は、一ヶ月前に予約していた結婚七周年記念のキャンドルディナーをキャンセルし、陽向の幼稚園のクラスLINEグループと、父子の健康のために入っていた数十の健康関連のグループから退会すること。

二つ目は、医師からストレステストを受け、特効薬を処方してもらい、海外まで移動できる体調を確保すること。

三つ目は、七年間連絡を絶っていた兄の白石隆之(しらいし たかゆき)に電話をかけ、遠くへ嫁いだことを後悔して、帰りたいと告げること。

――

「紗季さん、がん細胞が脳神経を圧迫しています。早急な決断が必要です」

消毒液の匂いが漂う病院の廊下で、医師の言葉が今も紗季の耳に響いていた。

全身を震わせながら、しわくちゃになった検査結果の用紙を握りしめた。

最近頭痛や嘔吐に悩まされ、時々鼻血も出ていた。

寝不足による単なる体調不良だと思っていたのに、検査結果は恐ろしい事実を突きつけてきた。

医師は治療方針を選択する必要があると言った。

手術をして五十パーセントの生存確率に賭けるか。

それとも保守的な治療を選び、投薬と化学療法で髪の毛は抜け落ちるが、あと数年の命を繋ぐか。

紗季はその五十パーセントという確率に賭けることが怖かった。

幼い頃から注射さえ怖がっていた彼女にとって、冷たい手術台の上で生死を分ける選択をすることは想像もできないほど怖かった。

しかし手術をしなければ、脳の腫瘍は大きくなり、苦しみながら死んでいくという残酷な現実が待っている。

紗季は目を閉じ、隼人のことを考えた。

彼女は隼人と結婚してもう七年になる。彼女は彼を愛していて、まだ長い間一緒に生活したいと思っている。

そして何より、二人は頭がよく、優秀な息子――陽向を一緒に育てている。

人生で最も大切な二人のことを考えると、勇気が湧いてきた。

彼女は立ち上がり、医師の診察室のドアを開けた。

「先生、決心しました。開頭手術の予約をお願いします」

医師は厳かな表情で言った。

「五十パーセントの確率です。怖くないのですか?」

紗季は微笑んだ。「怖くありません。夫と子供が私の側にいてくれると信じています。二人がいれば、何も怖くありません」

医師はゆっくり頷いた。

「分かりました。一ヶ月後の手術を予約しておきます」

紗季は病院を出て、急いで帰宅した。夫と子供の慰めと支えが欲しかった。

家政婦は隼人が会社に行ったと告げた。

紗季は急いで黒川グループへ向かい、社長室の前まで来た。

中に入る前に、男性の声が聞こえてきた。

「隼人、紗季にお前が美琴を秘書にしたことを知られたら、怒るんじゃないか?」

紗季は凍りつき、ドアの隙間から隼人の親友――青山翔太(あおやま しょうた)の姿をはっきりと見た。

美琴?

美琴!

この名前は彼女にとってあまりにも馴染みがあった。隼人が十年もの間、心の奥底に秘めていた初恋の人だった。

机に向かって座る隼人は目を伏せ、袖をまくり上げた。黒いシャツの襟元は少し開いていて、どこか冷たい既婚者の雰囲気を醸し出していた。

彼はいらだって言った。

「会社のことに口を出すな」

翔太は首をすくめ、苦い顔をした。

「まあね、俺はこの何年もお前の面子を立てて、紗季のことを奥さんって呼んできたけど、周りの人はみんな、お前たちが偽装結婚だって知ってるよ。それに婚姻届は俺が偽造したんだ。ハハハハ!」

これを聞いた紗季は、顔が真っ白になり、その場で凍りついた。

彼女は......何を聞いたのだろう?

隼人との結婚は......偽装だったの?

隼人はオフィスのドアに背を向けて座り、ドアの外に人が立っていることに全く気付いていなかった。

翔太は好奇心に駆られて尋ねた。

「隼人、なんで黙ってるの?今美琴が戻ってきたんだから、早く紗季と別れればいいじゃん?当時紗季がしつこく迫って、お前が酔っ払ってた時に誘惑して妊娠したから、子供の戸籍のために仕方なく偽装結婚したんだろ。その結果、美琴が傷ついて出て行って、今やっと戻ってきたわけだし」

紗季は息を飲んだ。

激しい頭痛が襲ってきて、紗季は口を押さえ、必死に吐き気をこらえた。

あの夜、バーに翔太も確かにいたはずなのに!

自分は隼人にお酒を勧めてなどいなかったのに、隼人はビジネスライバルに薬を盛られていた。翔太はそれを分かっていたはずだ。

自ら「解毒剤」になろうとして、隼人とホテルへ行ったのだ。

なぜすべての責任を自分一人に押し付けるのか?

翔太は軽く笑い、からかうような口調で言った。

「お前はいつ美琴と結婚するつもりだ?当時彼女は重い心臓病にかかって、お前の足手纏いになるのを恐れて去った。紗季にその隙を突かれたんだろう?美琴はもともとお前の妻になるはずだったのに!」

隼人は鋭い視線で翔太を見つめた。

その目は氷のように冷たく、警告が伝わってくる。

「俺と紗季には陽向がいるんだ......」

紗季は全身を激しく震わせ、立っているのがやっとだった。

彼女は彼らの会話に吐き気を催した。聞き続けられなくなり、そのままトイレに駆け込んだ。

そのため隼人が言いかけていた言葉を聞き逃してしまった。

紗季は洗面所で激しく嘔吐した。

残酷な真実に吐き気を催したのか、脳腫瘍による生理反応なのか分からなかった。

女性社員が入ってきて驚き、急いでティッシュを差し出した。

紗季は目を赤くしてティッシュを受け取り、泣くよりも醜い笑顔を作って言った。

「ありがとうございます......隼人には私が来たことを言わないでください」

彼女は振り返り、よろめく足取りで会社を出て、まるで生ける屍のように街をさまよった。頭の中では、隼人との初めての出会いが思い返されていた。

7年前、彼女は海外でも有名なデザイナーで、兄――隆之のジュエリー会社で重要なポジションを担っていた。その頃、隼人とは何の接点もなかった。

ある出張の際、紗季がホテルを出たところで突然スカートが裂けてしまったのだ。

彼女が露出してしまいそうになり、ひどく恥ずかしく慌てていた時、隼人が高級車から降りてきて、彼女の前に歩み寄り、スーツの上着を差し出した。

「腰に巻いてください」

適切な援助が、見知らぬ環境での彼女の窮地と不安を一瞬で解消した。

彼女は顔を上げると、かっこいい顔に一目惚れした。

それ以来紗季は彼のことが忘れられず、隆之を通じてコネを作り、あらゆる手段を尽くして隼人との仕事上の接点を作り、積極的に追いかけた。

隼人の心の中に忘れられない初恋相手がいることを知りながらも、彼女は決して諦めなかった。

その後、酒の席で偶然会ったことがきっかけとなって二人は親しくなった。紗季が妊娠したことで、自然な流れで結婚することになったのだ。

紗季は新婚初夜のことを覚えていた。彼女は隼人に尋ねた。

「私は責任を取れとは言わなかったのに、なぜ私と結婚してくれたの?」

いつも冷淡な隼人が、初めてあんなに真剣に彼女を見つめ、ゆっくりと答えた。

「お前に、そして俺たちの子供に、家族を与えたいんだ」

この一言のために、紗季はこの結婚に全てを捧げた。彼女は隆之の強い反対を押し切って自身のキャリアを捨て、国内に留まり、妻として母として全力を尽くした。

しかし今、彼女が全てを捧げた結婚は最初から最後まで偽りだったのだ!

隼人は最初から彼女を本当の妻とは見ていなかった!この7年間、彼の心には別の女性がいて、彼女とは夫婦のふりをしていただけだった!

紗季の心はまるで血を流すように痛んだ。最初から最後まで完全な笑い物だったことを痛感した。

彼女は決心した。

一ヶ月後、もし手術が成功して生き延びたら陽向を連れて出て行こう。

隼人は陽向のことを遠慮する必要はない。好きな人と結婚すればいい!

子供のことを考えると、紗季に少し力が戻ってきたような気がした。

彼女は家に駆け戻り、階段の入り口まで来たところで、陽向が執事――森下玲(もりした れい)と話しているのが聞こえた。

「パパとママの婚姻届が授与されてないって、ママが知ったらどうなると思う?」

陽向の幼い声が聞こえてきた。

紗季は目を見開き、その場に立ち尽くした。

玲は優しく笑って答えた。

「仕方がないですよ、坊ちゃま。ご主人様は奥様のことをお好きではないですからね、それはご存知でしょう」

陽向は子供らしく鼻を鳴らした。

「実は僕もママのこと、あんまり好きじゃないんだ。僕は美琴さんの方が好き!すっごく優しいんだよ。ママが僕をパパの会社に連れて行くたびに、美琴さんはいっぱいおいしいものとか、面白いものをくれるんだ。ママみたいに、お菓子を食べ過ぎちゃダメだとか、勉強しなさいとか言わないし。うるさくないんだよ!美琴さんがパパと結婚できたらいいのにな!」

紗季は掌を強く握りしめたが、気を失いそうになった。

育てた実の子供までもが、隼人と同じように、彼女にこれほど冷たく無情だとは予想していなかった。

紗季は過去の「母子の愛」「夫婦の睦まじさ」という温かな情景を思い出したが、今となってはそれが全て夢だったと感じた。

これは甘美に見えて、実は恐ろしい悪夢だった。

当時、隆之が結婚のことに強く反対したのは、彼女が苦労することを心配してのことだった。彼女は隆之の言葉に耳を傾けるべきだったのだ。

もし隆之が隼人のしたことと陽向の態度を知ったら、きっと怒り狂って刃物を持って殺しに来るだろう。

紗季は胸の痛みで目を瞬かせ、黙って階段を降りた。

彼女は夫と子供のために死を恐れずに、手術台に横たわることを決意したが、今ではその支えとなっていた希望も完全に粉々に砕けてしまった。

彼女はリビングに来て、電話をかけた。

「お兄ちゃん、隼人と離婚したい。家に帰ってもいいかな?」
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春先とはいえまだまだ早朝は肌寒い。プラットフォームで汽車を待ちながら吐く息は白かった。薄手の長袖ワンピースを着ていたルルーシアの肩に後ろからそっとショールがかけられた。従兄のカイルだった。彼はそのまま後ろから震える手でルルーシアを抱きしめて耳元で擽る様に囁いた。「待ってるから」背中から回されたカイルの腕に触れながらルルーシアはコクンと頷いた。「これで最後だから⋯待ってて」恋人達の抱擁は幸い始発であるこの駅は人も疎らで好奇の目に晒されるのは幾人か数えるほどだ。数年前まではマサラン帝国からカザス王国へ向かう道は往復で10日を擁したが、鉄道が轢かれて寝台車を使えば半分の日数で事足りる。ルルーシアが王国へと向かう旅は今年で8回目だ。年に一度だけ彼女は生まれ育った王国への旅を許されていた、何故なら両親のお墓があるからだった。今年もいつものように両親の命日に合わせて旅立つことになっていた。毎年旅立つ時にカイルが見送りに来ていたけれどいつもと違うのは、この抱擁であった。ルルーシアはある決意を持って今回の旅に臨む。少しの衣類が入ったトランクをカイルから渡されてルルーシアは汽車に乗り込む、一段上がって振り向くとカイルは寂しそうに微笑んでいた。ルルーシアは少しだけ俯いて、でも次に顔を上げたときはニッコリと微笑んだ。「じゃあ⋯行って来ます!」「あぁ⋯気を付けて」もう一度目を合わせて挨拶を交わした後、ルルーシアは自分の寝台へと向かった。今回はカイルが旅費を出してくれたから少しだけ贅沢な部屋で個室だった。彼の気遣いが嬉しくてまだ組み立てられていない座席に腰をおろしてから「ありがとう」と呟いた。ギリギリまで別れを惜しんでいたからだろう、座った途端に汽車がユックリと動き出した。汽笛の音がルルーシアの耳に響く。さぁ出発ね幸せの選択を告げる為にルルーシアは王国へと向かった。
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汽車が動き出して直ぐに窓の外は大小の建物が視界を流れていたが、暫くすると自然の木々や草原、畑が広がるのが見えた。長閑なそれを見ながらルルーシアは今までの事を振り返る。ルルーシアの両親は何方も帝国の貴族の子女であった。父のディスターはタイラー侯爵家の三男で、母のマリーヌはドーマ子爵家の次女だった。ディスターとマリーヌの母親同士が友人だったので二人は幼い頃より親しくしていた。その縁で二人は婚約を結ぶことになる。婚姻をしてしまえば何方も生家を離れるため平民になる。ディスターは将来の職として騎士になる事を選んだ。マリーヌも騎士の妻になるために子爵家で働く使用人達から家事を習いながら、婚姻の準備を進めていた。あと2ヶ月で結婚式という所で二人にとっての思いがけない事柄が起きた。帝国の皇女が常から気に入っていたディスターに自分と結婚するようにと言い出したのだ。幸いにしてまだ皇室よりの正式な話ではなく皇女が直接ディスターに話をしただけだったが、何時正式に皇家から話が舞い込むかわからない。断れば何方の家にも不利益になる事を考えたら二人の選択の余地も時間もあまりなかった。ディスターは皇家お抱えの騎士であったが職を辞してマリーヌと手を取り合い隣国のカザス王国へと駆け落ちした。流れの傭兵になるつもりだったが思いがけず王国の騎士団に所属する事が叶った。そこで生活を始めた二人の間にルルーシアが産まれて親子三人の慎ましくも幸せな時間が過ぎていく。だがルルーシアが3歳の頃父ディスターが第二王子の護衛中に命を落とした。本来ならば職務中の事だから王家がある程度の補償をしてくれる筈だった、だが今回の護衛を第二王子は正式に騎士団に要請したものではなく、また何故その場所にいたのも不明な完全なお忍びであった事と肝心の第二王子はそれ以来意識が戻る事も無く2ヶ月後に亡くなってしまった。何もわからぬままマリーヌとルルーシアは異国の地に放り出されてしまったのだ。だが幸いにもマリーヌはセドワ伯爵家の使用人として雇って貰う事が出来た。それはディスターの上司であるセドワ伯爵の温情であった。そこで伯爵家の次男であるマークとルルーシアは出会う。マリーヌが働いている間、幼いルルーシアを伯爵家に連れて行くことを許されていたからだ。ルルーシアは3歳年上のマークに懐き、そしてマークもルル
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帝国の子爵家ではルルーシアは手厚い歓待を受けた。母の兄である子爵家当主はルルーシアの行く末を案じてくれて、学園に通う事を薦めてくれた。マリーヌが亡くなるまでは簡単な読み書きや計算を教えてくれたから、難しい本でなければルルーシアは読むことができた。自分の境遇を考えてそれ以上学ぶ事はないと思っていたルルーシアは学園に通わせてもらえる事を殊の外喜んだ。ルルーシアは知らないことを知る事に貪欲だった。学園は15歳で入学する事になるため、それまでは貴族のマナーや知識を学んだ。平民でもマナーを覚えておく事は損しないからと伯父には言われていた。14歳の春に伯父からの提案でルルーシアは王国へ行く事を許された。頻繁に届くマークからの手紙を伯父も気にしてくれていた。「ルルーシアは彼の事が好きなのかい?」伯父に聞かれた時、ルルーシアは真っ赤になりながら頷いて「はい」と答えた。「約束をしているの?」「何時か迎えに来てくれると言ってくれました」ルルーシアは嬉しかった言葉を伯父に話した。「そうか、でもまだルルーシアは成人していないからね、それまでは迎えが来ても賛成は出来ないよ。大人になるには心身共に成長しなければならない。それ迄は待てるかい?」「はい、伯父様。私⋯成長します!」きっぱりと言い切るルルーシアを子爵は眩しそうに目を細め、彼女の頭を優しく撫でてくれた。「では、年に一度マリーヌの墓参りを頼めるかな?私も仕事があってなかなか帝国を離れられないからルルーシアが私の代わりに花を手向けてほしい。そして彼にも会いたいだろう?だけど気を付けるんだよ。密室で二人になるのだけは駄目だ。それは私との約束だよ、いいね」伯父の言葉に頷いたルルーシアはそれから毎年春になると王国へと向かった。伯父は護衛と侍女を付けてくれて送り出してくれる。ルルーシアは優しい伯父に常に感謝するのだった。◇◇◇両親の墓はカザス王国の王都の端に位置する少し小高い丘の先の共同墓地にある。孤児院にいた時のお墓参りでは丘に登る手前で毎年マークが待ってくれていた。帝国に行って初めてのお墓参り、マークには手紙で知らせたが来てくれるだろうか?ルルーシアは少しだけ不安だった。果たしてマークは何時もの場所にいた。護衛と侍女に伴われて現れたルルーシアを見て、目を見開きながらも直ぐに笑顔で手を上げてく
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4
始めは平民のまま王立学園に通うルルーシアには貴族との軋轢があった。如何取り繕ってもルルーシアは13歳迄は平民達の中で生活していたから、やはり所々にそれは出てしまう。校舎の死角でよく令嬢たちに囲まれた。ルルーシアは平民として入学しているのに身につけているものが明らかに貴族子女と同じ、いやそれ以上の物もあったからだ。ドーマ子爵家は爵位こそ下位だが内情は公爵家並に裕福だったからだろう。マリーヌの兄であるドーマ子爵は商売に関しても領地経営に関しても鬼才を放つ程に優秀な男だった。令嬢達に囲まれてドレスを汚されたり、嫌がらせで文具を壊されたりする度にルルーシアの心のケアをしてくれたのは、従兄のカイルだった。カイルはルルーシアの二歳上だったが、学園にはあまり登校していなかった。成績優秀な彼は学園で学ぶよりも父親の商談に付いて行くほうが、将来的に良いと考えていたからだった。だがルルーシアの学園の様子を知るとそれからは積極的に登校するようになり、昼食も一緒に取ってくれるようになった。それは一年だけの重なりだったけれど、その間にルルーシアは友人を作り学園生活を滞りなく過ごす事が出来るようになった。帝国での生活でカイルの存在はルルーシアの心の支えだった。その感情をルルーシアは“兄の様”と位置付けた。ルルーシアが17歳になった頃、帝国とカザス王国の鉄路が継った。それからは毎年鉄道で王国へと旅した。相変わらずマークは優しく会うと全身で愛情を表現してくれる、言葉にしてくれる、少しも惜しまずに。だからルルーシアもマークへの思いを彼に惜しまずに返していた。それでも何度か誘われたけれど伯父である子爵との約束だけは守った。必ず二人っきりならないように気を付けて、カフェに入ってもルルーシアの侍女が様子を伺えるほどに近くに座っていた。「シアは平民なのに侍女を付けてもらってるの?」マークの疑問は尤もだったが伯父の意向だからルルーシアには、その理由も解っていない。だからそのままをマークに伝えるしかなかった。「ふぅん」ルルーシアの言葉に不満そうにマークは唇を尖らせたが、その様子が可愛いとルルーシアは思ってマークの心理までには考えが及ばなかった。それからも月日は流れ、とっくの昔に成人も過ぎたのにマークはルルーシアを迎えには来なかった。彼からの手紙も態との様に婚約
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その手紙から夫人の悲痛な叫びの様なものをルルーシアは感じ取った、と同時にそれはルルーシアの叫びでもあった。その手紙にはセドワ伯爵夫人がマークと婚姻に至った経緯も認めてあったのだが、その年月にルルーシアは驚愕する。ー4年ー夫人とマークは既に夫婦となって4年の歳月が経過しているという、二人の間には子も二人いて2歳と1歳の年子だという。元は夫人はマークの兄の婚約者だった、セドワ伯爵家の嫡男であったその兄は夫人と婚姻前に平民の女性と懇意にしており、子供まで儲けていたという、そしてその行為が時期伯爵家当主の資質とは認めないとマークの父である前伯爵が判断して、彼を廃嫡にしたのだそうだ。その際、彼の婚約者であったミレーヌがスライドしてマークの婚約者になったという。それが今から5年前だった。一年の婚約期間を経て二人は婚姻して、そのままマークはセドワ伯爵家を継承している。ルルーシアはそのどれもをマークから一言も聞いてはいない。ミレーヌがルルーシアの存在を知ったのは一人目の男の子を出産した直後だと書いてあった。その際にマークへ確認したところ唯の幼馴染だと聞かされたそうだ。だがその後、よく観察していると頻繁に手紙が届いていることを知り滔々前伯爵夫人を問い詰めて真実を知ったそうだ。手紙には夫の心を返して欲しいと書かれてあった。返して欲しい返して欲しい返して欲しい手紙を読み終えたルルーシアの頭の中でその言葉が繰り返される。どうして?返して欲しいのはルルーシアの方だと思わず目に入ったマークからのプレゼントだったネックレスを掴んで引き千切った。鎖はいとも簡単に千切れてルルーシアの足元に落ちる。「如何して!如何して!如何して!」ルルーシアの嘆きの言葉は段々と大きくなってそれは廊下にも聞こえていたようだ。慌てて中に飛び込んで来たのはカイルだった。彼はルルーシアに駆け寄りその手を優しく握った。「シア!如何したんだ!血が流れているではないか、何故こんな怪我を?」ルルーシアは知らずに文机を叩きながら慟哭していた。鎖を千切ったときか叩いた机での事か、そのどちらもなのか、ルルーシアの手は血塗れになっていた。◇◇◇カイル自らルルーシアの傷の手当をしながら彼は彼女に起こった何らかの出来事に胸を痛めていた。(シアがこんなにも取り乱すなんて今まで無かったこと
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6
カイルはルルーシアから渡された手紙を片手で受け取りもう片方の手はルルーシアの背に回した。優しくそっと撫でながら手紙に見入った。「シア、この事は彼から聞かされていなかったの?」未だ泣いてるルルーシアに残酷な事を聞かなければならないカイルは彼女の返事を待った。だけどルルーシアはもう言葉を発する事が出来ないほど嗚咽しながら首を縦に振った。そんなルルーシアをカイルはギュッと抱きしめて「少し調べて見るよ、手紙の事が本当か如何かは解らないだろう?」カイルの言葉にルルーシアはハッとして彼を見上げた。その瞳には少しの希望を抱いたようでカイルは自分の言葉を軽率だったと少し後悔する。「シア、全て調べるまで取り敢えず手紙の事は無理かもしれないけど一旦忘れて。それから彼に手紙を書くのは調べ終わるまで待つんだ」「⋯⋯わかった。カイル、ありがとう」「他ならぬシアの為だよ、なんてこと無い」幼子にするようにルルーシアの髪を撫でながらカイルは安心させるようにニッコリと笑った。◇◇◇カイルは先ず隣国へと自ら赴いた。人を使って調べても良かったがカイルは自分の目で確かめたかったのだ。そして自分が密かに愛するルルーシアの幼い頃からその心を掴んで離さないマーク・セドワという男の顔も見てみたかった。列車を降りて周りをキョロキョロと見やる。先ずは、父ドーマ子爵の妹でルルーシアの母の墓参りに向かった。王都のその場所は小高い丘を抜けた場所にある共同墓地。花を手向け跪き祈りを捧げたあと向かったのは、そこを管理している教会。カイルはそこで“ある事”が可能なのか宗教上問題ないかを訊ねに行った。その答えを聞いて彼は安堵して王都の町で探偵ギルドを探した。地の利の無いカイルが頼れるのはギルドの存在しかないのだが、この国に存在するのかは解らない。少し高級な宿屋を取り、部屋に案内してくれた男に質問すると意外にも簡単に知る事ができた。探偵ギルドが闇でも何でもないことにホッとする。闇で組織している国もあると聞いたことがあったから、その場合だと法外な金額を提示されるからだ。教えてもらったギルドに向かう。受付の女性は愛想のない声で「そちらで」と言った。おそらく“待て”ということなのだろう皆まで言わない、その朴訥な案内にカイルはこのギルドは信用できると何故か確信した、全く根拠はない、
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リシュエドからの連絡は意外にも早かった。カイルは喜々としてギルドに向かう、3日前と同じ受付の女性はその時と同じ様に「其方で」とだけ告げる。前回と違うのはあまり待たされなかった事だろう。同じ扉から出てきたリシュエドは右手を胸に当て頭を下げて「いらっしゃいませ」と言いながら左手でカイルを中へと案内した。中でも前と同じくクリーム色のソファに促されるまま座った。リシュエドがテーブルに3つ資料の束を並べていき「こちらから順にお読みください」と言った。言われるまま最初の資料を手にしたカイルの目の端でリシュエドが茶の準備をしているのが写る。始めの資料はマーク・セドワの家族構成だった。両親、兄、妻、子供二人、各々の年齢までしっかりとある。兄の所にはご丁寧にカッコ書きで(廃嫡)とあった。2つめの資料はマークの生い立ちだった。乳母の話まで書かれていてかなり詳しいものになっていた、やはりと言うべきかそこにはルルーシアにも触れていた、幼馴染として。3つめは結婚の経緯が書かれていたのだが、それは概ねあの手紙と内容が合致した、これによりあの手紙に書かれていた事は全て真実だったと言わざるを得ない。資料をテーブルに再び置くとリシュエドに薦められるままお茶をひとくち口にした。カイルが読み終えた余韻に浸っているとリシュエドの方から先に話し始めた。「マサラン帝国、ドーマ子爵令息のカイル殿で間違いないでしょうか?」「ここは依頼主も探るのか?」カイルは少しばかり威圧的にリシュエドに返答した。するとリシュエドは両手振りで否定しながら焦ったように続きを話し始めた。「必要とあらば確認の意味で調べる事はありますが、今回はそういう訳ではありません。初めに貴方が貴族ではないかとお話した時点で大凡の見当は付いておりました。これから私が話す内容は個人的な事です。ただどうしても叶えていただきたい願いがあります」カイルはリシュエドの声に耳を傾けながら彼が何を言い出すのか興味が出てきた。─この段階で個人的な話とは何だろう─少しだけ躊躇いながらもリシュエドはカイルに向き合いその願いを伝えた。「もし、今回の事がルルーシアに関係することなら私にも協力させて頂きたいのです」カイルは驚愕する、彼はルルーシアの知り合いなのだろうか?彼の願いがそれを物語っているように感じた。通りでルルーシアに関
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ルルーシアはバルコニーに歩を進めた。今しがた従兄のカイルが渡してくれた資料を読み終えたばかりだ。「嘘つき」ルルーシアは声にはならなかったが口先だけで呟いた。ルルーシアとマークは将来の約束はしていたが、それは口約束だった。書面に残したり婚約をしっかりと結んだわけではなかった。そんな事を思いつくことも無かったのだ、何故なら彼を信じていたから。その思いがガラガラと崩れて今ルルーシアの足元に高々と積み上がって行くのを感じた。昨夜ルルーシアの為に王国へと行っていたカイルが帰国した。顔には少し疲労が残るようだったから早速話そうとしたカイルを止めて労ったのだった。そして朝一番に直接手渡してくれたその資料は丁寧にマーク・セドワの正しい調査書だった。あのミレーヌという差出人は真実を認めていたという証拠が調査書だ。5年前からのマークの裏切りともとれるその行為は世間的にみたら何ら問題のない行為だった。ただ一点だけミレーヌ側から見た限りでマークが裏切ったことになる。「私が浮気相手だなんて⋯まさかこんな事になるとは」ルルーシアの唇が悔しさに滲む。今となっては体まで捧げなくて良かったと言う他に言えることはない。叔父が注意してくれたことに感謝した。─決して二人になってはいけないよ─年に一度の逢瀬だからマークには18歳辺りから体の関係を誘われてもいたが結婚するまではとルルーシアは固辞していたのだった。それが功を奏す事になるとは、その時のルルーシアは思ってもいなかったが。コンコンバルコニーで風に当たりながらそんな事を考えていたらノックの音が聞こえた。慌てて室内に戻りハンカチで涙を拭いた。外の揺蕩う風はルルーシアの涙を乾かしてはくれていなかった。「はいどうぞ」返事は少し遅くなったがノックに応えるとカイルが入ってきた。泣いていた事は一目瞭然だったがカイルはその事には態とのようには触れずに外出の誘いをかけてきた。「父上の使いで少し遠出をするんだけど、その近くに綺麗な湖があるそうなんだ。一緒に行かないか?」ルルーシアはカイルが自分を励まそうとしてくれている事に気付いた。カイルのその気遣いにルルーシアは笑顔を見せて了承した。果たして湖はそれはそれは綺麗だった。叔父の所用は差して時間はかからなかった所を見ると、それもまたルルーシアを気遣った叔父の
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「叔母上の眠っている墓地の管理を近くの教会がしているのは知ってる?」少し落ち着いてハンカチで涙を拭くルルーシアにカイルが問いかけた。ルルーシアが頷くとカイルは少し口の端を上げて続ける。「時間はかかるけど墓地の移動は可能だそうだ」「本当?」「あぁ確かめてきたよ、時間がかかるのは少し宗教上の問題も絡むからだ。移す墓地が同じ宗派の管理する所なら書類を出して掘り起こせば済むが、宗派が違うと書類も時間がかかるしお金もかかるかな。でもお金の心配はしなくてもいい、父上が妹の亡骸を他国に置いたままにしていたのもルルーシアが王国に嫁に行くと思っていたからだから。父上がしっかり払うよ、そもそも子爵家の仕事だ。ルルーシアの父親の侯爵家も同じ気持ちだよ」「⋯⋯色々調べてくれたんだね」ルルーシアはカイルの気遣いに感謝しながら言うと「いや墓地の件は調べなくてもよかったみたいだった」「えっ?」「既に父上と侯爵家で調べ済みだったんだよ。でも2家ともシアの気持ち優先で動いていたって解っただけでも伝えたくてさ。シアは一人じゃないって事だよ、それはこれからも変わらないんだ」「⋯うん⋯うん」折角落ち着いていたルルーシアの涙はあとからあとから溢れてもうどうやっても止まりそうになかった。カイルは心の弱ったルルーシアを抱きしめたい、だけどそれに付け込むようで、それは卑怯じゃないかと脳内で自身と葛藤していた。それでもやはりルルーシアの泣きながら弱々しく震える肩が身につまされてギュッと抱きしめた。ルルーシアはカイルのその抱擁に戸惑いながらもそのまま彼の胸で泣き続けていた。湖の畔にある少し小さめの古い四阿は誰かが定期的に手入れをしているようで、寂れてもいなかった。「少し話しをしてもいいかしら?」ルルーシアからの提案で四阿に休憩がてら腰掛けた。「今度の旅で私とどうしたいのかマークに聞いてみるわ。それで全部話してくれたら私全てを水に流そうと思うの、もしかしたらマークは私との約束を忘れちゃってるかもしれないから。それだったら話してくれなくても可怪しくはないものね」ルルーシアはカイルにそう言ったが、忘れているはずがない。もし忘れているのならば体の関係など求めて来るはずがないのだから。でもこれ以上カイルに心配をかけてはいけないとルルーシアは思ったのだ。私が子供の口約束を本気にした
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帰りの馬車の中ルルーシアはマークに気持ちを伝えてみた事をカイルに話した。「結婚する為に直ぐにでも王国へと移ることも考えてるって言ってみたの。でも副団長になれるかもしれない忙しい時だからもう少し待ってほしいとしか言われなかったわ。妻子の話しは一言も無かったの」ルルーシアは悲しかった、そして悔しかった。「私ね、もしマークが“どうして私と結婚するつもりなのか?”なんて答えが却って来ることを期待していたのよ。子供の頃の約束なんて覚えて無いって言われたほうがマシだったわ。これって⋯マークは私をどうしたかったのかしら?周りから見たら私の方が浮気相手よ、そんなの⋯酷いわ」カイルは黙ってルルーシアの話しを聞いていた。対面に座るカイルの顔を見たらきっと泣いてしまうと思ったルルーシアは、視線をカイルの膝に定めていた。そんなルルーシアの肩にカイルは手を置いた。「シア、泣いていいよ。ここには私しか居ない」その言葉が合図となってルルーシアは両手で顔を覆いながら泣いた。幼い頃からの恋心はまだ昇華する事が出来ていない。父が亡くなった時は母がいた。頼れる母が側にいた。母が亡くなった時はマークが居てくれた。優しく寄り添ってくれた。そんなマークはいつの間にかルルーシアの側には居なかった。知らない間に他の人の大事な人になってその人に寄り添っていた。私は、私はこれからどうしようどうすればいいのだろうルルーシアの心の中を春なのにブリザードが吹き抜けていた。するとフワッと何か力強い物に包まれた。えっ?驚いて顔をあげると優しく抱きしめてくれたのは、やはりカイルだった。いつの間にか隣に移動してくれていたようだ。「シア、わたし“俺”がいる。シアの側には俺が居るから。いつも居ただろう?これからもずっと居るから」カイルの言葉が何を意味するか、わからないほどルルーシアは子供ではない。出来ればこの手を取って縋りたい。だけど⋯また捨てられてしまったら。それに今はまだ、悔しいけれど悲しいけれどマークに心がある。カイルを代わりにするようで、そんなのは嫌だった。「カイル⋯ありがとう。本当にありがとう、とても嬉しい。嬉しいけれど、今は駄目だと思うの」「俺じゃ駄目ってこと?考えられないって事?」ルルーシアは首を振って否定した。「そうじゃない、そうじゃないわ。カイルは私に
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