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第1105話

Author: 楽恩
清孝は怒りを込めて訴えた。

「いくら嫁が大事でも、親友を裏切っていいってことにはならないだろ?せめて一日、遅らせて言ってくれてたら、俺だってここまで怒らなかった」

海人は無表情に肩を払った。まるで、そこに埃でもついていたかのように。

「お前、自分の作戦で紀香が騙されたと思ってるのか?都合よく考えすぎだ。しかも偽造だなんて――」

清孝の反応がどこか引っかかった。

「待て。俺、最初から偽装離婚って一言でも言ったか?」

海人は珍しく眉をひそめた。

「でもお前、俺に言ったよな?もし紀香が来依に離婚の証明書類のことを調べに行ったら、本物だってフォローしてくれって……」

そう言いかけた瞬間――

すべてを悟った。

しかし、それでも彼の顔には一片の笑みも浮かばなかった。

海人は清孝をじっと見た。上から下まで視線でなぞって。

「まさか……本物なのか?」

清孝は黙っていた。

海人は眉間に皺を寄せた。

「本当に離婚したのに……お前、症状が出なかったのか?」

「出た」

「じゃあ、なぜ?」

清孝は背筋をまっすぐ伸ばし、車のシートに深くもたれた。暗がりの中、顔の表情は読み取れなかった。

時折、街灯の光がかすかに横顔を照らしたが、すぐに闇に消えた。

そして、静かな声が落ちた。

「彼女に、俺の病気を怖がらせたくなかった」

「……」

「ちゃんと治して、全力で愛したかった。それができるようになるまで、距離を置くしかなかった」

海人の心は、少しだけ動かされた。

来依と出会う前は、清孝とは親友同然の付き合いだった。

自分が積極的に手を貸さなかったのも、大部分は来依のためだったが――少しは「他人が感情に踏み込みすぎてもろくなことにならない」と思っていたからでもあった。

しばらく沈黙が続いた。

海人は窓の外を見ながら、到着までの時間を計算した。

やがて、低い声で言った。

「完全に望みが絶たれたわけじゃない。一つ方法がある。ただし、効果は保証できない。聞きたいか?」

清孝は返事をしなかった。

その後、店に到着するまで、彼は一言も発さず、車から降りることもなかった。

……

海人は来依のもとへ歩み寄った。

来依は尋ねた。

「清孝、帰った?」

「うん。用事があって、先に行った」

「逃げたのかしら?」

海人は彼女の頭を撫でて答えた。

「さっ
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