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第986話

Author: 楽恩
「彼のほうだって一方的だった。私に心配かけたくないって、自分勝手に隠して……」

南は微笑んだ。

「じゃあ、もう何も言わないわ」

「……」

来依が何か言いかけたその時、スマホが鳴った。

慌てて取り出して画面を見ると、海人ではなかった。

気力の抜けた声で電話に出た。

「で、何?」

勇斗は一瞬、言葉に詰まった。

「いや、別に責めるつもりはないけどさ……身体には気をつけて、無理は禁物だよ?」

来依は笑いながら悪態をついた。

「で、用があんの?なきゃ切るけど」

「あるに決まってんじゃん、大ニュース」

「言って」

勇斗はにやにやしながら言った。

「例の服、仕上がったんだよ。どう?見に来てくれない?まだ二着しかできてないけど、次のイベントには間に合いそうってさ。時間はちゃんと確認済み」

来依は一気に背筋を伸ばし、声に力が戻った。

「すぐ行く」

そう言った直後、ふと思い出したことがあった。

「……だめだ、今は無理。こうしよう、南ちゃんが代わりに行くわ。ただの確認だし、まだ二着だしね。彼女もデザイナーだし、話も通じやすいでしょ?」

勇斗は特にこだわりはなかった。誰が来ても問題ない。

「じゃあ便を教えて。服部夫人を迎えに行く」

「その必要ないわ。工場で直接会いましょ」

勇斗は自分の頭を軽く叩いた。

「そうだった、服部夫人なら移動も全部服部さんが手配してるよな。了解、じゃあゆっくりして。俺はちょっと忙しいから」

電話を切ると、来依は南にウィンクしてみせた。

「私がなんで行かないか、分かるでしょ?」

南は真剣な顔で頷いた。

「うん、分かる」

来依は彼女を抱きしめた。

「やっぱり、あんたが一番分かってくれてる」

南にとっても、その程度の出張なら特に問題はなかった。二、三日で済む話だ。

だが来依は、今出て行って、ちょうど海人が戻ってきた時に姿がなかったら、彼がまた自分が去ろうとしていると勘違いするのではないかと、それが心配だった。

その夜、来依は麗景マンションに留まり、夕飯をご馳走になることにした。

南は夕食時、出張の話を鷹に伝えつつ、さりげなく海人の様子を尋ねた。

鷹はあからさまに不機嫌そうに舌打ちした。

「数日家にいなかっただけで、もう心が浮ついてきたか?これはもう、三年目の浮気ってやつじゃないか?」

南は彼の肩を叩
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