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第1126話

Author: かんもく
「あなたたち、私のことそんなに怖がってるの?」とわこは軽くからかいながら、手元のメニューを取り上げて注文を始めた。

「ここは、結局君の縄張りだからな」弥が口を開く。「用件があるならさっさと言えよ。奏は家に住んでるんだろ?」

弥は彼女を恐れているというより、奏の方を恐れていた。

とわこは注文し、それから二人を見た。

正確には、悟の方を。

「黒介はあなたの実の弟よね。あなたに実の妹がいたこと、覚えてる?」その瞳は穏やかで、声も落ち着いていた。

できれば、この件は平和的に解決したかった。

結菜は自分や奏にとって大切な存在であるだけでなく、悟にとっても実の妹なのだから。

悟はしばらく考え込み、それからゆっくりと答えた。

「結菜のことか?もちろん忘れていない。だが、あいつとはあまり親しくなかった。それがどうした?あいつはおまえの息子を助けるために命を落としたんじゃないのか?おまえにその名を出されると、俺も奏も、ただおまえたちへの怒りが募るだけだ」

「怒ったところで、何になるの?」とわこは静かに反論した。「私も奏も、結菜の死なんて望んでなかった」

「どう言い訳しようと、結菜はおまえたちのせいで死んだんだ!」悟の目が怒りで見開かれる。「今日わざわざ呼び出したのは結菜の話をするためか?まさか遺体でも見つけたのか?」

「違う」とわこは悟を見据え、一字一句、はっきりと言った。「結菜は死んでない。でも、重い病気を抱えてる。もしあなたに彼女を救える方法があったら、救ってくれる?」

その言葉に、父子の動きが止まった。

結菜が生きている?しかも重病?

「ど、どうやって救えと?俺は医者じゃない」悟は動揺を隠せなかった。

「腎臓を一つ、結菜にあげて。彼女は今、腎不全なの」とわこはそう告げ、今度は弥へと視線を向けた。「弥、もし悟さんが嫌なら、あなたの腎臓でも構わない。結菜はあなたの実の叔母よ。まさか、叔母を見殺しにはしないよね?」

父子「!!!」

腎臓?

冗談じゃない!

結菜と疎遠であろうとなかろうと、自分の腎臓を軽々しく差し出すなんてあり得ない。

「とわこ、落ち着け」弥はコーヒーをひと口飲み、平静を装って口を開いた。「僕も父さんも健康面に問題があるんだ。だから、腎臓なんて無理だ。たとえ結菜が実の叔母で、どれだけ大事に思っていようと、自分を犠牲にはできない」
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