「考えてみればというよりも、考えなくてもわかることよね......コレ......」 そんな風に言いながら、昼食を食べ終えた彼女は、隣に座る僕のことを視界に入れて、携帯電話を操作しながら、目的の画面を表示する。 そして表示したその画面を、僕に向けて、さらに言葉を続ける。「私に送られている筈のメッセージなのに、私を連れて来るように書いてあるってことは、つまりこの文章、そもそも私宛のモノじゃないのよ」「まぁ、たしかに......」 そう言いながら、僕は彼女から視線を外す。 するとそんな僕を見て、柊はさらに、詰め寄るような言動で僕に言う。「そしてそうなると、ココ数日で私が関わった人間で、さらには......」「さらには......?」 その言葉の後に、彼女は僕の瞳に視線を合わせて、静かではあるけれど力強い言葉で、僕に言った。「飛びぬけて気持ち悪い奴が関わっているということになるわ」「......っ」 その彼女の力強さに、僕は泣きそうになるのをグッとこらえた。「あぁ、ごめんなさい。人間ではなかったのよね、荒木君」「うん、そっちじゃなくて『飛びぬけて』を訂正して欲しいかな......」「『気持ち悪い』は認めるの?」「うん、もうそこは何を言っても、訂正してくれないだろうから......」「あら、よくわかっているじゃない、さすがね」「......」 何を持ってして流石なのかは、これ以上は傷つきたくはないから聞かないでおくとして......「それにしても、どうして私の携帯の番号が、こんな見ず知らずの誰かに流出しているのかしら?」「言っておくけれど、僕がその流出元じゃないからな。ただ単に、このメッセージを送ってきた人物が、お前と僕の携帯電話の番号を把握していたっていう、それだけのことなんだから......」「それだけのことって......本来ならそれは、そんな軽い物言いで捉えて良い事柄ではないでしょう?個人情報もへったくれもないじゃない......」 そう言いながら、自分の携帯と僕のことを交互に見て、そして僕からは視線を外す。 そしてそんな彼女に対して、僕はなんだか言い訳をする様な声色で、言葉を紡ぐ。「まぁ......そうなんだけれど......でも大丈夫、この人は信用できるよ」 そう紡いだ僕の言葉に、外れていた彼女の視線が再び戻
「やぁ、荒木君、久しぶりだね。元気だったかい?」 そう言いながら、相変わらずの顔面詐欺のおじさんは、僕を見ながら薄っすらとした微笑を浮かべている。 そしてそんな彼に対して、彼とは対照的な表情をしながら、僕は言葉を返す。「まぁ、それなりに......」「そうかい、それなりなら、なによりだよ......」 そう言いながら彼は、手元に持っているジュースの入ったコップにストローを指して、それを少しばかり飲んだ後に、まるで自分の部屋にいる様な態勢で、ソファーに深く座り込む。 そんな相模さんを見ながら、僕は相対するような形ではなく、仕方なく隣に腰を落ち着かせる。 そして腰を落ち着かせた後に、自分が持ってきた、ジュースの入ったコップをテーブルに置いて、そのあと少しばかり間も置いて、電話の時も訊いたけれど、改めて彼に尋ねる。「ところで相模さん......」「なんだい?荒木君」「電話で、話があるって言われて来ましたけれど、どうして待ち合わせ場所が......こんなカラオケの個室なんですか?」 そう......電話で相模さんが僕を呼び出した場所は、わざわざ白楽駅に近い、なんならウチの大学の奴等が多く利用するであろう、なかなか学生に優しい価格設定で営業している、カラオケボックスのお店の、とある一室だった。 まぁ『とある一室』といっても、この店はそこまで多く部屋数があるわけではないし、しかも二人で横並びに座る様な部屋は、きっとそこまで多くはないから、単純に『一室』と言う方が適当な表現なのだろう。 そんなどうでもいい様な、どっちで言っても変わらない様なことを考えている僕の隣で、相模さんは僕が尋ねた言葉に答える。「別に、ただ単純に、僕がカラオケで歌いたかったからっていう、それだけの理由だよ」「それだけの理由なら、僕を呼び出す必要はないですよね?」「そんなことはないさ、ただ歌うだけじゃ物足りないから、誰かに聞いてもらいたいっていうのは、普通のことだろ?なんなら一曲、荒木君も歌うかい?」 そう言いながら相模さんは、いつもの様な、明らかに僕のことを面白がるような表情で、マイクを渡す。 そして僕はというと......「......もしかして、僕が歌わないと先には進まない感じですか?」「そっちの方が面白いだろ?せっかく二人で来たんだから、ココは大学生らしく、楽し
携帯電話のアラームを止めて、時間を確認する。 時刻は午前10時過ぎ......「......っ」 僕の隣で寝ている柊を起こさないように、眠気でけだるい身体をゆっくりと起こして、そしてその動きのまま、台所に足を運び、コップに一口分の水を入れて、それを口に含む。 そしてそのまま数秒程うがいをした後水を吐き出し、歯ブラシに歯磨き粉をつけて、それを口の中に入れ歯を磨く。 別に毎朝必ず最初に行うわけではないが、僕は起き抜けの口の中の不快感は、なるべく早く取り除きたいと思う方だし、それに今日はいつもと違って宿泊客がいるモノだから、家主ではあるけれど、彼女より先に起きることが出来た僕は、なるべく早めに身支度を整えようと、そう思ったのだ。 そんな風に、昨日というより今日の夜明け前に起きたあの出来事のことを、なるべく思い出さない様にしながら身支度を進める。 しかしそれでも、思い出さない様にしていても、やはりそれを完全に忘れることは出来ないわけで...... 殺された時の記憶など、強烈過ぎて僕には、扱いに困るのだ。 歯磨きを終え、口を濯ぎ、お湯に切り替えて顔を洗う。 それらのことを一通り、まるで一呼吸のような感覚でやり終える。 そしてやり終えた後に、タオルで顔を拭きながら、そのまま後ろに後退り、壁にもたれる様にして力なく、ただ力なく立ち尽くす。 そして立ち尽くしながら、ただ天井を仰ぐ自分の顔は、たとえ鏡を見なくとも、ひどい顔をしていることは容易にわかる。 そんな風にして壁に力なく寄りかかる僕は、夜中に柊によって刺された首元を、もう傷が綺麗に塞がっていて、何事もなかったかのように見える自分の首元を撫でる様に、なぞる様に触りながらポツリと呟く。「......やっぱり、血も何も残らないんだなぁ......」 もうわかりきっていた筈の自分の体質に対して...... 身体の傷どころか、飛び散った血液すらも、まるでマジックインクの様に消えてしまう、なんとも便利な自らの体質に対して...... 少しばかりの恨めしい気持ちと安堵を込めながら呟いたその言葉は、当たり前の様に、誰にも届かない。「......まぁ、それでいいんだけれどね......」 そう言いながら、何故だか泣きたくなるような気持ちになりながら、僕は手に持っていたタオルで自分の顔を覆う。 し
気がかりだった着替えの件は、近くのコンビニに売られている物を使うということになり、それを買いに行くときは一人でいいから家に居ろと、そう言って彼女は再び僕の家を出ていった。 僕の家から徒歩数分のところに、一軒だけコンビニがあるから、おそらくそこに向かったのだろう。 出て行ってから三十分と経たない間に、柊は部屋に戻ってきた。 そして部屋に入るなり、彼女は言う。「汗をかいたから、シャワーを浴びたいわ」 そう言いながら僕の方を見つめる彼女は、数秒のわざとらしい沈黙の後に、睨みが利いていない無表情な顔で言い放つ。「覗いたら殺すわよ?」「誰が覗くか!」 そういうのはもう少し、表情を作って、感情を露わにしてから言ってくれ...... そんなやり取りをした後の、風呂場の方からは、シャワーの音と鼻歌が聞こえてくる、そんな妙なタイミングで、また何故かこんな、何かを見透かされている様なタイミングで、僕の携帯電話に着信が入った。 そしてその電話に出ると、聞き覚えのある不愉快な声が、僕の耳に届く。「やぁ~荒木君、今電話、大丈夫かい?」 そう言いながら、大丈夫であることを既に知っている様な彼の声は、少しだけ笑いを含んだ彼の声色は、相変わらずのゆったりとした静かな物腰で、僕の言葉を待っている様だった。 だから僕は、そんな彼の言葉に対して、同じような静かな物腰を意識して、言葉を選んで、返答する。「えぇ......大丈夫ですよ。相模さんこそ、こんな時間にどうしたんですか?」「いや~今なら連絡しても差し支えないと思ったからね~、電話してみた」「それはそれは、気を遣って頂きありがとうございます。ついでに気持ち悪いんで死んで頂いてよろしいですか?」「ついでにしては要求が些かヘビーだと思うのは僕だけかな?」「まぁ、僕は死なないので......」「あぁ、そういえばそうだったね......ところでさ......」「......なんですか?」 そんな風に彼もまたわざとらしく言葉を切って、少しの間の沈黙を作ってから、僕に尋ねる。「今君の部屋にいる女の子は、一体何者なんだい?」 そう尋ねた彼の言葉に、僕もまた数秒の沈黙の後に、こう返した。 もっともそれは、彼が僕に尋ねた言葉にに対しての返答ではなくて、その時の彼の言動に対しての、取り繕うことすら不可能なくらいの、
現時点での時刻は、おおよそ十六時頃だろうか...... 「......っ」「......」 いや、もしかしたらもう既に、そこから一時間程経過して、十七時になってしまっているのかもしれない。 なぜなら、今いるこの場所を訪れた時よりも、少しだけ周りの人間の数が、多くなって居るからだ。 しかしまぁ、今僕達が居るこの場所を思えば、この時間帯にこれだけ人が集まる現象は、実はそこまで珍しい事柄でもない。 なぜならこの場所は......「......あ、あのさ......」「なに?」「いや......とりあえず、何か頼まないか?」 大学から程近い、所謂ファミリーレストランと言われる場所だからだ。 ファミリーレストランという場所は、一般的には気楽に入ることが出来る飲食店として、様々な年齢層の人達から愛されている。 値段がリーズナブルな点は、その要素の最たるモノの一つであろう。 さらに付け加えるなら、メニューとして出されてくる料理の味が、安定しているということだ。 まぁそれは、大抵のファミリーレストランが、大型のチェーン店であるが故に、しっかりとしたマニュアルに従って料理が作られているからなのだろう。 手頃な値段で、安定した美味しい味の料理を食べることが出来る場所。 そんな快適を絵に描いた様な場所で、僕は今、まるで針の筵のような心境で、店員さんに渡されたお冷に、口をつけて、うなだれる。 どうして今更、僕がファミレスについてこんなに事細かく説明するかというと、そうしなければ僕の心が、僕の精神的な何かが、確実におかしくなってしまいそうになるからだ。 無理もない。 なんせ今、僕の目の前に座っている彼女は、昨日僕を刺し殺した張本人で、間違いないのだから......「......」 なんだろう、考えてみれば、僕はココ最近、運が悪いどころか、不幸なことがあまりにも多く起き過ぎている。 不死身の異人に成り果てた、あのゴールデンウィークの惨状も、切っ掛けは僕の不運が招いた、不幸な事故だった。 それに加えて、昨日のアレだ...... もしも彼女が本当に、殺人鬼の異人というコトならば、もしかしたらあの時から、もしかしなくてもあの時から、偶然ではなく必然的に、僕は異人という存在に、近付き過ぎてしまっているのかもしれない。 あぁそうか、だからきっと相模
着替えた後は、再び洗面台に行き、髪の毛をワックスで整える。高校時代はワックスで髪を整えて登校するなんて習慣が無かったせいか、これが未だに上手くできず、かなり手こずってしまう。 そんな風に手ごずりながら、とりあえずはイイ感じに髪型をセットしようと、試行錯誤をしていると、後ろの方から急な言動が飛んでくる。「それはそうとさ、どうして君は昨日、あんな所で殺されていたんだい?」「......」 髪の毛をいじる手を一度止めて、正しい返答を考える。 そして考えながらも、彼についても考える。 彼からしてみれば...... 異人の専門家で、僕を管理することを仕事の一環としている彼からしてみれば、その質問を僕にすることは、考えなくても当然のコトなのかもしれないけれど...... しかしそれでも普通、そのとき殺された本人に対して、その時のことについてそんなに安易に、尋ねてしまえるモノなのだろうか。 死なないだけで、不死身なだけで、別に痛みがないわけでも、苦しくないわけでもないのに...... そんな風に彼に対して、単純に、嫌悪的な気持ちになりながらも考えた、あまりにもつまらない返答は、僕の口から零れ落ちる。「......よくわからないんです......どうしてあんなことになったのか」 そしてその零れた言葉に対して、彼はいつもと変わらない静かな口調で、言葉を返す。「そっか......まぁ、わからないことを訊いても仕方がないよね.........」「......」「けれど荒木くん。あまり、無理をしてはいけないよ?」「えっ......」「不死身の異人とは言え、君はほんの前までは普通の人間だったんだ。あんな切っ掛けで、今は後天的な異人体質者になってしまっているけれど、それでも、心が身体と同じ速度で、その異質さに追い付けるとは限らない......」「えっと......何が言いたいんですか......?」「単純だよ、『何かあったら相談しろ』って、そう言いたいんだ」「......」 無言になってしまう僕に向けて、彼はそのまま言葉を続ける。「僕はこう見えて異人の専門家なんだ。だからもしも、それ絡みのことで何かあるなら、頼れるときは頼ってくれて構わない......」 その言葉の後の、数秒の沈黙の後に、僕は口を開いた。 「......そうですね、そうし