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第616話

Author: 連衣の水調
胤道は驚いたように顔を上げた。黒い瞳が鋭く細まる。

「なぜ車から出てきた?」

静華はその問いには答えず、宗一郎に直接向き合う。

「今日、私が薬を盛られた件が外部に知られれば、誰にとっても不名誉な事態になります。秦野家としては、どのように対処されるおつもりですか?」

宗一郎は青ざめた唇を固く結び、深呼吸してから口を開く。

「もちろん、森さんには相応の対応を約束しよう。首謀者には法の裁きを受けさせる。

棟也が回復次第、君のもとへ向かわせ、土下座して謝罪させよう。それでも森さんが納得されないなら、刑事告発も辞さん!」

静華は皮肉めいた笑みを浮かべる。

「会長様、この状況になっても、まだ彰人さんをお守りになるおつもりですか?」

宗一郎の眼差しに暗い光が走る。

「森さんの仰る意味が、理解できん」

「いいえ、十分にご存知のはずです」

静華は容赦なく真実を突きつける。

「私に薬物を投与したのが、棟也さんであるはずがないと、承知しているはずです」

彰人は、自分の用意した薬の効果を過信していたのだろう。その計略は、多くの破綻を抱えている。

もし棟也が犯人なら、なぜ自分も薬物の被害者になる必要があったのか?

また、家中で軽んじられている私生児が、使用人を解雇で脅すほどの権限を持っているとは考えにくい。

宗一郎は静華を睨みつけながら声を荒げる。

「棟也でないというのなら、使用人が独断で行ったことだ!」

静華は心の底からがっかりした。

「つまり会長様は、どこまでも彰人さんを庇うということですか?」

「庇うなどしていない」

宗一郎は、一言一言に重みを持たせて言い放つ。

「この件は彰人の仕業だと主張するなら、証拠を示せ。

もし彰人の関与を裏付ける証拠があるなら、わしは異議を唱えん。

だが今は何の証拠もないまま、わしの目の前で彰人に暴力を振るって、我が秦野家を侮辱しているとしか思えん!」

彼は杖で床を強く打ち鳴らした。かつて秦野家を牛耳った男の威圧感は、尋常ではない。

静華は一瞬まぶたを閉じ、再び見開く。

「確かに、私たちには、彰人さんの犯行を証明する証拠はありません」

宗一郎は目を細め、勝ち誇ったように微笑む。

静華は声に力を込める。

「しかし、会長様にも、この事件が彰人さんの仕業ではないという証明はできないはずです」

電話を切っ
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