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第174話

Author: 雲間探
長墨ソフトは仕事が多い。

その夜、玲奈と礼二は食事を終えると、再び長墨ソフトへ戻って仕事を続けた。

水曜日の朝、玲奈と礼二が会議をしていると、礼二の秘書が部屋に入ってきて「島村さんがいらっしゃっています」と告げた。

礼二は黙った。

膝で考えても、辰也が前触れもなく来た理由は明白だった。

辰也の地位と立場を考えれば、それなりの存在感がある。

一度訪ねてきた以上、無下にもできなかった。

彼は玲奈に「君が会議を続けてくれ。俺は様子を見てくる」と言った。

玲奈は応じた。「うん」

礼二が応接室に向かうと、辰也はすでに席に着いていた。

礼二一人で来たのを見た辰也は、目を細めて立ち上がり、自ら手を差し出した。「湊さん、ご無礼をお許しください。挨拶もなく押しかけてしまいました」

「……」礼二は応じた。「島村さん、気にしないでください」

席に着くやいなや、辰也は話の核心に入った。礼二に書類を差し出しながら言った。「こちらが弊社からの提案です。湊さん、一度ご覧いただけますか?」

礼二はそれを受け取り、真剣な表情で読み始めた。

読み進めるほどに、表情はさらに引き締まっていった。

そして読み終えると、彼は書類を机に置いて言った。「島村さんのご提案には誠意を感じます。ただ、こちらにも検討すべき点が多く、返答まで少し時間をいただければと」

辰也は穏やかに頷き、「もちろんです。他社と比較検討されるのは当然のことですし、ご不明な点や修正のご希望があれば、いつでもご連絡ください」と応じた。

辰也は長居せず、礼二に礼儀正しく挨拶をして部屋を後にした。

辰也の誠意ある態度と丁寧な対応に、礼二は文句も言えず、自らエレベーターまで見送った。

戻ると、玲奈はすでに会議を終えていた。

礼二は思わず玲奈に向けて口にした。「あの島村辰也、実行力あるな」

一昨日、電話で断ったばかりだというのに、今日には辰也が具体的な提案を持って現れ、無駄な言葉一つなかった。

彼は呟いた。「正直、かなり惹かれる内容だった」

玲奈は冷静に答えた。「しばらく様子を見ればいい。本当に適任だと思えたら、協力してもいいわ」

礼二もその考えには同意だった。

ただ、そうなると、辰也をちょっと困らせてやろうと思ってた自分の目論見がうまくいかず、妙にむしゃくしゃしていた。

午後五時過ぎ、玲奈がまだ仕事
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