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第763話

Author: 藤原 白乃介
知里の舌は元々火傷して痺れていたが、誠健に吸われた瞬間、さらにビリビリしてきた。

彼女は目を見開いて誠健を見つめた。

クソ男は彼女の頭を大きな手で押さえつけ、まるで恋人のように情熱的なキスをしてきた。

これが舌の火傷を吸うだけ?どう見ても、隙を突いて調子に乗ってるだけだ。

知里は必死に彼の胸を叩きながら、「んんんっ」と声を上げた。

その声を聞いた瑛士は、泣いていると勘違いして慌ててキッチンに飛び込んできた。

「知里姉さん、どうしたの?」

しかし目に飛び込んできたのは、知里の頭を抱え込みながら、誠健が盛大にキスしている現場だった。

瑛士の顔は一瞬で真っ赤になり、両手も知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。

誠健はようやく知里から口を離し、意味深な視線を瑛士に送りながら笑って言った。

「お前の知里姉さん、舌火傷したんだよ。ちょっとマッサージしてただけ」

知里は怒りのあまり彼の足を蹴った。

「余計なことすんな!」

そう言って、瑛士の腕を引っ張ってその場を離れた。

誠健は二人の後ろ姿を見送りながら、声を張り上げた。

「先に食べててー!ワンタンすぐできるから!」

瑛士は少し気まずそうに知里の横顔を見ながら、控えめに尋ねた。

「知里姉さん、あの人と付き合うの?」

知里は即答した。

「アイツみたいなクズ、世界中の男が全員死んでも、絶対に付き合わない」

その言葉を聞いた瑛士は少し間を置いてから、おそるおそる口を開いた。

「じゃあ、年下の男の子って、アリ?」

「縁があればね。ちょっと年下くらいなら別に問題ないよ。素直でしっかりした弟系とか、悪くないと思う」

さっきまでの瑛士の気まずさは、その一言で吹き飛んだ。

彼はすぐさまサンドイッチを一つ取り、知里に差し出した。

「知里姉さん、これ食べて」

知里は微笑みながら彼の頭をクシャッと撫でた。

「ほんと、いい子だね。さあ食べて、あとで姉ちゃんが一緒に入学手続き付き合ってあげる」

その時、誠健が三つのワンタン碗を持ってやって来た。

そして親しげに瑛士に一碗を差し出し、にっこり笑って言った。

「俺の手作りワンタン、ぜひ食べてみて。知里姉さんが一番好きなやつなんだよ。毎回山盛りで食べるんだ」

瑛士は軽くうなずき、礼儀正しく答えた。

「ありがとうございます」

「礼なんていらないって
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