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第5話 フェリシアの目標

last update Dernière mise à jour: 2025-05-07 13:51:12

「今日はここまでにしておこうっと」

 小さなロウソクの明かりで書き物をすると、目が疲れていけない。

 私は書きかけの原稿を大事に箱にしまって、倉庫を出た。

 要塞の暗い廊下を歩いていると、横合いの部屋からにぎやかな声がする。

 覗いてみれば、宵っ張りの兵士たちがお酒を飲みながら騒いでいた。

「おっ、フェリシアちゃん! 一緒に飲んでかない?」

 酔っ払いの一人が上機嫌な声を上げた。

 魔法分隊隊長のクィンタだ。年齢はベネディクトと同じくらい、二十代前半くらいだろう。。

 黒髪の副軍団長と対照的に、色の薄い金髪をしている。少し垂れ目気味の目は明るい茶色。

 普段であれば愛嬌のあるイケメンなのだが……。

 彼はへらへらと笑いながら私の肩を抱いて、強引に部屋に引き入れた。

「やっぱ女の子がいると華やかでいいよなー。ほら、飲んで飲んで」

「困ります。私、お酒は飲めません。それにもう帰らないと」

 明日も早くから仕事がある。

 私はまだ新入りなのだ。体調はしっかり整えて、仕事をばっちりこなしたい。

 ただでさえ執筆のために睡眠時間を削っている。もう寝たいのである。

「ちょっとくらい、いいだろ。……ん、その箱はなんだ?」

 大事な原稿を入れた箱に手を伸ばされて、私はとっさに身を固くした。

「やめて! 触らないで!」

「なんだよ。叫ばなくてもいいじゃん」

 クィンタが白けた顔をした。

 他の兵士たちが酔った勢いのままこちらにやって来る。

「フェリシアちゃんさー、貴族のご令嬢なんだって? なんでこんなとこでメイドしてるの?」

「お貴族様にお酌をしてもらったら、酒もうまいだろうなぁ」

 うわ、めんどくさ。

 前世と違ってセクハラ・パワハラの概念がないこの国では、女性の扱いなんてこんなものだ。

 さっさと退散しないと……。

「お前たち。何をやっている」

 部屋の入口から低い声がした。

 見れば副軍団長のベネディクトが、険しい顔で戸口に立っている。

 兵士たちはびくっとして黙った。

「よう、ベネディクト。お前も飲んでいくか?」

 そんな中でニヤニヤと笑っているのは、クィンタだった。

 ベネディクトは首を振る。

「消灯時間は過ぎているぞ。騒ぐのはほどほどにしておけ。ましてや女性を巻き込むなど」

「あー、すまんすまん。フェリシアちゃんが可愛かったから、つい。嫌だったらごめんね?」

 クィンタがちょっとわざとらしい笑みを向けてきたので、私は息を吐いた。

「いいですよ。私、もう失礼しますね」

「はいよ。気が向いたらいつでも来なよ。歓迎するぜ」

 廊下に出ると、ベネディクトがついてきた。

「メイド部屋まで送ろう。要塞の中とはいえ、不埒な奴はいる。気をつけてくれ」

「はい。ところで副軍団長は、クィンタさんと知り合いなんですか?」

 先程の気安いやり取りを思い出して、聞いてみる。

 ベネディクトは軽く息を吐いて答えた。

「同郷の腐れ縁だ」

 幼馴染カプキタ――!

 私の脳内で大きな『ベネ✕クィは幼馴染カプです』の看板が打ち立てられた。

「軽薄な奴だが、根は悪い人間ではない。魔法の腕も確かだ。ただ、酒癖は悪い。不用意に近づかないように」

 性格正反対の幼馴染カプキタ――――!

 思えば酒の入ったクィンタは、なかなか色気があった。

 生真面目なベネディクトと対照的でとても美味しい。

 これだけでごはん三杯いける。

 おっと、この国に白米はないからパン三個だな。

「……フェリシア?」

「あっ、えっと、すみません。なんでもないです。以後気をつけますね」

 思いもよらぬところで萌え供給を受けてしまった私は、内心のニマニマを押し殺して帰ったのだった。

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     私は身振り手振りを交えながら説明を続けた。「豆を潰してこねて、少しの肉を混ぜて。肉は年老いて卵を産まなくなったニワトリでいいと思います。廃鶏――年取ったニワトリの肉は固くて風味が悪いけど、豆と混ぜればまぎれます」 前世の冷凍唐揚げ(安いやつ)はそんな感じで作られていた。 この町でも大豆や他の種類の豆は売られている。値段もお手頃だ。 ニワトリも年を取ると使い道がなくなるので、安く買える。「さっそく作ってみましょう!」 料理人とリリアと一緒に試作が始まった。 豆と肉の配合割合を考えて、ちょうどいいものを作る。何度か試行錯誤して、いい感じの割合を決めた。 鶏肉は小さく切る。年を取ったニワトリは筋張っていて固いので、包丁で叩いて柔らかくする。 こういった小さい手間が美味しい料理のもととなるのだ。 豆は煮て潰す。 そしてそれらを混ぜ合わせ、一口大のサイズで丸めた。 下味のソース作りも忘れない。 ユピテル帝国には伝統的な魚醤《ガルム》がある。魚を塩水に漬け込んで発酵させる調味料だ。ちょっと変わった風味だが、ワイン酢やにんにくなどと合わせるとなかなか良い味になった。 これに肉を漬け込む。濃いめの味付けなので廃鶏のぱっとしない風味がまぎれるし、力仕事の軍団兵たちも気に入るはずだ。 それから小麦粉で衣をつけて揚げる。片栗粉も欲しかったけど、見当たらなかったので諦めた。まあなんとかなるだろう。 ジュウジュウと音を立てる唐揚げは、いかにも美味しそうだ。「ん、美味しい! あつあつでジューシーで!」 一口試食したリリアがにっこりと笑顔になった。「これが廃鶏と豆とは。びっくりです」 料理長も感心している。 ユピテル帝国はオリーブオイルが名産である。 揚げ物に使うたくさんの油も、どうにか予算内で確保ができた。廃油がもったいないので、リサイクル方法もそのうち考えてみよう。「いい匂いがするが、それは何だ?」 お披露目の夕食時、大皿に盛られた唐揚げを見

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     要塞町に来てから、少しの時間が経った。 私は相変わらずメイドの仕事をこなしながら、夜は執筆作業に勤しんでいた。 先輩メイドのリリアは優しい子で、きちんと仕事を教えてくれる。メイド長はちょっと言い方がキツいけれど、仕事はきっちりこなすし悪い人じゃない。 食事はちゃんと三食出て、寝床はふかふかのベッド。 実家でいびられていたときよりずっと快適なのである。 そんなわけで張り切って仕事をしていたら、なぜか周囲の評価が上がってしまった。 例えば、トイレ掃除だ。 トイレ掃除はメイドたちが嫌がる仕事ナンバーワン。 お互いに押し付けあっていたので、私が引き受けた。 軍団のトイレは確かに臭くて汚れている。 だが、ここで放置はいけないのだ。 割れ窓理論というのがあって、汚い場所は汚しても構わないという意識が生まれがち。 逆にきちんと手入れしておけば、使う人もおのずと気を使う。 だから私は、一度徹底的にトイレ掃除をした。 素手でやる勇気はちょっとなかったので、革手袋を借りてきた。前世のようなゴムやビニールの手袋がないのが惜しまれる。 トイレ洗剤もないものだから、洗濯用の石けんを投入。 ブラシと雑巾で数日かけてピカピカにした。「すごい、きれいになっている」 軍団兵とメイドたちが目を丸くしている。「せっかくきれいにしたんですから、今後は汚さないように使ってくださいね」 笑顔とともに言えば、みんながうなずいてくれた。 ついでに『トイレはきれいに使いましょう』と張り紙もしてもらった。 結果、トイレはあまり汚れなくなり、掃除も楽になった。「すげえなぁ。あの小汚いトイレが光り輝くようだぜ」 クィンタが感心している。「さすがに褒めすぎですよ」「いや、そんなことはない。フェリシアちゃんが掃除しているのを何度か見たが、一生懸命で。感心したよ」「トイレには神様が宿ると言いますからね。きっと神様が手助けしてくれたんです」「トイレの神様? ははっ、そりゃあいい」 そう答えると、クィンタはさも可笑しそうに笑っていた。 他には料理があった。 ゼナファ軍団での食事は簡素で、食材もメニューもあまりバリエーションがない。 ちょっと栄養が偏るのではないかと思った。 ある日、調理補助の仕事をしていると、料理長が話しかけてきた。「メイドのみなさん。新しい料

  • 腐女子聖女~BL妄想は世界を救います~   第5話 フェリシアの目標

    「今日はここまでにしておこうっと」 小さなロウソクの明かりで書き物をすると、目が疲れていけない。 私は書きかけの原稿を大事に箱にしまって、倉庫を出た。 要塞の暗い廊下を歩いていると、横合いの部屋からにぎやかな声がする。 覗いてみれば、宵っ張りの兵士たちがお酒を飲みながら騒いでいた。「おっ、フェリシアちゃん! 一緒に飲んでかない?」 酔っ払いの一人が上機嫌な声を上げた。 魔法分隊隊長のクィンタだ。年齢はベネディクトと同じくらい、二十代前半くらいだろう。。 黒髪の副軍団長と対照的に、色の薄い金髪をしている。少し垂れ目気味の目は明るい茶色。 普段であれば愛嬌のあるイケメンなのだが……。 彼はへらへらと笑いながら私の肩を抱いて、強引に部屋に引き入れた。「やっぱ女の子がいると華やかでいいよなー。ほら、飲んで飲んで」「困ります。私、お酒は飲めません。それにもう帰らないと」 明日も早くから仕事がある。 私はまだ新入りなのだ。体調はしっかり整えて、仕事をばっちりこなしたい。 ただでさえ執筆のために睡眠時間を削っている。もう寝たいのである。「ちょっとくらい、いいだろ。……ん、その箱はなんだ?」 大事な原稿を入れた箱に手を伸ばされて、私はとっさに身を固くした。「やめて! 触らないで!」「なんだよ。叫ばなくてもいいじゃん」 クィンタが白けた顔をした。 他の兵士たちが酔った勢いのままこちらにやって来る。「フェリシアちゃんさー、貴族のご令嬢なんだって? なんでこんなとこでメイドしてるの?」「お貴族様にお酌をしてもらったら、酒もうまいだろうなぁ」 うわ、めんどくさ。 前世と違ってセクハラ・パワハラの概念がないこの国では、女性の扱いなんてこんなものだ。 さっさと退散しないと……。「お前たち。何をやっている」 部屋の入口から低い声がした。 見れば副軍団長のベネディクトが、険しい顔で戸口に立っている。 兵士たちはびくっとして黙った。「よう、ベネディクト。お前も飲んでいくか?」 そんな中でニヤニヤと笑っているのは、クィンタだった。 ベネディクトは首を振る。「消灯時間は過ぎているぞ。騒ぐのはほどほどにしておけ。ましてや女性を巻き込むなど」「あー、すまんすまん。フェリシアちゃんが可愛かったから、つい。嫌だったらごめんね?」 クィンタ

  • 腐女子聖女~BL妄想は世界を救います~   第4話 フェリシアの目標

     日々メイドの仕事をこなしながら、私は果たさねばならぬ使命について思いを馳せていた。 それはBL創作物の普及である。布教とも言う。 この世界、というかここユピテル帝国では同性愛は必ずしも禁忌ではない。 けれども一部の愛好家のものという位置づけで、あまり一般的とは言えない。 そのためBL萌え、いわゆる腐女子の人もいない。 つまり同好の士と萌語りすることすらできないのだ。 帝都の実家にいる頃から、この国でBLを流行らせたいと思っていた。 けれど環境劣悪のあの家では、小説など書けるはずもない。 見つけられたら馬鹿にされて燃やされるのがオチだ。 大事な創作物を燃やされてたまるかよ。 だから私はずっと長い間妄想を温め続けた。 同時に創作物の販売計画も練った。 BLに馴染みのないこの国で、いきなりオリジナリティにあふれるものを売り出しても手に取ってくれる人は少ないだろう。 では、有名作品の二次創作から始めようじゃないか。 この国にも物語はある。 英雄や神々の英雄叙事詩は人気で、写本が本屋で出回っていたり、劇場で劇が上演されていたりする。 その中でも有名な物語に目をつけた。 それは数多の英雄が集う戦物語。 二国がそれぞれ神々の思惑から戦争を始めて、激しく戦う物語だ。 英雄たちの友情、絆。 戦争であるゆえの命のやり取り。緊迫感。 絶対者である神々に翻弄されて、否応なく運命が決まる理不尽さ。 大事な人を殺された憎しみと悲しみ……。 そういった圧倒的な質量の人間ドラマが織り込まれた名作は、多くのインスピレーションを授けてくれる。 戦場を駆け巡る英雄たちをBL目線で再構築、二次創作するのだ。 戦争物は女性人気が低いと思われがちだが、前世でバトル漫画の女子人気は高かった。 単なる戦いではなく友情や愛に焦点を当てれば、十分すぎるほどの可能性がある。 帝都にいたとき、皇太子妃・聖女教育の名目で教養は叩き込まれた。 この英雄叙事詩のような古典の名作をたくさん読んで、文章作法も学んだ。 なにより前世の同人誌の経験がある。 妄想の時間は十分に取った。 あとは形にするだけだ。 忙しい仕事の合間を縫うようにして、私は物語を書き始めた。 時間は主に寝る前。 燃えさしのロウソクを何本かもらってきて、目立たない倉庫の隅で書き物をする。 紙

  • 腐女子聖女~BL妄想は世界を救います~   第3話 北の国境

    「よく来たね。あたしはメイド長。上から話は聞いているよ。あんたは貴族令嬢だったらしいが、ここじゃ身分は関係ない。掃除、洗濯、料理、その他の仕事すべて。できないなんて言わせないよ。こき使ってやるから、そのつもりで」「はい、もちろんです」 にっこり笑って返事をすると、メイド長はちょっと鼻白んだ。 前世は一人暮らしで家事をやっていたし、今生の実家じゃあ奴隷や使用人の代わりにやらされていた。今更である。「箱入りのお嬢様だと思っていたのに、肝が座っているんだね……」 彼女は気を取り直すように首を振って、若い女の子を手招きした。「この子はリリア。あんたの先輩として仕事を教えるから」「……リリア、です」 大人しそうな少女だった。 年齢は私より少し年下の、十四歳か十五歳くらいだろうか。「荷物を置いたら、仕事に行ってきなさい」 メイド長に促されて、私たちは部屋を出た。 メイドの仕事はたくさんある。 まずは掃除。 広い軍団施設内を手分けしてきれいにする。 掃除機などないので、ホウキと雑巾が頼りだ。全部手作業だね。 兵士たちのベッドメイクもついでにやる。 次に洗濯。 汗と泥で汚れた兵士たちの衣類が、どっさり洗濯に出される。 もちろん洗濯機はない。 洗うのも干すのも全て手作業で、かなりの手間である。 あとは料理。 専属の料理人は一応いるのだが、数が少ないのでメイドたちが調理補助や配膳をする。 ガスコンロがあるわけもなく、かまどに火を入れるのも一苦労だ。 一つ一つの作業自体はそこまで難しくないものの、とにかく量が多い。 メイドたちは手分けしてせっせと働いて、ようやく回っている状態だった。「フェリシア。頑張っているな」 仕事を始めて十日ほど経ったある日、黒髪の大柄な男性が声をかけてきた。年の頃は二十代前半くらいか。 切れ長の灰色の目をした涼やかな顔立ちの人だった。 彼は副軍団長の地位にいる人。つまりこの町で二番目に偉い人だ。 副軍団長――ベネディクトは真面目な表情で続けた。「貴族令嬢と聞いていたので、すぐに音を上げると思っていたが。メイドの仕事は汚れ仕事も多い。大変だろう」「平気ですよ。リリアもきちんと教えてくれますから」 笑顔で言うと、ベネディクトはわずかに眉を上げた。 隣ではリリアが恥ずかしそうにしている。 実際のとこ

  • 腐女子聖女~BL妄想は世界を救います~   第2話 北の国境

     ガタゴト、ガタゴト。 街道の上を馬車が走っていく。 王都から目的の北の要塞町までは、馬車で十日以上かかる距離である。 中世どころか古代ローマを思わせるこの世界の文明では、馬車は揺れまくって乗り心地が悪い。 私もお尻を痛くしながら、それでも明るい妄想に身を委ねていた。 書き間違いではない。 妄想である。 妄想は今も昔も、つまり前世の頃から私の得意技なのだ。 だいたいにして前世の死因は、間違いなく過労。 それもイベント前にカフェイン(エナジードリンク)と糖分(シュークリーム)を過剰に摂取しながら、同人誌の原稿をやっていたためだと思われる。良い子は絶対に真似をしてはいけないアレだ。 自業自得な死因なので、周囲には申し訳ないとしか言いようがない。 あとは親友のKちゃんが、遺言通りにパソコンとスマホのデータを消してくれるといいのだが。 あんなものが両親や他の人の目に触れたら死んでも死にきれない。 男性同士があれやこれや、あはんうふんしているアレコレが! そう、私はいわゆる腐女子である。 ボーイズラブ、男同士の恋愛を愛してやまない業を背負った生き物なのだ! BLはいいぞ。 少年からおっさんまで、イケメンからモブまで。 男性同士の絆、関係性、そして愛! 私は幅広い雑食だが、特に主従ものが好物だ。 だから皇太子の侍従の彼は、ここ最近の妄想の主成分であった。 彼のおかげで嫌味ったらしい皇太子との付き合いも、しちめんどくさい皇太子妃・聖女教育も耐えられた。 無駄に偉そうな皇太子と、常に控えめでサポートに長ける彼。 皇太子も顔だけはいいので、妄想のしがいがある。 きっと彼らの間では日夜あんなことやこんなことが繰り広げられていて……。ぐふふ。 私の鉄面皮とまで言われた無表情は、妄想中のニヤニヤ、もといニマニマを隠すためのものだった。 だって仕方ないじゃない。 皇太子殿下と侍従の主従カプで、「やっぱり従者攻めがいいなー。心からの愛で傲慢な主君を甘く蕩かしちゃうの」と妄想しているのを悟られるわけにはいかないでしょう。 帝都追放で一番残念なのは、侍従の彼とお別れになってしまったこと。 ありがとう、侍従さん。 あなたのおかげで私の魂がずいぶん救われました。 あなたがいなければ、さしもの私もくじけてしまったかもしれません。 皇太子は

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