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第122話

Author: ちょうもも
悠良は伶に対して特に咎めることはなかった。

彼の登場が結果的に自分を助けたのは事実だった。

もっとも、悠良は彼が自分のために動いたなどと、自惚れるほど愚かではない。

伶のような自己完結型の人間が、軽々しく善意を振りまくとは到底思えなかった。

「今日は助けてくれてありがとうございました」

そうあっさりと礼を述べると、伶は眉間を揉みながら、彼女を斜めから一瞥した。

その視線には、どうやらこの程度の感謝では納得がいかないという不満が滲んでいた。

「それだけ?」

悠良の目がわずかに鋭くなった。

「他に何か?」

「感謝ってのは、行動で示すもんだろ?」

そう言って彼は手首の時計をちらりと見た。

「ちょうど夜食の時間だ。うまい焼肉の店を知ってる。一緒に行こう」

そう言いながら、彼は悠良の手首を掴み、自分の車が停めてある方へと引っ張って行った。

「でも、私このあと予定が......」

「食ってからにしろ」

伶の強引さに、悠良は少し驚いたが、もともと彼はそういう人間だった。

人の意見などお構いなし、自分がやりたいと思ったことは誰にも止められない。

それが伶という男。

彼女はそのまま車に押し込まれ、思わず横を向いて降りようとした。

「ちょ、私ほんとに――」

バタン。

車のドアが容赦なく閉められた。

そしてエンジンがかかり、強烈な加速で背中がシートに押しつけられる。

悠良はとっさにドアの取っ手を掴んだ。

車が半ばまで進んだ頃、彼女はふと内装を見渡し、あることに気づいた。

「この前の限定車、まだ修理中?」

「ああ、まだ戻ってきてない」

「......すみません。私のせいで、あの車が......」

誰もが予想していなかった。

あの西垣広斗があそこまで狂っているとは。

どうしても彼女と伶を放っておかなかった。

「そんなに悪いと思ってるなら、あと二、三回飯を奢れ」

運転している伶は、相変わらず気だるげで余裕のある様子。

片手でハンドルを操作し、もう一方の肘は窓に乗せている。

悠良は、彼と会うたびにいつも食事を奢らされている気がして、思わず疑問を口にした。

「寒河江さんは、普段誰にもご飯奢ってもらってないんですか?」

伶は冷たい目で彼女を一瞥した。

「さあ?」

「じゃあなんで、私にばっかり......」

この質問に、伶
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