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第480話

Author: ちょうもも
悠良はほとんど反射的に、ドアを素早く閉めてしまった。

ちょうど後ろから葉が歩いてきて、二人は危うくぶつかりそうになる。

慌てた様子の悠良を見て、葉が首を傾げた。

「どうした?入らないの?」

「な、なんでもないわ。ちょっと待ってて」

そう言うと、悠良は葉をそっと手すりのところへ押しやり、自分だけ中へ入っていった。

伶はすでに着替えを終え、白いTシャツ姿で振り返った。

「もう終わった。入るのが遅いな」

まるで悠良が覗きたくて仕方なかったかのような口ぶりだ。

彼女は慌てて言い訳する。

「ち、違うわよ!私は寒河江さんのプライバシーを守ったの。感謝されてもいいくらいに!」

背の高い伶は彼女の前に歩み寄り、少し腰をかがめて、汗ばんだ鼻先に軽く触れた。

「ふん......独り占めか。他の奴には見せない、ってことか」

悠良は心の中で天を仰いだ。

この男の前では、何を言っても無駄だ。

どうせ自分の都合のいいように解釈するのだから。

だからこれからは説明なんてやめよう。意味がない。

軽く咳払いして話題を切り替える。

「ところで、この部屋使うの?」

「俺はこれからシャワーだ」

その言葉に悠良は少し考え、恐る恐る切り出す。

「じゃあ、隣の書斎を私たちに貸しても?」

伶は横目で彼女を見て、薄く笑う。

「二人でなにか大ごとを企んでるんじゃないだろうな」

悠良は思わずむせそうになり、瞳を泳がせる。

この男、どうしてここまで勘が鋭いの。

もし社長を辞めても、この目がある限り絶対食いっぱぐれない。

何をしても成功するに違いない。

「な、なんでもないの。ただの履歴書作りよ。葉を来週から小林グループに入れるつもりだから」

「小林グループに?」

伶の眉間に皺が寄る。

「そうよ。今の私は小林グループの筆頭株主なんだから、これくらいのことはできるはずでしょ?」

彼女はてっきり「無理だ」と言われると思っていた。

しかし伶はベッドに腰を下ろし、脚を組みながら冷静に告げる。

「君は友達を火の中に突っ込むつもりか?あそこは今や君の継母と莉子の縄張りだ。もう孝之の会社じゃない。

三浦はあの騒動で散々悪評を立てられた。そんな状態で入ったら、やつらの冷たい視線と噂話で潰されるのがオチだぞ」

だが悠良の目は真剣そのものだった。

「それでも、避けては通れ
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