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第504話

Author: ちょうもも
小雪は言い終えてからも、恐る恐る伶の表情をうかがった。

この男は気まぐれで癇癪持ちだと業界では有名だ。

さっきまで穏やかに話していたかと思えば、次の瞬間には激怒する――

誰にも彼の本心は読めない。

伶は冷ややかな目で小雪を見据えた。

その瞳は底の見えない暗い淵のようだった。

「話は終わりか?」

小雪は一瞬ぽかんとし、それからぎこちなく頷いた。

「はい......」

「なら、上に戻って辞表を書け。後で麻生さんに伝えておく」

表情一つ変えずに言い放つと、彼は踵を返した。

小雪の顔は一気に固まり、目には恐怖と信じられない色が浮かぶ。

鳴り響く革靴の音でようやく我に返る。

「さ、寒河江社長......?どうしてですか。私はただ、寒河江社長のためを思って......あんな策略家に騙されてほしくなかっただけなんです!」

伶はこめかみを揉み、不快そうに眉をひそめる。

顎のラインが硬く浮かび上がり、冷徹な声が吐き出された。

「理由は単純だ。

俺の目の前で彼女を貶すことは、絶対に許さない。あいにくだが、君はちょうど、その地雷を踏んだんだ」

そう言い残し、大股で小林グループを後にした。

残された小雪は、その場で茫然と立ち尽くす。

ど、どうして......

あんなに考えてから口にした言葉なのに。

なぜこうなる。

感謝されなくても仕方ない。

でも、まさかクビだなんて――

そこへスマホが震え、ディスプレイに「麻生さん」の名が浮かぶ。

心臓が跳ね上がり、背筋に冷たい汗がつたう。

震える手で通話ボタンを押した。

「も、もしもし、あ、麻生さん......」

受話器越しに怒鳴り声が飛んできた。

「お前頭おかしいんじゃないのか!長年会社にいるくせに、なぜよりにもよってそんな低レベルなミスを!

あの寒河江社長に喧嘩を売って、正気なのか?今日彼が何しに来たかも分からないのか。小悠良のために顔を出してるって、見りゃ分かるだろう!」

小雪は必死に弁明する。

「麻生さん、私は......そんなつもりじゃ......」

「黙れ!自分だけが賢いとでも思ってるのか?悠良の腹の中を寒河江社長が見抜けないとでも?全部お前が一番よく分かってると?」

「わ、私は......」

反論の言葉は喉で詰まり、声にならなかった。

麻生さんは鼻で笑い、冷たく言い放
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