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第625話

Author: ちょうもも
三人はそのままエレベーターに乗り込んだが、ちょうど入口にいた玉巳に見られていた。

玉巳は心の中で首をかしげる。

悠良って入院してるんじゃなかった?

どうしてホテルに......

あの葉ならもちろん知ってるけど、隣の若い男は誰?

見たこともないわ。

そう思った瞬間、玉巳の胸に計略が浮かぶ。

広斗の件もまだ片付いていないのに、悠良はまた知らない男とホテルへ。

真昼間から、ずいぶん元気なこと。

伶は怪我をして、しばらくはああいうことはできないはず。

年を重ねた女って、そういう面ではかえって旺盛になるって聞くし。

玉巳の目尻がわずかに上がり、思惑を含んだ笑みが浮かぶ。

本人が気にしていないなら、自分がひと押ししてあげればいい。

そうすれば史弥も、あんな女に未練なんて完全に断ち切るだろう。

彼女はスマホを取り出し、史弥に電話をかけた。

声はカナリアのように甘く柔らかい。

「ねえ、私が今、ホテル・フミシゲの前で誰を見かけたと思う?」

史弥は、ここ数日ずっと会社のことで忙しかった。

しかも玉巳とは結婚してもう何年も経ち、彼女の本性はとっくに見抜いている。

むしろ昔の悠良がますます懐かしく思えるほどだった。

人間って結婚すると本当に二つの顔を持つんだな、と今になって実感する。

玉巳は結婚前と結婚後ではまるで別人。

昔はその声を聞くだけで、ねこの爪が胸をくすぐるような、温かくて心地いい気持ちになった。

だが今は口を開けば不快で、作り物めいていて、彼女本来の姿じゃないように思える。

毎日することといえば金の無心か買い物。

仕事のことでは何ひとつ役に立たない。

悠良がいた頃は、こんなに苦労する必要なんてなかった。

彼女ならちょっと言葉をかければすぐに意図を汲み取り、仕事でも完璧に息が合ったのに。

思い出してしまうと余計に後悔が募り、史弥は肝を煮えくり返らせる。

手にペンを握り、企画案を修正している最中で、玉巳に付き合う気はさらさらなかった。

「知らない。今忙しいんだ。用件があるならさっさと言え」

「悠良さんを見かけただけじゃないのよ。隣の若い男が誰かは知らないけど......二人が真昼間にホテルに入って行くなんて、何をすると思う?」

男の話を聞いた瞬間、史弥の手が止まった。

「どんな男だ」

「知らないけど、とにかく若いの
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