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第728話

Author: ちょうもも
悠良の表情が一瞬止まり、唇を噛んだ。

伶という男は、恐ろしいほど勘が鋭い。

まさかLINEWALKの歩数まで結びつけて考えるとは。

ここまで追及されて、今さら言い訳を変えたら、まるで自分で嘘を暴露するようなものだ。

「さっき部屋の中を何周か歩いただけよ。最近ちょっと腰の調子が悪くて」

伶はそれを聞くと、暴くことはせず、わざと語尾を引き延ばして言った。

「へえ......部屋の中を歩いただけで五千歩以上?それはすごいな」

彼は気怠げにベッドに腰掛け、片肘をベッドに突き、長い脚を組んだ。

白いシャツの襟元は半分ほど開いていて、まっすぐな鎖骨がのぞいている。

悠良の心臓がどきりと跳ねた。

彼の表情も声も疑いを隠さず、それでいてどこか愉しげで、「嘘だと分かってるけど、どこまでいけるか見ててやるよ」という余裕が滲んでいた。

このまま嘘を続けるべきか。

だが、彼はもうとっくに見抜いている。

悠良は観念して口を開いた。

「はいはい。出かけてたわよ。でももう勤務時間は終わってる。何をしたって寒河江さんには関係ないよ。

それに私は寒河江さんに連れてこられたただの一般人。ほんとの社員みたいに干渉する権利なんて、寒河江さんにはないでしょう?」

そう言ってベッドの端に腰を下ろし、背を向けて彼の視線から逃れた。

「じゃあなんで嘘をつく?」

いつの間にかすぐ横に寄ってきた伶が、低く笑いながら囁く。

「別に取って食ったりはないけど?」

不意に近くで響いた声に、悠良は思わず肩を震わせ、慌てて横を向いた。

「私は村雨さんじゃないわ。そんなの怖くないんだから」

「悠良ちゃん、分かってるはずだ。俺の前で嘘をついても無駄だ、いずれバレる。

正直に言え。今夜どこに行ってた?」

彼は指先で彼女の髪を一房すくい取り、関節に絡ませながら、愉しげな声を落とす。

罪悪感か、それとも彼の圧倒的な気迫のせいか。

悠良は知らず知らず彼のペースに呑まれていく。

顔が一気に熱を帯び、胸の鼓動は早まった。

まさか、伶に見られてた?

でもそんなはずない。

二人は十分に隠れていたはず。

頭の中は左と右が殴り合うように、疑念と逡巡でいっぱいだった。

もう正直に打ち明けようかとも思った。

どうせ「寒河江さんが鳥井さんと飲んで帰れなくなるんじゃないかと心配したから」と言えば
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