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第749話

Author: ちょうもも
悠良は自分のことで手一杯で、若菜を助ける余裕などなかった。

若菜は下半身に冷たい感触を覚え、心が一気に絶望に沈んだ。

その瞬間、覆いかぶさっていた重みが消えた。

伶がその男を乱暴に引きはがし、拳を容赦なく顔面に叩き込む。

たちまち男の顔はみるみるうちに腫れ上がった。

だが伶はそいつを追撃する暇すらなく、心の中は悠良のことだけでいっぱいだった。

彼は急いでしゃがみ込み、悠良を抱き上げ、窒息で青ざめた顔を軽く叩きながら必死に呼びかけた。

「悠良、悠良!」

反応はない。

伶は身をかがめて彼女の胸に耳を当て、心臓の鼓動を確認する。

まだ動いている――

その事実にひとまず安堵したが、だからといって安心できる状態ではなかった。

若菜も地面から起き上がり、慌てて駆け寄る。

顔色の悪い悠良を見て、必死に訴えた。

「伶、早く病院に連れて行った方がいい!小林さんは大量の土を吸い込んでる、気道が塞がったら大変よ!」

「分かった、君は先に警察に通報してくれ」

伶は悠良を抱き上げ、人混みを抜けていく。

だが若菜が慌てて声を上げた。

「ダメよ!あいつら、どうも警察と繋がってるみたい!」

その言葉に、伶は眉一つ動かさず、むしろ皮肉めいた笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。通報しろ」

若菜は彼の真意を量りかねたが、他に手はなく、とりあえず従うしかなかった。

後方では松倉がすぐに追いつき、部下の言葉を耳にする。

「松倉さん、奴ら通報するみたいです!どうします?」

すると松倉さんは逆に笑い出した。

「通報だと?上等じゃねえか。警察署でたっぷり話してやろう。あいつらが無事に出てこられるかどうか、楽しみだ」

こうなれば止める理由もないと、松倉はそのまま見送った。

病院に到着後、悠良はすぐに救急処置を受ける。

伶と若菜が長椅子に腰掛ける中、知らせを受けた光紀も駆けつけた。

「寒河江社長、小林さんの容態は?」

「肺に大量の砂が入っている。まだ何とも言えない、しばらく様子を見るしかない」

伶は深く眉を寄せ、重苦しい表情でこめかみを揉む。

光紀も隣に腰を下ろした。

「寒河江社長、残りの件はこちらで処理します。ただ、警察署に行って事情聴取を受ける必要はあります」

「ああ。ついでにあの連中の素性を調べろ。あそこまで横暴に、あんな場所で女を襲えるなんて、後ろ
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Comments (2)
goodnovel comment avatar
mami4466
途中で送ってしまった…怜と悠良の続きがとっても楽しみ~最近はあのバカップルが出て来ないからイライラしない
goodnovel comment avatar
mami4466
急に短くなった...怜と
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