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第765話

Author: 小春日和
地下通路には赤い微光が漂い、そこかしこに不気味な空気が立ち込めていた。次の瞬間、突然誰かの手が真奈の口と鼻を塞いだ。驚いたその刹那、薬の匂いが鼻腔に侵入してくるのを感じる。――この匂い、以前海城で立花が自分に使った催眠ガスとまったく同じじゃない!

真奈はすぐに息を止め、気を失ったふりをしてその場に崩れ落ちた。

倒れる直前、彼女は自分の太ももを思いきりつねり、意識が飛ばないように必死に耐えた。

この秘密通路には、絶対に表に出せない何かがある。この服屋、ただのブティックじゃない。絶対に突き止めてやる。

真奈は、自分が誰かの肩に担がれているのを感じた。そのままトンネル車に乗せられ、地下通路を通ってどこか別の場所へと運ばれていく。

それから――聞こえてきたのは、エレベーターに乗る音。三秒後、小さく電子音が鳴り響き、エレベーターが止まった。

すぐに、真奈の耳に聞き覚えのある声が届いた。

「はやく、丁寧に降ろせ」

真奈の脳内に閃くものがあった。この声は内匠だ!

内匠は真奈を受け取ると、怒りをあらわにして叱責した。「なぜ瀬川さんを気絶させたんだ?」

「内匠さん、この女が叫びそうだったんですよ。このまま外に聞かれたら、俺がヤバいじゃないですか!」

内匠はその言い分を深くは責めず、落ち着いた口調で尋ねた。「いつ意識を戻す?」

「薬の量は多くないんで、あと三十分もすれば目を覚ますはずです」

それを聞いた内匠はようやく頷き、「よし、ここでお前の役目は終わりだ」と言った。

「はい、内匠さん」

相手はすぐにその場を後にした。

真奈はその隙を突いて、うっすらと目を開けた。目に映ったのは見覚えのある内装だった。これは立花グループのカジノとまったく同じ造り。ただし、どう見てもここは1階でも2階でもない……まさか、ここって、あのVIPしか入れない3階?

「急げ、2階の休憩室に運べ。立花総裁が来るまでに瀬川さんに髪の毛一本でも何かあったら、お前ら責任取れよ!」

「了解です!」

警備員たちは慎重に真奈を階下へと運んだ。

やがて休憩室に戻り、周囲に誰もいないことを確認してから、真奈はそっと目を開いた。

彼女は軽く息を整え、テーブル脇にあったミネラルウォーターを一気に飲み干した。

さきほど吸い込んでしまった催眠ガスはごくわずかだったが、それでもじわじわと眠気が押し
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