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第212話
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離婚後、恋の始まり 第1197話
かおるは小さく頷いた。「そうよ、あなた……パパになるの」綾人はベッドの縁に両手をつき、深く息を吸い込んでから、ようやく少しずつ彼女の顔へと近づいていった。なぜだか、かおるの目には涙がにじむ。思わず手を伸ばし、綾人の頬をつまんだ。「何してるの」綾人はそっと唇を寄せ、静かに囁く。「俺の奥さんは……本当にすごいな」そのひとことに、不思議と胸を締めつけていた緊張はすべて解けていった。「抱きしめて」かおるが両腕を広げると、綾人はすぐに彼女を抱きしめた。ただ、力を込めきれず、まるで彼女を傷つけることを恐れているかのようだった。その光景を目にした者たちは、ただ温かな気持ちに包まれていた。由佳が小さく鼻をすすり、囁く。「なんか……泣きそうなんだけど。どうしてかな」舞子は呆れ顔で一瞥し、言葉を投げた。「ちょっと大げさすぎない？」病室には、これ以上おかしな人はいらない。二人で十分だった。しばしの時を共に過ごした後、綾人は退院の手続きを整えた。かおるの体に異常はなく、これからは食事と情緒の変化に気をつけるだけでよかった。一行はそのまま瀬名家の屋敷へ戻った。ただし舞子は中へは入らなかった。いまの彼女の立場では、訪れるにしても日を改め、もっと正式な形をとるべきだったからだ。由佳も舞子と一緒にその場を後にした。瀬名家の屋敷。「ここで安静にするの？それとも冬木に戻る？」里香が問いかける。「ここにいたい」かおるはためらわず答えた。「じゃあ、ここにしよう」綾人は頷き、里香を見た。「里香さんには経験がある。かおるを見ていてくれると助かる」「ええ、任せて。しっかり面倒を見るわ」里香は力強く応じた。彼女はつい二か月前に出産を終えたばかり。経験は十分すぎるほどだった。「……お腹すいた」かおるが深呼吸をひとつしてつぶやいた。「何が食べたい？」綾人はすぐに問い返す。「食べたいものを何でも頼んでいいの？」ぱちりと瞬きをしながらかおるが言うと、綾人は眉を寄せ、少し迷った末に里香へ視線を送った。「食事で特に注意することはあるか？」「食べたいものがあるなら家で作ればいいのよ。ここならシェフが何でも作れるし、最悪は雅之がいるじゃない。あの人、何でもできるもの」「俺がなんで他の女のため
離婚後、恋の始まり 第1196話
だから、焦ることはない。舞子は由佳にかおるの世話を任せ、自分は外に出て賢司に電話をかけた。「里香の番号を教えて」舞子は単刀直入に切り出した。賢司は淡々と応じる。「俺に電話してきたのに、会いたいからじゃないのか？」「会いたいよ。でも、里香と話す大事な用事があるの」からかうのをやめ、賢司は番号を教えた。舞子はすぐに電話を切り、今度は里香にかけた。「もしもし、どちら様ですか？」優しいが、冷たくよそよそしい女の声が返ってきた。舞子はためらわず名乗った。「桜井舞子です。今病院にいるんですが、かおるが妊娠したんです」「えっ！？」里香は驚きの声をあげ、すぐに病院名を聞くと電話を切り、急いで駆けつけた。一時間も経たないうちに、里香と雅之が病室に現れた。ベッドに横たわり呆然としたかおるを見て、雅之は口元を歪める。「妊娠したとわかって、怖気づいたのか？」里香はすぐに彼を睨みつける。「もうからかうのやめて」雅之は口をつぐんだ。妊婦を前にしては分が悪い。里香は歩み寄り、かおるの手を握る。「かおる、来たよ。もう怖がらないで」まつげがかすかに震え、かおるは彼女の手を強く握り返した。「里香……」「うん、ここにいる」里香は穏やかに続けた。「綾人ももう向かってる。だから緊張しないで、少しでも楽にして」「でも……お腹に命があると思うと、リラックスなんてできないよ」里香は言葉を詰まらせた。それでもやわらかく諭すように言う。「でもね、あなたの感情はそのまま赤ちゃんに伝わるの。だから、不安はできるだけ抑えなきゃ」かおるは慌てて声を上げる。「じゃあ、どうしたらいいの？あ、そうだ、深呼吸して、緊張しないように言い聞かせて……」その支離滅裂な言葉に、里香は小さくため息をつき、口を尖らせた。「ねえ、いっそ殴って気絶させようか？」その冗談めいた言葉に、かおるはふっと落ち着きを取り戻す。しばらくして、彼女は里香を見つめ、問いかけた。「里香……あなたが妊娠したとき、どんな気持ちだった？」里香は少し考え込んでから答えた。「意外で、驚いて……そして感動した」「……じゃあ、私も頑張ってみる」「無理に頑張らなくていい。ただ力を抜いて、普段どおりでいればいいの」「普段は酒飲んでディスコで遊びまくってたよ」里香
離婚後、恋の始まり 第1195話
その言葉に、かおるは一瞬、息を呑んで固まった。に、妊娠？思わず自分の腹部に視線を落とす。まだ平らなはずのこのお腹に、もしかすると小さな命が宿っているのかもしれない……呆然とした彼女の様子に、舞子は思わず笑い出しそうになったが、必死にこらえて問いかけた。「生理、どのくらい来てないの？」「……覚えてない」かおるは小声で答える。その頼りない答えに、舞子は呆れながらも可笑しさを覚え、肩をすくめて言った。「行こうよ、病院へ」その時、後から追って出てきた由佳が二人の会話を耳にし、驚いて問いかける。妊娠の可能性を知ると、彼女は息を呑み、思わず口を手で押さえた。舞子は申し訳なさそうに由佳へ微笑んだ。「せっかくの食事だったのに、ごめんね」由佳は何度も首を振った。「ううん、大丈夫。今はスポンサー様の一大事ですから。他のことなんて後回しでいいんです」かおる：「……」正直なところ、この「スポンサー様」という呼び方は耳障りでしかなかった。病院に到着し、一通りの検査を受けた。やがて医師がカルテを見ながら、きっぱりと告げる。「妊娠五週です。間違いありません」かおるは椅子に深く腰を下ろしたまま、呆然とし、言葉を失った。仕方なく、舞子が代わりに注意点をいくつか尋ね、医師は淡々と必要な説明をしてくれた。病院を出ると、舞子はかおるの方へ向き直り、真剣に尋ねる。「お姉ちゃん、綾人さんに伝えないの？」ようやく我に返ったかおるは慌ててスマホを取り出す。だが、その手は小刻みに震えている。やっとのことで通話が繋がると、耳に馴染んだ、あの低く心地よい声が響いた。「もしもし、かおる？」優しく名を呼ぶ綾人の声に、かおるは必死で呼吸を整え、しかし言葉は異様なほど真剣だった。「今すぐ……即刻、錦山に来て」綾人は彼女の声色が尋常でないことに気づき、緊張を含んだ声で尋ね返す。「何かあったのか」「とんでもないことよ」「心配するな、すぐ行く。今どこだ」「病院にいるの」その言葉に、綾人は鋭く息を呑んだ。声がさらに焦燥を帯びる。「怪我したのか？誰にやられた？」二人が肝心なことを言わないままやり取りを続けるので、舞子は痺れを切らした。かおるのスマホをひったくると、はっきりと告げる。「綾人さん、舞
離婚後、恋の始まり 第1194話
舞子はすぐに立ち上がり、向かい側に向かって大きく手を振った。「お姉ちゃん、一緒に食べない？」かおるの声が電話口から返ってきた。「誰と一緒なの？」その位置からは舞子の姿しか見えていないようだった。「由佳とよ。彼女を紹介してくれたのはお姉ちゃんでしょ？」「なるほど。わかった、今行くわ」通話を切ると、舞子は由佳の方へ振り返り、笑顔で告げた。「かおるが来るって」由佳は少し目を見開いた。「え、彼女ってもう冬木に戻ったんじゃなかったの？いつ来たの？」「昨日よ」その返答を聞くや、由佳はすぐに立ち上がった。「スポンサー様が来るんだから、ちゃんとお迎えしなきゃ。これからもいっぱい仕事を紹介してほしいもの」そう、かおるは由佳に仕事を依頼し、提示した金額に由佳は大喜びして、ためらいもなく承諾した。舞子に成り代わって飛行機に乗ったのも、その時のことだ。由佳の目には、かおるはまさに「スポンサー様」同然なのだ。舞子は思わず呆れ顔になる。やがてかおるが到着し、個室の入り口に姿を現した瞬間、ドアが開き、由佳の媚びた笑顔が真っ先に飛び込んできた。「かおるさん、ようこそ！お喉乾いてませんか？何か召し上がりたいものは？今日は私がおごりますから！」突然の厚遇に、かおるは驚いて思わず一歩後ずさった。「何してるの？」「心からの気遣いと、熱意の表現です！」「そんなの要らないから、普通にして」由佳は慌てて笑顔を引っ込めた。「はい、わかりました」ようやく個室へ入り、舞子と視線を合わせたかおるは、呆れたように言った。「そんな目で見ないで。私だって、彼女がこんな性格だなんて知らなかったんだから」すると由佳がすかさず、自分の頬を差し出しながら甘えたように言った。「スポンサー様、私って性格悪いですか？可愛くないですか？好かれてないですか？それとも活発すぎ？」かおるは眉をひそめ、手を軽く上げて由佳を制した。「今、私のこと何て呼んだ？」舞子が横から口を挟んだ。「スポンサー様、って呼んでたよ」「へえ……新鮮だな。私が『お客様』と呼ばれる日が来るなんて」由佳は慌てて訂正した。「スポンサー様です！」かおるは舞子の隣に腰を下ろし、肩をすくめて言った。「同じじゃないの？」由佳：「……」観
離婚後、恋の始まり 第1193話
舞子は冷静な眼差しで彼女を見据え、静かに言った。「このバッグは高価すぎて、気軽には受け取れないわ。でも、この友達がとても気に入っているから……私が買うことにする」加奈子は耳を疑った。「あなた……舞子、どういうつもり？もう私と友達でいるつもりはないってこと？」舞子の態度はすでに明らかだったが、加奈子がここまで執着を見せるとは思っていなかった。一瞬、言葉が見つからなかった。由佳は張り詰めた空気を察し、慌てて口を開いた。「舞子、いいよ。私、そこまで欲しいわけじゃないし……行こう？」限定品というわけでもない。またいつか手に入るだろう。舞子はうなずいた。「そうね」そして加奈子の方へ向き直り、微笑みを浮かべて告げる。「気持ちは嬉しいけれど、このバッグは遠慮しておくわ」そう言い残し、由佳とともにブランドショップを後にした。その瞬間、加奈子はようやく悟った。舞子が本気で自分と距離を置こうとしていることに。紀彦の件。ただそれだけのために。悔しくてたまらなかった。もう謝ったのに、どうして許してくれないのか。まさか土下座でもしろと言うつもり？フン！舞子、あなたがいなくても、私は生きていけるんだから！加奈子は無理に気を取り直し、取り巻きの二人へと向き直った。「行きましょう」二人の取り巻きはすぐに駆け寄り、口々に加奈子を慰める。「加奈子、あんな女なんて放っておきなよ。あなたのこと、友達だなんて思ってないのよ。何でも隠し事ばっかりで、全然心を開いてなかったじゃない」「そうそう。あなたはあの子にすごく良くしてあげてたのに、あんな仕打ちをするなんて。本当に恩知らずだわ」加奈子は彼女たちの言葉を止めもせず、ただ黙って歩き出した。その時、店員が気まずそうに声をかけてきた。「お客様、このバッグは……」加奈子は眉をひそめ、冷たく言い放った。「いらないわ。キャンセルして」振り返ることなく立ち去ると、店員の顔はたちまち曇った。歩合が消えたのだから、喜べるはずもない。一方、その頃。由佳は恐る恐る舞子の顔を窺い、その落ち着いた様子を見て、遠慮がちに尋ねた。「さっきの人……お友達？」「ええ」舞子は短く答えた。かつては何でも打ち明けられる親友だった。だが、例の件が起きてからは違った。
離婚後、恋の始まり 第1192話
賢司は鼻先で舞子の鼻先をかすめながら、低く囁いた。「俺の彼女、本当に綺麗だな」褒め言葉を嫌う女の子などいない。舞子は嬉しげに微笑み、彼の唇に軽く口づけて答えた。「私の彼氏も、すごくカッコいいよ」賢司は振り返り、テーブルの上からサンドイッチを一つ手に取り、彼女へ差し出した。「これを食べな」舞子は素直にそれを受け取る。「うん」賢司はエプロンを外しながら尋ねた。「どこに行くんだ？送っていくよ」舞子が行き先を告げると、彼はすぐに車のキーを手に取って言った。「行こう。ちょうど同じ方向で用事がある」舞子はうなずいた。高級車は静かに道路を滑るように走り出す。雨上がりの街はどこも洗い清められたように澄みわたり、空は水を打ったような鮮やかな青を広げていた。由佳が待ち合わせ場所に指定したのはデパートだった。女の子同士が会えば、まずは買い物に決まってる。入口に着くと、舞子はシートベルトを外し、賢司に言った。「じゃあ、先に行くね」賢司は軽くうなずき、「何かあったら電話しろ」と言った。「うん」舞子は返事をして車を降り、そのまま後ろも振り返らずデパートの中へ消えていった。賢司は運転席に座ったまま、しばらく動こうとはしなかった。舞子はタピオカ店で由佳の姿を見つけた。由佳は彼女に気づくと、すぐにカップを差し出す。「はい、どうぞ！」舞子はそれを受け取り、微笑む。「ありがとう」由佳は大きく手を振って言った。「遠慮しないでよ。また会えてすごく嬉しいんだから」舞子はうなずいた。「私も」「さあ、まずは一回りしよう」由佳は自然に舞子の腕を取り、親しげに絡めた。その仕草は、まるで二人が昔からの友人であるかのように馴染んでいた。この感覚、とても自然。舞子はそれを心地よく思っていた。二人は階を一つずつ巡り、気に入ったものがあればその場で買い、荷物はデパートの宅配サービスで自宅に送った。最後にたどり着いたのは、有名ブランドのバッグ店だった。「ここにね、ずっと欲しかったバッグがあるの。前は在庫切れで、今日やっと入荷したのよ。だから絶対手に入れなきゃ！」由佳は目を輝かせて言う。「行こう、中を見てみよう」舞子も頷いた。だが、店に入ってすぐ、舞子は思いがけない顔を目に
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