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第953話

作者: 似水
里香:「え?」

かおるが何か言いかけたその瞬間、彼女は隣に漂う冷たい空気を感じ取った。さっきまでの高揚感が少し冷めて、隣にいる冷えた表情の男を一瞥し、軽く鼻で笑った。

かおるは里香の腕を引きながら外へ向かい、こう言った。

「ひとりちょうだいよ。私、産む気ないし」

「産む気がないのか?それとも月宮が産ませられないのか?」

背後から冷え冷えとした男の声が飛んできた。そこには意地の悪さがにじんでいた。

「産みたくない」と「産めない」じゃ、話が全然違うでしょ。

かおるはその言葉に黙っていられなかった。振り返って雅之を睨みつけながら言い放った。

「ちょっとあんた、黙ってくれない?誰もあんたの話なんて聞きたくないの!私は里香ちゃんの大親友よ?私を怒らせたら、あんたなんか捨てさせるし、挙げ句の果てに、あんたの子どもに『おじさん』って呼ばせてやるわ!」

雅之の整った顔に、ほんの一瞬陰りが差した。

里香は横で呆れたような表情を浮かべていた。この二人は顔を合わせるたびに言い合いになる。止めようとしても無駄なほどだった。

「ちょっと疲れちゃったから、先に帰るね」里香が静かに言った。

「うんうん、帰ろう!うち行こ!」かおるがすかさず応じた。

すると雅之が冷たく言った。

「当然、俺たちは自宅に帰る。お前の家で『子どもができない夫婦ゲンカ』見せられてもな」

かおる:「あんたってば!」

「雅之」

里香が振り向いて彼を一瞥した。その表情は穏やかで、別に威圧的でもなかったが、雅之はそれ以上何も言わなかった。

里香は今度はかおるの方を向いて言った。

「私はカエデビルに帰るよ。あっちの方が慣れてるし」

「それならちょうどいいわ。私、あなたの下の階に住んでるし、うちに来るのと変わらないもん」

かおるが笑って応えた。

月宮もカエデビルに部屋を持っており、それは雅之の部屋の下階にある。かおるはその後、そこに引っ越して住むようになった。里香が帰ってきたら、上下ですぐ行き来できて便利だと思ったからだ。

里香は「うん」と頷いた。

雅之は不機嫌そうに黒い瞳でかおるをちらりと睨み、それからスマホを取り出してLINEを開き、月宮にメッセージを送った。

雅之:【お前の奥さんが、俺の娘を奪おうとしてるぞ】

月宮:【いいじゃないか、俺賛成】

雅之:【彼女、言ってたぞ。「お前がダ
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