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第958話

Author: 似水
「確かに……一理あるわね」

かおるは静かにうなずき、聡の考えに深く頷いた。

聡はさらに言葉を継いだ。

「それにね、ちゃんとしたタイミングで伝えないと、危険をできるだけ避けることもできなくなるわ」

その言葉に、かおるは目を見開いた。驚きのあまり、うまく言葉も出てこなかった。

「ま、まさか……そんなに大げさな話なの?」と、思わずどもった。

聡は真剣な面持ちで、じっと彼女を見つめながら言った。

「信じて。本気で考えてるの」

「……わかったよ」

かおるは両手で髪をかきむしり、いらだちを隠そうともしなかった。

聡は落ち着いた口調で告げた。

「もう寝なさい。この数日はしっかり体調を整えて、最高のコンディションで式に臨むの。誰よりも輝く、美しい花嫁になるために」

だが、その言葉を聞いても、かおるの心は別のことでいっぱいだった。月宮が、自分がユキだと知った時のこと――それだけが頭の中をぐるぐると回っていた。

どうしよう?

彼、怒るかな……

いや、激怒するかも?

ああ、めんどくさい!

こんなにぐちゃぐちゃになるくらいなら、もっと早く打ち明けておけばよかった!

結婚式の前夜。

かおるはようやく不安の波から抜け出したかと思えば、次には期待と緊張が押し寄せ、すっかり眠れなくなっていた。

明日が、結婚式。

ついに、式を挙げるんだ。

部屋の中を行ったり来たりしながら、興奮した様子を隠せずにいるかおる。その姿を見ていた里香は、大きなあくびをひとつ。

「お願いだから、ちょっと落ち着いて。見てるこっちまで目が冴えてきたわ」

「眠いなら寝なよ。私はダメ、興奮しすぎて無理!」

そう言いながらも、かおるの興奮ぶりに、里香はふと考えた。自分が結婚式を挙げるときも、こんなふうになるのかな、と。

式当日、月宮がかおるを迎えにカエデビルまでやってくる予定になっており、部屋はすっかりお祝いムードに包まれていた。風船やリボンで彩られた空間は、まるで夢のようだった。

聡はブライズメイド用のドレスを手に取り、ふと里香のお腹を見て笑った。

「明日の朝、里香がドアの前に立ってるだけで、誰も無理には入ってこないわね」

かおるは笑顔でうなずいた。

「うんうん、まさにその効果を期待してるんだから!」

里香は少し困ったように眉をひそめた。

「でも、本当に私がブライズメイ
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